所詮は頭脳だけ、誰もがそう思った。
透によって教会はもはや原型留めておらず、小さな氷山が出来上がろうとしていた。
「な……何だこれは……」
「一体何がどうなっている!?」
「そんなことよりも怪我人が先だ!! 救急車はまだ来ないのか?」
そんな騒ぎの中、透はまるで汚物を見るような目で圧倒的な力に恐怖する「朝間」に属する者たちを見てため息を吐き、笑った。
「………我ながら、馬鹿らしいことをしてしまったな。このような下等種族にあいつを任せるなんて考えてしまうとは。所詮、己の下らぬ野望を掲げることしかできないゴミだと言うのに」
そう言って透はどこかに行こうとする。そのタイミングで大型のヘリが現れ、中からISを装着した集団が現れた。全員がその惨状に驚き、中央にいる男に銃口を向ける。
「大人しくしなさい!! 抵抗すれば殺すわよ!!」
「………隊長………あれ……」
隊員の1人がとあることに気付き、指を差して知らせる。すると「隊長」と呼ばれた女性は唖然とした。
女性が男性よりも優位に立てるのは、ISには「絶対防御」というものが存在するからだ。それにより女性はどのような兵器の攻撃から守られ、兵士を集めるために優遇される法が施行された。しかし、透が希美にしたことによって、その優位性は最早無くなったと言っても過言ではない。
「………まさか、あの男はISを殺すことができる兵器でも開発することが―――!? どこに行った!?」
IS部隊が会話をしている間、透は姿を消していた。―――というのも、興味がないのか簪がいる場所に移動をしていたのだ。
「………ヒール」
そう唱えると、簪の傷が回復していき彼女は意識を取り戻した。目を覚ますと、眼前には好きな人がいて、今腕で抱かれているのである。当然、彼女の父親は姉の結婚に渋々納得したが、それでもあくまで「渋々」であり、せめて妹はまともな相手をと思っていたところに止めを刺されることになる。
―――目の前でキス、というトドメを
2回目だが、更識家16代目当主はあくまで「渋々」であり、いざとなれば無理矢理にでも秘蔵の方法を取ろうと思っていたほどだ。ましてや今年16になる娘の唇を平然と奪われるとは思っていなかった。
「今まで悪かったな、簪。すべて終わったら2人共、ちゃんと愛してあげるから」
「………はい」
色っぽく、見たこともないほど眩しい笑顔を見せる娘を見て16代目はショック死しそうになったが、寸でのところで思い留まる。
「……まさか簪ちゃんが……今夜はお赤飯ね!」
1人、簪にまともな相手が見つかるか心配していた母親はそんなことを言っていたが、おそらくそれがある男たちの本当の殺意を目覚めさせた。
「もう我慢ならねぇ」
「……俺たちはあくまで従者だ。だからこれまではあくまで簪様に対して「当主としての器」を見てきた。それだけを見てきたんだ!!」
「もう我慢ならねぇ!!」
「17代目の夫があんなクズ野郎に渡されることになったのはあくまでお金のためだ………そうだ。お金なんて今この場で奴の銀行の暗唱番号を聞き出して、すべて吐かせば良いんじゃないのか」
「そうしよう。何も、17代目を差し出す必要なんてなかったんだ………」
流石の暗部集団と言うべきか、彼らはこれまである我慢をしてきた。それは―――あくまで楯無と簪を「美少女」としてではなく「実力者」として見てきたことを意味する。そのため、裏ではありとあらゆる手段を用いて「監視」と称して撮影した「国宝」という名の「芸術品」を主に10代を中心に取引されていた。そのアイドルがフッと湧いた男に対して恋をしているという事実を突きつけられた男たちは―――その本能のままに暴れることを決意した。
「「「朝間を根絶やしにしろォオオオオオッ!!!」」」
その雄叫びが響き、全員が透たちの方に移動する。それに呼応してかいつの間にか動けるようになった朝間の人間たちも防衛のために動き始める。
重傷者を除き、殺意と欲望に駆り立てられた男たちは仕込んでいた武器を手に殺しにかかるが、透と悠夜の2人はすぐにその場を離れる―――と同時に更識と朝間の中心部から岩石が爆発するように飛び出した。
「………透さん、悠夜さん。すみませんがこいつらは俺に任せてください。あと―――」
透の方に向かう勝也。だが、突然彼の身体に蹴りが襲い、向かう場所を逸らされた。
「この分からず屋は俺が処分します」
「よし、頼んだ。被害は気にするな。最悪、殺しても構わん! どうせ生きてても何の足しにならない屑だ!」
「それは遠慮しますよ。祖父母が困りますから」
透は静流にその場を託して、簪を抱えたままオープンカー仕様にした悠夜の車に乗り込み、他3人を連れて離脱した。
「たった1人で何ができる!!」
勝也がそう叫んで静流に襲い掛かるが、静流はいとも容易くそれをいなして反撃した。
「いやいや、俺は1人で十分なんですよ。だって周りに人がいたら―――邪魔じゃねえか」
そう言い、静流は殺し合いを始めた男たちの方に勝也を蹴り飛ばし、自身も中に入る。そして―――まるで超戦士のように気合で男たちを吹き飛ばした。
「弱い……弱い弱い……弱すぎるんだぞゴミ共がぁあああああああ!!!」
静流もまた、叫びながら本能を解き放っていく。内部に凝縮された筋肉が唸りを上げ、次々と歴戦の男たちを潰していった。
「それでもお前らは俺よりも年上なのか!? 大人なのか?! あまりにも雑魚!! 存在する価値すらないゴミ!! お前らが生きることすらおこがましいと思え!!」
そう叫びながら次々と野獣たちを潰していく。その中には勝也もいたが、まさか目当ての相手を倒すばかりかその前座程度でしかないと思っていた男にあっさりと破れるとは思わなかっただろう。
「この、平民ふぜ―――」
なお、これが勝也が正気を保って吐いた最後の言葉であり―――彼はこの戦いで一命を取り留めるが、死んだ方がマシの生活を送ることになった。
また、エアリアルオーガこと舞崎静流の伝説が生み出されたが、今の彼は普通の生活に溶け込もうとしたためのストレスをすべて吐き出すが如く暴れることしか興味がないのか、本人はまったく意に介していなかった。
ちなみに、静流がここで暴れたことによる死亡者はいないが、重傷者は多数出た。
日本から少し離れた地図に乗っていない島。そこは以前から人の手が入っていたのか、工場がいくつも並んでいる。その中の一室でウエディングドレスの姿のままで連れて来られた楯無はダブルベッドの上に放られた。
「………どういうつもり、ログナー・カリーニチェ」
「どうもこうもありませんわ。愛しのお姉様があのような下賤な輩と結婚するとなれば介入するのは当たり前でしょう?」
ログナー・カリーニチェ―――彼女はロシアの元国家代表の1人だったが、楯無と代表の椅子を賭けて戦った相手だが、どうしてか敗北したのにも楯無に惚れてしまったヤンデレである。
「下賤って………あれでも一応は国のトップの孫よ。家柄的にも問題は―――」
「大ありですわ!! 「私と」ではなくて「男と」結婚すること自体が何よりも間違いなのです!!」
「私はノーマルよ!!」
そう叫ぶ楯無だが、ログナーは構わず楯無のウエディングドレスをビリビリとビスチェのみの姿にした。
「さて、頂きます―――と、その前にお風呂でプレイですわね」
「………ちょっと待って。まさか―――」
―――その時だった
部屋中―――いや、島中の警報が鳴り響く。しかもこれは―――誰かが直接知らせる時に鳴るものだ。
この島には2つの警報パターンがあり、1つは不審者を感知した時に自動で鳴るものだがもう1つは選ばれた数人が所持できるタイプのものがあり、今回のパターンは後者の方だった。
「な、何故―――まさか誰かがやられたんですの!?」
ログナーがそう言うのを狙っていたかのように開放通信の回線が開き、ある女性の顔が映る。しかしその女性の顔は地に濡れており、満身創痍と言った感じだ。
「スコール!? あなた、一体―――」
『……ログナー……この基地はもうダメ。先程……本部にもデータ削除を依頼したわ。……もう手遅れかもしれないけど』
「………あなたは、もしかして亡国機業の人間に―――」
「そうですわ。そちらの方が手っ取り早いので―――それよりもどうしてあなたが負けていますの!? 天災に喧嘩を売った覚えはありませんわよ!!」
『………篠ノ之束の方には、ね。………あの男は……危険すぎる……生きたかったら……更識楯無を……置いて……逃げな……さい……』
その言葉を最後に通信が切れる。と、同時に広い部屋の壁の一部が破壊された。
破壊した主は辺りを見回すと、ビスチェ姿の楯無と彼女に覆いかぶさった状態のログナーを見つけ、満面の笑みを見せて言った。
「みぃいいいいいいつけたぁあああああああああああ」
話は少し前に遡る。
スコールは恋人のオータムと親密を深めるために専用の部屋に移動をしていると、曲がり角の所で誰かとぶつかった。
「おいテメェ、どこに目を付け―――」
途端にぶつかった相手を威嚇したオータムは容赦なく蹴り飛ばされた。スコールはすぐさまオータムを守るためにISを展開したが―――サイボーグであるスコールの身体は容赦なく吹き飛ばされた。
それでも彼女は反撃しようとしたが、目の前から放たれる圧倒的な力を目の前に萎縮させられる。
「…………何か用……夜塚透……」
「……世界を救うカギを返してもらいにきた」
「………………そう」
それが何かを察したスコールは黒いオーラのようなものを放ち、場すらを歪まし始めている男に頼む。
「………この基地に……織斑千冬に似た女の子がいるわ。その子を保護して………」
「……興味ないな」
「………代わりに……あなたの邪魔をしないように上に掛け合ってあげる………私たちがやられたのなれば……上も警戒するわ……少なくとも……表立って捕らえようという動きは……もうしない……」
「そうか。だそうだ、それはそっちで頼む」
『………わかりました。ところで、ISを装備していた場合は無力化はしても?』
「構わんだろう。死なない程度に痛めつけろ」
スコールはもう1つあることを話し、あるものを渡して笑みを浮かべて倒れる。それを見た透は構わず先に進んで楯無を見つけたのだ。
「……ゼロ」
『わかったわ。でも本当に良いの?』
「構わん。それに証明しただろう? ISが相手でも関係ないことは」
頷く代わりか、荒鋼の待機状態が楯無の方に飛んで強制的に装着された。
「ちょっと、これ―――」
「この基地に他に2人の味方がいる。1人はお前がよく知る人物だ。先に合流して戻れ」
「待って!! ここにはまだ人質が―――」
「それを含めて動いている。安心しろ。ミステリアス・レイディを連れてそっちに戻る」
荒鋼は楯無の意思に反して透が通ってきた道を戻る。そして―――
「んで、テメェは俺の女に何をしていた?」
おそらく、ここまでの移動や様々な思いが爆発したのだろう。誰もが「ヤバい」と思えるほどの殺気を放ち始めた。
「何を馬鹿なことを。お姉さまを独占するのはこのわた―――」
部屋が文字通り吹き飛んだ。そして―――透は動いた。
ログナーは本気で焦っていた。自分はISを装備しているのに、ISで攻撃しているのに相手はダメージを負った様子がない。それどころか―――
「どうした? お前の攻撃はその程度なのか?」
相手の殺気はますます上がるのみだ。
そもそも透が装備しているのもおかしい。何かを装備したのだが、それが何かわからない。
「何で生きているのよ……何で死なないのよ!?」
ログナーはスコールの実力を知っている。それでも戦闘は時と場合によることも理解している。しかもISは装備していない男―――なのに、さっきから何もない風に振舞っている。その光景は明らかに異常なのだ。
しかしそれはすべて透にとっては当たり前でしかない。何故なら彼は―――ISによって身体能力を尋常じゃないほど向上させられた男なのだ。そして何より―――天才である。
世間からすればVTシステムに殺されかけたが奇跡的に生き残ったと思われているが、実はそうじゃない。攻撃されてもただ起き上がるだけじゃない存在―――それが透である。
「簡単なことだ。俺はお前のように―――ISを使わなければ戦えない無能じゃない。ISを使うのは邪道だからな」
笑みを浮かべ、恐怖を撒き散らす―――まさに厄災そのものの存在に―――とうとう透は昇華した。
戦闘時間は5分。同時に―――島は文字通り無人島になり果てた。
更識楯無奪還作戦。人質や某少女、そして最大の目的である更識楯無の救助は成功した―――しかし、夜塚透は帰ってこなかった。
あんなデカい胸を持っている人とよく会って話をしてたらそうなりますよね? 興奮しますよね? 今回はそれがとんでもない方向に向かっただけです。
ちなみに透は、以前の悠夜のように大体の魔法は使えますが本人が異常者ってわけではありません。ただアクア・クリスタルのようなものを使っているだけです。