投稿遅れて申し訳ありません。
実は先日、婚約しまして……
その関係でバタバタしていました
これからも投稿していきますので、宜しくお願いします。
ロバート・リチャードソン中佐は米国陸軍の軍人である。
かつてはグリーンベレーに在籍していた事もあり、ベトナム戦争や湾岸戦争でも戦果を挙げている。
しかし、退役まであと10年を切った彼は既に最前線から遠ざかり、現在は米国国防総省(ペンタゴン)内で仕事をしていた。
そんなリチャードソン中佐は今、英国国防省の一室に来ていた。
英国国防省はロンドン市内に存在する。
職務上、一度だけ彼はロンドンに来たことがあったが、現在のロンドンはかつてとは打って変わっていた。
夏なのに何故か市内が霧に覆われ、冷気が漂っているのだ。
肌寒いだけでなく、不愉快な空気を感じる。
最近、ニュース等で取り上げられている環境問題の影響だろうか。
リチャードソン中佐が英国国防省に来た理由は英国国防省の広報官であるジョン・スミスという男から「湾岸戦争に関する情報共有」の為に来て欲しいと言われたからだ。
この胡散臭い依頼を中佐が承知する筈は無かった。
だが、英国国防省がここ1年で何か怪しげな動きを見せているのはペンタゴン内でも噂されていたので、その探りを入れるという意味で上層部は無理矢理リチャードソン中佐を派遣したのである。
「お待たせして申し訳ありません。リチャードソン中佐」
英国国防省の地下にある窓一つない部屋に若いスーツ姿の男が入って来る。
「君がスミス大尉か?国防省に来て歓迎されると思っていたんだがね。こんな地下の密室に案内されたものだから、てっきり暗殺でもされるのではないかと思ったよ」
リチャードソンは皮肉混じりに言う。
彼が案内された部屋は恐らく省内でも知る人は限られるであろう地下深くに存在する防音室だ。
会議室のような見た目をしているが、四方に監視カメラが設置されている上に、ドアは電子ロック。
まだ世間には出回っていない最新のコンピュータまでもが揃っていた。
「失礼であるのは承知の上です。何せ、今回の話は国防省内でも極秘中の極秘で。紅茶でもいかがです?この部屋に客人をもてなす物は紅茶しかありません。ああ、米国人はコーヒーでしたか」
「そうだな。生憎と我々米国人はボストンで紅茶を喪失してしまっているからな。それより、極秘ということは私を呼んだ理由は湾岸戦争に関する件ではないのだろう?」
「もちろんです」
「やはりな。英国国防省が最近キナ臭いのは知っていたが、あなた方は何を隠しているんだ?それに、君は広報官ではないだろう」
「そうですね。広報官というのは無理があり過ぎました。名前も仮名です」
スミスの立ち振る舞いはグリーンベレーやデルタフォースの軍人そのものだ。
恐らくSASに関わりのある人間だろう。
歴戦のリチャードソンは一目見た時からスミスの素性を見抜いていた。
「では単刀直入に聞くが、私をここに呼んだ理由は何だ?」
「全てお答えする準備がこちらにはあります。が、その前にいくつか聞かせてもらっても良いですか?」
「質問に質問で返すとは……。まあ、良い。何が聞きたい?」
それまで微笑んでいたスミスの顔が急に真面目な顔になる。
なるほど、こっちが本当の顔か。
リチャードソンはそう思った。
恐らくスミスも数々の修羅場を潜り抜けてきた軍人に違いない。
もっとも、修羅場の数ではリチャードソンの方が上回っているだろうが。
「マクーザ、ノーマジ、グリンデルバルト、イルヴァーモニー、ヴォルデモート、ダンブルドア、ホグワーツ。これらの単語に聞き覚えはありますか?」
「何だそれは?何のGIスラングだ?」
「いえ、聞き覚えが無いのであれば結構です。では……子犬のワルツ計画については何か知っていますか?」
途端にリチャードソンの顔が険しくなる。
その計画を英国国防省の人間が知っている事自体が米国の危機である為だ。
「何故、君がその計画を知っている?米国の中でもその計画を知る人間は僅かしか居ない」
「ということは知っているのですね」
「ああ。知っているとも。だが、あの計画は既に打ち切られている。今更、何も話す事は無い」
「ええ。そうでしょうね。子犬のワルツ計画。戦闘員の不足を補うと共に、世界各地での作戦遂行に即応性を持たせる為に米国が密かに実施していた傭兵部隊育成計画。あなたはそれに参加していた」
「そうだ。していた。正確には傭兵育成のための教官で派遣されていた」
子犬のワルツ計画。
世界の警察とあらんとする米国であったが、世界各地の紛争を解決するには人手が不足していた。
また、米国本土や同盟国から部隊を派遣するのは即応性に欠ける。
それらの問題を解決する為に、世界各地に米軍傘下の非正規傭兵部隊を設立するというのが「子犬のワルツ計画」だ。
その第一弾は中東で行われた。
孤児や難民の子供を拾ってきて、幼少時から軍人としての英才教育を行う。
そして、完全なキルマシーンと化した傭兵を育てるのだ。
もちろん、表沙汰になれば世界中からバッシングを受けるような計画だ。
その教官をしていたのが元グリーンベレーのリチャードソン中佐だったのである。
しかし……。
「湾岸戦争において、もはや人による戦闘は時代遅れだと分かった。ハイテク兵器による戦闘が結果を出したからな。逆にモガディッシュの戦闘では人的被害が多く出た。故にペンタゴン上層部も子犬のワルツ計画に割く予算をハイテク兵器開発に移し、計画自体が凍結された」
放棄された傭兵部隊はそのまま、紛争地帯の傭兵組織となった。
今や有人戦闘は時代遅れとなっている。
米軍は無人兵器や高性能誘導弾の開発に力を入れ始めた。
子犬のワルツ計画は事実上消滅したのである。
「なるほど。では、中佐。エスペランサ・ルックウッドという少年をご存知で?」
「ご存知も何も。私が育てた傭兵の一人だ。中東で捨てられていた子供の一人で、4.5歳の頃から傭兵としての育成を開始した」
エスペランサ・ルックウッド。
リチャードソンが育成した傭兵の中でも最年少の隊員だ。
中東の街の片隅で餓死しかけていた孤児だったが、リチャードソン率いる部隊に保護され、軍人としての英才教育が施された。
10歳前後の年齢にも関わらず、戦闘員としての頭角を現し、最終的にゲリコマ作戦の担当をさせるまでに至った逸材。
どんな過酷な訓練でもストイックに打ち込む姿は最早、軍人として生まれてきたといっても過言では無かった。
成人していれば計画凍結後も米軍に勧誘していただろう。
しかし、計画凍結時に11歳だった彼はそのまま中東紛争地帯の傭兵となった。
「彼は今、英国に居ます」
「みたいだな。一度だけ連絡が来た。数年前のクリスマスにマグゴナガルという孤児院か何かの教師から手紙が来て生きている事を知った。だが、エスペランサが今回、何か関わっているのか?」
「関わっています。彼は今、英国内で軍事組織を作っているのです」
「民間軍事会社でも作ろうとしているのか?あいつならやりかねんが」
「いえ、彼の作っているのは………魔法使いによる軍隊です」
リチャードソンはスミスが狂ったと思った。
魔法使いの軍隊。
何の冗談だろう。
だがスミスの顔は至って真面目だ。
「聞き間違えでなければ、君は今、魔法使いの軍隊と言ったか?」
「ええ言いました」
「冗談はよせ。それともこれも英国特有のブラックジョークなのか?」
「ジョークであれば良かったのですが。この世界には確かに魔法が存在し、米国にも魔法使いが居るんです。ペンタゴンの上層部も既に知っているでしょう」
「馬鹿馬鹿しい。魔法なんてものが存在するのであれば、米軍はハイテク兵器なんかに頼らずに済む」
「そのハイテク兵器の開発も魔法あってのものなんですよ。あなた方米軍が湾岸戦争を一方的な勝利にしたのは米国魔法省と米軍国防総省が手を組んでいたからです」
リチャードソンは無意識に自分の頬をつねっていた。
スミスが嘘をついているとは思えない。
であれば、これは夢なのだろうか。
「信じられないのも無理はありません。が、しかし魔法はこの世界に存在しているのです。でなければ、世界各地の伝承に魔法という物が存在している理由にならない」
「魔法なんてものがあれば人類はもっと進化しているのではないか?」
「その指摘はもっともです。しかし、魔法界は我々非魔法族との接触を極限まで減らし、魔法が露見するのを禁じています。中世の魔女狩りはご存知でしょう?この世界で魔法が露見すれば魔法界も我々の世界も秩序が乱れる。それを魔法使い達はよく知っている」
「だが、ペンタゴン上層部は魔法界と手を組んで兵器開発をしているという話じゃないか」
「いつの世にも金儲けをしたいと思う連中はいるんです。魔法界も例外ではない。恐らく英国を除いた先進国は少なからず魔法界と協力関係にある。特に米国は冷戦下でソ連に勝つ為に手段を選ばなかったでしょうから」
確かに米軍や米国政府内に極秘の部署が存在するのは確かだ。
それに加えて米軍内でもファンタジーのような与太話がある。
例えば、海兵隊で語り継がれている「硫黄島で魔女を見た」という話だ。
「なるほど。だが、魔法が存在している事と私に何の関係がある?そもそも政府が魔法界とやらと協力関係にある以上、私が何かする事もないだろう?」
「米国はそれで良いかもしれません。建国から日が浅い米国では魔法族が非魔法族を差別する風潮はあまり無い。故に良好な関係が築けている。魔女狩りが無く、古来から魔法族と非魔法族が繋がっていた中国や日本もそうだ。四川や京都御所は親非魔法族で有名ですから。だがしかし、英国は違う」
「英国は違う?どういう事だ?」
「英国魔法界は非魔法族、つまり我々を下等生物とみなしている。というのも、英国魔法界は少し特殊でしてね。現在、英国魔法界では非魔法族を支配下に置こうとする連中が力をつけてきているのです」
「それはつまり……英国の魔法使いが攻めてくるということか?」
「もう既に攻められているんです。敵の首謀者はヴォルデモートと名乗る闇の魔法使い。かつて英国魔法界を手中に収め、非魔法族にも夥しい犠牲者が出た。そして、我々英国軍はそれを指を咥えて見ているしか無かった」
スミスの目に怒りの感情が宿る。
もしかしたら、このスミスも被害者の一人なのかもしれない。
リチャードソンはふとそう思った。
「英国軍は魔法使いと戦争をしようとしているのか……」
「そうです。ヴォルデモート勢力はまだダンブルドア勢力と拮抗しているが、恐らく、数年後、あるいは数ヶ月後にはヴォルデモート勢力が魔法界を支配します」
「ダンブルドア勢力というのは何だ?穏健派か?」
「英国魔法界も全員が全員、非魔法族を支配しようとしているわけではありません。むしろ、そっちの方が少数派でしょう。ヴォルデモート勢力に対抗する勢力は現在のところ、魔法省とダンブルドアが率いる組織です。ただし、魔法省は信用しない方が得策だ。魔法省にも親ヴォルデモート派は大勢いる」
リチャードソンは頭の中を整理した。
ヴォルデモートというのが非魔法族を支配しようとする勢力の親玉。
魔法省というのは恐らく魔法界の政府だろう。
魔法界も非魔法族と同じように国ごとに政府があるに違いない。
しかし、ダンブルドアという人物のポジションがリチャードソンには想像できなかった。
「少しずつ理解出来てきた。まだ夢でも見てる気分だがな。英国の魔法使いは2つの勢力に分かれていて、その片方が我々の世界、つまり魔法が使えない人間を支配しようとしているという認識で良いか?」
「構いません。それで概ね正しいですから」
「ならば英国軍はそのダンブルドアとやらに手を貸して敵勢力を殲滅すれば良いのではないか?敵の魔法使いが何人いるのかは知らんし、魔法がどの程度の脅威になるのかは分からんが」
「それが出来ていればやっています。しかし、それをすれば魔法を秘匿出来なくなる。魔法界と非魔法族との垣根が完全に取り払われ、世界は混乱するでしょう。魔法界と我々の世界の関係は今のままが望ましい。国連も国際魔法機関も同意見でした。つまり、表立って英国軍が魔法使いを支援は出来ない。そもそも英国軍内で魔法界を知るのは極めて少数の人間だけなんです」
「では、そのヴォルデモートとやらの脅威をどう排除するつもりなんだ?」
「簡単な話です。この英国に魔法族なんて存在しなかった事にしてしまえば良い」
「それは……どういうことだ?」
「英国魔法界は他国の魔法界に比べて非魔法族、彼らはマグルと呼んでいますが、に対する差別意識が強いです。魔法省内部にも親ヴォルデモート派とはいかないまでも、マグル界を征服することに賛成の者は多いでしょう。仮にヴォルデモートを消したところで、第二のヴォルデモートが出現するのは時間の問題です。それにヴォルデモートがいくら強かろうと、英国魔法界自体が消えてしまえば………。だからこそ……」
「魔法族そのものを抹殺する……ということか」
「そうです。既に国連も世界魔法機関も裏では賛同してくれています。何せ、ヴォルデモートの存在は他国にとっての危機でもありますし、世界はグリンデルバルドに苦い思いをさせられていますから。英国魔法界を一掃することに賛同する国は少なくない」
リチャードソンはスミスの考えに反対はしなかった。
軍隊は自国民を守る事が仕事である。
だから彼が魔法界の一掃という選択肢を選ぶのは至極当然とも言えた。
「しかし、問題が幾つかあるぞ?まず第一に魔法族の戦力が分からないところだ。私は魔法使いの力を知らないから勝機があるのかもわからん。仮に戦力が一国の軍隊に相当するのであれば制限戦争ではなく全面的な戦争になるだろう。それが可能な戦力を英国軍も用意するのは簡単ではないだろう。魔法使い相手に戦争をすると言って素直に出動する部隊なんて一握りも無いだろう。第二に善良な魔法使いも殺さねばならんという問題がある」
「英国魔法界を一掃する案は最終手段です。現段階で魔法界はまだかろうじて法治国家として機能しています。それに、善良な魔法使いは今も戦っています。その一人があなたも良く知るエスペランサ・ルックウッドだ」
「あいつが……戦っているのか。正義感は強い奴だったからな……。そうか、あいつが」
「彼は英国魔法界唯一の教育機関であるホグワーツで魔法使いによる軍隊を編成して闇の魔法使い達と戦闘を行っています。現に何回か敵のマグル界への侵攻を阻止しました」
ロンドン市街地戦はスミスも知っていた。
少数戦力で犠牲者を出さずに敵を殲滅した手腕は天晴れである。
「教育機関で軍人を育成しているのか……。ROTCのようなものか?それはともかくとして、要するにエスペランサやダンブルドアとやらが勝てば全て丸く収まるのだろう?」
「当面の間はそうかもしれませんが、前回、ヴォルデモートが倒されてから平和な期間は20年も続きませんでした。前回の紛争ではマグル側にも1000人を超える犠牲が出ています。つまり、英国魔法界は我々の世界にとって不確定要素なんですよ」
英国魔法界という爆弾を抱えている英国マグル界の政府は既に決断していた。
いつの日か魔法界を切り捨てなくてはならないと……。
そして、その為の準備は始めている。
本来であれば英国マグル界の首脳陣はそんな決断をしなかった。
だが、スミスの工作により、一転して対魔法界強行路線に方針を変えている。
「それに、エスペランサ・ルックウッドの組織は恐らくヴォルデモートに勝利する事を目的とした組織ではありません。私は彼に一度会いました。エスペランサという男は正義感が強い。しかし、正義感が強過ぎる者が軍事組織を持てばどうなるか……。あなたにも分かるでしょう?」
「暴走する可能性がある……」
強過ぎる正義感故にエスペランサは危ういところがあった。
それはリチャードソンも危惧していた事である。
確かに兵士としては優秀だが、指揮官となると話は別だ。
エスペランサは何をするか分からない怖さがある。
「これはあくまでも可能性ですが、もしかしたらエスペランサ・ルックウッドの組織が英国にとっての脅威となるかもしれない。その時の為に、あなたにはオブザーバーとなって欲しいのです」
「私に英国軍の組織に入れと言うのか?残念だが、その権限は私には無い」
「既に米軍とは話を通してあります」
「何だと!?」
まさかそこまで手が回っているとは思っていなかった。
リチャードソンとしては拒否権を封じられたに等しい。
「我々も国を守るのに必死なんです。もし仮にエスペランサ・ルックウッドと我々が敵対した場合に助言して下さるだけで良いんです。それ以外は望みません」
「話が急過ぎる。少し考えさせてくれ」
「前向きに考えて頂けると助かります。それから、今日は我々の司令官に会って頂きたいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「司令官?」
「ええ。我々の組織の創設者であり、本作戦を執り仕切る者です」
リチャードソンはスミスに案内されて、さらに建物の地下に向かった。
電子ロックがかかった扉を5つ越え、2回の持ち物検査をされた後でようやく目的地へ到着する。
「これは………」
リチャードソンは思わず声を出した。
まるで海軍艦船のCICのようだ。
彼はそう感じた。
ペンタゴンにも作戦司令室は存在するし、何度かそこで勤務をしていたが、それと同等以上の機能を備えた部屋であるのは間違いない。
部屋の広さはそこまで広くないが、正面には巨大な電子モニターとレーダー画面があり、所狭しと置かれた機器(レーダーや通信機器と思われる)にはオペレーターが張り付いている。
光源はモニターのみの暗い部屋だが、ここに詰めるオペレーターや隊員は20名近くいた。
モニターを見ると、英国各軍の現在地や弾薬等の補給状況も記されている。
「ここには英国軍の情報が全て集まってきます。正面のモニターは防空レーダーを映したものですが……」
スミスが指差すモニターは確かに空軍のレーダーを映していた。
しかし、そのレーダーには何か見慣れない斑点のような物が無数に存在している。
「この斑点はなんだ?偽像か何かか?」
「これは英国内で活動している吸魂鬼を映しているんです。吸魂鬼というのは……闇の魔法生物です」
「その吸魂鬼とやらはレーダー波で捉えられるのか?」
「不可能です。ですが、吸魂鬼が出現すると濃い霧が現れます。そっちは捕捉可能なので何とか……」
設置されている機器は見慣れない物ばかりだったが、どうやら対魔法使い戦に特化した作戦司令室のようだ。
「なるほど。魔法使いとの戦闘はここで指揮を執るわけか」
「そうです。この部屋の説明は後々します。司令室はこちらです」
部屋の隅にこれまた厳重な扉があり、その上に「司令室」というプレートが貼り付けてあった。
スミスは扉をノックし、中に入る。
リチャードソンもそれに続いた。
「司令。こちらがリチャードソン中佐です」
司令室は照明があり、他の部屋よりは明るかった。
社長室のような部屋であるが、壁に無数の内線電話が取り付けられ、膨大な資料が本棚に格納されている。
部屋の中央にある大きなデスクに司令と思われる男が座っていた。
「米国陸軍リチャードソン中佐です」
「おお、君がそうか。いや、この姿ですまない。かなり前の戦闘で足を駄目にしてしまってね」
見れば司令は車椅子に座っていた。
年齢は50を超えているだろう。
白髪で皺が刻まれているが、その顔は精強な軍人そのものだ。
恐らくリチャードソン以上に過酷な戦場を経験してきたのだろう。
司令の制服には数多くの徽章がつけられている。
「自己紹介がまだでしたな。私はビリー・スタッブズ。既に退役しているから階級は存在しない」
「退役しても尚、軍の指揮を?」
「その通り。この組織は私が政府の密命を受けて作り上げたから、まだ指揮を執る立場にいる。いや、そもそも私は魔法使いに対抗するために軍に入ったようなものだが」
ビリー司令が言う。
「というと、あなたは軍に入る前から魔法界を知っていたんですね?」
「ああ。知っていたとも。それに、今、魔法界を騒がせているヴォルデモートについてもよく知っていた」
「ヴォルデモートを知っていた!?」
「当時はヴォルデモートという名ではなく、トムというありきたりな名前だったがな。私とヴォルデモートは同じ孤児院で育ったんだよ」
「ヴォルデモートとやらも孤児院育ちだったんですね」
「ああ。奴は孤児院の時代から魔法をコントロールして周囲の子供を怖がらせていた。私は常に奴を疑い、警戒していたが、それが気に食わなかったんだろうな。奴は魔法を使って私の飼っていた兎を殺したりしていたよ」
ビリー司令はまるで昔話を楽しむかのように話していた。
「私は魔法界の事なんて知らないふりをしてトムを警戒し続けた。奴が孤児院を出てからも魔法界との繋がりを作り、追い続けた。トムもまさか孤児院の同期が探りを入れてきているとは思いもしなかったんだろうな。私の行動がバレる事はなかった」
「なるほど。そのトムとやらがヴォルデモートになる過程をあなたは観察していたんですね」
「そう簡単ではなかったがね。しかし、英国魔法界を危険視する軍人は多かったから、次第に私は仲間を増やし、対魔法界用の組織を作り上げていった。ちょうどその頃、ヴォルデモートは力をつけ、我々の世界、奴らが言うところのマグル界を攻撃し始めたんだ」
「私の親も奴らに殺されたんです。ここの組織にいる隊員は半数近くがそういう人間なんです」
スミスが言う。
彼もまたヴォルデモートの被害者だったわけだ。
「ヴォルデモートだけでは無い。闇の魔法使い達によって我々の同胞が数多く殺された。にも関わらず闇の魔法使い達はのうのうと生きている」
「逮捕されなかったということですか?」
「そうとも。魔法界の司法は機能していない。前回、ヴォルデモートの支配下にあった闇の魔法使いの多くが、何も咎められる事なく生活している。私はそんな魔法界の存在を許しはしない……」
ビリー司令は拳を握りしめた。
彼の英国魔法界への怒りは本物である。
ヴォルデモートが失脚した後、ルシウス・マルフォイをはじめとした死喰い人達は言葉巧みに罪を逃れた。
被害者達は泣き寝入りをする事になった。
そして、その家族友人を奪われた魔法使い、魔女達は英国マグル界のスミス達軍人に協力するようになる。
リチャードソンはビリー司令の言葉を聞いて確信した。
英国政府はどうあっても英国魔法界を滅ぼす気でいるのだ、と。
エスペランサは相変わらず目覚めなかった。
彼が倒れてから既に1週間が経過している。
作戦の為にセンチュリオンの隊員は忙しい日々に追われていた。
ザビニとダフネの両名は黄金虫ことリータ・スキータをオブザーバーとして、ハリーがジニーと逢引きしているという噂を効率的に学校中に流す方法を模索している。
聖マンゴから編入してきた隊員はエスペランサの呪いを解く為の術を考えていた。
他の隊員達は生徒の目につかない深夜から明け方にかけて、主戦場となるセストラルの馬車道と付近の森に野戦陣地の設営を行い、同時に戦闘訓練とブリーフィングを重ねている。
もっとも、野戦陣地の設営は魔法をフル活用しているため、そこまでの労力は必要とされていなかったが。
「何でこんなところに穴を掘るんだい?」
塹壕を魔法で掘る隊員達を見ながらロンが聞いてきた。
本作戦は機密中の機密故にハリーとジニー以外には明かさない方針だったが、ハリーはロンとハーマイオニーにだけは報告すると言って聞かなかった。
セオドールは渋々それを許可して、ハリーとジニーを含む4人に作戦会議への参加と訓練の見学をさせることにしたのである。
月明かりに照らされながら陣地を設営していく隊員達を見て、ロンは色々と疑問を持ったらしい。
「これは掩体だ。掘った土は穴の前に盛り、掩蔽とする」
セオドールが説明した。
「穴に入って戦うってことかい?そんな事して何のメリットがあるの?」
「掩体は射撃しやすくするとともに、敵弾から射手を守るための設備のことよ。敵が攻撃してきても穴に入っていれば被弾面積を最小限に出来るの」
「流石グレンジャーだ。マグルの戦争にも詳しいんだな」
「第一次世界大戦についてなら義務教育の範囲よ。それに魔法は死の呪いであっても一直線にしか進まないから遮蔽物があるだけで効果がある。エスペランサが言ってたわ」
掩体とは、敵の弾から味方の射手を守るための設備であり、銃撃戦においては敵の銃弾を防ぐとともに依託射撃を可能にする。
死の呪いは脅威だが、防御魔法が効かないと言うだけで、掩体に入ってしまえば怖くない。
また、この馬車道は上り坂になっている為、掩体は非常に有用なのだ。
「今回の作戦についてはポッターから詳しく聞いていると思う。彼を囮として、誘き寄せた敵に火力を集中させ、一気に殲滅する」
「あれがその為の武器なのか?見たところ何をする武器なのかは知らないけど。パパがマグルの道具好きだから家にプラグとかが沢山あるんだけど……。あんなものは見たことがない。何だか禍々しいような気もする」
掩体の前には重機関銃や擲弾銃が置かれ、それらに使用する弾薬が脇に積まれている。
また、掩体後方には迫撃陣地が敷かれ、81ミリ迫撃砲L16や120ミリ迫撃砲が砲口を馬車道に向けて置かれていた。
さらに、先の魔法省の戦いで威力を発揮したミニガンやパンツァーファウストⅢ、TOW対戦車ミサイルも運び込まれている。
迫撃陣地のさらに後方には司令部用天幕、衛生隊用天幕が設営され、その脇には補給用物資が山積みにされていた。
さらに万が一の脱出用にハンヴィーが1輌、天幕の横に駐車してある。
セオドールは火力を最大限に発揮するために虎の子の武器を全て投入していた。
「戦争道具に関して言えばマグルの知恵と技術は魔法族を凌駕している。もっとも、使い熟すのには訓練が必要だし、素人が使ったところで効果は薄い。だが、そこを我々は魔法で補完している」
マグルの武器は強力だが、元々マグルの軍隊は集団で戦闘を行う事を前提としている。
故にエスペランサはセンチュリオンを組織した。
また、マグルの武器は銃一つ取っても素人が簡単に扱えるようなものではない。
素人がライフルや拳銃を撃ったところで、50メートル先の的に当てる事すら出来ないだろう。
マグルの武器は訓練して初めて威力を発揮するものなのだ。
結成して3年でセンチュリオンの隊員達が迫撃砲や誘導弾を使いこなしているのは魔法をフル活用したからに他ならない。
魔法ははっきり言ってチート技だ。
マグルの軍隊が困難とする事項を難なく可能にしてくれる。
「何度も言うが、本作戦は機密中の機密だ。敵に勘繰られる訳にはいかない。お前達二人も絶対に口外はするな。特にドラコには悟られたくない」
「あなたもハリーのようにマルフォイを疑っているの?」
「ああ。だが、ドラコ自身が完全に悪に染まったかと言われれば、それは肯定出来ない。一応、5年以上の間、あいつを見てきたからな」
そう言ってセオドールは野戦陣地設営に戻っていった。
時を同じくしてスリザリン寮に居たマルフォイは密かに死喰い人との連絡を図ろうとしていた。
センチュリオンの工作により、ホグワーツの警備に穴が出来ることと、ハリーがその穴を利用してホグズミード村に逢引きに出掛けることをマルフォイは知った。
これは千載一遇のチャンスである。
マルフォイの目的はハリーの抹殺ではなく、ダンブルドアの抹殺だ。
だから正直なところ、ハリーがホグワーツを抜け出そうがどうでも良い。
それよりも、ホグワーツの防衛が一部解除されるという情報の方が有益だ。
その警備の穴を利用してホグワーツ内に死喰い人を招き入れる事こそ、マルフォイが画策していたことである。
しかし、果たして本当にホグワーツの防衛線が解除されるのか。
それに、これが罠である可能性も捨てきれない。
マルフォイは冷静に考えていた。
実のところ、彼は焦っていなかった。
エスペランサを戦闘不能にした今、事はマルフォイの思惑通りに進んでいる。
本来なら焦燥感から自暴自棄になる筈だった彼が冷静に立ち回れているのは、皮肉にもセオドールやエスペランサの存在があったからだ。
戦略、戦術に関して言えばエスペランサやセオドールの方が死喰い人よりも上手である。
だから、マルフォイは彼らの真似をした。
「おい、クラッブ、ゴイル。この間採集させた"例のアレ"を持ってこい。近々必要になる」
談話室の端で菓子を貪っていたクラッブとゴイルをマルフォイは呼びつけた。
「…………あんなのを何に使うんだ?」
「良いから黙って持ってこい。お前達は黙って僕の言う事を聞いていろ」
マルフォイの言葉にクラッブが不服そうな顔をする。
「理不尽な命令なら従わない」
「随分と偉そうな口を利くようになったじゃないか。良いか?闇の帝王は僕にダンブルドア暗殺という崇高な使命を与えて下さったんだ。僕はそれを遂行しなくてはならない。だから、僕の指示は闇の帝王の指示と同義なんだ」
「作戦を考えているのは闇の帝王ではなくドラコだろ。ドラコの作戦が上手くいくと思えない」
「少なくとも僕はお前よりも頭が働く。お前達は自分でものを考える事が出来ないだろ。黙って従え」
クラッブは尚も何か言い返そうとしたが、マルフォイの言う通り、頭が足りないので言葉が出てこなかった。
ゴイルはその二人のやりとりを眺めているだけだ。
どんぐりの背比べではあるが、ゴイルの方が若干冷静で頭が回る。
とは言えトロールに毛が生えた程度だが。
「まったく……どいつもこいつも」
マルフォイはヴォルデモートや他の死喰い人が自分に期待していない事を知っていた。
ハリーポッターはダンブルドアに期待されている。
だがその対になる自分は主君に期待されていない。
恐らくエスペランサやセオドールもマルフォイを仮想敵にする事は無いだろう。
だからこそ彼らは油断する。
セオドールはまさかマルフォイに出し抜かれるとは思いもしないからだ。
「僕はセオドールを超える。最後に笑うのはこの僕だ」
先日、コミケに参加してきました。
サングラスをかけて白い無地のTシャツを着ていた男がいたら、それが私です