ep.31 暴れる少女の宥め方
ドイツ軍は頭を痛めていた。突然のラウラ・ボーデヴィッヒが戦闘恐怖症となったことである。
「これはまた、随分なことになったな」
「………ええ。まさかあの少女がですか」
問題は色々あり、委員会からも注意はされていた。だがその強さは本物だったが―――たった1人の男に呆気なくやられてしまったのである。しかもその男の凶暴性は凄く、年齢が上という事もあって一瞬で学園を仕切ったという報告も上がった。
「夜塚透。日本の総理大臣の孫ということだが………?」
「ですが、どうやらそのことは禁句のようです。少佐もそれでボコボコにされたようです」
「それもあるが、よもや我々が4年もかけて完成させたAICをあっさりと真似されるとは。面目丸潰れだ」
もっとも、当の本人は「もういいや」と使う気が0になっているが。
「しかし特殊部隊を派遣してもIS学園に所属する面々に阻害されると思われますが? ならばそのまま彼女を使うべきでしょう」
「……何?」
「幸い、今の夜塚透はボーデヴィッヒ少佐に対して敵意を抱いておらず、また少佐のような体型を好んでいる様子。ならば彼女を使って篭絡させるのも手かと」
男はそれを聞いて少々嫌な顔をしたが、ため息を吐いて言った。
「……仕方なし、か」
そこはまさしく地獄とも言える場所だった。
元々不良たちが通う学校であり、血はもちろん落書きはされているし窓ガラスは割れている。机や椅子が放置されたまま外に出されているのは当たり前だったが、その日だけは運動場に異質な光景があった。それは学校外の人間を含めてOBや生徒たちがたった1人の男を―――夜塚透を攻撃していることだろう。
教師たちは声をかけるだけで誰も動かない。いや、動けないのだ。誰もが凶器を持っており、下手に接触すれば殺されるから。
「ふん、良い気味。男の分際でIS学園なんかに行こうとするからこんな目に遭うのよ。ましてアンタみたいな豚が行くなんて、汚らわしいにも程があるわ」
すると誰かが石を投げつけ、それが透の頭に当たる。それが原因か透が立ち上がった。
「なぁんだ。まだ立ち上がるの? まぁいいわ。殺しなさい。殺した奴に報酬を上げ―――」
女性が透に首を掴まれた。それだけじゃなく、透はその女性の服を千切ったのである。
突然の行為に全員が驚きを露わにするが、女は叫んだ。
「な、何するのよこの変た―――」
その女性が言えたのはそこまでだった。透は女性を地面に叩きつけた後、校舎に向かって蹴り飛ばしたのである。幸い、飛ばされた場所と地面が近かったこともあって大怪我程度で済んだが、場所によっては死んでいた。……実際、被害者第一号である彼女は7月現在の今でも入院しているが。
「お、おい、何だよ……」
「テメェ、やる気か……」
透は歩いて近付き、男を掴んでバランスを崩して股間を蹴り上げた。しかし、それだけでなく男の股間を破壊した。
動かなる男。それを見た透はポツリと呟く。
「………所詮、ゴミはゴミだな」
それにキレた男たちは一斉に透に襲い掛かる。
「―――哀れなものだ。我に襲い掛からなければ―――五体満足の人生を楽しめたものを」
それから数時間後、女権団に1台の車が突っ込んだ。その中から透が現れる。現れた存在に全員が驚いたが、鉄パイプを持った透がいきなり襲い掛かったのだ。
「何も反撃できずに敗北するのが趣味か、ブタ共が!!」
透は知らないことだが、女権団は非戦闘員が圧倒的に多い。しばらくして透の進撃を止められるものが少なくなり、八つ当たりかドアを破壊した。……そしてそこは、女権団長の部屋であり顔を知っている透は笑い、一方的に殴り、動かなくなった団長をロビーに放り出して両手両足の骨を完全に破壊し、高笑いして帰っていた。
そして家に着いた頃、先回りしていた女権団の1人が朱音をさらっていたのである。それを偶然に目撃していた透は車の屋根を破壊して侵入し、素早く朱音を人質に取った女性の耳を銃で吹き飛ばしてショックで動けなくした。その後、運転手を気絶させた透は朱音を連れて車を脱出。辛うじて無事だったが、朱音を含めて女性たちには深い心の傷を負わせた。
「―――哀れ……実に哀れだ! これが思い上がったメス豚の実力か!! 随分と相手にならんゴミ共だぞ!!」
高笑いした透。その言葉がより朱音を傷つける。そして朱音は同時に思った。「兄を本気で怒らせてはいけない」と。何故なら透は最後にこう言ったからだ。
「こんな者たちを蔓延らせるとは、やはりあのゴミはどうかしている。犯罪予備軍はとっとと拷問のちに殺せばいいものを」
これがのちに語られる「黒葉の魔王」と呼ばれる透の暴走である。
■■■
「わかっていたことだが、ボーデヴィッヒってやっぱ強いな」
「ですわね。中々の戦闘力ですわ」
大会から数日後、俺の熱も織斑やボーデヴィッヒの機体もなんとか修復された。良かった。これで俺を守るためのパーツは揃った。
そう安心しながら、訓練機で複数でボーデヴィッヒに攻める生徒たちを相手にしていた。
「ハハハハハ!! この私に挑む奴はいないか!!」
「よし、俺が相手になってやろう」
冗談でそう言うとボーデヴィッヒが尋常じゃないくらいに固まり、ロボットのようにゆっくりと俺の方を見る。
「………が、頑張ります」
「見たか織斑!? これが年上に敬意を払うと言う奴だ!!」
「い、いや、ってあぶね!?」
向こうは別の奴と戦っているが、俺に急に話しかけられたせいでダメージを食らい始める。
「全く。どうしてボーデヴィッヒは素直になってきていると言うのに織斑をはじめ他の奴らは俺に未だに敬意を払わん! ええ!? 俺ってそんなに敬意を払えないのか凰!?」
「どうしてアタシなのよ?!」
「近くにいたからだ!」
にしても、やっぱり凰とかの方が持ちやすく抱きかかえやすいのは良いよね。撫でやすいのはやっぱり強みだ~。
「ちょっ、撫でないでよ!」
「悪いな。お前の低身長は本当に撫でやすいんだ。これの良さを分からない織斑は屑だ。ゴミだ! 男として存在する価値がない阿呆だ!!」
「なに言ってんだよ! うわぁ!?」
というか織斑も織斑だ。
「高が無改造の訓練機に何を手こずっているんだ、あれは」
「「アンタ(あなた)の機体が強すぎるのよ(ですわ)!!」」
それに関しては否定しないけどな。
「ま、正直やり過ぎた感はある。でも、俺のロマンのための犠牲となれ!!」
「嫌じゃ!! っていうか実際、こっちも色々言われてんのよ。勝手に情報を渡すなって」
「そうですわ。特にわたくしの場合なんてそのまま奪われていますのよ!?」
「じゃあ大使にでも言っておけ。BT兵器をとっとと完成させておけってな」
そうすればオルコットとそのメイドを条件にイギリスにさっさと付いていたかもな。………先に楯無と会っていたから難しいかもしれないが。
「お嬢様とそのメイドを調教して成り上がる男………ダメだどう考えても黒い奴だ!」
「アンタも充分黒いでしょうが!!」
「………考えてみれば、わたくしの夫は夜塚さんのように力を持っている方が相応しいのかもしれませんね」
「止めとけって。俺に媚びても良いことなんてねえぞ。俺は基本的に暴君だから」
それは特にボーデヴィッヒが味わったことだろう。徹底的に潰したからな。
「それにだ、俺の場合は結構権力にどん欲だし、下手すればオルコットだけが滅びるだけじゃない。最終的にはイギリスそのものを乗っ取る可能性がかなり高い」
「…………そ、それもそうですわね……なのでこの話はなかったことに―――」
「じゃあ今度愛でさせて!」
「………時間ができたら、ですわよ」
イギリス貴族を愛でるとかやってること凄いな。たぶん今度家に奴らを連れて行ったら妹は唖然とするだろう。
(久々に帰りたいな~。ま、その前に荒鋼の一次移行を完全にさせないと)
実のところ、荒鋼の一次移行はまだ完了していない。理由は俺にもわからないけど、おそらく度々出てくる女の子が悪さをしているのだろう。今度会ったら2、3発しばいておくか。
臨海学校とは、何故か初日はプールで遊んで2日目で丸1日各会社から武装の試験運用の手伝い。ただ、専用機持ちはそれぞれの武装のテストをするそうだ。
もちろん、俺は最初から色々な武装を考えていて、自動で作ってくれる装置に入れて開発していたが間に合わない。
(とりあえず武装は20個ほど完成していればいいか。後は例の方をさせよう。大丈夫。まだ5日ある。それくらいあるなら問題ない)
そう自分の心に言い聞かせ、選択する。
ちなみに、家にはもう簪はいない。元々彼女とは「専用機が完成するまでに場所を貸す」という約束だった。………本音を言うとずっとここにいてくれても良かった。場所は華やかになるし、可愛いのは見ていて飽きないし、良いことずくめ―――
「……………で?」
「違う! これは上からの命令で仕方なくなんだ! 私だって死にたくない!!」
リビングに戻ると、そこは修羅場でした。
「あの、簪さん……」
「……透さん……いつからそこに……?」
「さっき来たばかりなんだけど、何してんの………?」
「不審者が……いたから……話を聞いてた……」
確かに不審者ではあるな。今もソファに置いてた座布団を頭に乗せて震えているが。
「それで……何が目的……? どうしてこの家の前をうろついていたの? 事と次第によっては……消すよ?」
「ダメだからな。国際問題になるし」
「違うんだぁ! 私はしたくないのに、上が夜塚透を篭絡しろってぇ言うんだ!!」
あっさり喋ったよ。……ちょっとボコりすぎたかな?
とりあえず、俺はラウラを引き寄せて撫でる。最初は嫌がられたが、頭を乗せて背中を撫でると次第に大人しくなった。そう、まるで―――
「………子ウサギ」
「それは同意する。全く、お前は軍人だろ? あんまり作戦を他人に言うな」
「……………怖かった。殺されるかと思った。もしくは拷問されて……次第にお腹が膨らんだ……二度と祖国に帰れないのではないかと思った………あの時もそう思った。為す術がない。タダのサンドバッグでしかなかった。本当に………死ぬかと思った」
鼻をすするボーデヴィッヒにティッシュをやって鼻をかませる。丸めてゴミ箱に投げた。
「………どうして……そんなに強いんだ………?」
「まぁ、ちょっとな。5日でも実りのある戦闘の数々を経験したから、かな」
何せ仲間が、な。今時の高校生ってあんなに強かったんだ。
「それはそうと、何で簪がここに? もう部屋が変わっただろ?」
「………お姉ちゃんに―――」
「頼んだのか? 全く。俺が言うのもなんだからあんまり迷惑かけるなよ」
「私をそのままここにいさせるのと、両手両足を縛られた状態で妊娠するまで透さんに犯される方、どっちを取るって聞いたら手続きしてくれた」
たぶんそれ、簪を置いといた方がそんな状況に陥ることはないという計算だろうな。楯無が相手ならまず理性持たないだろうし。
「…………ん? 男女が同じ家に一緒にいてもいいのか?」
「家族とかじゃないから普通はアウトだがな。家族内でも部屋は別々だろうし」
まぁ、俺らの場合は今更感があるにはあるが。
「私は透さんのものだから」
「いつの間にそういう話になった?」
「…………抱っこ」
「今ラウラを抱っこしているから後でな」
そう言うと簪は俺の耳を甘噛みし始めた。凄く気持ちいいです本当にありがとうございます。
「………これが忠誠を誓うポーズか? 私もしたら見逃してくれるか?」
「あなたはダメ。ちゃんと裸になって交わってからドイツの代表候補生を辞めてもらったら初めて仲間と認めても良い」
「それ、俺のセリフだよな?」
とはいえ俺もボーデヴィッヒに対しての不安要素はある。それを払拭するのは常套手段ではあるな。
「だが簪、それはまだだ。国際問題に発展する」
「………わかった」
「だがボーデヴィッヒ、俺はお前になびくつもりはない。さっき簪が言った通り、俺を敵にしたくないなら目立つ行動は避けろ。………まぁ、甘えたいならそれくらい良いけどな」
「………甘える?」
「こうやって誰かに抱きしめられたり撫でられたりしたいと言うのなら、それくらいはしてやるってことだ」
「………わかった」
とりあえずラウラは解放した。そして今日はもう寝ようと思って部屋に戻ると平然と簪が入ってくる。
「………透さん」
「どうした?」
「お姉ちゃんから伝言。明日、デートしてほしいって」
「わかった。それくらいお安い御用………デート?」
「そう、デート」
その日、俺が寝た時には夜12時を軽く過ぎていた。