何時からだろう、彼を意識することになったのは。
最初はただの頑張り屋だけど少し気弱な人なのかと思った。………1週間ぐらいでその幻想は打ち砕かれたけど。
それでもセクハラしてくるし太ってるしあまり良いところはない。そう思っていた……違う、正しくはそう思うようにしていた。だって才能に胡坐をかくことなく、毎日朝からトレーニングをして、一部だけだけどしっかりとケアしている。私が卒業しても彼の強さを含めればIS学園は安泰だと思った。それだけのはずだった。
『悪い。簪が熱出した』
そんなニュースを聞いた私はこの時はまだ何とも思っていなかった。そして翌日、
『あー……今度は俺が熱出した』
「私、見舞い行くわよ」
『………良い。簪が少し良くなったから』
その時から、私の歯車は狂い始めた気がする。
今まで私は簪ちゃんと一緒にいる夜塚君に嫉妬していたけど、今は違う。それはもう、昨日確信した。
「ねぇ、簪ちゃん。どうして彼に拘るの?」
「だってあの人、優しいから」
悲しかった。信じたくなかった。あり得ないって思っていた。ずっと、ずっと……ずっと!!
この時、簪ちゃんが……妹が彼のことを思い出して愛おしそうな顔をした時、嫉妬したのだ。
でも、私は暗部の17代目。どんな任務でも報酬が見合えば動かなければいけない。たとえそれが、決められたことだったとしても。
■■■
デート。それは好き合うものが買い物などで出かけることだ。臨海学校前日の日曜日に俺は楯無と出かけ―――るはずがなかった。
「で、テメェは誰だ?」
「ちょっと待って!? 私をいきなり捕まえてどうするつもり!? まさか無茶苦茶にするの!? エロ同人みたいに!?」
「いや、冷静に考えて楯無が俺とデートをしたいと思うわけがない。つまり貴様は俺の敵だ!?」
「………やっぱりこうなると思いました」
楯無を紐で縛っていると、後ろから呆れた声を出す布仏虚が現れた。
「確かに信じられないかもしれませんが、彼女は紛れもなくお嬢様です。疑う気持ちはわかりますが」
「まさかこれ、昨夜のリプレイとか?」
「恥ずかしながら。専用機を展開して確認させました」
それ、場合によってはアンタ死ぬんじゃね?
「大丈夫。私は別にあなたをどうこうするつもりはないわ」
「え? 明日の臨海学校に俺を行かせないために身体を張って俺の子どもを孕もうとしているんじゃねえの?」
「そういうんじゃないわよ!!」
まぁ、それはいつものことか。
俺はとりあえず買いに行こうとすると、楯無も後からついてくる。
「……あれ? 布仏虚は来ないのか?」
「まぁ、デートだし。流石に空気は読むわよ」
そりゃそうだな。なら、こっちはこっちで楽しむとするか。
考えてみれば、俺と楯無が2人で一緒にいると目立つな。楯無は美人だし、黙って歩いているだけでも十分目立つ。さっきから俺に対する視線が酷い。
「そう言えば、今日は何の目的で来たんだ?」
「あなたの水着を買いに来たのよ。それと私の、ね」
「付いてくる気かよ」
「流石にそれはしないわよ。それとも、付いて来てほしい?」
「ああ。付いてきたなら姉妹揃って激しく相手をしてやる」
冗談で言うと楯無から殴られた。
「おいなんだあの男は……」
「あんなにあの女性と親しそうにしやがって」
「……追いアレ、残虐王の夜塚透だよな? 何でウンディーネと一緒にいるんだよ!?」
「まさか、残虐王がウンディーネを篭絡したと言うのか!? 薬でも盛ったのか!?」
「許さねえ!! あの野郎、今すぐとっちめてやろうぜ!」
ふむふむ。俺に良い思いをしていない奴らはそう思っているのか。
「残虐王、出るぞ!」
「ハイ、ストップ。何しようとしているの」
「いやぁ。何か潰されたい奴らがいるみたいだからリクエストに応えてやろうと思っただけだ」
別に切り捨てても構わんのだろう?
「ダメよ」
「ところで、残虐王って何だよ」
「あなたの戦いっぷりが中継されていることは知っているわね? そこで散々こき下ろしたことと話し方がちょっと金ぴかの人にそっくりだからって理由だわ。その金ぴかさんがどんな人かは私も知らないけど」
「いや、それはわかった」
全く。誰が言い出したんだか。
実際の俺の戦いっぷりはそこまで激しくはない。今度はちゃんと戦おう。
水着売り場には色とりどりの水着が並べられている。モール内の店の中ではかなり大きい店なのだが、女性用水着は全体の5割を占めている。後はサーフィングッズと浮き輪が2割ずつ、そして男用水着は1割だ。まぁ、実際今の男が多少めかしたところで高が知れているし、仕方がないことかもしれないが。
「じゃあ、私は選んでくるから」
気分だろうか、楯無は女性用水着売り場に入って行く。ふと思ったけど、外での水着を買うのって実は初めてではないだろうか。
何故か妙にテンションが上がり、俺は半袖のパーカーと黒に黄緑色の炎をイメージした柄の水着、黒いゴーグルを買ってレジに並ぼうとする。しかしレジも随分と酷い場所に置く。通路的に女性用水着売り場を通らなければいけないなんてな。
(そうだ。浮き輪も買っておくか)
尻を入れて、波に揺られるがままに放浪したい衝動に駆られながら過ごしたいと考えていると、後ろから声をかけられた。
「そこのあなた」
「…………」
よし、無視だ。嫌な予感がするし、呼ばれたと思って後ろを向いたら、十中八九俺じゃないオチなんだ。あと、楯無の声じゃないから俺に向けてない。
「あなたに言っているのよ! 聞こえてないの!?」
「………もしかして、俺か?」
「そうよ」
あ、これめんどくさい奴だ。
振り返るといかにもという風な女性がいるので、脳内に素早くそこからの離脱を選択する。
「悪いな。用事があるんだ」
「それより、あそこの水着を片付けなさい」
そう言って親指で散乱した水着を指すが、俺には関係のないことだ。
「悪いが却下だ。こっちはそれよりも別件があるんでな」
「そう。じゃあ、仕方ないわね」
何かを始めようとする女性だが、無視して俺は本来の目的の場所に移動する。後はビーチパラソルと椅子と机だな。………それは流石に廃材でどうにかするか。加工道具もあるし。
「ちょっと君」
「何だ? 警察か。一体何の用だ?」
「………………」
警察官が俺の顔を見て固まり、しばらくしてから謝った。
「すまない。どうやら人違いだったようだ」
見た目40代と言ったところか。その男性警察官はさっき俺に命令していた女性に尋ねた。
「あなた、本当に彼から暴力を振るわれたんですか」
「そうよ! だからさっさとその男を逮捕してちょうだい」
「それはおかしいですね。ならば何故あなたには全く外傷がないのですか? そもそも、彼に暴力を振るわれて五体満足でいること自体おかしいのですが」
「ふざけないで! 私が嘘を言っているとでも言うの!?」
「ええ。どう見ても嘘ですね。それでは我々はこれで失礼します」
そう言って警察官は去って行った。何だったんだ、あれ。
「どうしたの?」
今度は楯無だったので俺は抱き着いたが、案の定殴られた。
■■■
「あの、本当に良いんですか?」
40代の男性警察官とは別の新人警察官がそう聞くと、40代の警察官が頷いた。
「覚えておくと良い。今後あの男絡みで暴力を振るわれた場合、間違いなく店かあの女性の四肢のどこかが千切れているか折れている。それ以外はすべて嘘だ」
実は40代の警察官は以前、透が起こした大量再起不能事件に関わっており、彼自身もその恐ろしさを痛感している。なにせ、止めようとした警察官は一撃顔面を殴られただけで吹き飛び、または四肢を折られるなどの奮迅を見せて次々と再起不能にしていったのだ。
彼は一度、透に尋ねたことがある。「何故あんなことをしたんだ」と。
―――じゃあ、あなたは死にそうになっても暴力を振るわないんですか?
後に少年は危険人物として認知されるようになった。が、後に彼は一部の警察官からは滅多なことで暴力を振るわないどころか妹や母が襲われていても冷静に警察を呼ぶほどおとなしい人間だと認識されるようになり、危険人物であると同時にその行動を観察してから判断するようにと通達された。それほど、透を止めることは仕事の割に合わないのである。
■■■
俺と楯無が水着売り場を後にして別の場所に移動すると、前の方から女子の一団が現れた。その中にも朱音の姿があったが、今の俺たちは他人という扱いになっている。それがお互いのためだと思ったからなんだが、言われてみれば寂しいものだ。
「……夜塚君」
「気にするな。これは俺が決めたことだ」
まぁ、だからと言って悲しくないわけではないけどな。………って、織斑も近くにいたのか。あいつ、人の妹に色目を使ったら―――
(とりあえず、心臓抉るか)
そのほかの方法は後で良い。………ま、織斑に楯無は見せたくないし回り道をするか。惚れた瞬間に朱音に織斑がどれだけ雑魚で現実が見えていないゴミかを教えてやればいいしな。
そう思って別の道に引っ張ろうとすると、他の事に気を取られていたからか聞きたくもない声が聞こえた。
「げっ!? お前は―――」
「…………あ」
朝間勝也とバッタリ出くわした。
「………ブランド物しか興味がないお坊ちゃんがよくこんな庶民街に来れたな」
「君は知らないだろうがな、ここは意外と良い物が売っているんだよ。引きこもりの君にはわからないがね」
「なに気取ってんの? アホなの? 死ぬの?」
「よし表に出ろ。格の差を思い知らせてやる」
「ここ、表だし。そもそもお前みたいなゴミが俺に勝てたことあったっけ?」
俺の記憶が正しければ、俺にボコられてすぐにジジイに泣きついたはずだが。
「安心しろ。今戦えば俺が勝つ」
「まぁ、どうでも良いんだけどな。じゃあ俺たちは行くから―――」
「そうは行かない。私は妻を迎えに来たのだから」
妻? 一体誰の事だ?
そんな疑問が頭に浮かんだ時、勝也が楯無の手を取ろうとしたので楯無を移動させた。
「邪魔するな」
「………俺が、他人の機敏に鈍感だと思っているのか?」
どう考えても楯無は嫌がっているだろうよ。
「事情はわからないが、楯無が嫌がっていることは容易に想像がつく。あんまり俺の前で余計なことをすると―――達磨にするぞ」
意外なことに、後ろから殺気が飛んできた。まぁ、おそらく生徒会長にロシア代表という役職にいた癖だろう。俺も殺気出したからな。
「………夜塚君」
「安心しろ。何もここでやらねえよ。勝也がやる気だって言うなら話は別だがな」
「良いのか? 俺はお前と違って警察や暗部を動かせるのだぞ?」
「別に良いぜ。誰だろうが連れて来い。ここが焦土と化すだけだ」
荒鋼にはその装備が十分付いている。
「まるで女だな。すぐにISに頼ろうとするなんて負け犬の常套手段だ」
「使える物を使って何が悪い? 何だったらIS部隊でもなんでも連れて来いよ。全員破壊してやるよ」
ま、絶対防御は貫けないんだけどな。
「夜塚君?」
「これがやる気だったらって話だっての。俺もする気はねえ。いざという時の最終手段!」
だから、今回は逃げさせてもらおう。
俺は煙球を出して煙幕を出して楯無を抱えて移動した。
■■■
透が楯無を抱えて逃げた時、勝也は近くにいたボディガードを総動員して追わせる。その道中、食べ歩いている2人のカップルと遭遇、ぶつかった。
「邪魔だぞ下民!! 引っ込め―――」
―――ドゴッ!!
勝也はいきなり蹴り飛ばされた。ボディガードたちは慌てて引き返し、勝也を守り何人かがそのカップルの方に向かう。
「おい貴様! 誰にその足を向けている!!」
「………誰に? 知らねえよ。むしろテメェらこそ前を見ろよ」
「何? おい貴様―――」
男の1人がカップルの男の方に掴みかかった瞬間、ボディガードは吹き飛ばされた。
「………少しはやると思ったが、やはり大人というものは大したことないな」
「…………あの……たぶんそれ……静流さんだけです」
すると静流はボディガード群に突っ込み、全員吹き飛ばした。
■■■
何か近くで爆発が起こっていたが、俺は気にせず楯無に聞いた。
「………で、あの話はどういうことだ?」
まだ信じられない。楯無は今年で17歳になるんだ。まだ17だぞ!? それなのに結婚?! どんだけ進んでんだよ!? しかもあれ、絶対結婚したら自由ないだろ?!
「話のままよ。私は夏休み中に結婚するの。でもお願い、今回のことは絶対に関わらないで」
俺は頬を引き攣らせる。………いやまぁ、それなりに一緒にいたし考えは読まれるか。
「………だけど―――」
「良いの。だって私がしないといけないから」
そう言って楯無はどこかに行こうとするのを、俺は反射的に引き寄せて唇を奪った。
■■■
そう、私が結婚しないといけない。だって私がしないと簪ちゃんがその代わりになるのだから。
でも私がすれば簪ちゃんが透君と一緒になれる。そう思って決意したのに―――
(………何であなたは…その決意を揺らぐようなことをしてくるの……)
突然のキスを私は拒絶しようと思ったけど、何かされたのか身体が言う事を利かない。しばらくして気が済んだのか、彼は私を離した。
それから私たちはお互い示し合わさずに別行動をとった。
この行動が………ううん、私は出会ったことが間違いだったかもしれない。そう思ったけど私は黙ることにした。
―――この時の私はまだ、沈黙も従順も何もかもすべて破壊する存在だという事もを未だ認識できていなかった
次回もすぐに書く!!
ということはせずに、以前から予定していた設定集を作成します。ここにも期間限定ですが上げる予定です。
なお、あのカップルが結ばれるかは不明です。