今年もコミケの時期がやってきました!
目が覚めるとそこはホグワーツの医務室であった。
エスペランサは自分が医務室のベッドに寝かされているらしいことを悟った。
左手に巻いた腕時計の時刻を見る。
「19時………まだそんなに経ってないのか」
気絶する前、最後に時計を見た時は18時ごろだったはずだ。
エスペランサは上体を持ち上げ、周囲を見渡す。
ベットの周りはカーテンで四方を仕切られ、オンボロの机が一つ置かれていた。
見慣れた医務室の景色である。
傍らの机の上にはブローバックされたままのM92Fベレッタが置かれていた。
ベットから立ち上がり、彼はその拳銃を持ち上げる。
弾倉に弾丸は装填されていない。
得体の知れないあの‟フードを被った怪物”に弾丸を全て撃ち込んだことを思い出す。
冷え切った空気。
真っ暗な車内。
瘡蓋だらけの手。
そして、強制的に思い出させられた血生臭い記憶………。
「あいつらは一体何だったんだ………」
トロールもケルベロスもバジリスクも銃撃は効果があった。
スリザリンの誇るバジリスクでさえC4プラスチック爆弾で倒すことが出来たのである。
しかし、あのフードを被った怪物には物理攻撃が通用しなかった。
「目が覚めたかの」
突然、カーテンがシャッと開き、ダンブルドアが病室に入ってくる。
ダンブルドアの銀色の長髪が床をこするのを見てエスペランサはモップを思い出した。
「学校長………」
「君が列車の中で倒れたと聞いたからの。様子を見に来たのじゃが、君は大丈夫そうで良かった」
「‟君は”?俺以外にも被害者が!?」
エスペランサは逃げ遅れた生徒が何人か列車内にいたことを思い出した。
「心配しなくても良い。君と同様に意識を失った生徒は2名程居るが、命に別状はないし、安静にしておる」
「2名………。フローラの他にも一人やられたのか………」
ともあれフローラが無事であることを確認したエスペランサは安堵した。
「わしも吸魂鬼が生徒を襲う事態になるとは思わなんだ」
「吸魂鬼………。それが奴らの名前ですか?奴らは一体………」
吸魂鬼という名前にエスペランサは聞き覚えが無かった。
「吸魂鬼(ディメンター)。この世で最も禍禍しく、そして穢れた存在じゃ」
エスペランサはダンブルドアが禍禍しい、穢れた、という言葉を使うのをはじめて見た。
ダンブルドアほどの人物がそのように形容する吸魂鬼という生物はよほど厄介な存在なのだろう。
「君はアズカバンを知っておるかの?」
「魔法使いの監獄………とだけ」
「吸魂鬼はアズカバンの看守なのじゃ。忌まわしく邪悪な闇の生物の中でも最も厄介な存在での。人々の幸福な気持ちを好物として、それらを全て吸い取ってしまう。奴らが現れると人間は幸福感を無くし、最悪の記憶と絶望で満たされることとなるのじゃ」
なるほど、とエスペランサは思った。
エスペランサにとって最悪の記憶は戦場で仲間を殺されたりしたときの記憶だ。
吸魂鬼が最悪の記憶を思い出させる存在ならば彼が戦場での出来事を思い出すのは当たり前である。
「しかし………それが本当なら、フローラは気絶するほどの最悪な記憶があったってことか………」
「今回、吸魂鬼に襲われた生徒は少なからず他の生徒よりも壮絶な過去を持って居る。君もカローラ嬢もハリーも。普通の人は持ち得ないほどの最悪な記憶を持つ人間は吸魂鬼にとって標的にし易い存在であり、影響を受けやすいのじゃ」
「凄惨な過去を持つ人間ほど、吸魂鬼によるダメージが大きいと言う事ですか」
「左様じゃ」
ハリーは両親を殺された記憶を持つ。
それは普通の生徒が持っていないような悲惨な記憶だ。
そのような記憶を呼び覚まされれば気絶をするのも頷ける。
エスペランサは数多もの戦場で殺し合った時の記憶がある。
戦場慣れした特殊部隊の傭兵であるエスペランサと言えども仲間を殺されたり、敵を殺したりした記憶は苦痛に感じる。
彼の場合はハリーよりも精神的に強い部分があったために、それらの過去を振り切って吸魂鬼と戦うことが出来た。
そんな2人と同じく、気を失ったフローラは一体どのような悲惨な過去を持っているのだろうか………。
「そんな生物に監視されたアズカバンを脱獄したシリウス・ブラックという人物は相当な実力者なんでしょうね」
エスペランサの言葉にダンブルドアは少し眉を動かした。
「そうじゃのう。並の人間ならあの監獄に1日いるだけで精神を病んでしまう。アズカバンを訪れたものが、あの場所のことを語りたがらないのは吸魂鬼の恐ろしさによるところが大きい」
「そうでしょうね。忌々しい生物だ。俺の武器も効きませんでした。奴らを倒す方法は無いんですか?」
「君の言う通り、吸魂鬼には君の持っているような武器や魔法による攻撃は通用しない。もしかしたら倒す方法が存在するのかもしれんが、英国魔法省は奴らを恐れて、奴らをアズカバンの看守にしたときから吸魂鬼の研究を止めてしまっておる。だから実のところを言えば吸魂鬼について分かっていることは少ないのじゃ。奴らが生きておるのか、死んでおるのか、死をも超越しておるのか。それすら分からんのじゃよ。唯一、守護霊の呪文のみが奴らを撃退することが出来る」
「守護霊の呪文………。あの時の呪文か!」
エスペランサは意識を失う直前、さっそうと現れたルーピンという名の教師が吸魂鬼を追い払うのを見た。
その時、ルーピンの杖から銀色に光る物体が吸魂鬼に向かって突進していったが、それが恐らく守護霊の呪文とやらだったのだろう。
「ルーピン先生に助けられた様じゃな。彼は今年度から闇の魔術に対する防衛術を担当して下さる。暇なときにでもお礼を言いに行くと良い」
「はい。そうします。ところで、なぜ吸魂鬼とやらはホグワーツ特急に侵入してきたんですか?」
「真に忌々しいことじゃが、魔法省の要請で今年いっぱい吸魂鬼がこのホグワーツを護衛することになったのじゃ。その関係上、ホグワーツ特急の中に不審な人物がいないか立ち入り検査を行ったらしい」
「護衛………。シリウス・ブラックからハリーを守るため?ですか」
「良く知っておるの。ブラックがハリーを狙っているという話は本人から聞いたのかね?」
ダンブルドアがブルーの瞳でエスペランサを覗き込むように言う。
「そうです。しかし、皮肉なものですね。護衛対象であるハリーを吸魂鬼が襲うとは」
エスペランサは鼻で笑いながら言った。
彼は吸魂鬼に護衛が務まるとは思えなかったし、逆に吸魂鬼は生徒にとって脅威になると考えていた。
事実、被害者が出ているわけだ。
「もっともな意見じゃな。しかし、ブラックの侵入を防ぐことの出来るのは吸魂鬼くらいなものだ、と考える人も多い。吸魂鬼は絶対に校内には侵入させないという約束の元、護衛に配置した。君が心配しなくとも吸魂鬼に生徒を襲わせる事態にはさせんよ」
「………………」
エスペランサはその言葉を信用していなかった。
ダンブルドアは万能ではない。
前年度は校内でバジリスクが徘徊し、生徒に犠牲者も出た。
いくらダンブルドアでも防ぐことの出来ないことはある。
結局、バジリスクにとどめを刺して事件を収束させたのはエスペランサと彼の持つ武器であったわけだし、今回も………。
「何か考えておるな?」
「!?」
「君が思っておる以上に吸魂鬼は厄介で危険じゃ。倒せると思って戦いを挑む、という行為は避けてほしいの」
朗らかに言うダンブルドアであったが、その眼は笑っていなかった。
本気でエスペランサに忠告をしているのだろう。
「銃が効かない連中に戦いを挑むほど自分は愚かではありません。それに訳あって自分はかつてほどの火力を出せない。吸魂鬼に戦いなんて挑みませんよ」
「そうであればよいのじゃが………。さあ、君ももう大広間に向かうと良い。まだ晩餐の最中じゃろうから仲間と一緒に食事をしなさい。ハリーもカロー嬢ももう大広間に行っておる」
年度開始日の晩餐で出る御馳走はエスペランサの楽しみの一つである。
彼はダンブルドアの言葉に甘えて医務室を後にすることにした。
ダンブルドアはマダム・ポンフリーに用件があるらしく、医務室に残ったのでエスペランサは一人で大広間に向かうことになった。
大広間に向かいながら彼は回収した拳銃のスライドを元に戻し、新たな弾倉を装填する。
9ミリパラベラム弾をフル装填したベレッタを懐にしまい込む。
吸魂鬼。
物理攻撃が通用しないというエスペランサにとっては相性の悪い敵。
ではどうやって倒せばよいのだろうか。
ダンブルドアの忠告を無視して、彼は吸魂鬼を倒す算段を立て始めている。
ホグワーツ特急内での戦闘は彼の完敗であった。
敗北という屈辱。
そして、彼は罪の無い生徒を襲った吸魂鬼を許しはしなかった。
故にエスペランサは復讐心に燃える。
吸魂鬼を倒すのは復讐の為だけではない。
もし仮に、吸魂鬼を倒すことの出来る方法が確立されたのならば、それは‟力”となり得る。
吸魂鬼を倒すことの出来る軍隊が英国魔法界に出来たとすれば、その存在は魔法省にも影響を与えることが出来るほどの発言力を持ち得るものになるだろう。
吸魂鬼を倒す決意を固めたエスペランサは無意識にニヤリとしていた。
彼は戦場で多くを失い、大きなトラウマを背負っている。
しかし、一方でやはり兵士の血が残っていた。
倒すべき強敵の存在が居ることに無意識に喜びを感じるエスペランサの心は、いまだに戦場に取り残されたままなのである。
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新学期が始まった。
新学期が始まって最初の朝。
マルフォイをはじめとするスリザリン軍団は例によって気絶したハリーをからかっていたが、同じく気絶したエスペランサのことは意外にもからかってこなかった。
大広間で朝食を摂るハリーにわざわざ近寄ってきて「ポッター。吸魂鬼が来るぞ」とせせら笑うマルフォイであったが、ハリーの横でパンをもぐもぐ食べるエスペランサと目が合うと、気まずそうに退散していく。
「ああ?珍しいな。ハリーのことは散々からかっておきながら、俺のことは一言も触れないなんて………」
エスペランサは退散したマルフォイのことを不可解に思いながらも朝食を続けた。
エスペランサは知る由も無かったが、実はマルフォイは昨晩、エスペランサが吸魂鬼と戦闘を行った列車内で逃げ遅れた生徒の中にいたのである。
他の逃げ遅れた生徒と共にガタガタ震えていたマルフォイは颯爽と駆けつけて吸魂鬼と交戦を開始したエスペランサに助けられたことになる。
実際、マルフォイ以外にもフローラをはじめとして何人かのスリザリン生はエスペランサは意図していないものの、事実上助けられており、心の奥底では感謝をしていたりした。
また、スリザリン生というのは本質的に‟強者”を尊敬する節がある。
強力な闇の魔法使いを崇める生徒が多いスリザリンであるが、生徒たちが憧れるのは闇の魔術そのものというよりは、闇の魔術の‟強さ”だ。
エスペランサはただ単に勇敢なグリフィンドール生とは違う。
勇敢ではあるが規則やぶりで後先考えずに行動するグリフィンドール生とは違い、彼は燃密な作戦を計画して、合理的かつ効率的に火力で敵をねじ伏せに行く。
脳筋が多いグリフィンドールの中でも異端な存在だ。
バジリスクやトロールを爆薬で吹き飛ばし、吸魂鬼に単身挑み、寮に関係なく生徒を救おうとしたエスペランサを密かに崇めるスリザリン生も少なからず存在するのである。
この様な背景があるからスリザリン生はハリーをからかっても、エスペランサをからかおうとはしなかった(一部例外を除くが)。
さて、3学年になった初日の授業であるが、エスペランサは占い学と変身術だ。
占い学に関しては選択授業である。
授業の場所は北塔の天井裏にある教場という辺境であり、かなり急な螺旋階段と梯子を上ってようやく到着した。
占い学の教場は黒いカーテンで全ての窓が封じられており、照明のランプは暗赤色の布で覆われているため視界が悪い。
エスペランサは薄赤色に染められた教場を見て一瞬、風俗街を思い出した。
窓を閉め切っているのに、暖炉で火を焚き、お香の香りを充満させる教場内はとんでもない熱気に包まれている。
並べられた丸テーブルの一つに座った彼は教科書で自身をあおいで何とか熱さを和らげようとした。
「隣、よろしいですか?」
パタパタと教科書をあおぐエスペランサの横にフローラ・カローがやってくる。
「ああ。どうせ隣には誰も居ない」
「ありがとうございます。本当はダフネが一緒に履修する予定だったんですが、彼女は昨日の晩餐でドクシーの卵を一気食いして医務室に運ばれていまして」
「何やってんだあいつは………」
「最近、賭けで負けた罰ゲームとしてドクシーの卵を食べるという文化が発達しているみたいです」
その手の馬鹿な賭けをするのはグリフィンドール生だけだと思っていたエスペランサだったが、どうも違うようだ。
「それよりも、昨晩は助けていただいたようで………。ありがとうございました」
「いや、別に。俺は結局のところ吸魂鬼に歯が立たなかったしな。お礼ならルーピン先生に言ったらいい」
「ルーピン先生………。新任のあの教師ですか。彼が吸魂鬼を撃退した、と?」
「どうもそうみたいだ。対して俺はあえなく敗退した」
「しかし、吸魂鬼に襲われて倒れていた私をコンパートメント内に避難させてくれたのはあなただと聞きました。それならば、やはりあなたにもお礼を言っておくべきです」
フローラは真っすぐエスペランサを見つめて言う。
エスペランサは短い髪の毛をクルクル回して明後日の方向を向いていたが、フローラにはそれが照れ隠しの仕草であることがわかっていた。
やがてトレローニーという中年の女教師が教室に入ってきて授業が始まる。
トレローニーはどデカい丸眼鏡をかけて、霧の向こうから響いてくるような声で話す変わった教師であった。
何だか胡散臭い占いを2つ3つ言った後で、各テーブルごと「お茶の葉占い」をするように生徒に命じた。
お茶の葉占いというのは紅茶をカップに注ぎ、それを飲み干した後、カップの底に残ったお茶葉の形で未来を占うというものである。
おそらく安物の茶葉で作られた紅茶を一気飲みしたエスペランサはカップをフローラのものと交換して底を見る。
この占いは自分のカップではなくペアになった生徒のカップの底の茶葉を見ることになっていた。
自分のカップで占いをするとどうしても自分に贔屓した内容の占いをしてしまうためだ。
「えーと。これは何だろうな。俺には葉っぱに見える」
「当たり前です。茶葉ですから」
「駄目だ。俺には才能が無いらしい」
「私の方は………蝋燭に見えますね」
フローラはエスペランサの飲みほしたカップを覗き込んで言う。
それを聞いたエスペランサは「未来の霧を晴らす」という教科書をパラパラとめくり、蝋燭が何を示すかを探した。
「フロイトの夢判断みたいなものか」
「何ですか?それは」
「夢の内容からその人の精神を分析する研究だ。暇なら調べてみると面白いぞ。ちなみに俺の今日の夢には巨大な蛇と剣が出てきた」
「はあ?」
教科書の中から蝋燭に関する記述を見つけたエスペランサはそれを読み上げた。
「蝋燭は炎に関する予言につながる。軽いものだと火傷。重いものだと山火事。へえ。火傷には気を付けた方が良いな」
「あなたの場合、火薬の類を良く使っていますからそれのことなんではないでしょうか?」
「ああ。言われてみればそうだ。案外、この占いはあたるのかもしれないな」
「教師は胡散臭いですけどね」
そう言いながらフローラは後ろを見つめた。
彼女の背後では今まさにトレローニーがハリーに「グリム」だの「死」だの物騒な予言をしている最中であった。
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初日は平和に終わったが、新学期二日目に事件は起きた。
ハグリッドが行った魔法生物飼育学という授業でヒッポグリフという生物がマルフォイを襲うという事件である。
経緯を聞いたエスペランサはマルフォイの自業自得だと思ったが、一方でハグリッドにも非があると思った。
ヒッポグリフは危険度の高い生物である。
無論、常に武装したエスペランサの敵ではないが、一般生徒からしたら十分な脅威だ。
一説に、人間は日本刀で武装して初めて猫とやりあえるというものがある。
この説が正しいかはともかくとして、野生の動物と接するのは思った以上に危険であり、安全管理は厳重に行わなくてはならないのだ。
マルフォイ等の問題児を抱えるクラスを担当するのなら生徒を常に監視して問題が無いようにするのが教師の役目であるし、そもそも初回の授業ではもっと簡単な生物を紹介して野生動物に徐々に慣れさせるべきだった。
エスペランサはこの授業を取っていないから事件に関しては他人事である。
しかし、ハリーたち3人はハグリッドのことを心配しており、談話室ではお通夜ムードであった。
そんなこんなで迎えたのがルーピン先生による「闇の魔術に対する防衛術」の授業だ。
机と椅子が撤去され、ガランとした職員室で授業は行うらしい。
教室ではなく職員室で行う理由は、座学ではなく実施訓練を行うからだ。
ホグワーツの3年生が経験した実施訓練は昨年度のピクシー妖精のみ。
故に、生徒たちは実施訓練と聞いて不安に思ったわけである。
広くなった職員室の中央には古い洋服箪笥がポツンと置かれていた。
どうでも良いが、ホグワーツの備品はどれもこれも古くてオンボロだ。
洋服箪笥はガタガタと震えており、中に何者かが入っていることは明白だった。
「大丈夫。怖がらなくて良い。ああ、エスペランサ。銃は構えなくて良いよ。中に入っているのはマネ妖怪のボガートなんだ」
ルーピンが優しく言う。
銃を下ろしながらエスペランサはリーマス・ルーピンという教師が有能であることを悟った。
生徒を安心させる喋り方。
ニコニコ笑っているが、隣にマネ妖怪とやらが居るためか警戒態勢は決して崩さない。
初めての実弾射撃で隊員を安心させる助教のようなかんじだ、とエスペランサは思った。
見た目のみすぼらしさに反して、案外強者なのかもしれない。
「ボガートが何者か、説明できる人は?よし、ハーマイオニー」
「ボガートは形態模写妖怪です。目の前にいる人間の一番怖いものにその姿を変えることが出来ます」
「私でもそんなに上手に説明は出来なかっただろう!そう。このボガートは一番怖いものに姿を変えるんだ。でも、今、我々はボガートに対して有利な状態にある。何故だと思う?ハリー」
「ええと、僕たちは大勢いるから、ボガートは何に変身すればよいかわからない」
「そういうことだ!こいつを倒すときは複数人でいることが重要なんだ。でも、一人でも撃退できる。それには非常に強い精神力が必要だ。呪文自体は簡単。リディクラスと唱えるだけで良い」
生徒たちはリディクラスと復唱する。
「教官。質問があります」
「どうぞ、エスペランサ」
「呪文で撃退可能なのはわかりました。では、物理攻撃での撃退は可能ですか?」
吸魂鬼には物理攻撃が効かなかった。
あらかじめ敵が物理攻撃で倒せるのか、倒せないのかを知っていないとまた吸魂鬼と戦闘を行なった時のように敗退する。
エスペランサは同じ過ちを繰り返さない為にも、敵が物理攻撃を受け付けるかをあらかじめ知っておこうと思ったのだ。
「失神光線などの攻撃はあまり効果が無い。リディクラスの他には高度な攻撃呪文で撃退が可能だけどね。物理攻撃というのは君の持つマグルの武器のことだね。結論から言えば効果はある。マネ妖怪はゴーストと違ってこの世に存在する魔法生物の一種だからね。でも、自分が一番怖いと思っている物を前にして物理攻撃を行うと言う事は難しいことだと思う。だから、今日はリディクラスを使った撃退法を覚えてほしい」
そう説明したルーピンはネビルを皆の前に呼び出した。
実施訓練第一号はネビルに決定していたらしい。
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ネビルは皆の不安を余所に見事、ボガートを撃退した。
彼の恐れていたものはスネイプ先生だ。
リディクラスという呪文は「笑い」を源としたもので、怖い姿で登場したボガートを面白い姿に変えてしまうものだった。
怖い姿から一瞬で面白い姿に変えられたボガートは混乱し、動きが止まるわけである。
ネビルによって奇抜なファッションをしたスネイプに変えられたボガートは攻撃対象をネビルからパーバティーやシェーマス、ロンへ変える。
ミイラやバンシー、蜘蛛に姿を変えたボガートであったが、生徒によってあっという間に撃退される。
エスペランサも隠し持っていたM92FやUZIといった銃器を教室の傍らに置き、杖だけを持った状態で迎え撃とうとする。
(果たして、俺が最も恐れるものって何なんだろうな)
ディーン・トーマスに撃退されたボガートがついにエスペランサの目の前にやってきた。
「ああ………なるほど。そういうことか」
エスペランサの前にやってきたボガートは‟死体の山”に変身した。
「きゃああ!」
「なんだこれ!」
突然現れた死体の山に生徒たちは顔を真っ青にして悲鳴を上げる。
死体の山にはかつてエスペランサと共に戦った兵士たちだけでなくハリーやロン、ハーマイオニー、フローラ、セオドールなど親しい学友も含まれていた。
「エスペランサ………」
ルーピンが心配そうにエスペランサを見る。
「大丈夫です。教官」
彼はそう言って杖を構えた。
エスペランサの恐れていたものは‟仲間の死”であった。
おそらくそれは傭兵時代から変わっていないだろう。
いや、仲間の死ではなく仲間を救えないことに恐怖を感じているのかもしれない。
(仲間の死、仲間を救えないことへの恐怖、か。それなら良い。その恐怖は決して捨ててはならない恐怖だ)
彼は冷静に「リディクラス」と唱える。
死体の山だったボガートはポンという音を立てて消え、次のターゲットであるハリーへと向かっていった。
ボガートに物理攻撃が通用するのかは不明ですが、4巻で守護霊の呪文に対してひるんでいたのでまあ効くかな、と。
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