6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い 作:肩がこっているん
〜セクストゥム
いきなり私の横にアルさんが現れた。
何故ここに、行方不明なのではなかったのか、そもそもどうやってここに来た。
突然の出来事に混乱し言葉が出ない私を尻目に、この男は事もあろうにーー
「とりあえずーーその包丁をしまってくれませんか?」
「…………」
そう言われた私は
「幽霊、というわけではないようですね」
「幽霊に先ほどのような魔法を撃てませんよ……いや、幽霊というわけではありませんが、今の私は似たようなものですか」
「一体何を言ってるんです?」
フフフーーと笑うアルさん。笑ってる場合じゃないんですよ。
この人はいつもそうだ。
何かと思わせぶりな言葉回しを好む節がある。
いつもなら付き合うところだが、状況が状況だ。私は急がなければならない。
ナギさんのこと、今までどこで何をしていたか、聞きたいことはたくさんある。
しかし、今の私には他にやらなくてはいけないことがあった。
先ほどの戦闘を経てわかった。それはもう痛いほどに。
チラリと足元に刺さる包丁を見る。そうーー
今の私にはーー武力が足りない。
武力が無ければ、それを調達せねばなるまい。
はやる気持ちを抑えて、アルさんの顔をじっと見る。
「…………」
「?どうかしましたか?セッちゃん」
美形だ、うん。性格はあれなところがあるが、この男は誰が見ても美形、それは事実である。
清潔感もあるし……うん、まぁ、いいかな?
意を決して、私はアルさんと目を合わせ、口を開いた。
「アルさん。この私とーーー
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「いやいや、何とも奇妙なことがあるものですね」
魔法使い達からの脅威から脱し、再び私は雨が降る森の中を絶賛移動中である。
偉く上機嫌なアルさんを連れて。
「いつの間に好感度が達していたのか、はたまた巡り合わせが良かったのか……何にせよご馳走様です」
アルさんが何か言ってるが、私は今それどころじゃない。
先ほど新たに獲得した10枚の「
アーティファクトーきせかえごっこ〜「小悪魔のランドセル」(SR)
〜自身と干渉した相手の精神に働きかけ、態度を和らげる効果がある。距離が離れたら効果はリセットされる。
〜特定の性癖を持つ相手に使用した場合、稀に、自身が意図しない事態が起こる可能性がある。
〜使用中は精神が退行する
果たしてこれは使えるのだろうか。
いや、決して使い道がないわけではないだろう、少なくとも、今はそれが思い浮かばないだけだ。
効果を見ただけでは、とても戦闘用だとは思えない。
「きせかえごっこ」シリーズって、こんなのばかりなのか?願わくば、そうでないことを祈りたい。
私の横を並走するアルさんに目線を向ける。
「フフ、今の私はかなり機嫌がいいですよ。長きに渡り現世に縛られ続けた生の中で、このような役得は初めてです。少し気合いを入れてお相手致しましょう」
「な!?貴様は、アルビレオ・イマ!?なぜ貴様がここに……ぐぉ!?」
満面の笑みを浮かべ、アルさんは向かってくる魔法使い相手に、先の黒い球体(曰く、重力魔法)を放つことで一撃の元に葬る。
あの後からも、頻繁に森の中で魔法使い達と遭遇している。
むしろ、先に進むに連れてその数は増している。
アリカ様が近いのか。
後続の私たちがこうして先を行く魔法使い達に追いつくことができる所以は、やはり紛いなりにも私のアーウェルンクスとしての身体能力にあるのだろう。
これで最低値のステータスなのだから、調整を重ねたアーウェルンクス本来の力は、そら恐ろしいものがある。
この件が終わったら、私も自身の性能を見直す必要がありますね。
「フフフフフフフ……!愉快、実に愉快です!あぁ、私は今日という日を迎えるために今までこうしてーー」
…………
この男の前で「小悪魔のランドセル」は使わない方がいい。
私の女子力が全力でそう訴えかけている。
まだ効果を見ただけで実際に試してすらいないが、そう思える。
ちなみに、先ほどアルさんとの仮契約で獲得した残りの9枚は、またしても
なんてことだ、私は包丁を補充するためだけに唇を捧げてしまったのか。
しかも、男性との初キッスだったというのに……。
思わず「きせかえごっこ」を握る手に力が入る。
「……それにしても、先ほども驚きましたがーーなんとも不思議な
「ひゃ!?いきなり耳元で話しかけないでください!」
耳元から聞こえてきた声に驚くと、そこには私が手にする「きせかえごっこ」カードを興味深そうに覗き込むアルさんの姿が。
周りに魔法使い達はいない。
私が自分の世界に入り込んでいるうちに殲滅してくれたようだ。
素晴らしすぎる、さすが紅き翼。
それにしてもーー
「ち、近いですよ!アルさん!」
「おや、お互い唇を合わせた仲だというのに……いや、だからこそ、こういったウブな反応が胸を打つというもの……フフフ、素敵ですよセッちゃん」
まずい、はやまったか。
アルさんの目が色々とヤバい。
完全にロックオンされてしまっている。
「
なんとかアルさんの意識をこのカードに戻さねば……。
「アルさんでもこのような
「っと……ええ、一度の仮契約で10枚のカードが出現するなど、ましてや同じカードが被っているなんて話は聞いたことがありません」
「そうですか……あ、念の為1枚どうぞ」
「よろしいのですか?それは貴女の
大丈夫です、ストックはこんなにありますからーーそう言ってアルさんに「
軽く、「きせかえごっこ」カードの説明も入れておく。
その説明を受けたアルさんは、何度も驚いた表情を浮かべるも、最後にはうんうんと頷いてーー
「そういうことなら、このカードは頂戴しましょう。最高の贈り物に感謝します」
こうして、私とネカネちゃん2人のアドレス帳に、ある意味危険な男が1人追加された。
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「さて、贈り物も頂いたばかりで大変申し訳ないのですが、私はこの辺りでお暇させて頂きます」
「ふぇえええ!?!?ちょ、いきなりなんですか!?」
「きせかえごっこ」カードを額に当て、アルさんがそのようなことをのたまう。
今なんて言いましたかこの男!
贈り物も頂いたのでお暇させてもらいますですって!?
薄情とかそんなレベルをゆうに超えていますよ!?
「や、や、やるだけやってポイだなんて!見損ないましたよアルさん!!この男の恥!!!」
まだアリカ様救出が済んでいないというのに!
罵声を浴び続けながらも、どうにか私を宥めようとするアルさん。
やだ、触らないで!貴方の声なんて聞きたくもない!
「この場でさよならだなんて……本気で言ってるんですかアルさん!?」
「誤解、誤解ですよ!?今の私はそもそも本体ではないのです!これ以上は現界を維持できないんです!」
「え?どういうことです?」
本体ではない、とはこれいかに?
待ってください、確かアルさんってそもそも……
「今の私は、本体である魔導書の一部の書き写し、いわば分身のようなものです。貴女も私の正体が魔導書であることはご存知でしょう?電子精霊を用いての情報収集は得意ですものね。」
確かに、私はアルさんの正体を知っている。
古来から存在する、一冊の魔導書を依代としている「本の精霊」であると。
むしろその魔導書自体がアルさん自身だとも言えるのだろう。
このことは、電子精霊に調べてもらう以前に、私がこの世界で目覚めた時に読んだ脳内ガイドに記されていた。
ふむーー
「仮に、今のアルさんがその本体の一部、すなわち分身であるとして……なぜ私の前に姿を現したのですか?てっきり、このままアリカ様救出に協力してくれるものだとばかり思っていましたが、違うのでしょう?」
私がそう言うとアルさんは、「これでようやく話ができそうですね」と居住まいを正し、語り始めた。
「私がこうやって現界した目的、ーーそれは貴女に課せられた魔力封印の術式を解除するためですよ、セッちゃん」
「私の、魔力封印……!」
それが、今回アルさんがこうして私の前に現れた理由ーー。
「セッちゃん、貴女の左腕、肘に至るまで刻まれた帯びたたしい刻印ーーそれこそが私の本体である魔導書から書き写した一部なのです」
「これがアルさんの……!?って、刻印がーー」
薄くなっている。
左腕に刻まれた刻印が、今にも消え入りそうなほどに薄く。
「そう、正確に言うと左腕の刻印は全てが
そのようなことが可能なのか。
「なんとも無茶苦茶な荒技ですね……というか、なぜ、そのような面倒なことを……」
「今となれば過ぎた話ですが、ーー単に魔力封印を施すだけでは警戒が甘い、故に私自身がこうやっていつでも姿を現わせるようにした……それだけの話です」
警戒が甘い、要は保険だったということか。
つまり、魔力を封印された上で、それでも私が何か悪事を働こうとした場合に、こうしてアルさんが姿を現すーー先の、重力魔法の一撃を持って、私を処する。そのための保険。
アルさんは常に万全な体勢を敷いた上で、私を泳がせていたのですね……。
それにしてもーー
「だったら、もうちょっと早く解きに来てくれても良かったのではないですか?今の話だと、いつでも私をどうにかできたーーつまり、常に私を視ていた訳でしょう?」
「私の本体の方が先ほどまで別件で手が離せない状況だったのですよ。こうして貴女の側に現れた私は分身体ですが、意識は本体と共有しています。本体の方に何かあった場合は、貴女に意識を向ける余裕はなくなってしまうのです」
本体の方が、緊急事態だった。
それは、本体のアルさんと共にいたはずのあの人も同じーー
やっぱり、何かあったんだ。
「本体の方の件も、先ほどようやく落ち着きました。それで、こうして遅ればせながら参上した次第です。……しかし、結局はここまでの事態になることを予測できなかった、私の落ち度を思い知らされただけ。貴女にただ負担をかけてしまうことになってしまいました。ーー申し訳ございません」
「アルさん……」
アルさんは私に深く頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。
違う、悪いのはアルさんじゃない……!
「元はと言えば、魔力封印を解く話を持ちかけてくれたナギさんの好意を……それをふいにした私の責任です!アルさんが謝ることなんてありません!……それに」
それに、アルさんは先ほど私を助けてくれたじゃないですか。
「……!…………もう、時間はありません。セッちゃん、お気づきではありませんか?ーー私が貴女の危機に駆けつける前から、すでに半分ほどは、貴女は魔力を行使する力を取り戻していることに」
「え?」
私の魔力が、もう戻っている?
今流れている魔力、これはずっと、ネカネちゃんから流れてくる魔力によるものだと思っていた……。
そりゃ、随分と長い間魔力供給が続いてるとは思ってた。
でもそれは、てっきりネカネちゃんが供給時間を延長してくれたのだとばっかり……。
そうだ、ネカネちゃんはーー
「ちなみに、ネカネさんなら無事ですよ。先ほど、お暇の趣を貴女にお話した時に、確認をとりましたから」
「え、……じゃあ、あの時きせかえごっこカードを額に当ててたのは……そういうこと」
あの時は、アルさんの唐突な言動に気を取られて完全に意識してなかった。
え?私の危機に駆けつける前から、半分ほど魔力が戻ってたって……。
それ、だいぶ前からアルさんが私の魔力封印を解除しつつスタンバッてたって事ですか?
なんというか、抜け目がないというか……かなわない、なぁ。
「少しでも貴女の不安をとり除くことに繋がればと……セッちゃん」
アルさんが改めて私の名前を呼ぶ。
私は表情を引き締め、アルさんの言葉を待つ。
「さぁ、ーーーー決断の時ですよ」
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ウェールズの外れに存在する深い森。
セクストゥムが今もなお踏破を目指し疾走するその森の中で、アリカは1人、男と対峙していた。
「災厄の女王、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアだな?」
黒いローブに身を包んだ男がそう問う。
アリカはその問いには答えず、逆に質問を返す。
「此度の村、そして妾に対しての襲撃は、主の手によるもののようじゃな」
「…………なぜそう思う?」
「先ほどから仕掛けてきている他の魔法使い達と主とでは、まるで身のこなしが違う。妾もこれまで幾たびも戦場を歩いてきた身じゃ、それくらい感覚でわかる」
「…………」
男は答えない。
アリカは今一度、これまで自身の身に起きた一連の流れの整理をした。
ウェールズの村が襲撃された件は、アリカ自身の耳に届いていた。
それは、アリカの護衛である魔法使い達が、村で待機する魔法使い達と頻繁に連絡を取り合い、互いに状況を確認し合っていた際に入った情報である。
当初の予定では、アリカは護衛である村の魔法使いを数名引き連れ、この頃にはすでに森を抜けているはずだった。
村が襲撃された件を知ったアリカ達一向は、それに伴っていち早くこの森を抜けようと足を早めた。
それが、想定外の事態により、直進するだけだった進路は大きくずらされ、雨降る森の中を右往左往する事態となってしまったのである。その想定外の事態というのがーー
「わざわざ村を襲撃したのは、こちらへ増援を寄越さぬよう足止めをするためであろう?まさか、すでに森の中で待ち伏せされているとは思わなんだ」
思わぬ伏兵。
村を襲撃した者達とは別に、すでにこの森の中には数多の下手人が潜伏していた。
今、アリカの側には共についてきた護衛達はいない。
皆、アリカを狙う下手人との戦闘で負傷し、時間稼ぎのためにその場に残ることを選んだ。
彼らがその後どうなったか、知る由もない。
(このような妾のために…………)
アリカは苦虫を噛み潰したような顔で、ただ悔やむことしかできない。
その様子を見ていた男が、口を開く。
「確かに、此度の一件は私主導の元実行された、そのことに間違いはない。もっとも、私は他の連中のように組織に属している人間ではない、あくまで私は連中をそそのかしたに過ぎん」
「……主は、メガロメセンブリアの人間ではないと申すか」
「左様、私自身はなんてことはない、流れの仕事屋のようなものだ…………クク、まぁ、この私のようなどこの誰とも知らぬ輩の口車に乗せられる馬鹿がここまで大勢いたことには驚いたがな……いや、呆れていると言った方がいいか」
男は実に愉快そうに嗤う。
目の前の男は、メガロメセンブリアの関係者ではない。
では、何が目的でこのようなことをーー
「そもそも此度の件、私自身も話を持ちかけられたに過ぎぬのだよ。災厄の女王の身柄の確保、それを為すことが今回の私に課せられた依頼だ」
依頼かーー
仕事屋が事を起こすとしたら、やはりそれ以外にないだろう。
「それに、目的は身柄の確保であって、お前を殺す事ではない。……先ほど森に潜んでいた連中にもそう話したのだが、あれだけ血気盛んだと間違いが起きても仕方がない。こうしてお前と一対一の状況を作ってくれた事だけは感謝しているよーー本来、あの馬鹿連中に期待していたのは「数」の威力だけだ。期待する方が無理な話だったか」
「やけにべらべらと喋るではないか。願わくば、主に話を持ちかけたのは誰なのか。それも聞かせてほしいものじゃの」
アリカの言葉に、男は愉快な態度を崩さずに、答えた。
「お前自身良く知っているだろうーー「
「…………っ!」
やはり、というべきか。
「先に言っておくと、この事はメガロメセンブリア元老院の連中は預かり知らぬ事だ。今回の一件は完全なる世界が私に個人的に依頼してきたものに過ぎない」
「なんじゃと?」
「大戦時は元老院と
今回集まった連中は、その事すら気付かない馬鹿どもだがなーーそう言って男は再び嗤う。
本当に、聞いてもいない事をべらべらと話してくれる。
「さて、もう話も終わりにするか。馬鹿どもが安易に呼んだ魔族どもがここに来る前にな。大切な捕獲対象だ、理性の乏しい魔族どもでは誤って殺してしまいかねん。ーーーまぁ、お前のような美しい女なら、殺される以上の地獄を見るやもしれんがな」
「……貴様、…………っ!?」
男は言葉を終えると、たちまちその場から姿を消した。
(ーー後ろか!)
アリカはすぐさま腰の物を引き抜き、振り向きざまに剣を振るう。
「……なるほど、伊達に戦場を歩いてはいない。先の言葉は誠だったようだな」
「っ!ぬぅ!?」
剣を伝ってアリカの腕に衝撃が伝わる。
男が手にしていたもの、それもまたーー剣であった。
「貴様は……剣士であったか!」
「剣士の真似事をしているに過ぎんよ。大雑把ではあるが知っているぞ。ーーお前の扱う魔法、その効果のほどを」
「!」
妾の魔法がどういったものなのかを把握されている?
それ故に近接戦闘の形を取ったというのなら、やはり此奴はーー
「お前の魔法は、ーー相手の魔法そのものを任意のタイミングで打ち消す、ようなものだろう?」
「それも
鍔迫り合いの状態から、先に距離を取ろうとするアリカ。
それを許すまいと、男は追う。
雨が降り注ぐ森の中、女王と魔法使いによる剣舞の幕が切って落とされた。。
エヴァ「おい、茶々丸。終わらんではないか」
茶々丸「本当は次回から麻帆良編だったらしいですよ」