ゼロの正体を知るようなうわ言を言った事から、扇はその女を助け手当までします。
しかし、女は記憶を失っていました。
更に、その女は、過去に扇が知っている女性に面影が……
俺は、日が暮れるのを待って、ゲットーの俺のボロアパートにその女を運び込んだ。相手はブリタニアの軍人だ。下手に人に見られたら厄介だ。それが、仲間達に知れたら尚更だ。
だが、この女は、ゼロの顔を見た可能性が高い。ならば、この女からゼロの情報が聞き出せる。うまくすれば、そこからゼロの弱みを握る事ができるかもしれない。
服を脱がせ、銃弾を摘出し、手当てを施す。死なれては元も子も無い。そのまま、ベッドに寝かせ、意識が戻るのを待った。
何時間が過ぎて、やっと女が目を覚ます。
「ん……んんっ……」
「気が付いたか?」
俺は、作業デスクの椅子に腰掛けたまま、右手に銃を持って女に語り掛ける。
「……はい……」
「どうして、あんな所に倒れていたんだ?君の名前は?」
「わたし……名前?……」
「ん?」
「何だろう?」
「ま……まさか、記憶が?ぜ……ゼロの事は?お前は、あの時……」
「ゼロって?」
「えっ?」
本当に、記憶を失っているのか?それじゃ、わざわざゼロが倒した敵の女士官を、逆に助けてしまっただけか?何やってるんだ、俺は!裏切るような真似をして、このザマか?
「だって、分からないのよ!」
そう言って、女は体を起こすが、肌着を何も着けていない事に気付いて、
「うっ?な……何も?」
慌てて毛布で胸を覆い、体を背ける。
「す……すまない!そ……その、脱がせるのは目を瞑ってもできたんだが、着せるのは……」
と言って誤魔化したが、全部嘘だ。脱がせる時も別に、目は瞑っていない。そもそも、目を瞑っていたら手当ても出来ない。服を着せて無いのは、万一の時の用心だ。いくら軍人でも女なら、素っ裸で大暴れする事はできないだろうと思ったからだ。
「でも、部屋も暖かくしたから、大丈夫かと……」
「ふう……良かった……」
「えっ?」
「とりあえず、いい人に拾ってもらったみたい。」
そう言って、女は俺に微笑みかける。
「うっ……」
その顔を見て、また衝撃を受けてしまう。本当に、千草に良く似ている……
―― 千草 ―― 昔、付きあっていた恋人の名前だ。
まだ、日本がブリタニアに占領される前、大学生だった頃の話だ。
結局、俺の表裏のある本性を見抜いてしまい、それを嫌悪して去って行った。その後会う事も無かったが、共通の友人であったナオトから、ブリタニアの本土攻撃の際に、戦闘に巻き込まれて死んだ事を聞かされた。
結局俺は、その女をそのままアパートに匿っていた。
黒の騎士団内では、ディートハルトがどんどん頭角を表して来ていた。
自ら、組織展開のシミュレーションをゼロに提案し、それが受け入れられると、東京租界内のブリタニアの各機関内に、スパイを潜り込ませて行った。元々放送局に居た事もあり、その辺のパイプラインを持っていた。
またゼロは、軍事力の拡張にも力を入れ出した。この辺もディートハルトからの提案もあったのかもしれないが、日本解放戦線の事実上の壊滅により、拠り所の無くなった藤堂中佐と四聖剣を取り込む事。更には、中華連邦との協定にまで手を伸ばそうとしていた。
そうなってくると、俺のナンバー2の地位も、いつまでも安泰とはいかなくなってくるかもしれない。
情報戦略や人員配置では、俺はディートハルトの足元にも及ばない。そこにもし藤堂中佐が加われば、戦闘指揮に長けているから、戦闘でのゼロの右腕は彼になるだろう。そうなれば、俺には何も無くなる。あるのは人望だけ。誰にでもいい顔をして、ご機嫌を取る事しかできない。やはり、何かゼロの弱みを握っておかないと……
そのためには、何とかあの女に記憶を取り戻してもらい、ゼロの情報を聞き出すしか無い。
黒の騎士団での任務が終わり。アパートに帰って来る。厳重なロックを外し、部屋の中に入る。
「おかえりなさい。」
キッチンから、あの女が声を掛けて来る。
「あ……ああ、ただいま。」
「直ぐ、お食事できますから。」
「食事って、買い物に出たんですか?外に?」
「いいえ、あり合わせですから……外は、まだ、ブリタニアが怖くって……」
彼女は、誰に、何で撃たれたかは覚えていない。しかし、本人はブリタニア人に撃たれたと思い込んでいて“そいつがまだ自分を狙っていないか”という事に怯えている。
「何か、思い出した事は?」
「すみません、何も……」
「いいんですよ。慌てなくても。」
そう言いながら俺は、監視カメラの映像をパソコンで確認する。
「怪我の事もあるし、ゆっくり思い出してくれればいい。」
確かに、外に出てはいないようだ。
「さあ、出来ました。お口に合うといいんですけど……」
「ああ……」
俺は食卓に付き、彼女の手料理に口をつける。
「うん、おいしい。」
「本当?良かった!」
「えっ?」
彼女は、嬉しそうに微笑む。それを見て、思わずはっとしてしまう。こういう仕草も、千草に良く似ている。
彼女は、俺の弁当まで作ってくれた。
アジトでひとりになった時に、俺はこっそり食べようと、蓋を開けて中を見てみる。
「?!」
そして、またしても衝撃を受ける。
いくら姿が似てるからって、片や日本人、片やブリタニア人でこんなに似るものなのか?その弁当は、付き合っていた頃に千草が作ってくれたものに良く似ていた。もしかして、記憶を失った彼女に、千草の魂が乗り移ったのか?いや、それは有り得ない。もしそうなら、俺に弁当など作ってくれる筈が無い。俺の利己的な本性を嫌って、彼女は俺から去って行ったのだから……
「あの……」
「いや、こ……これはつまり……」
突然声を掛けられて、俺は、慌てて弁当箱を閉じて言い訳を捜す。
「お客さんですが……」
「えっ?」
「京都の紹介状もあります。」
井上の視線の先に目をやると、日本軍の軍服を来た4人の軍人が整列していて、こちらに向かって一礼する。
「まさか?四聖剣の?」
俺は立ち上がって、礼を返す。すると、一番端の、白髪の年配の男が話し始める。
「短刀直入に言う。お力を拝借したい。」
「ん?と、言うと?」
「藤堂中佐が俘虜とされた。我らを逃がすため、ひとり犠牲になって。」
藤堂中佐の救出の協力を、俺達に要請して来た。
俺は直ぐにゼロに連絡をして、事の詳細を説明した。するとゼロは、
『分かった、引き受けよう。』
「いいのか?」
『黒の騎士団は、正義の味方だ。不思議は無いだろう?』
俺は、目の前で様子を伺っている、四聖剣にOKサインを出す。彼らは、安堵の息を漏らす。
とうとう、懸念していた通りになった。これで無事救出できれば、藤堂中佐も四聖剣も、黒の騎士団に取り込まれるだろう。そうなると、俺の存在価値は・・・
夕刻、ゼロに指示された場所に、移動アジトのトレーラーと輸送車を移動させ、紅蓮の最終整備を行っていたが、複雑で思うように捗らない。その横で、四聖剣がそれを眺めながら、何やら話し込んでいる。
「いいから、押し込んでとっとと蓋閉めちゃえよ!出撃まで時間が無いんだって!」
玉城が囃し立てると
「もっと丁寧に扱いなさいよ!」
玉城達に苦情を言う声が。
「はあ?」
声のする方には、白衣を着た技術者と思われる者が3人居た。中央のひとりは女性で、インド系の黒い肌で、額にチャクラの化粧をしている。
「あんたらの100倍はデリケートに生んだんだから!」
「だ……誰だ?あんた!」
「その子の母親!」
「間に合ったようだな?」
そこに、ゼロが姿を現す。
「は?あんたがゼロ?よろしく、噂は色々聞いてるわ。」
「こちらこそ、ラクシャータ。君のニュースは以前、良くネットで拝見したよ。」
そうか、彼女が紅蓮弐式の設計者、ラクシャータか。
ゼロとラクシャータは握手を交わす。更にラクシャータは、手土産としてナイトメア搭乗用のパイロットスーツを渡す。早速、カレンがそれに着替えるが、
「あの、本当にこんなので、連動性上がるんですか?」
「上がん無いわよお。」
「はあ?」
「生存率が上がるの。」
そして、藤堂中佐救出作戦は開始された。先に突入したのは四聖剣、京都から新たに送られた紅蓮に続く日本製のナイトメア“月下”を駆り、収容所に突撃して行く。その月下の動きを、移動アジトのトレーラーの中でラクシャータ達がチェックしている。俺達は、じっとそれを眺めているだけだった。ナイトメアの操縦技術は、四聖剣の方が圧倒的に高い。紅蓮のカレン以外は、出る幕は無いという事だ。
四聖剣が陽動で収容所の警備隊を引き付けている間に、ゼロの無頼とカレンの紅蓮弐式が、藤堂中佐を無事救出して来た。そして、藤堂中佐も指揮官機の“月下”に乗り込み、後は残存部隊を片付けるだけというところで、また現れた!あの、白兜が!
「あれかい?ゼロが手こずってる、白兜ってのは?」
ずっと画面を見詰めていた、ラクシャータが聞いて来る。
「あ……はい。」
俺は答える。ラクシャータは更に目を凝らして、その動きを追う。
白兜には、流石の四聖剣も手を焼く。しかし、ゼロも対策を考えていた。白兜の行動パターンを読んで、的確に指示を出す。しかも、今回はカレンの紅蓮だけで無く、藤堂中佐と四聖剣も居るのだ。白兜は徐々に追い詰められていく。留めは藤堂中佐の三段突き、しかし、白兜は何とかこの攻撃をかわす。それでも、コックピットの上部が剥ぎ取られ、中が丸見えになってしまう。
『う……うそだ……』
『スザクくんなのか?』
『え……ええっ?』
ゼロ、藤堂、カレンが衝撃を受ける。何と、コックピットに居たのは、枢木ゲンブ日本国首相の息子、名誉ブリタニア人の枢木スザクだった。
カレンはゼロの指示を仰ぐが、ゼロは何故か何も答えない。その間に、藤堂と四聖剣がスザクとの闘いを再開してしまう。だが、やはり苦戦を強いられる。
『やめろ!』
少しして、ようやくゼロが指示を出す。
『闘うな、これ以上は!目的は達成した。ルート3を使い、直ちに撤収する!』
そこにブリタニアの援軍が迫っているのを確認し、藤堂中佐と四聖剣も、納得してこの指示に従った。
作戦は成功したが、戻って来たゼロの様子がおかしかった。無頼のコックピットに残ったまま、いつまでも出て来なかった。カレンに聞いても、理由は分からなかった。
白兜のパイロットが、名誉ブリタニア人の枢木スザクだった事がショックだったのか?確かに驚きはしたが、それ程深い衝撃を受ける事でも無いような気がするが・・・
そんな事よりも、俺は自分の身の方が心配だ。
これで、藤堂中佐も黒の騎士団に入る事になるだろう。技術顧問として、ラクシャータも加わった。増々、俺の存在意義が薄れて行く。このまま、ナンバー2の地位を維持できるのか?全ては、ゼロの判断次第だが…………
原作には“千草”という名前の由来に何の設定も無かったですが、勝手に“扇の昔の恋人の名前”としてしまいました。
“昔の恋人に似ている”という理由くらい無いと、たまたま拾った敵の士官に、扇が惚れる必然性が無いので。
扇は、“脱がせるのは目を瞑ってもできたんだが……”と言っていましたが、絶対に嘘です。そのまま見殺しにするのならいいですが、手当てをしないと死んでしまいます。ドクターX・大門未知子だって、目を瞑ったまま手術なんかできません。
それに、ボタンの無いシャツなら目を瞑ったって着せられます。脱がす方が余程難しい。
嘘が下手ですね。それを信じるヴィレッタもどうかしてますが……
またこの話とは関係無いんですが、16話でのマオのスザクへの言葉には非常に共感を持てました。
「お前の善意は、ただの自己満足なんだよ!」
全くその通りです。押し付けた善意は、悪意と何ら変わりません。ルルーシュも言っていました。