ウルトラマンノヴァ シーズンⅠ(00〜03話)   作:さざなみイルカ

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00話:冷凍怪獣ペギラ 登場
00話『出撃/プロローグ』


 黒煙が駆け抜けた。

 

 一瞬、視界は奪われる。光を取り戻したとき、そこは氷河期の世界だった。耐寒の特殊スーツを通して伝わる冷気が、その一帯を(おお)う寒波の(すざ)まじさを物語っている。

 

 出撃した隊員達にはより一層の緊張と警戒、そして技術が要求された。強い吹雪の中での飛行は、熟練のパイロットでも命を落とす可能性があるのだ。まして、怪獣の相手とあってはなおさらである。

 

「ギャャオゥゥスッ! ギャャオゥゥスッ!」

 

 吹雪の中で光る半円の眼。揺れる巨大な影。接近すれば、その姿をより正確に(とら)えられた。

 

 翼と一体化した腕、斑点の目立つ胴体。顔はアザラシに似ていて、口の両端には短い象牙のような牙が額の角と共に存在感を主張している。アウト・オブ・ドキュメントに記録が残る、“冷凍怪獣ペギラ”。半世紀前日本に飛来し東京一帯を氷結させた南極の怪獣、その同種である。

 

『ケッ。能力の割には、間抜けな顔しやがって』

 

 部下の一人が、通信を介して毒突いた。感想(ひと)しくしていた鷹屋(たかや)(つばさ)は、思わず笑いを()らしてしまう。

 

 地球防衛隊X-GUYS(エックス・ガイズ)第一空戦部隊。その戦力はX-GUYSの主力戦闘機であるガンフェニックスと、鷹屋の乗る専用メカ・GUN(ガン)ホーク。それぞれ一機ずつだ。

 

「ギャャオゥゥスッ! ギャャオゥゥスッ!」

 

 その“間抜けな顔”から、寒冷光線が放たれる。二機は散開してそれを(かわ)す。

 

 ペギラはかつて、東京を氷河期に(おとしい)れ、甚大な被害をもたらした。今日(こんにち)、再び東京の地に足を踏み入れたが、ここは都市部ではない。伊豆諸島の小さな島である。もしかしたら、ペギラは都市に飛来しないのかもしれない。しかし、“東京氷河期”が再来する可能性を()んで置きたい政府は、X-GUYSに掃討を命じたのだ。

 

「よし。射程に捉え次第、ペギミンHを放つ。牽制を任せる」

 

G.I.G.(ジー・アイ・ジー)

 

 ガンフェニックスがレーザーでペギラを威嚇。たじろいだところをGUNホークが急速接近し、一発の弾頭弾を撃ち込んだ。

 

 弾頭弾はペギラの皮膚で爆散し、中に仕込まれていたペギミンHが散布される。ペギミンHとは、南極で採取される希少苔からとれる物質で、ペギラの弱点とされるものだ。机上の作戦では、これで空戦隊の任務は終わるはずだった。

 

「ギャャオゥゥスッ!」

 

 しかし、ペギラは散布された物質を意に介せず、再び光線を吹き散らす。鷹屋も彼の部下も、咄嗟(とっさ)に離脱し、吹雪に機体を(くら)ました。

 

 なぜ、ペギミンHが効かないのか。鷹屋は生物学に対する学識があるわけではないが、(おおむ)ね検討がついていた。この五〇年で地球の環境は大きく変化し、また、人類の文明発展も自然に少なからざる影響を与えてきた。それに適応する形で、怪獣も進化を重ねているのである。その進化の過程で、ペギラもペギミンHに対する免疫を獲得していたとしても、不思議ではなかった。

 

 有効とされた物質が通用しなかった以上、火力で掃討、ないし、撃退する他ない。鷹屋は自らの決断を司令部に通した後、部下に指示を送った。

 

「フェニックス、分離して二方向から攻撃を仕掛けろ」

 

『『G.I.G.』』

 

 ガンフェニックスはその高速飛行でペギラを翻弄しつつ、二機のマシンに分離する。ガンウィンガーとガンローダーだ。鷹屋の指示通りそれぞれの方向から時間差を付けつつ、攻撃を仕掛ける。

 

 レーザー、バルカン。またレーザー。不規則で絶え間ない砲撃の連鎖が、怪獣ペギラを苦しめていく。

 

「ギャャオゥゥスッ! ギャャオゥゥスッ!」

 

 島の空港を踏み荒らしながら、苦しみにもがくペギラ。その苦しみに呼応するように、冷風がより強まる。

 

 できることなら地上に被害を出したくないが、この天候でそこまでの余裕はない。幸い、全ての島民の本土避難は既に完了している。鷹屋は、攻撃の一点集中を部下達に命じた。

 

 GUNホークの後続に集結する二機。鷹屋が放ったフォトンレーザーの後を追うように、四つの閃光がブリザードの中を突き抜ける。

 

 直撃。

 

 腕の付け根を貫き、そのまま焼き切ってしまう。切れた腕は、その重みで羽を道連れにし、ペギラは片腕と飛行能力を凍る島の地面に落としてしまう。

 

「ギャャオゥゥスッ! ギャャオゥゥスッ!」

 

 鳴き声がより強くなったと、鷹屋は感じた。その刹那、操縦桿を激しく切る。冷凍光線が、GUNホークの機体を掠めた。

 

 X−GUYSスぺーシーに所属していた頃から、怪獣との戦いを幾度もこなしてきた鷹屋には、一種の“直感”が備わっていた。怪獣の動作や声の変調で、攻撃のタイミングを先読みできるのだ。

 

 しかし、部下達はそうではなかった。片方の機体が被弾してしまったのだ。

 

『航行不能! 脱出します!』

 

「!! ……よせッ!」

 

 一瞬遅かった。聞きそびれたのか、二人の部下はガンウィンガーを破棄して、吹雪の中に身を飛ばす。パラシュートを開いた途端、突風が彼らの身を曇天の彼方に吹き飛ばしてしまった。

 

「くっ、バカが……ッ!」

 

 部下の愚かさと、時間の無情さと、そして、自分自身の不甲斐なさに、鷹屋は舌を打った。この場合、機体は破棄せず、水面等に胴体着陸を試みるべきだったのだ。並み以上の技術を要求されるが、この悪天候下でパラシュートを使うよりも遥かに生存率は高い。

 

 次なる攻撃がGUNホークを襲う。鷹屋は瞬時に気を建て直し、それを躱す。

 

 これ以上、戦闘が長引くのは望ましくなかった。鷹屋はともかく、ガンローダーに乗る部下は経験がまだまだ浅い。持久戦になれば、さっきの部下達の二の舞となる者が出るリスクが高くなる。

 

「こちら、鷹屋。司令部、応答願う」

 

『こちら、司令部』

 

 鷹屋の通信に応じたのは、若い女性通信士だった。

 

天宮(あまみや)司令に繋いでくれ、メテオールが使いたい」

 

 このやりとりすら、空戦隊隊長には惜しかった。通信をしている間も、吹雪も怪獣も容赦してくれない。

 

『天宮だ。使用を許可する』

 

「よし! 全機、マニューバモード起動! 一気に片をつけるぞ!」

 

『『G.I.G.! パーミッション・トゥーシフト、マニューバッ!!』』

 

 掛け声と共に、発動される“メテオール”。ガンローダーとGUNホークは金色の粒子を纏い、それぞれ慣性制御翼(イナーシャル・ウィング)を展開する。

 

 マニューバモードを発動したガイズマシンたちは航空力学から解放され、吹雪と曇天の空を自在に飛び回れるようになった。強風の中を、高音の飛行音が突き抜ける。

 

 マシンの動きがペギラを翻弄(ほんろう)させ、吐く青白い光束の狙いを惑わす。ガンローダーがペギラの背面に回り込むと、ペギラも振り向くが、そこに待っているのは消滅寸前の残像だけだった。

 

『喰らえッ! マクスウェル・トルネードッ!』

 

 頭上を押さえたガンローダーが、熱風の荷粒子トルネードを巻き起こす。灼熱の竜巻と極寒の冷気が出会ったとき、無色のビッグバンが生まれた。

 

 それは怪獣の巨躯(きょく)をも薙ぎ倒す。一方、マニューバモードを発動しているガイズマシンたちは、強烈な爆風すらものともしない。

 

 地球外生物起源の超絶科学“メテオール”。宇宙人が過去に残した宇宙船の残骸などを分析して得た、オーバーテクノロジーの総称である。使用すれば驚異的な力を発揮し、現代の怪獣掃討作戦においては重宝されるX-GUYSの切り札だ。その技術は不明な点も多いため、かつてはその使用を厳しく制限されていたが、この一〇年で解析と改良が進み、現代では導入当初よりも頻繁(ひんぱん)に使えるようになった。

 

 それでも、使用制限時間は依然設けられており、使えるのは九〇秒までである。空戦隊はそれまでに決着をつける必要があった。

 

『隊長、今です!』

 

「ああ! ラプターフォームッ、起動!」

 

 既にマニューバを起動していたGUNホークが、更なる変形を遂げる。反転する翼に、展開される鷲爪(わしづめ)。機首は前方に突き出し、文字通り首になる。

 

 その姿は猛禽(もうきん)。機械の猛禽だった。これこそ、鷹屋専用機の本懐だ。

 

「シトロネラ・ショック、ファイアッ!」

 

 猛禽となったGUNホークの(くちばし)から、電撃の弾が発射される。巨大生物の動きを封じるのに有効な強力電撃弾だ。

 

 片腕を失い、もはや立ち上がる術のないペギラ。シトロネラ・ショックによって、その神経と手足が断絶される。

 

「さぁ、トドメだ! フレア・ストライクッ!」

 

 纏う金色の粒子を炎に変えるGUNホーク。加速し、炎に慣性を与え、その残像をペギラにぶつけた。その一撃が、怪獣の生命の燃料を一滴残らず焼尽くす。

 

 作戦は終わった。一帯を覆っていた寒気は失せ、島は徐々に元の気温を取り戻す。

 

 鷹屋はまだ霜や氷が残る島に降り、飛ばされた部下達の行方を探した。他の隊員達も、上空から行方不明となった仲間の行方を探す。

 

 一人はほどなくして見つかった。その後二人目もすぐに見つかったが、還らぬ人となっていた。パラシュートが身体に絡み付いたまま、極寒の海に投げ出されたことによる、溺死のようだった。海岸に流されてきていた部下の遺体に、鷹屋は冥福を捧げた。

 

 悔しさはあっても涙は流れない。作戦で仲間や部下を失うのは、今日に始まったことではないからだ。そして、恐らくこれからもあるだろう。

 

 殉職した彼の席を埋めるために、また新しい部下が補充される。そしてまた、誰かが命を落とす。その繰り返し。

 

 ウルトラマンメビウスが地球を去って一二年。GUYSは、その軍備拡張と組織の拡大で強くなった。しかし、それでも犠牲者を出さずに怪獣を掃討することは難しい。

 

 鷹屋はふと、周囲を見渡した。

 

 先刻まで寒冷していた島。驚くほど殺風景で、どこか儚さを思わせる。それは島民が避難したからではない。元々、人が少なかったのだ。

 

 少子高齢化の影響による過疎化。それは東京都に属するこの島とて例外ではなかった。そして、島を出た若者の中には、自分やこの部下と同じ制服を着ている者がいるだろう。そして、この制服に袖を通している以上、死と二四時間同衾(どうきん)して生きることになる。

 

 少なくなっている若者が死んでしまえば、さらに少なくなっていく。その先に人類の未来があるとは、鷹屋には少し想像しづらかった。

 

「どうなっちまうんだよ。俺たちは」

 

 その呟きは、まだ冷たい潮風に吹かれてどこかに消えてしまう。

 


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