6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い 作:肩がこっているん
〜side:ナギ
(…………やっぱりこうなっちまったか)
俺は今まで生きてきて感じたことのない「体の違和感」に捕らわれていた。
取り憑かれたーー陳腐な表現だとは思うが、俺の体に起こっている「違和感」を表すとしたらそんな言葉しか出てこねぇ。
体が奪われる。俺が俺でなくなる。何者かが俺に成り替わろうとしている。
(気合いでどうにかなることを期待してたんだが……コイツはそうさせてくれねぇか……まぁ、お師匠でさえああなっちまったんだ。覚悟はしてたさ)
ーーー……ッ…………ッ!………………
(喜ぶべきは、狙い通りコイツが俺の所にきてくれたってところか…………ったく、運が良いんだか悪いんだか……)
体を乗っ取られたのが俺でよかった。そこだけが心配だった。
他のヤツにコイツを押さえ込ませるなんて真似させられねぇ。
お師匠はずっとコイツと戦ってたんだな。ずっと、……耐えてくれてたんだな。
にしてもよう、お師匠には悪いが、何も今じゃなくてもいいじゃねぇかよ。
ーーー……ギッ!…………ナギッ!……
(せっかく姫子ちゃんにネギを会わせてやれたって時によ……来るタイミングってのを考えろよな、コイツ)
ーーーまだ意識はありますか!?……ナギ、しっかりしてください!!…………ッ!………
(聞こえてるよアル。あんなに俺に騒ぐなって言ってたのによ……ん?……言ってたのは嬢ちゃんだったか?……まぁなんだっていいか)
ーーーまだ持ちますか!?…………いま近右衛門に連絡を……ッ!…………ッ!……
(遺言状、アル、お前に言われた通り早めに作っといてよかったぜ……危うくネギに何も残してやれねぇところだった)
ーーーアル!何がどうなっている!?今の戦いは……ナギが勝ったんじゃないのか!?…………ッ!……
(アル、あとは手筈通りに頼むぜ…………そうだ、聞いてくれよアル。嬉しいニュースがあるんだ)
ーーー……ガトウ!貴方はタカミチとアスナさんを連れてここから……私たちから離れるのです!……今のナギは……ッ……ッ
(さっきさ、ちょっとの間だけだったけど、お師匠と話せたんだよ……そしたらさ……)
「…………よ……た……」
「っ!ナギ!なんですか!?何か私に伝えたいことは!?」
(お嬢ちゃんは……お師匠の最後の悪あがきだったんだよ……お嬢ちゃんは……お師匠がこの世に残した……)
「……最後の……意地の結晶、……お嬢ちゃんを…………信じてよかった」
「どういうことです、なぜ今彼女のことが!?」
(大丈夫だ……お嬢ちゃんなら護ってくれる…………俺の家族を……)
「アリカを……ネギを……きっと、…………お嬢ちゃんなら」
「……ナギ!?彼女は、彼女はーーーーーーーーーー」
アリカ、すまねぇな。しばらくは帰れそうにない。
ネギ、散々大声出して驚かせちまってすまねぇ、元気に育てよ。
お嬢ちゃん、すまねぇ。俺の代わりに二人を頼む。
なんか、謝ってばっかだな、俺。
ハハ、らしくもねぇ。
(……さてよ、しばらく……付き合ってもらうぜ?……造物主。……オメェが「不滅」の存在だってんなら、俺は「最強」の魔法使いだ…………このまま黙って持ってかれるなんて、俺はそんな温かねぇぜ?)
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〜セクストゥム
「ねぇセッちゃん、ナギさんたちがこの村を出てしばらく経つよね?」
「はい、もうかれこれ一週間以上、もうじき二週間になりますね」
ネカネちゃんと自作ぬいぐるみの話で一通り盛り上がった後、別の話題へ移ろうかという最中、ネカネちゃんがそんなことを言いました。
「確か、トルコのイスタンブールにある魔法協会本部に行ったんですよね。なんでも、「とある人」に会うためだって」
正確には、そのイスタンブール魔法協会本部に滞在している「とある人」をこの村、ウェールズまで連れてくる、まぁ護衛というのが正しいですかね。それが今回のナギさんたちの仕事。
ちなみに「とある人」が誰かに関しては、ナギさんは「サプライズだ」とか言って教えてくれませんでした。
アリカ様は誰のことか知っているみたいでしたが、そもそも私に知り合いなんてナギさんたちを除けばいませんからね。聞いたところでしょうがないかな、と思い深く追求はしませんでしたが。
「うん、それでね……そのナギさんたちのことなんだけど……」
「?」
「ごめんねセッちゃん、ゆっくり説明するから、落ち着いて聞いて?」
視線を落とし、私の顔を直視するのを避けるかのようなネカネちゃんの態度を不自然に思うも、私は話を聞く体制に入ります。
「……昨日の夜遅くにね?ウチにスタンさんが来て、お父さんと二人でお話ししてたんだけど……私、夜更かししちゃって、お部屋のドア越しから盗み聞きしてたの……」
「ネカネちゃんの年で夜更かしはよくないですよ?私は毎日8時間は睡眠をとってます」
「セッちゃん、真面目な話なの。黙って聞いて」
ムッ、と睨まれてました。
い、今のは私が悪いのでしょうか?
「それでね、スタンさんとお父さんのお話をわかりやすく説明するとねーーー」
それからネカネちゃんがお話をしている間、私は一言一句を聞き逃さないように努めました。
「元々、ナギさんは途中で観光を挟むにしても一週間も経たない内に帰ってくる予定だったんだって」
それはーー知っています。アリカ様は「どうせ途中で道草でも食っているのじゃろう」と言ってましたが。
「ナギさんは村を出る前にウチのお父さんに声をかけてて、そのようなことを言ってたの。だからお父さんもナギさんの帰りがおそいからといって、特に気にもしてなかったんだけど」
ナギさんのやる事なす事は、気にするだけ無駄なところがありますからね。
「だけど、昨日そのイスタンブールの魔法協会本部からスタンさんに連絡が入って……あ、スタンさんの知り合い、元々この村出身の人らしいんだけど」
ナギさんがアレすぎるってだけで、この村に住む魔法使いの方々ってかなり優秀なんですよね。
ナギさんもそのことを認めているからこそ、安心して村を離れたのでしょう。
「なんでもその人が言うにはね?イスタンブール魔法協会本部の近辺で、大きな魔力の奔流が確認されて、どうやら不特定多数の魔法使いが魔族の召喚儀式を行なったらしいんだけど……」
……魔族の召喚、ですか。
「当初は魔法協会本部に対しての襲撃ーーかと思い警戒態勢に入ったものの、本部への攻撃行為等は一切無し。先遣隊が、儀式召喚が確認された地点に到着した時には、すでに付近一帯から魔族の反応は消失」
……え、と……ネカネちゃん?
「その後も探索範囲を広げ調査が行われた……しかし、結局召喚を為したと思われる術者の発見はおろか、魔族たちによる周辺の被害も皆無。術者は何が目的だったのか「ちょ、ちょっとネカネちゃん」……もう、真面目な話だって言ってるのに」
それはわかってるけど!
ネカネちゃんあなた年いくつ!?
まだ10歳そこらですよね!?
「かいつまんでいうと、ナギさんたちの帰りが遅いことと、イスタンブール魔法協会で起こった事件が関係してるって……つまりはそういうことが言いたいわけですね?」
「そうだよ。それを今話してるのに」
「いや、なんか終わりが見えなくなりそうだったので……ネカネちゃん。結論から言って、つまりは何が言いたいのです?」
ナギさんたちの仕事はイスタンブール魔法協会に行き「とある人」をこの村まで連れてくること。
どんなにナギさんが寄り道しても、本来一週間の内には帰ってくる予定だったこと。
昨日、スタンさんとネカネちゃんのお父さんが、イスタンブール魔法協会で起こった事件の話をしていたこと。
ナギさんがなんらかの事件に巻き込まれたから帰りが遅れている、さすがの私でもそれくらい推測できます。
だからーーー
「結論を……ナギさんがなんでまだ帰ってきてないのか……知っているなら、それを早く教えてください」
なぜなら、それはここ最近ずっと私が不安に思っていたことだから。
ネカネちゃんがその答えを知っているなら、なんでもいいから早く教えて欲しかったから。
「そうだね……そっちを先に言うべきだったよね……ごめん、セッちゃんにこのことを話すのが怖くて、つい回り道しちゃったっていうか……」
じれったいなぁ……
いいから、いいから早く話せばいいのに……
「落ち着いて聞いてね「それ、さっきも言いました」…………ッ!ナギさんたちがーー」
ーーーナギさんたちが、サウザンドマスター一行が……行方不明になったの
それから、ネカネちゃんがまだ何か話していたけど、私の頭の中には何も入ってこなかった。
遠くでネギ君の泣いている声が聞こえて、少しーーうるさいなぁって思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「セツ子?」
セクストゥムーーセツ子はすぐそばから聞こえた声で、ようやく我に返る。
「……アリカ様」
声がする方へ視線を移すと、そこには我が子であるネギを抱えたアリカがいた。
先ほどまでいたネカネは、いつの間にか帰ったようだ。
うるさく感じていた泣き声も、止んでいた。
セツ子は視線を前に戻すと、ネカネが座っていた椅子の上に金髪の少女のぬいぐるみが鎮座してあるのに気づく。
(あげたのに、ネカネちゃん忘れていっちゃったのかな)
そんなことを思っているセツ子を、アリカは神妙な面持ちで見つめると、ふぅとため息をつく。
「セツ子、もう陽も沈んだぞ」
セツ子はその言葉で、ハッとした表情を浮かべ立ち上がる。
今更になって、明るいと思っていたのは、部屋の電灯の明かりによるものだと気づく。
電灯の明かりを点けたのはアリカである。
「お、お洗濯取り込まなくちゃ!」
慌ただしく動き出すセツ子を眺め、アリカは今一度短くため息をついた。
「妾が料理するなど久しぶりじゃ。味は期待するでないぞ?」
「す、すみません……」
夕飯の買い出しに行く時間はとうに過ぎていた。
何度も謝罪の言葉を述べ、冷蔵庫に残ったものでせめてーーと夕飯の支度に取り掛かろうとするセツ子をアリカは止めた。
ーー今の主に包丁を持たせるなぞ危なっかしくて見てられん、夕飯は妾が用意する故、主は大人しく座っておれ
そういって、また謝罪の言葉を繰り返すセツ子を収め、いざ久方ぶりに台所に立ったアリカであったが……
「……酸っぱいな」
「……すみません」
「……主がなぜ謝る」
アリカが作った「シチューと思しきもの」は、なぜか酸っぱかった。
結局半分も口にしないうちに、喉を通らなくなってしまった「シチューと思しきもの」を片付け(その際セツ子はまた謝罪していたのは言うまでもない)、その後二人は思い思いの時間を過ごしていた。
セツ子はアリカがネギに授乳を行なっている姿を見つめ、今度はネギに向かって謝罪の言葉を吐いていた。
「ネギ君、ごめんね……」
セツ子は先ほどまでの自分が信じられなかった。
育児放棄もいいところだ。
下手したら取り返しのつかないことになっていた。
「明日、ネカネちゃんにも謝らないと……」
昼間、セツ子が自分の世界へ旅立っている間、ネギの世話をしていたのはネカネである。
台所のコップ立てには、消毒を済ませたと思われる哺乳瓶が立てかけられており、履いていたオムツ
も新しいものに取り替えてあった。
「まったく、セツ子は先ほどから謝ってばかりじゃな」
アリカが外出から帰ってきてから、セツ子はかなり様子がおかしかった。
アリカ自身、セツ子の異変に心当たりがあったため、それについて言及することはなかった。
(まぁ、真っ暗な部屋で我が子が泣きわめいていたから、なんじゃなんじゃと電気を点けたら、焦点の合っていない目で虚空を睨むセツ子がそこに佇んでいた時は……正直心臓が止まるかと思ったがの。)
あの時、アリカは結構ビビっていた。
(ネカネは父親が話したのか知らぬか、知っていたのじゃろう。スタン老もなぜか知らぬがそのことを把握していた。スタン老が妾をわざわざ呼びつけた、それにネカネを寄越したのは、ネカネの口からセツ子に聞かせるためだったのじゃな)
ーーこの村の者は、皆気ばかり使ってくれる。……しかし、妾は
アリカはそのことに感謝をするも、それ以上に、深い自責の念にかられていた。
(一親子にここまで肩入れをしてくれて本当に感謝している。しかし、妾はこの村の者に何も返してはやれぬのだ。妾の存在は、村の者たちに害しか及ばぬ……火種を運んでくることしかできぬ)
ーー本当に、すまない
アリカはそう思い、今一度目の前にいる少女に目を向ける。
「……私、アリカ様に頼まれたのに、ネギ君のこと見ててって……頼まれたのに……ナギさんにも」
(まったく、二人揃って、謝ってばかりか)
まるで似た者親子だなーーそう思って、アリカは目の前の少女にそんな感想を抱いた。
「セツ子、今日はもう休もう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〜セクストゥム
私はアリカ様と一緒の布団に入っている。
アリカ様が「今日は一緒に寝ないか?」と勧めてくれて、私は自分が返事をしたのかも定かではないまま、気づいたら私はアリカ様に寄り添う形で布団の上で横になっていた。
アリカ様は何も言わない。
アリカ様も知っているはずだ。
ナギさんたちが今行方知らずだと言うことは。
スタンさんに呼ばれたのはそのことなのだろう。
しかしーーアリカ様は何も言わない。
ただ、黙って私の髪を撫でる。
私は、この人に言わなければならない。
私の、心の醜さをーーー
「聞いてもらって……いいですか?」
「うん?」
私は、罪を告白する罪人のような気持ちで、話し始めた。
「ネカネちゃんに、ナギさんが行方不明になったって聞いたとき……悲しい気持ちになりました」
「あぁ……」
そう、私はとても悲しかった。
こうして私が生きていられる、「会えてよかった」と感謝を伝えた人が、大変なことになっているかもしれない。
そんな状況だというのにーーー
「でもーーそれだけだったんです」
「……セツ子?」
悲しかった。
ただ、それだけ。
「ナギさんが帰ってこないかもしれない……私はそれに対して、ただ悲しいと思うことしかできなかったんです……!」
ネカネちゃんの話を聞いた時、私はただ、悲しいと思っている自分、ーーそれだけしか思わなかった自分に驚いていた。
それだけ?
そんなものなの?
こういう時は、普通こう思ったりするんじゃないの?
「ナギさんが帰ってこないのは嫌……だったら」
ナギさんを探しにいけばいいじゃないか。
あくまで、ナギさんは行方不明なんだ。死んでしまったわけじゃない。
会えるかもしれない。
今こそ、ナギさんに、アリカ様に受けた恩を、私は返すべきではないのか?
「探しに行きたい……そう、思うのが普通なんじゃないのかなって……でもっ」
でも、それでもし私に何かあったらどうするの?
「ナギさんがいなくなった……あのナギさんが、サウザンドマスター、最強の魔法使いと呼ばれる人が危機に陥った……!そんな人が陥った状況に対して私は何ができるんだろうって!」
自分の声が次第に大きくなっていくのを感じる。
「もし、自分がそういう状況になったら…………戦わなくちゃいけなくなるかもしれない……!そんなの嫌!」
旧世界にやってくる前、まだ魔法世界にいた時、私は魔法使いたちが戦っているのを見たことがある。
何もかもがありえなかった。
炎が空を覆う様を見て、息ができなかった。
雷が山を消しとばす様を見て、足の感覚がなくなった。
氷付けにされ、粉々に砕かれる木々を見て、体を抱いて震えた。
大地が裂け、辺り一面に溶岩が吹き出す様を見て、涙が止まらなくなった。
水が、全てを飲み込んでいく様を見て、私はこの世の終わりを思った。
「魔法なんて使いたくない!戦うだなんて絶対イヤ!!人を殺すだなんて考えたくない!!!……イヤ!そんなの絶対イヤイヤイヤ!!!!!!!!」
「セツ子!落ち着け!!落ち着くのじゃ!」
「私普通に生きたい!!!お洋服いっぱい買ってお洒落して、家族のみんなにお料理作ってあげて美味しいって言われたい!!!ぬいぐるみに囲まれたお部屋でお友達とお喋りして!!!好きな人と一緒に街中でお買い物して…………なのに、……戦うだなんて、痛いことなんてしたくないっ…………」
止まらない。
私の中の女の子が、いうことを聞いてくれない。
溢れて、溢れてーーー
「今のままの生活ができるんならこのままがいい!!!私は……私は普通の女の子でいい!!!」
「……セツ子!!!」
アリカ様が私を強く抱きしめる。
まだ私は何か叫んでる。
ネギ君が遠くで泣いてる声が、また聞こえた。