ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話)   作:さざなみイルカ

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02話『責任/利用される者たち』

 

 三日後。

 

 ポイントZでは作戦に備え、機器やテントの設置がなされる。第二空戦部隊のライドメカが陸上で待機する(かたわ)ら、科学特務隊の七名も開始の時を待つ。

 

「こんな作戦、成功するはずがありません」

 

 そう言ったのは遥だったが、思っていたのは全員だった。戦力が少ないのだ。

 

 科学特務隊の任務は、「怪獣に発信弾を撃ち込む」というただそれだけだった。朱里がその役を担い、残りのメンバーは彼女の補助としてここにきている。たった一回の狙撃に、六人もアシスタントはいらないのだが。

 

 特務隊には非公式な密命があった。それは、第二空戦部隊が窮地に立たされたとき、援護するというものだ。磁場フィールドが形成されているうちは、外から救援が出せない。バリア内部に(あらかじ)め予備戦力を置いておく必要があった。

 

 無論それは、「少ない戦力で効率よく怪獣を掃討する前例つくる」などという今作戦の目的に逸れるものなので、特務隊が保有するライドメカは持ってこれなかった。そのため、援護するとすれば地上からの射撃に限られる。

 

「コケッ。たぶん、実行者だけじゃなく発案者も成功するとは思ってないんじゃないか」

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「見ろよ」

 

 GUYSデバイザーよりも大きい液晶端末を、ミスター・タマゴは見せる。そこには、昨日マスコミの前で会見を行った古谷参謀の姿が制止したまま表示されていた。

 

 太い指が画面の三角をタッチすると、光の乱発と共に動画が動き出す。

 

『――東京都民の驚異となりうる怪獣を速やかに排除するために、今作戦の開始に踏み切ったわけであります』

 

 記者団のマイクと無数のフラッシュの前に、淡々と話す発案者。後ろの壁には秘書官らしき人物が佇んでいる。

 

 すると、報道陣の一人から質問が投げられた。

 

『何故、怪獣迎撃を専門とする第一空戦部隊ではなく、第二空戦部隊の出撃なのでしょうか?』

 

『今回の作戦においては、第一空戦部隊の火力よりも、第二空戦部隊の連携能力を重視した結果です』

 

 その声に変調はなかったが、彼を半包囲する人々には色めきが立つ。その言葉の中に隠されていたものの匂いは、今世間が求めている香りなのだ。

 

 インタビュアーたちの追究が、より一層勢いを増した。

 

『連携能力? 今回第二空戦部隊単体の出撃と伺っておりますが、誰と連携するのでしょうか!?』

 

『もしや、あの新しいウルトラマンでしょうか!?』

 

『ウルトラマンは今回も出現するのでしょうか!?』

 

『X-GUYSはあのウルトラマンについて何か情報は掴んでいるのでしょうか!?』

 

 参謀はそれらの質問には答えず、会見時間を理由にその場を達去った。報道陣は各々のジャーナリズムを全開させて後を追うが、ガードマン達に阻まれる。

 

「……あきらかにほのめかしているでゴワスな」

 

 呟いたのはドン助だった。液晶端末に集中していた各々の視線を元に戻し、特務隊はこの作戦の本当の意味を洞察する。

 

「つまり、ウルトラマンが現れることを前提にしていると?」

 

 過去の前例から言って、ウルトラマンは防衛隊の危機に応じて出現する。古谷参謀は、その状況を意図的に作ろうとしているようだった。

 

「しかし、どうしてそんなことを」

 

「古谷参謀は、かつてのCREW GUYSジャパンを作りたいのよ」

 

 答えたのは、朱里だった。彼女は立場上、他のメンバーよりも幹部陣の人となりについて詳しかった。

 

 古谷という人物には、二つの側面がある。ひとつは、いずれX-GUYSジャパンを掌握してやるという野心的な面。そしてもうひとつは、一二年前のサコミズ・シンゴが総監を努めていたGUYSを信奉する純粋な面である。

 

 才能ある若い人材が共通の目的の為に一つとなり、ウルトラマンと戦う。美しき絆の力。それが古谷参謀の理想だった。

 

「つまり、第二のサコミズ・シンゴになりたいと?」

 

「ええ、そんなところよ」

 

 遥は額の内側に鈍い痛みを覚えた。

 

 それが子供の夢ならまだしも、いい年齢の大人、ましてそれなりに権力と影響力を持つ大人の理想ともなると、頭を抱えずにはいられない。

 

 確かに、一二年前のGUYSのチームは素晴らしかったと思う。しかしながら、その結成はかなり偶発的要素の連続で、真似をして再現できるものではなかった。

 

 今回の作戦で、狙い通りウルトラマンが出現したとなると、第二空戦部隊は“ウルトラマンと共に戦う部隊”として世間に売り出されるだろう。そうすれば、古谷参謀はその立役者として評価され、出世競争に有利になれるし、自身の理想にも大きく近づくことができる。その野望には、今回の作戦を支持した片桐という女性議員の売名活動も絡んでいるのだろう。いつからかウルトラマンに頼る時代から、ウルトラマンを利用する時代に変わったのである。

 

「ウルトラマンが現れなかったら、どうするつもりなのよ。あの参謀は」

 

「コケッ、さあな。作戦失敗の責任押し付けれて、左遷されるってとこだろうな」

 

「そうならない為に、俺たちでなんとかグドンを撃退しよう」

 

 聴き取りやすい落ち着いた声でビリーが言った。

 

 「そんな無茶な」そう呟いたとき、遥は隣の宇宙人の姿を見る。

 

「いっそ、ミスターが巨大化して戦えばいいじゃないですか」

 

「コケッ、何言ってんだお前」

 

「出来るんですよね、巨大化」

 

 無論、ウルトラマンに頼らない代わりにガッツ星人に頼るつもりはない。ただ、遥としては少し興味と疑問があった。

 

「オイラを誰だと思ってやがる。いかなる戦いにも負けたことのない無敵のガッツ星人だぞ」

 

「だったらなおさらやればいいじゃないですか。その前に、同胞セブンに負けてましたよね?」

 

「あれは、あいつらがガッツ星人三つの誓いを破ったからだ」

 

「なんですか、その三つの誓いって」

 

 すると、どこからともなく『イラストで解る! ガッツ星人3つの誓い』と題されたスケッチブックを取り出す。いつ用意したのか、何故用意されているのか、質問させる隙を作らず、タマゴは一枚目を(めく)った。

 

「ひとつ、事を起こすときは綿密な計画を立てること」

 

 そこには、ちゃぶ台を囲んで作戦会議するガッツ星人たちの姿が描かれている。デフォルメされていて可愛いのが腹立つ。

 

「まあ、大切ですよね」

 

 二枚目を捲るタマゴ。

 

「ひとつ、情報収集を決して惜しまないこと」

 

 同じくデフォルメされたガッツ星人。それに怪獣アロンとウルトラセブン。イラストではアロンをセブンと戦わせ、クリップボードに挟んだ紙にデータをメモするガッツ星人の姿が描かれている。

 

 「一体、誰がこんな絵を描いたんだ」――。遥は心の中でツッコミをいれる。

 

「いい教えじゃないですか」

 

 とりあえず言葉を返した。すると、三枚目も捲られる。

 

 最後のページに描かれていたのは、妖怪じみた描写で描かれたウルトラ警備隊を前に、逃げ出すガッツ星人たちだ。

 

「ひとつ、自分より強い者とは決して戦わないこと」

 

「はぃ!?」

 

 最後の教えの内容と、そこに描かれたイラストに、遥の声は裏返った。妖怪キリヤマ隊長、今にも小さなガッツ星人たちを食べてしまいそうだ。

 

「何それ!? 無敵ってそういうこと!?」

 

「これこそ、宇宙開闢(かいびゃく)以来から変わらない、不敗の摂理なのだよ」

 

「ただの臆病者じゃないですか! チキンなのは顔だけにしてくださいよっ!」

 

 つまり、怪獣とは戦わないらしい。曰く、事前にしっかりと計画を練れば話は別らしいが。

 

「大丈夫だよ」

 

 GUYSデバイザーをいじりながら言ったのは、マモルだった。

 

「いざとなったらウルトラマンが来てくれる。ね、俊」

 

 端末をしまった彼は、俊太郎の肩を叩いた。笑顔の後輩を、俊太郎は無言で見つめ返す。両者の表情には著しい落差があり、そこからきな臭い空気が僅かながら流れる。

 

 喧嘩でもしたのだろうか。遥は感じた。

 

 そういえば、マモルの俊太郎に対する呼び方が変わっていた。容姿とも鑑みると、やはり彼の中で何かが変わったのは明らかだった。

 

 遥は塗装作業をしていた日、何気なくマモルの肩に手を触れさせてその内面を透視した。隊長であり肉親である朱里が、彼の変貌ぶりを少しばかり気にしていたからだ。しかし、その内面には様々な情景が張り巡らされていて、一瞬では読み取りづらいものだった。何とか読み取ろうとしたとき、「どうしたの?」と彼に触れていた手が気づかれてしまったので、遥は透視を断念せざるを得なかった。結局、彼の変化の原因はわからずじまいである。

 

 マモルが次に駆け寄ったのは、実の姉のもとだった。

 

「隊長、隊長。提案があります」

 

「何?」

 

「グドン出現に備えて、チームを分散してみてはいかがでしょうか? あらかじめ包囲できる態勢をとっておけば、怪獣に対して有利に戦えます」

 

「なるほど。そうね」

 

 朱里は納得したが、その表情は腑に落ちない様子だった。隊長にとっても、マモルの変化は気がかりなようだ。

 

「ビリー、遥。ちょっと来て」

 

「はい」

 

「なんでしょう」

 

「二人は怪獣出現予定地点の南西側に行って。必要になれば攻撃の指示を出すわ」

 

「「G.I.G.」」

 

「北の方角には――」

 

「ボクと俊が行きます」

 

 隊長の言葉を(さえぎ)って、マモルが挙手した。ほんの刹那、朱里は面食らった様子だったが、すぐに毅然(きぜん)と言葉を返す。

 

「ダメよ」

 

 姉の返事に、弟はいっこうに食い下がらない。

 

「何故ですか?」

 

「俊はともかく、貴方は前線での経験がないでしょう。私と共にここで待機しなさい」

 

「経験がないのは出してもらえないからです」

 

 瞬間、無音の稲妻が一同の間を駆け抜ける。その発言はとても的確であり、かつ、反意的だった。誰もが固まる中、マモルは姉に一歩近づき声のトーンを一段下げる。

 

「そんなにボクが大事? ()()()

 

 刹那、ビンタが翔んだ――などとということはなかった。だか、誰もがその瞬間を想定した。

 

 彼女の理性が衝撃に耐えたのか、それとも衝撃自体が大きすぎて神経が一時パンクしたのか。いずれにせよ、朱里の瞳孔は小さく揺れ、口は半分開いたままそれ以上開きも閉まりもしない。

 

「わかったわ。俊、マモルと一緒に北側に回って」

 

「G.I.G.♪」

 

「……G.I.G.」

 

 やはり、二人の反応には落差がある。

 

 とことことパートナーに駆け寄っていくマモルを、朱里は呼び止める。

 

「マモル」

 

「なあに?」

 

「作戦中は2度と姉さんなんて呼ばないで」

 

「ふふ、わかったよ。()()()()()♪」

 

 その可愛げな発言の裏に隠された意図は、朱里の胸に強く突き刺さったことだろう。進言もそうだが、彼は朱里の庇護を完全に脱しようとしている。

 

「一体、どうしてしまったの」

 

 遥は、大気に溶け込みそうな隊長の呟きを耳にした。

 

 

 

 

 

「おい」

 

 移動する途中のことである。俊太郎は先行く未来人の肩を引き戻した。

 

「なんだ、今のは」

 

 静かな剣幕で、その眼鏡を睨みやる。

 

「なにって、なにが?」

 

「隊長に対する態度だよ。なんであんな挑戦的な言動をするんだ」

 

「ああでも言わないと、ボクらを二人きりにさせてくれないでしょ」

 

「ふざけるな。その身体はマモルの身体なんだぞ。マモルが言ったことになるんだ。隊長とマモルの関係を壊すのはやめろ」

 

 腹の内で抑えた怒りが大きすぎて、俊太郎の声は震えた。ヨーは指で頬を撫でながら彼に皮肉を返す。

 

「関係って? 過保護な姉が弟を依存させる美しき姉弟関係?」

 

 その質問は、憤懣(ふんまん)する俊太郎の口を封じた。ヨーには、短い言葉で人を緘黙(かんもく)させる才能があるようだ。

 

 夜雲姉弟の関係は表面上良好をだった。しかし、朱里には弟を危険から遠ざけようとする傾向が見られたし、マモルはそれに反抗する様子を一切見せていなかった。それに対し、俊太郎は全く懐疑を抱かなかった訳ではない。マモルは以前、自らがXーGUYSに入隊したことを「すでに決められていたこと」と言っていた。姉の溺愛が、彼の自主独立の精神の育成を阻害しているのではないか。俊太郎には思えてならなかった。

 

「それは姉弟の問題だ。当人たちで解決するべきだ」

 

「ボクはその当人だよ」

 

「身体を乗っ取っただけだろうが!」

 

 いけしゃあしゃあと答えるヨーに、俊太郎はついに声を荒らげる。

 

 すると、眼鏡の奥の目付きが僅かながら鋭くなる。

 

「じゃあ君は、当人たちで解決できると思うの?」

 

 小さくも鋭利な言葉が、俊太郎の反論の根を断つ。YES、とは言えない。正直に答えるには、もう一度自分の見識を整理する必要があった。

 

 未来人はそんな隙を与えず、さらに淡々とたたみかける。

 

「科学特務隊隊長で、一流のスナイパー。学もあって司令長官からの信頼も厚い。そんな完璧な存在に反抗するのがどれだけ難しいかわかる? 当人たちで解決するべき問題。確かにそうだけど、何をしろっていうのさ。理屈でも実績でも彼女が勝る。殴り合いになっても勝てないだろうね。彼にしてみたら誰かにも頼りたくなるよ」

 

 一言一言が俊太郎の胸の内に激しく突き刺さり、その指摘の一つ一つが彼の良心を激しく抉る。

 

 これは全てヨーの台詞であるはずだった。しかし、マモルの口から、マモルの声で、発せられた言葉でもある。対峙する者にとって、それはとてつもなく残酷な錯覚を見せた。

 

「結局、君は困っている後輩をただ見捨ててるだけじゃないの?」

 

 向けられた疑問符を逸らすように、俊太郎は抵抗する。

 

「……お前に何がわかるっていうんだ。マモルじゃないくせに」

 

「確かに、ボクは彼と別人格だよ。でも、一体化したことで記憶と感覚を共有している」

 

「マモルは助けを求めていたとでも言いたいのか」

 

「求めてはいない。でも、必要だった」

 

 不意に、風が吹いた。髪先を撫でるような微風は、彼らの間に沈黙を運ぶ。

 

 雲一つない晴天の空の下、二人は互いの顔をじっと見詰める。しかし、その眼差しに多少の強弱の差があった。

 

 制止した時を破ったのは、地響きだった。それは短時間のうちに激しくなり、やがて土の柱が舞い上がる。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 空気を濁す土煙の中で光る赤い眼。それはたちまち天に舞い上がり、巨大な影を見せる。刺々しい風貌に、両腕の長い鞭。硬質の体表に、頭には二本の角。足に指がなく、尾もゴメスほど長くはない。しかし、その眼光と涎が溢れる牙は、その怪獣の攻撃的性格を遺憾(いかん)なく表現しきっていた。

 

 地底怪獣グドンである。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 “振動触腕エクスカベーダー”と呼ばれる両腕の触手鞭を振り回し、風を切り裂くグドン。安眠を妨げられて、気分が良いはずがなかった。

 

 威嚇しているのか。それとも、自らの憤怒を訴えているのか。グドンは鞭をもう一度振るう。

 

 すると、その頭上で四本の閃光のアーチが一つに結ばれた。光はすぐに消え、見えないバリアがポイントZを覆う。作戦が始まったのだ。

 

 まもなく、朱里が発砲したであろう追跡用の発信弾が、(さい)の皮膚に似たその体表に撃ち込まれる。後は手筈通り、フィールド内で待機していた第二空戦部隊のガンウィンガーとガンローダーが、グドンに攻撃を仕掛ける。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 速射された黄色の閃光が肉食怪獣を襲う。痛みを払うかのように、グドンは鞭で応酬。さすがに速い。事前にシュミレートしていたのか、第二空戦部隊はなんとかそれを(かわ)す。

 

 一度散開して怪獣を翻弄すると、再び反転して攻撃を仕掛ける。模範的なヒット&アウェイ戦法だ。

 

 第二空戦部隊は思った以上に善戦した。数回に渡る攻撃と離脱を繰り返し、グドンに少しずつではあるものの確実にダメージを与えていっている。第二空戦部隊といえど、素人集団ではないのだ。

 

 しかし、天然の巨大怪獣は甘くはなかった。メカの速さに眼が慣れて来たのか、グドンは次なる敵の攻撃をその触手で遮る。

 

「っ!」

 

 カウンターに遭ったガンウィンガーは、かろうじて直撃を免れたものの、間一髪だった。もはや、同戦法はグドンに通用しそうもない。

 

 同胞の戦いを見守る俊太郎の耳に、Gxブラスターを構える音が入る。

 

「さ、出番だよ」

 

 振り向いて間もなく、眼鏡の未来人は言った。

 

「作戦は始まったばかりだぞ」

 

「だから何? 彼らはウルトラマンの出現を望んでいるんでしょ。だったら、リクエストに答えてあげようよ。それに……」

 

 銃口が移動する。ブラスターを持つ、人質のこめかみに。

 

「余計な犠牲者が出る前に」

 

「…………っ!!」

 

 ノヴァの覚醒に協力しないのならマモルを殺す。ヨーはそう言いたいのだ。

 

 とてつもない反感が腹の奥から沸き上がってくるのを、俊太郎は感じた。しかし、それを奥歯で噛み締め、口の外に飛び出すのを辛うじて防いだ。

 

 熱で熔解しそうな神経回路を必死で冷まし、俊太郎は未来人の目論見を崩す方法を考えた。考えたが、状況は詰んでいる。変身する他ないようだった。

 

 怪獣の方を見遣った。

 

 あのグドンは、一部の人間の野心の為に永い眠りから叩き起こされ、利用されている。そして今、自分も幾人かの野望の為に利用されようとしていた。

 

 しかし、状況を選ぶ力は自分にはない。やるしかなかった。

 

 俊太郎は胸のポケットに忍ばせていたノヴァイスゼラを取りだし、空に掲げた。

 

「ノヴァァァァァッ!!」

 

 中心のオーブから光が溢れ、彼の身体を包み込む。聖なる星の輝きを高速のエレベーターで駆け上がる感覚を俊太郎は体感する。最上に立ったしたとき、自分の神経は巨大化した紅の身体を把握し、精神はその内面に新たな自分をつくり出す。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 グドンがいる。ウルトラマンに変身してもなお、目線は向こうが上だった。

 

 不意に、鞭が飛ぶ。ノヴァは咄嗟にそれを回避した。二振、三振、追撃が加えられる。下に、後ろに、ウルトラマンは俊敏に躱していく。

 

 俊太郎は考えた。自分はどうするべきなのか。

 

 この戦いにはニつの思惑が存在するが、そのいずれも好意的になれるものではない。現代人の野望は利己的で、未来人の目論見は身勝手だ。後者は得体が知れず、前者はつけあがるとX−GUYSという組織の未来が危うくなる。

 

 一つだけ、俊太郎は考えを見つけた。あまり格好良くないし、痛みも伴う方法だ。しかし今はそれしかない。

 

 ウルトラマンは足を止めた。

 

 グドンの振動触腕がノヴァの身体を切り裂くように打つ。激痛が、俊太郎の身体を過ぎった。

 

 

 

 

 

 矢を射るような風切り音。身体を打つと、痛恨の声が磁場フィールド内に響く。鞭の連打がウルトラマンを襲っていた。

 

『ウルトラマンを援護しろ』

 

 司令室の古谷参謀から通信を受けた第二空戦部隊。ガンウィンガーとガンローダーは旋回し、グドンの側面に機首を向けた。ウィングレッドブラスター、ヴァリアブルパンサーの両攻撃が発射される。

 

「!」

 

 直撃。

 

 ウルトラマンは膝を付き、更なるグドンの追撃を受けた。背中のビームを受けた箇所に、黒い火傷とささやかな煙が残る。

 

 第二空戦部隊の攻撃を受けたのは、ウルトラマンの方だったのだ。撃たれた刹那、彼は身を動かして射線軸上にその姿を現したのである。

 

 誤射だと誰もが思った。しかし朱里には、彼自身がわざと攻撃を受けに行ったようにも見えた。グドンを庇うように。いや、援護を拒むように。そういえば、あのウルトラマンは出現してから今に至るまで、反撃はおろか、回避行動すらしていない。

 

 鞭による攻撃に飽きたのか、グドンは蹴りを見舞った。真紅の身体は地面に転がる。

 

 カラータイマーの点滅が始まった。蓄積されているダメージがついに命を脅かす領域にまで達してきたのだ。

 

 第二空戦部隊は再度ウルトラマンへの援護を試みる。しかし、敵にその接近を瞬時に悟られ、鞭の報復を受けた。片方が直撃を受け、その反動で飛ばされた相方に機体を当てられる形で、両機は戦闘不能に追い込まれる。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 グドンの雄叫びが、ポイントZを満たした。

 

 怪獣は、虫の息となったウルトラマンに向けて闊歩(かっぽ)する。彼にはもう、立ち上がる力は残っていないようだった。

 

「攻撃開始!」

 

 朱里は咄嗟に指示を出した。三方向からのGxブラスターの連射が、グドンの身体を刺す。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 たじろぐグドン。

 

 朱里はGxスナイパーライフルに特殊なカートリッジを挿入し、間を置かずグドンに発砲する。放たれた弾は怪獣に命中するまえに破裂し、陽の光を反射する粒子が散布された。

 

「グワァゥッ! グワァァゥッ!」

 

 それは、怪獣の嗅覚を刺激する化学物質だった。それを吸引するとたちまち怪獣は悶え、その場にいることを嫌がる。

 

 グドンの鞭が地面を掘削する。みるみるうちに巨体は土に沈んでいき、やがてポイントZから姿を消した。地底に逃げていったのだ。

 

 科学特務隊はなんとか、グドンを追い払うことに成功した。そして、グドンがいなくなった直後、ウルトラマンも消滅する。

 

「ウルトラマンが、負けた」

 

 誰かが呟いた。

 


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