最近のマイブームは腹筋ローラーと懸垂
「右翼に火力を集中して隊長達を援護しろ!」
アンソニーの号令でセンチュリオンの隊員が亡者に向けて一斉攻撃を仕掛ける。
50口径弾、5.56ミリNATO弾、パンツァーファウストⅢ、火炎放射器、そしてインセンディオ。
それらの飽和攻撃で亡者の群れがまとめて吹き飛ぶ。
爆音と爆発。
数十体の亡者が木っ端微塵に吹き飛ぶ様はまるで花火のようだった。
そして、少しではあるが右翼防衛線方面にぽっかりと道が出来た。
「今だ!進めえっ!」
エスペランサを先頭にして12名の決死隊が亡者の群れの中に突撃する。
まとめて亡者を吹き飛ばして無理矢理作った道を走るのは隊員達にとって心地よい物ではなかった。
左右からは相変わらず無傷の亡者が襲ってくるからだ。
それに、榴弾によって四散した亡者の手足を踏みつけ、肉の焼ける臭いや腐敗臭に耐えなくてはならない。
それでも彼らは息を切らせて走り抜けた。
「ガソリンのある倉庫はあそこです!」
走りながら沿岸警備隊の隊員が岸壁の先にある建物を指差した。
油船やパイロットボードが係留してある岸壁よりも100メートル先にコンクリート出てきた半地下の倉庫があった。
「まるで大戦中のトーチカみてえだな」
「ガソリンは危険物なのでタンクを地下に埋めているんです。なのでタンクはまだ化け物にやられていないと思います」
だが、その倉庫に行く道は亡者で埋め尽くされている。
アンソニー達の攻撃でかろうじて道が出来たものの、次々と新たな亡者がダビットから陸に上がり、エスペランサ達の行手を遮ろうとしていた。
こうなれば亡者の群れの中を走って突破するしかない。
「あの中を突破する。倉庫に辿り着くまで足を止めるな。誰かが亡者に取りつかれても構わずに突き進め」
隊員達は各々の武器を四方に向け、走り始めた。
360度どの方向からも亡者は襲ってくるが、銃撃と魔法攻撃で牽制する。
正面の敵はエスペランサとフナサカが交互に射撃をして確実に倒していった。
「11時の方向!新手だ」
左前方で係留されていた曳船の影から50体程の亡者が現れた。
亡者の身体能力は通常の人間を凌駕している。
5メートルはある曳船の船橋によじ登った亡者達はそこから飛び降りてエスペランサ達に襲いかかった。
上から襲いかかってくる亡者に隊員達は対応が遅れる。
が遅れる。
「うわっ!?」
「ぐあっ!」
警官と元魔法省職員の隊員が数体の亡者に押し潰された。
亡者と言えど体重は人間と変わらない。
5メートル上から落下してきた無数の亡者に潰されてはタダでは済まない。
「まずい!防御しろ」
すかさず沿岸警備隊の隊員達が曳船によじ登っている亡者を撃ち抜いた。
亡者はドミノ倒しのように倒れ、海中に転落していく。
エスペランサとフナサカは亡者に襲われている仲間を助けようとして銃を構えた。
しかし、撃てない……。
亡者を倒す為にはかなりの銃弾を撃ち込む必要があった。
だが、そうすれば銃弾は亡者を貫通し、亡者に襲われている仲間にも弾があたってしまうだろう。
「お、俺達に構うな!行けっ!行くんだ!」
亡者に身体を引き裂かれながら警官の一人が叫ぶ。
エスペランサは迷った。
「あんたが"仲間が襲われても足を止めるな"と指示を出したんだ!だから止まるな!行けええええ!」
「すまない!」
行き場の無い怒りを胸に、エスペランサ達は再び走り出す。
背後からは果敢に反撃する警官と元魔法省職員の声が聞こえたが、やがて消えた。
犠牲を払いながらもエスペランサ達10名の決死隊はガソリンタンクが保管されている倉庫まで残り20メートルの地点まで辿り着いた。
左手にはクロスビットとそれに係留されている小型の貨物船がある。
この貨物船はまだ亡者に襲われていなかった。
よく見れば貨物船の周りの海にはオイルフェンスが張られており、それに亡者の進行が阻まれている。
故に岸壁には亡者達が少ないのだ。
もっとも、ほとんどの亡者は避難民やセンチュリオン本隊のいる場所を襲撃しているからというのもある。
「隊長!あの貨物船はまだ無事だ!貨物船に向かう許可をくれ」
フナサカが立ち止まって言った。
岸壁には全長50メートルもない小型の貨物船が係留されていた。
よく見ると水上レーダーが回っている。
「何をする気だ?」
「貨物船の船橋が無事なら、国際VHFも生きている可能性が高い。湾内をガソリンで燃やすのなら付近船舶に警告を出すべきだ。それに、救援を呼べる可能性もある」
倉庫はすぐ目の前。
亡者の数は先ほどよりも少なく、何人か削っても問題は無いだろう。
「分かった。2人つける。通報を実施したらこっちに合流しろ」
「了解!」
フナサカは沿岸警備隊員2名を従えて小型貨物船に乗り込んだ。
それを見届けた後、エスペランサ達はガソリンタンクの格納された倉庫に向けて走り出す。
「思った通りだ。亡者の群れのほとんどは我々が作った防衛ラインに殺到している。ガソリンタンク付近は比較的亡者の数が少ない」
平家建ての倉庫の扉をこじ開け、中に入ると地下のガソリンタンクから伸びた銀色のパイプラインがあった。
建物は大戦中のトーチカのようだったが、中は近代化されていてガソリンの残量を自動で計測する装置等が置かれている。
「ガソリンタンクはこの地下にあります。そこからパイプを伸ばして給油設備に繋げているんです」
職員が倉庫内の照明をつけつつ言う。
白熱灯に照らされて倉庫内が明るみになった。
広さはバスケットコートがすっぽりと入るくらいある。
「ガソリンはどれくらいありますか?」
「私は港湾職員ではないので分かりませんが、タンクローリー数台分は入っているはずです。しかし、この中に入っているガソリンをどうやって湾内に流すんですか?」
「魔法を使います。とは言え、俺も魔法の腕は未熟ですが。こっちには魔法のプロがいるので」
エスペランサが元闇祓いや魔法省職員の隊員を連れてきたのはこれが理由だ。
タンク内のガソリンを魔法で運び出し、海に流す。
当初は呼び寄せ呪文で流そうとしたのだが、流体を呼び寄せるのは困難だった。
故に決死隊を結成してタンクまで来る必要があったのである。
「今更ですが、あなたも魔法使いだったんですね」
沿岸警備隊員が言う。
「ええ、まあ、そうです」
「色々と聞きたい事はありますが、今時の魔法使いは銃火器も使うんですか?」
「まさか……。我々が異端なだけですよ。魔法使い達は基本的に銃の存在を知りすらしませんから」
「私達だって魔法の存在を知りませんでした。でも、あなた方のような魔法使いが英国に居るということが知れて良かった」
その言葉を聞いたエスペランサは複雑な気持ちになる。
亡者に襲われた人々を助けたのは確かに魔法使いであるエスペランサ達だ。
しかし、亡者をマグルの街に解き放ったのも間違いなく魔法使いなのである。
魔法使いが存在しなければこの悲劇は生まれなかった。
「もしこの戦いを生き延びる事が出来たら一杯奢らせて下さい」
「お気持ちは嬉しいですが、こう見えて俺は未成年なんです」
エスペランサは苦笑いする。
無論、彼が未成年飲酒をするのは日常茶飯事だった。
それよりも、戦闘が終われば警官も沿岸警備隊員も魔法省の役人によって全ての記憶が改竄される。
つまり、エスペランサ達と共闘した記憶は無くなってしまうのだ。
その事に彼は一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
小型貨物船に乗り込んだフナサカは船橋に入り込み、国際VHFを探した。
国際VHFは外洋や内海において船舶間が通信を行う船舶無線である。
フナサカと一緒に付いてきた沿岸警備隊の隊員が船長席の横に取り付けられていた国際VHFの装置を見つけた。
見た目は少しゴツい黒色の固定電話のようである。
「ありました。電源も生きています」
船橋にあるレーダー機器も動いていることから船の発電機は今も稼働中なのだろう。
だが、船員の姿は見えない。
避難したのか、それとも……。
機器のデジタル画面には"16ch"と表示されている。
呼出周波数が16チャンネルに設定されているということだ。
フナサカは特殊無線技師の免許を持っているから国際VHFの扱いも知っている。
送話器を取り上げて、早速呼びかけを実施した。
「警報、警報、警報。各局、各局、各局。こちらロイヤルラムズギット湾沿岸警備隊。湾内で大規模な火災が発生。付近船舶は十分警戒して通行して下さい。繰り返します。こちらロイヤルラムズギット湾沿岸警備隊。湾内で大規模な火災が発生。付近船舶は十分警戒して通行して下さい。アウト」
通報を終えたフナサカは信号拳銃を取り出し船橋からウイングに出る。
そして、空に向かって信号拳銃を撃ち出した。
信号拳銃から信号弾が発射され、眩い光が曇り空を照らす。
これが通報完了の合図だった。
この信号弾を見てエスペランサ達は湾内にガソリンを流す手筈になっている。
「とりあえず任務は遂行しましたね。早いところ皆と合流しましょう」
沿岸警備隊員の一人がM733を持ち上げ、安心したように言う。
だがその時、船橋の中を緑色の閃光が襲った。
「何っ!?」
沿岸警備隊員が目を見開いたまま船橋内に倒れる。
咄嗟に伏せたフナサカは匍匐して倒れた隊員の元へ移動した。
脈は既に無い。
「死んでる……」
「ど、どういうことですか!?」
「死の呪いです。人を殺す魔法です」
「えっ!?」
もう一人の沿岸警備隊員が同じく匍匐で這ってくる。
倒れた隊員に外傷は無い。
ただ目を見開いて死んでいる。
間違いなくアバダケダブラが行使された結果だった。
「くそっ!死の呪いで狙撃してきやがったのか。どこから狙ってやがる!?」
フナサカは船橋に入り込み、身を隠す。
死の呪いは反対呪文のない恐ろしい魔法だ。
しかし、真っ直ぐにしか飛ばない上に遮蔽物があれば簡単に防ぐことが出来る。
つまるところ狙撃にはあまり向かない。
それにも関わらず敵は死の呪いで狙撃をしてきたのだ。
「どこだ?どこにいるんだ?」
フナサカは半身を船橋から出し、索敵する。
岸壁、他の船、灯台……。
「あそこだ!あそこです!」
沿岸警備隊員が空中を指差す。
そこには箒に乗り、空中を飛ぶフード姿の男がいた。
フナサカ達の場所からは100メートル近く離れている。
まるで死神が空を飛んでいるようだ。
「見つけた!間違い無い。あれは死喰い人だ」
「死喰い人?そいつは一体何者なんです?」
「簡単に言えば悪い魔法使いです。マグルで言うところの……テロリストです」
「何という事だ……」
「来るぞっ!」
死喰い人は箒で貨物船に突っ込んできた。
フナサカは船橋の窓を開け、銃口を突き出す。
そして、照星照門に敵を捉え引き金を引いた。
タタタン
タタタン
リズミカルに3点射して狙い撃ちしようとしたが、敵の飛行速度が速過ぎて当たらない。
「畜生!あいつの乗ってる箒はニンバスの最新型だ!早過ぎて捉えられねえからホーミング魔法が上手く機能しない!」
フナサカが嘆く。
彼の持つMINIMIの残弾は残り僅か。
そして高速に動く敵に対して銃にかけたホーミング魔法は上手く機能しなかった。
「まずい!伏せろ」
敵は貨物船の上を旋回し、爆破魔法のボンバーダを連続して放ってくる。
船橋やマストが爆破され、火花が舞った。
慌てて伏せたフナサカと沿岸警備隊員の頭上に割れた窓ガラスが降ってくる。
ハッチや窓のフレームが熱でグニャグニャに曲がっていた。
「あいつを引きつけられませんか?」
沿岸警備隊員がフナサカに言う。
「引きつけるって言っても……。何をする気なんです?」
「自分があの箒に乗った敵を狙撃します。あなたが敵の気を引いているうちに!」
「敵は最高で時速200キロを超える速度の出る箒で飛んでいるんですよ!?狙撃なんて出来る訳ない!」
「出来ます!これでも自分は元英国軍の狙撃手でね。腕には自信があるんですよ!」
フナサカの射撃の腕はそれ程良くない。
この局面を何とかするとしたらこの沿岸警備隊員の言葉を信じるしかないだろう。
「元英国軍の狙撃手……。それは心強い。分かりました。俺が奴を引きつけます」
「頼みますよ。ご武運を!」
「こちらこそ」
フナサカはMINIMIを手に持ち、船橋から半壊したウイングに躍り出た。
そして、旋回中の死喰い人に向かって射撃を開始する。
攻撃に気付いた死喰い人は箒の速度を上げ、銃弾を回避。
貨物船の周りをぐるりと飛行した後に急降下して再び攻撃を仕掛けてきた。
フナサカは知る由もなかったが、この死喰い人はかつてスリザリンのクィディッチキャプテンだった。
ブラッジャーを避けるのも銃弾を避けるのも彼にとっては同じくらい簡単だったのである。
MINIMIを乱射しながらフナサカは敵に悟られない程度に左後方を確認した。
沿岸警備隊員は爆風で飴細工のように折れ曲がったマストによじ登り、M733を手摺に固定している。
死喰い人がこの狙撃手に気付いている様子は無い。
「そのまま……そのまま降りてこい!」
フナサカは引き金を引き続けた。
MINIMIの箱型弾倉には200発の5.56ミリNATO弾が入っている。
連射していれば数十秒で弾切れとなる計算だ。
案の定、弾が切れてしまう。
フナサカはMINIMIを床に投げ捨て、杖を取り出した。
彼に残された武器はもう杖だけである。
死喰い人がフナサカ目掛けて急降下してきた。
そして、連続で爆破呪文を放ってくる。
「くそっ!プロテゴ・マキシマ!」
咄嗟に盾の呪文を展開させ爆破呪文を防ぐが、予想以上の威力だ。
これ以上耐えるのは難しい。
それに、盾の呪文が効かない死の呪いを撃たれたらそこで終わりだ。
しかしその時、乾いた銃声が響き渡り箒に乗っていた死喰い人が海に落ちる。
小さな水柱が立ち、海面が赤く染まっていた。
「や、やったのか!?」
沿岸警備隊員は見事に飛行中の死喰い人を仕留めた。
しかも、使用した弾薬はたったの一発だ。
センチュリオンにもネビルという狙撃手が居るが、この技量はネビルを凌駕している。
フナサカはこの日はじめて職業軍人の能力を目の当たりにした。
今回は少し短めです
ファンタビ観てるとアメリカの魔法省ってかなり優秀ですね
英国魔法界の方が何かこう…腐敗していたというか