俺は素直に思った。そういえば、俺ってどっちかと言えば努力のタイプだなって。
「………大丈夫?」
「身体的にはな。精神的に辛いけれど」
翌日、俺は布仏の要望もあって昼からISの訓練をしていた。更識は朝からが良かったみたいだけど、他にするべきことがあるならばそっちを優先するべきだろう。所詮、俺はデブで醜い一般人でしかないしISの知識はほとんど0だから筆記面での成長も見込めるしな。
「にしても、まともにISを動かしたの初めてだが………難しいな」
「ISの操縦方法はイメージ力。段階を進めばPICをマニュアルにして戦う必要もあるけど、今はまだ……まずは飛ぶことを考えましょうか」
「……飛ぶことか……」
飛ぶこと……飛ぶことね……。
今、俺が装着しているのはラファール・リヴァイヴ。IS学園にある訓練機の内の1機だ。飛ぶイメージがしやすいようにこっちの機体を準備してくれたことは感謝している。
「悪い。ちょっと待ってくれ」
そう言って俺はプレイヤーを出して曲を聞くことにした。たぶん某RPGの8をしていたらわかるアレだ。
イメージはできた。……後は飛ぶことを実践するだけだ。
「イメージはできた―――って早いわよ!」
あのゲームをやっていた時、俺は心から思ったことがある。なんて気持ちいいんだろうと。
縦横無尽に空を駆けることができるあの感動。俺はそれを、ゲームではなく本当に空を飛んでいることを感じているんだ。それが嬉しくて、つい―――壁にぶつかった。
「ヤバ―――」
そのまま回転しながら地面に激突。幸い、少しへこんだ程度で済んだようだ。
(………にしても、絶対防御って言うのは凄いな……)
普通なら、あんな高さから落ちたら故障もの……いや、内臓は潰れてミンチになるだろう。
でもまぁ、だからこそ女が増長したのは違うけど、こんなのを自由に操れるのを考えたら思い上がるのも無理はない。
「よし更識、俺と勝負しろ!」
「………もしかして打ち所、悪かった?」
「違ぇよ。今戦っておかなかったらイメージが崩れるんだよ。技術者を目指すにしろISで戦うって気持ちがわからなければ操縦者がどんな思いで戦っているかなんて理解できないだろ」
「………なるほど。じゃあ、特別に戦ってあげるわ」
話が早くて助かる。
俺は先に上昇する。下を見ると更識もISを展開して上昇してきた。
「………更識、お前……」
「これが私のIS「ミステリアス・レイディ」よ」
今すぐ戦いを止めたくなった。
いや、アウトでしょ!? ISスーツってなんちゃらかんちゃら………確か、IS側に人間が動く時に発する電気信号を感知しやすくするからサイズはぴったりだから余計に更識のパイオツは誇張するように揺れる。下手すればこっちのアレが興奮したこともバレるから、なんとか抑えないと。
俺は深呼吸して集中した。
■■■
楯無は驚きつつも笑みを浮かべる。
まるでその行動が面白く感じているかの様子で、手を抜いて戦っていた。
(意外ね……)
機械関係に興味を持ち、父親が心配してかつて自分が見ていたアニメのDVDを貸したことからそれなりの知識は有していると予想はしていたが、まともな空中戦をこなしてくるとは思わなかった。
透は銃を展開して撃ち続ける。だが決して近付こうとせず、一定の距離で撃ち続けていた。
(……これじゃあ、ジリ貧よね)
楯無は瞬時加速で接近する。同時に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を左手に展開して横薙ぎし、刃を飛ばした。
透は回避するも足が絡まれて徐々にシールドエネルギーが消費される。
「―――はぁっ!」
透を引き寄せて楯無は《蒼流旋》でぶっ刺した。だが透はすぐに小太刀を展開して槍の軌道を逸らす。
(咄嗟に避けた……)
展開の速度が速く、素人のはずなのに
本来、高速切替はIS操縦者が何度も展開し、武器の形状を理解して回数をこなすことで身に着くものだ。だが、何も透が行ったことは前例がないわけではない。火事場の馬鹿力というものがあり、追い詰められた時に咄嗟に出ることはないことではないのだ。
楯無は頭を切り替えるも、透が遠慮なく出した小太刀が楯無の顔面に振り下ろされる―――しかし、刃は楯無の頭に当たることはなかった。
「………悪い。もういいや」
そう言い、透はゆっくりと降下して着地する。
楯無も後を追い、隣に降下して展開を解いて透の様子を見た。
「………よくやったわね。国家代表に勝てたじゃない」
「………現実なら、あそこで俺が止めた時点でお前の追撃が来て終わりだ」
そう答え、透はピットに移動してラファール・リヴァイヴから降りた。
■■■
最初はあまり何も感じていなかった。だけど楯無を攻撃しようとしたとき、脳裏にあることが過ぎった。
―――今ここで、攻撃したらこいつはどうなるんだ?
戦っている最中、ましてや自分から誘った戦いだというのに何を考えているんだろうか、俺は。
「……夜塚君、どうしたの? 凄い汗だけど……」
「………別に」
「なんでもないわけないじゃない。さっきまで普通に戦ってたのに武器を止めるなんて……」
俺は思わず更識から目を逸らす。その、なんというか……バツが悪い。
というか俺が思ったことってあったばかりのこいつに相談することでもないだろ。
「…………なんでもない」
「話してくれたらキスかおっぱいを揉むか、選ばせてあげるわ」
「―――!!」
この野郎! いや、野郎じゃないけど……この野郎!!
昨日で俺のツボを知られたのだろう。その選択肢は魅力的だ。………だが、我慢だ。こんなところでそんな罠にはまるわけには行かない。
「……お前、本当は痴女だろ」
「そうじゃないわよ。ただ、そうすればあなたなら話すかなぁって思って……」
「んなわけないだろ」
危うく乗せられかけたとか、敢えて言うまい。
「………コスプレだったら、付き合ってあげるわよ」
「だからそんなのいらねえよ! というかさせねえよ! お前俺が変態だと思ってるだろ!?」
「うん」
「よし、其処に直れ。遠慮なく殴ってや―――」
―――殴ったらどうなる?
いや、落ち着け。殴ったところで相手は専用機持ちだ。咄嗟にISを展開すれば防ぐ……っていうか俺の腕が骨折するしか見えない。
「………思ったんだけど、夜塚君ってもしかして……他人を攻撃するのが怖い?」
「は? そんなわけな―――」
「じゃあ、私のことを殴ってみて」
………それは卑怯だと叫びたくなった。
「あー、もう。そーだよ。俺は他人を攻撃するのが怖いよ」
「……それって、元から? それとも高校に行って恐怖心が付いた、とか?」
「……………お前さ、本当は俺のことを知ってんだろ。俺の家族構成とか……」
俺は生まれた時点で男であり、男として育てられた。だから女の気持ちなんかわからないがこれだけは確定している。
―――女は好きでもない男に裸を見られるのは嫌だということは
だが、いくつか例外はある。向こうがそういう訓練を受けている場合で俺の遺伝子を取りに来たとか。だが、更識に限ってそれはない。そうじゃなければ布仏があそこまで怒らない……むしろ何故もっと迫らなかったとか言うだろうし、もっと言えば織斑千冬はともかく布仏にバレて青い顔をしないはずだ。
ということは、俺のことは既に調べ上げられていると思っていた方が良い。流石にあのことまではどうかわからないけど。
「もしくは、あなたが現内閣総理大臣の朝間嗣巳の孫だという事?」
「何で知ってんの!?」
「知ったのは昨日よ。それも、嗣巳氏の妻から直接教えてもらったの」
だが、俺たちは朝間家とは何の関係もない。俺がそうであることを望んだから。
「あのジジイがどう考えようとも、こっちはそのつもりはない。そしてこっちは向こうがどう動こうが我関せずを通すつもりだ」
「………それで良いの? 頼った方が何かと融通が利く―――」
「子どもも孫も、自分の手駒としか見ていない老いぼれなんかに借りなんか作りたくない」
ジジババは孫が可愛いもの、なんて誰が言っただろうか。そんなものは所詮まやかしだと思った。
確かにばあちゃんは血の繋がりがない俺たちに良くしてくれた。だけどじいちゃんは「こんな無能共にくれてやる金などない!」と俺たちの前で怒鳴り、「育ててやった恩を忘れやがって」と父に怒鳴った。
そして俺があの高校に行くと決めた時も「面汚し」と罵り、従姉は「少しマシになったんでしょ」とか言って俺をサンドバッグにした挙句「つまらない」とほざいたので顔から床に叩きつけた後に奴の顔に乗ってやった。
それを更識に聞かせてやると引いていたが構わずに言った。
「だからあんなゴミが何と言おうと一切何も言うな」
「……わかったけど、たぶん一人前のIS操縦者にならないとあなたは実験台になるわよ……」
「……それに関しては問題ない。たぶん俺、本当にキレると何するかわからないから。元々、俺は才能があるかどうかを調べられるために一時期朝間家にいて、妹のIS適性がないとわかってすぐに追い出されたんだが……帰る時に虐めてた奴をボコったから」
「……………そう」
これでもかなりマシになったんだけどな。今ではなんとか理性を保ててるし。そうじゃなかったらあの高校にいて真面目を通せるわけではない。
「ま、いざとなれば更識の胸にダイブすればある程度は収ま―――痛い! 待って! グリグリはマジ勘弁!」
「さりげなく……セクハラしてんじゃないわよ! ……ま、でも確かに成長はしているみたいね。セクハラは許せないけど」
そもそもお前の胸にダイブした瞬間、たぶん布仏に殺されると思うんだけど……。
「でも正直、私は凄いと思うわよ。そうやって他人に気を遣えるのは」
「………まさか。俺のしていることなんてここじゃ弱点だろ」
「そうね。致命的な弱点だけど………私は好きかな」
………クールになろうか、夜塚透。今の好きは俺の考え方であり、決して俺のことが好きってわけじゃない。そこだけは履き違えないようにしないと。
というか俺、いくら何でも勘違いが甚だしすぎるだろ。もっと言えば女に対する耐性が低すぎる。
「………っていうか、結局すべて言っちまったな」
「でも話したらスッキリするでしょ?」
「性的にもスッキリ………あ、何でもないです」
笑顔が怖い。………おかしいな。声的にキス魔な気がしなくもないのに。
「今、私のことを変態だと思ったでしょ」
「自分からおっぱいかキスかの選択肢を出す時点で否定はでき……頼む、グリグリするなら肩にして」
「却下よ。頭にしないと反省しないでしょ!」
女とこういうのも悪くない……お仕置き以外は、俺はそう思った。決して言うと俺はMではない。
その日、俺はサンドバッグを出してパンチする。構えだけは様になっていると思うけど、とりあえず今は筋肉を付けなくていけない。
(………IS学園じゃ、流石に警察は難しいだろうしな)
俺はチクり屋として有名で、ヤンキー校ではたくさんの不良との会話を録音して何人もの奴らを牢屋にぶち込んだ。すべては俺の安寧のためだ。
俺は大人しいが流石にそんな馬鹿のためにみすみすサンドバッグや財布になるつもりは全くなかった。
確かに俺はデブで怠惰が原因なのは認めるが、だからと言って他人のおもちゃになる謂れはない。正義執行は容赦なく、だ。だがIS学園は治外法権で他国からの干渉は難しいと聞く……ならば、自らの手で己を守らなければならない。
だから俺はある決意をした。ダイエットをし、細マッチョになることを。……ただ、
「……このお菓子の山をすべて捨てるのは、正直勿体ない気がする」
主にクッキーやチョコレート。カントリーなんちゃらとか、キットなんちゃらとかだ。
食べたら太る。だが捨てたら勿体ない。………流石にもう夜だから今も仕事をしているだろうし、今電話するのはマズいよな。
(………メールなら、いっか)
俺は早速更識にメールする。
「『大量にあるお菓子を引き取ってくれないか? いつでもいいからさ』……よし、これで良いだろ」
メールを送信してふと思う。
………女の子とメールするのって、何気にこれが初めてではないだろうか。
俺はしばらく、ベッドの上で奥手な女子が好きな男に初めてメールを送ったレベルで興奮して悶え、自分のしていることが完全な変態的な行為であると気付いたので、心頭滅却するために外に走りに行った。
………少なくとも、痩せないと布仏からの視線は泣きたくなるのは、彼女が可愛いタイプの美人だからだろう。別に惚れていないけどな!
ちょっと少ないかもしれませんが、この話はここで終了です。
そして恋心はギリギリ芽吹いていません。
お菓子の山はどこに行ったのかは察しが良い人は静かに察してください。