6番目のアーウェルンクスちゃんは女子力が高い 作:肩がこっているん
長谷川千雨は苛立っていた。
期末試験を三日後に控えた放課後、千雨は自室でパソコンと向かい合っていた。
テスト勉強をする様子もなく、パソコンのモニターを睨みながら無意識のうちに口から愚痴の類の言葉を連呼していた。
「何が、期末試験で最下位だったら大変なことになる、だ!」
千雨が在籍する麻帆良女子中等部2-Aでは、次のような噂が立っていた。
なんでもーー次の学期末試験で2-Aの総合成績が学年最下位だった場合、クラスを解散する、といった内容である。
「噂だ、噂だってどいつもこいつも……情報元もハッキリしないもん素直に信じやがって。そんなお気楽な頭した奴ばっか集まってるからウチは毎回最下位なんだよ!」
実際問題、千雨は噂の真偽などどうでもいいと思っている。
むしろ、これで2-Aが本当に解散するなら大歓迎といったスタンスだ。
千雨の苛立ちの原因は、あっさりとこのような噂に流される2-Aのクラスメイトたちにあるからだ。
「おまけに、「特に成績が悪かった生徒は小学生からやり直し」だなんて、普通に考えてありえねぇっての!訴えられるわ!」
千雨は、仰天人間の巣窟のようなクラスで、日々ストレスを溜め続けている。
そのストレスを発散させるために、今こうして趣味であるパソコンに興じているわけだ。
「こちとらホームページの日記書いた後、撮り溜めしといたコスプレ写真をフォ◯ショで修正するっていう大事な作業があるんだ。お前らに付き合ってられるかっての」
学校から帰宅してからというもの、千雨は延々とパソコンでの作業に没頭している。
しかし熱中しすぎたのか、始めた頃には明るかった外はすっかり暗くなっており、千雨がふと時刻を確認したらすでに夜の9時を回っていた。
(もう9時になんのか。……夕飯食って、それから風呂行かなきゃ。ーーあ〜たりぃ)
気怠げに椅子から立ち上がり、食料を求めて台所へと向かう千雨。
しかし、台所の電気を点けたところでハッとする。
「ーーいけね!?昨日の夜でカップ麺切らしちまったんだった!ーークソ、今日買い出しに行くつもりだったのに、すっかり忘れちまってた」
台所からとんぼ帰りした千雨は、ふらふらと椅子まで戻り、倒れこむように腰掛ける。
千雨から深いため息が溢れる。
「今からコンビニ行くかぁ?……いや、ダル過ぎる。あ〜、風呂も入んねーといけねぇし。……今晩は飯抜きか」
最近の千雨の夕飯事情は、頻繁にこのようなことが起こる。
基本、食料の買い出しは全てコンビニで済ませているため、買いだめしているものなどカップ麺くらいしかなく、冷蔵庫の中はペットボトル飲料が冷やされているのみ。
台所の食器は綺麗に片付けられており、一滴の水も付着していない。
最近全く使われていない証拠だ。
千雨の食生活は、かなり荒んでいた。
「あいつの飯もしばらく食ってねぇな……」
千雨は、呟くようにそう言った後、自分が使ってる机の隣に備え付けられた、もう一つの机に目を向ける。
「居たら居たで面倒なんだが、いざこうして毎日似たようなもんばっか食ってると……なぁ」
この部屋には本来、千雨の他にもう1人住人がいる。
もう1人の住人ーー彼女は、千雨とルームメイトになって以降、この部屋のあらゆる家事を切り盛りしていた。
そのことに関しては、千雨が強要したなどは一切なく、彼女が自ら進んで行なっていたことである。
むしろ千雨は手伝おうかと申し出たが、あっさり跳ね除けられた口である。
そして現在、もう1人の住人である彼女は、千雨を残し長期の旅行で不在。
彼女に胃袋を握られていたも同然の千雨は、いざこれからは自分で料理を作ろうーーという気に中々なれず、コンビニ通いが常となってしまったのだ。
「……風呂行くか」
ままならない。そんな気持ちを抱えた千雨が、椅子から立ち上がろうした時にーー。
ーーピンポーン
室内にインターホンの音が響き渡る。
「チッ……誰だこんな時間に」
これから風呂へ行こうとしていたところを、出鼻を挫かれた千雨は、不機嫌な態度を露わに玄関へと向かう。
どなたですか?とも聞かず無言で、訪問者の姿を確認しようと玄関のドアを開ける。
ーーチュッ
唐突に視界が遮られた千雨。
続けて感じたのは、自身の唇に触れる柔らかい感触。
ーーキスだ。
ーードアを開けたら突然キスされた。
ーーこんなことをする奴にーー私は心当たりがある。
やがて互いの唇が離れ、こんなことを仕出かした不埒者の顔の全貌が視界に収まる。
「不意打ち頂きですよ?ち・さ・め♪」
「ちさめ」と呼ぶのに合わせて、トントントン、とリズム良く千雨の唇を指でつつくこの少女。
「……ろ、六戸」
六戸刹子。
千雨のルームメイトがそこにいた。
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「千雨は私がいないと食事もままならないんですねー」
「うるふぁい」
刹子と千雨は、座卓を挟んで向かい合わせに座っている。
千雨は今、コンビニのおにぎりを頬張っている。
そのおにぎりだが、なんでも刹子が、もしやーーと思って帰宅途中に近くのコンビニに立ち寄って購入したとのことだ。
もしやーーとは、「千雨が夕飯を食いっぱぐれた」という状況を指していることは言うまでもない。
「だいたい私の食生活が残念なのも、六戸。お前が部屋の家事の全権を掌握してくれたおかげで、私の家事スキルが一向に伸びなかったのがそもそもの原因なんだよ!」
「まぁまぁ」
ーーこいつは。
「年明けに急に「旅に出る、いつ帰ってくるかはわからない」とか言いだして、2ヶ月か。……案外早かったな。後半年は帰ってこないとふんでたから、しばらく広い部屋でのびのびするつもりだったのに……」
「それだと千雨が栄養失調で倒れる方が先だと思いますよ」
ジト目を向ける刹子。
千雨は目を逸らし、もしゃもしゃとおにぎりを咀嚼する。
「それに、ホントはもう少し早く着く予定だったんですよ?……頭の中の妖精が「羅針盤の調子が悪いでち」とか抜かして同じとこぐるぐる泳がされさえしなければ……」
「お前ク◯リでもやってんのか?ただでさえ不良だ問題児だの言われてんのに、そればかりはシャレにならねぇぞ」
何やら意味深なワードを口にする刹子に、千雨はかなり引き気味である。
刹子は「まだ耳の中に海水が残っている感覚がーー」などと話を広げようとしている。
(こいつの荷物は漁らないようにしよう。本当にナニカ出てきそうだ)
〜〜〜
「そういえば千雨。帰ってくる前、学園長の所へ立ち寄った際に耳にしたんですが、なんでも私たちのクラスに子供先生なる方が赴任されたというではありませんか」
食事を終え、改めて風呂に行こうかと思っていた千雨に、刹子がそのような話題を切り出した。
「なんでそんな話題を今するかねぇ……まぁ、そりゃ初めて聞いたら誰でも気にはなるか」
千雨にとっては触れて欲しくない話題だったのか、刹子に語る内容は実に簡潔なものだった。
本当に子供だとか、授業はできてるからとりあえず頭は良い、とかその程度の情報である。
それを受けて刹子は、「子供先生の情報が少ない」というより、意外にも千雨が大人しいことに疑問を持った。
「おや、千雨のことだから「子供が先生なんかありえねー!労働基準法がー!」って、憤るかと思ったんですが……案外大人しいですね?」
「それがお前の中の私のイメージか。……あながち間違ってもねぇけど」
千雨はそれでも憤ることなく、落ち着いたトーンで語りだした。
「お前のいう通り、確かにあのガキが担任になるって知った時の私の感想はそんなもんだ。今でも納得はいってねぇよ。……ただ、それ以上にあのガキ、このままいくと潰れんじゃねぇかなって」
それを聞いて、刹子は身を乗り出す。
「つ、潰れるって……まさか、ウチのクラスの生徒にいじめられてるんじゃーー」
「な、なんだよ!えらく食いつきいいな!……落ち着けって、別に誰もそんなことしちゃいねーよ。あのガキが潰れそうな原因は…………そうだな、強いていうなら六戸、お前関連だ」
刹子は千雨の言葉を受けて仰け反った。
顔が引きつっている。
「……わ、私関連……ですか……」
「お前の熱烈な取り巻き連中、ジャスティスレンジャーとか言ったか?あの5人。……さらっというと、あいつらお前といつも戯れてるようなノリで、あのガキを「指導」しようとしたらしくてな?そこでまずビビッちまったらしいんだよ。赴任して二日目にして「麻帆良こわーい」とか言って…………おい、どうした?」
刹子は床に手をついて項垂れている。
やらかした私ーーと小さくな声で呟いている。
「おい、大丈夫か?」
「……いえ、お構いなく。それでその子供先生はその後はーー」
刹子はそのままの体勢で続きを促す。
千雨はその様子を不審に思いながらも、話を進める。
「あのガキは、今はなんとかやってるよ。一時期は引きこもり手前までいったらしいけど「ーーガハッ」…………なんでか知らんが神楽坂のやつが妙に面倒見が良くてな。それで持ち直した感はあるな」
「ーー明日菜さんが?」
「あのガキは神楽坂と近衛の部屋に居候してんだよ。そんで一緒に暮らしてく内に情でも沸いたんじゃねぇか?あ、ちなみにジャスティスレンジャーの連中は今自宅療養中だそうだーーって、聞いてねぇな」
「ORZ」の体勢のまま何やら考え込む刹子。
刹子が一度自分の世界に入ると、途端に反応が鈍くなることを付き合いの長い千雨は知っている。
「……聞こえてるかしらねぇが、お前が「不良」っていうことにもビビってんぞ、あのガキは」
千雨がそう声をかけると、刹子はビクッと体を震わせ、再び硬直の状態へ入る。
聞こえてはいるようだ。
しばらくその状態が続き、どうしたものかーーと千雨が途方にくれているとーー。
「ーー!すいませんちょっと席を外します」
刹子はそのように口にして立ち上がり、トイレへと駆け込む。
「別に黙っていきゃ良いのに、律儀な不良だな……」
(口調の悪さで言ったら私の方が不良っぽいな)
そんなことを千雨は思いながらボーっとしていると、たった今トイレへ駆け込んだばかりの刹子がいつのまにか戻ってきていた。
「千雨、私これからちょっと出かけてきます」
「はぁ?」
お前ちゃんと流したか?ーーと言おうとした千雨だったが、唐突な刹子の発言を前にそのような反応を返した。
しかし、少し間を空けて、目の前の不良が夜の寮を抜け出すことなど日常茶飯事であったことを思い出し、「あぁ、わかったわかった」と千雨は応える。
「夜中の内に帰ってくるのか?」
「いえ……たぶん朝帰りになるかと」
「なるほどーーいつもの男のとこか」
「そんなとこです」
(ハァ、やっぱこいつは……そうゆうとこは如何にも問題児らしいな)
すでに玄関に向けて歩きだしている刹子に、千雨が声を張る。
「おいこの清楚ビ◯チ!頼むからポリスに捕まって私に迷惑かけるのだけはやめてくれよ!?」
「ビ◯チゆーな!!!そういうのじゃないって何回言ったらわかるんです!?それじゃーー」
ーーバタン!
「男んのとこ行って朝帰りとかソレしか考えられねーだろ!ったく……不良少女から非行少女に肩書き変えた方がいいんじゃねぇか?」
1人部屋に取り残された千雨は、誰に聞かせるでもなくそう呟く。
「……風呂行くか」
そういえばあいつ、期末試験受けんのかな。
そんなことを思いつつ、千雨はようやく風呂に向かったのだった。