未来への進撃   作:pezo

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とても間があいてしまいました……。どうしても説明的な展開が外せず、何度書いても納得がいかず、悶々としてしまいました。

今回の話で出てくる、六年前のお話は前作で扱った話になります。要は、シガンシナ陥落前に、門扉が勝手に解放されて、夜中に巨人が数体入ってきたという話です。
その犯人として、シグリという調査兵が壁外追放になったよ、という表向きのニュースについて話しています。

長い割に、色々とわかりにくいと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


また、伏線を整理するために、今の「登場人物紹介」を変更したいと思います。書くって難しいなぁ。。。。




三章 遺志


 

 

 

いつの頃からか、肉体も精神も、完全に支配することができていた。おおよそのことは初見で人並み以上に出来ていたし、旧知の馴染みを失ったときでも、俺を慕ってきた部下を全て失ったときでも、生きて帰れる程度の平静は装うことができた。

 

だから、こんなことでいちいち荒立っていてはいけない。俺は、心臓を公に捧げた兵士の長たる人間なのだ。

 

「リヴァイ。いい加減その顔やめろよ」

 

「あ?」

 

「情けない顔だね。兵士長が聞いて呆れるよ」

 

エルミハ区に繋がる門扉の前。行軍全体がその門扉の解放を待っている時だった。ニックという宗教野郎を挟んだ向こう側にいるメガネが、じろりと視線を寄越してきた。

 

「何がだ」

 

「心配しなくても、ちゃんとクシェルたちと合流して戻ってくるよ。彼らはきっと生きてるからさ」

 

「…………」

 

にかりと歯を見せて笑顔で振り返ってきたメガネに、呆れたようなため息が漏れる。自分がどんな顔をしていたかなど知りようもないが、そこまでひどい顔をしていたものだろうか。ちらりと見やれば、目の前にいたミカサがさっと視線を逸らした。

 

「…………」

 

舌打ちをこらえながら、手元の小銃の安全装置を外した。黒金竹で作ったという銃身から、ひやりと冷たさが伝わってくる。よく使い込まれている割に、丁寧に磨き上げられたそれは、本来の持ち主の性格をよく表しているようだった。

 

「……その銃は連発式か?なぜそんなものを調査兵団が持っている」

 

「あんたには関係ないことだニック司祭。余計な無駄口叩く前に、やることがあるだろう」

 

王政からは製造を禁止されているはずの連発式の銃。その持ち主であるクシェルは昔、この壁の中の技術に違和感があると言っていた。ウォール教が隠しているのは、壁の中の巨人についてばかりではないのかもしれない。

 

「あんたはまだ何かを隠してるな。洗いざらい話してもらわねぇとこっちも困るんだがな」

 

「……私には話せない」

 

押し問答だ。何度言っても、この宗教野郎は聞きゃしない。何がこいつの口を噤ませるのか。ハンジが呆れたようにため息をついた。

 

「……その小銃の持ち主は、シグリ・アーレントという女性なのではないか」

 

司祭が、怯えたような視線だけをこちらに寄越して言う。

 

「シーナ内地では有名な話だ。王政を脅かす銃を持っていた女が調査兵団にいたと。 シシィという娼婦の仕事もしていた売女が、」

 

「売女とはひどい言い様だね、ニック」

 

司祭の言葉を遮って、低い声で呻くように言ったのはハンジだった。茶色い瞳が、松明の火に照らされてぬらりと光っている。その瞳の奥に、底知れぬ怒りが見て取れて、俺はそのメガネの名を呼んでたしなめた。この女は怒ると厄介なのだ。

 

「確かに、そんな名前の女が在団していたのは事実だ。シシィという源氏名で娼婦をしていたのも本当のことだが……奴はもう調査兵団とは関わりがない。あれは、壁外追放になった。……もう六年近く前の話だ」

 

手元の拳銃を懐にしまい、ひと睨みすれば、司祭は再び口をつぐんだ。真一文字に結ばれた口元からは、もう無駄口は漏れそうもない。しかし、その女の話題は、妙な方向へと飛び火していった。まず疑問を呈したのは、記憶力のやけにいい、アルミン・アルレルトだった。

 

「リヴァイ兵長。しかし、その方は拳銃の件ではなく、無断での門扉解放の咎に問われたのでは」

 

「……そうだ。奴は門扉解放、そしてそれに伴い、シガンシナ区への巨人侵入を許したとして処罰された」

 

「六年前の事件ですね。僕たちはまだ子供でしたけど、類を見ない凶悪な事件だったので記憶しています」

 

「ああ」

 

六年前の夜。確かに、あのシガンシナ区に数体の巨人が侵入した。すぐに出動した調査兵団の働きで、人的被害はなかったものの、あの事件は壁が破られる前のシガンシナでは受け入れがたいものだった。

 

「とんでもねえ野郎だったって聞いてます」

 

拳を握りしめて、会ったこともない女を、まるで親の仇のように語るのはエレンだ。その頃から巨人への憎しみはあったのか。このガキの巨人への憎しみはぶれがなくて、いっそ清々しい。

 

「……そういえば、あの夜も今日みたいな望月だったね」

 

星の川が流れる空を見上げながらハンジが呟く。それを聞いて飛びつくようにアルミンがさらなる疑問を呈した。つまり、「あの夜、巨人が動いていたのは何故か」と。

 

「巨人が日光を遮断されて活動を停止させるまでの時間にも個体差がある。あの夜に動いていた巨人は、ビーンのように日光を遮断されても長時間動ける巨人だった……。そう仮定するしかないね。あのとき動いていた巨人も、動きは緩慢だったし……おそらく寝る直前だったんじゃないかな。本当は、以前行った実験で」

 

「クソメガネ。その話はもういい」

 

「ええ!?あの巨人は本当に興味深い子たちばかりだったんだよ!?あの子たちのような子がいるかどうかを調べるために、私が何度実験をしたってい」

 

「あの女の話はもういいと言ってるんだ」

 

ベラベラとお喋りな口はこんな時でも健在か。鬱陶しいことこの上ない、と低く咎めたが、全くこたえていないようだった。代わりに、エレンとアルミンがびくりと肩を震わせた。

 

「あの子の話、本当に嫌がるんだから」

 

 

「その女と、何かあったのか?」

 

思わぬその問いは、司祭から発せられたものだった。隣を見上げれば、その初老の男もびくりと震えた後、視線を彷徨わせる。ビクつくくらいなら口を開くなと言ってやりたい。

 

「何かあったも何も、リヴァイと彼女はあれだよ。大人の関係ってやつだったのさ」

 

「クソメガネ!」

 

怒鳴った瞬間、荷馬車が突然動き出した。見れば、門扉はすっかり解放され、軍列がその歩みを進め始めていた。エルミハ区の壁上に所狭しと焚かれた松明の炎が、区内の物々しさを語っている。

 

「…………不潔」

 

行進が始まって荷馬車の中で落ちた沈黙に、ミカサがポツリと呟いた。その言葉だけが、やけにひりひりと耳に痛かった。アルミンは驚きに目を丸め、司祭は気まずそうに目線を逸らす。エレンだけが馬鹿丸出しで怪訝そうに首を傾げたのが、逆に苛だたしい。予想以上に駆逐脳なバカだ。

 

その後、妙に気まずい空気を乗せながら、行軍はエルミハ区へと入っていった。ウォール・ローゼ内に巨人発生の報によって、ローゼ内地の避難民が押し寄せているらしい。区内は物々しさに加えて、夜半にもかかわらず、住民たちのざわめきに占領されていた。

 

「……テメェはこんな時に余計なこと言いやがって……。頭にクソでも詰まってんのか」

 

「別に今日も快便だったけどね」

 

荷馬車を降りて、エレンたちが先を歩いていくのを見送った後、俺は監視対象の司祭を前に蹴り上げながら、メガネを睨みつけた。しかし返ってきたのはつかみどころのない笑顔だ。

 

「あなたが情けない顔してるからだよ。エレンたちも緊張しきりだし、ちょっと場を和ませようとしただけじゃないか」

 

「本気であの話題で和むと思ってんなら、テメェの脳内は腐ってる」

 

メガネを睨みつけてやったが、そいつはずっと前方を見据えたまま、予想外にも神妙な顔をしていた。その目は、エルミハ区の避難民ではなく、その先の、ずっとどこか遠くを見つめているようである。それは、奴が思索にひたっているときの目だった。

 

「……リヴァイ。これ、あなたは見覚えがないって言ってたね」

 

懐から取り出されたのは、アニ・レオンハートが結晶化した際のカケラだった。半透明の石は、不思議と鈍色に松明の炎を返している。一見すれば、それが壁と同じ素材などと誰も思いつきもしないものだ。

 

「ああ」

 

「私さ、これ、ずっと前に見たことあるんだよね」

 

「は?」

 

そこかしらで焚かれた松明の炎が、夜のエルミハ区を橙色に染め上げている。その橙色を、眼鏡のガラスが反射して、ハンジの目を隠した。ハンジは感情の読めない顔で、歯切れ悪く言った。

 

「これ、シグリを壁外で見つけた日に……。見たこと、ある気がするんだ……」

 

それは八年前のことだ。俺がまだ地下街にいた頃の話。

 

ハンジのその記憶が何を意味するかなど、その時の俺たちは想像だにできなかった。

 

 

*****

 

 

 

 

「イリヤ。こっちだよ。ここから先の計画はさっき言った通りだから、十分気をつけてね」

 

「はい、ニファさん」

 

立体機動装置にガスをありったけ充填した後、イリヤはハンジ班の精鋭のニファに連れられて、兵団施設の中を足早に進んでいた。エルミハ区から、ローゼ内地へと本隊に先んじてハンジ分隊長率いる分隊が出動する。イリヤは、その班員に組み込まれることとなったため、分隊に合流するところである。

 

今回も、イリヤに託されたのはエレンの護衛という任務だ。最近特に護衛らしき仕事などほとんどしていないな、と頭の片隅で思いながらも、イリヤは己に課せられた任務を果たすために、余計な思考を頭の外に追いやった。

 

ローゼ内地に巨人が発生したとするならば、それは人類存亡の危機なのだ。あの壁を破られれば、ピクシス司令が言ったように、わずかな領土をめぐって、生き残った人間同士の争いへと発展することは必至だ。それこそが、人類の危機である。

 

「あなたの上官のクシェルさんもミケ分隊長のもとに配属されてたよね。間に合うといいんだけど」

 

心配そうな顔でイリヤに声をかけたニファは、小柄な女性兵士だ。あのハンジ班に所属するくらいだから、それなりに癖のある人物なのだろうが、彼女は兵団内でも女性らしくて人気のある兵士だ。とにかく可愛らしい。若くておしゃれで可愛い。正直、またこの人と働くことができて嬉しい。こんな時に不謹慎だが、とイリヤは大きく頷いた。

 

「大丈夫だよ。きっと」

 

その頷きを、上官の心配をする部下の頷きだと誤解したニファが、優しくイリヤの背中を叩いて元気付けてくれる。はい、と神妙に嬉しさを噛み締めながら返事をする。実際、イリヤはその上官のことなど全く心配していなかった。

 

ローゼから巨人出現の報をもたらしたのは、ミケ分隊長の班のトーマだった。こうした場合、十中八九クシェル副官が伝令となることが通例だったので、その彼女ではなくトーマが伝令兵としてストヘス区に走ってきたときは驚きが走った。団長や兵長も、彼女がローゼ内地に残ったという報を聞いて少々思うところがあったようだが、イリヤにとっては彼女の生存はそれほど重要ではない。

 

というより、横柄で乱暴で、人の耳を遠慮なく拳銃でぶっ放すような人はそうそう死にはしない。一見常識人のように見えるが、あの女の顔面の皮は相当分厚い。ああいう類の人間は殺しても死なないものだ。

 

「エレン」

 

ハンジ分隊長とモブリット副官と話しているエレンの姿を認めて、イリヤは声をかけた。

 

「体は大丈夫か」

 

「ああ。ここからは俺も馬で行く」

 

「イリヤ。君もリフトのところに行こう」

 

「はい。……あ、ハンジ分隊長。エルヴィン団長より伝言です」

 

会議も一通り終えたらしい分隊長たちの足を止めて、イリヤは先ほどまで団長たちと話していた内容を伝えた。それは、イリヤがハンジ班の会議に参加できなかった理由だった。

 

 

 

「トロスト区より、ピクシス司令からの伝令兵が数名来ています。トロスト区内の状況は、現在のところ問題なし。ローゼ内地にはった防衛戦も持ちこたえているということです。……それから、一名、応援に来たという者が……」

 

「応援?一名?」

 

トロスト区から、応援に来た兵士が一名。その者の処遇について、団長とのやり取りは非常に長引いた。イリヤの説得で、その応援の者をハンジ分隊長の指揮下に配属する許可を得たのは、ほんのつい先ほどのことだ。

 

 

 

「おい、来いよ」

 

 

 

後ろからついて来ていたその一名に、イリヤは声をかけた。線の細い、イリヤより小柄な男の影がおずおずと姿を現したのを見て、驚きの声をあげたのは、モブリットである。

 

 

 

「く、クルト・ウェルナーか!?脱走兵がなぜ!?」

 

 

 

トロスト区攻防より数ヶ月前、兵団内の情報漏洩の罪にて拘留され、その後脱走した兵士。その脱走兵、クルトが、調査兵団の兵服を身にまとい、立体機動装置をつけてそこに立っていた。分隊長は常よりも険しく、その栗色の瞳を細めて、低い声で命令した。

 

「……手短に説明してくれ」

 

 

 

クルト・ウェルナーがトロスト区へやって来たのはまだ陽が沈む前のことだった。民間人の格好をした彼は、以前調査兵団で勤めていた者であり、この有事の際に自分の力を活かしたいと駐屯兵団に進言してきたのだと言う。クルトが脱走兵であることはピクシス司令の耳にも聞こえていたが、彼の並々ならぬ熱に、数名の伝令兵とともに馬を貸してエルミハ区へと使いに出した。

 

ストヘス区にいる調査兵団は、おそらくエルミハ区を通過する。それを予想したピクシス司令は、クルトの処遇をエルヴィン団長へと投げたのだ。確かに、その人事は駐屯兵団には決めかねるものだったのだろう。

 

そして夜半に駐屯兵団の伝令兵と共に、エルヴィン団長と合流したクルトは、その熱意をエルヴィン団長へと進言したのだ。もちろん、エルヴィン団長は復帰を許さなかった。イリヤの並々ならぬ説得がなければ、彼が再び双翼を背負うなど、あり得なかっただろう。

 

 

 

「脱走した罪は償います!しかし、今は人類存亡の瀬戸際。こんな有事の際に、命を使わないなんて俺には耐えきれません!どうか、もう一度ハンジ分隊長のもとで働かせてください!ここで人類のために死ねれば本望。運良く生き延びたときには、今度は罪を背負いますので!」

 

必死の形相で、クルトが言った。対するハンジ分隊長の目は冷めたものである。クルトは在団中は彼女のもとで働いていた、イリヤの同期だ。情に厚い彼女ならば、きっと許可してくれる、とイリヤは手に汗を握りながら許可を待った。

 

「……お前が裏切らない確証はあるのか?」

 

しかし、返ってきたのは冷たい声だった。クルトは大粒の汗を額からこぼしながら、口をつぐむ。

 

「は、ハンジ分隊長!クルトは、そんなやつじゃありません!それは、俺が」

 

「イリヤ。君の意見は聞いていない。……だが時間もない。クルトはイリヤと組むように」

 

絶対零度の低い声のまま、そう言われてクルトとイリヤは一瞬呆けたように目を瞬かせる。その言葉の意味を理解したのは、クルトにモブリットが、ガスの補充について確認したときだった。

 

「あ、ありがとうございます!!ハンジ分隊長!!」

 

喜び声をあげたクルトの表情は、16歳の少年然とした幼いものだった。イリヤはそれを見て、ほっとする。彼にとっての唯一生き残った同期だ。

 

「イリヤ。口添えありがとう。助かったよ」

 

「…………ああ。またお前と働ける日が来るなんてな……」

 

 

 

イリヤが彼と最後に会ったのは、女型の巨人と交戦した壁外調査の一月ほど前のことだ。あの古城での待機中に、クルトはイリヤに対して、「俺と来て欲しい」とどこかへと誘おうとした。その時は兵団への不信感を露わにしていた彼が、また舞い戻って来た。

 

その違和感と不審さが拭えたわけではない。ただ、イリヤは、四年以上苦楽を共にしたその同期の熱を信じたかった。人類のために、と再び空を飛ぶことを覚悟してきたその友人を、信じたかったのだ。

 

それこそが、イリヤの最も悪い「甘さ」であると指摘する上官のクシェルは、ここにはいない。イリヤはただ、アニ・レオンハートの悲しげな横顔を思い出すばかりである。彼女を信じてやることができれば、もっと選べた道はあったのではないか。イリヤはそればかりを考えていた。

 

 

 

 

「分隊長。いいのですか?」

 

「彼が「敵」だったとして、勝手に動かれるより、側に置いておいた方がいい。エルヴィンの判断は、そう思ってのことだろう」

 

 

ひそやかに囁かれた上官たちの声は、イリヤの耳には入らなかった。

 

 

 

「それより、だ」

 

「分隊長?急ぎましょう」

 

「モブリット。ちょっと待って」

 

ハンジ分隊長が、足を止めた。彼女が見る先に、私服姿のリヴァイ兵長と、ニック司祭がいる。兵士ばかりがいる兵団施設内に不相応なその司祭の格好に、クルトが首を傾げた。

 

「あれは?」

 

「ウォール教のニック司祭だ。……ハンジ分隊長のご友人、だそうだ」

 

「友人?」

 

暗い表情の変わらぬ司祭に、ハンジ分隊長が駆け寄って問う。

 

「何か、気持ちの変化はありましたか?」

 

しかし、司祭は口をつぐんだまま、視線を地面に落とすだけである。最後に何か、と問うたハンジ分隊長が、苛立ったように声を荒げた。

 

 

「時間がない!わかるだろ?話すか黙るかはっきりしろよ!お願いですから!!」

 

「……私は話せない。他の教徒もそれは同じで変わることはないだろう」

 

「それはどうも!!わざわざ教えてくれて助かったよ!!」

 

分隊長が投げやりに、かなり横柄に踵を返した時、司祭はさらに言葉を続けた。

 

「それは自分で決めるにはあまりにも大きな事だからだ。我々ウォール教は、大いなる意志に従っているだけの存在だ」

 

「誰の意志?神様ってやつ?」

 

「我々は話せない。だが、大いなる意志により、監視するよう命じられた人物の名なら教える事が出来る」

 

「監視?」

 

「……その人物は今年調査兵団に入団したと聞いた」

 

思わぬ話の展開に、イリヤやクルトだけでなく、エレンたちもまた足をとめてその話に聞き入る。今年入団したとなると、エレンたちの同期ということになるが。

 

 

 

「その子の名は……」

 

「失礼します!調査兵団104期調査兵、サシャ・ブラウスです!」

 

 

 

イリヤの背後で、扉が開く音と、大きな声が聞こえた。それに驚いて振り返れば、イリヤと同じような髪色の女性兵士が、書類を片手に立っていた。

 

 

 

「あいつが……?」

 

「え?誰?」

 

 

エレンや分隊長たちが、司祭の言葉にどよめく。イリヤはサシャの声のせいで聞き逃したその名前を確認しようとした。しかし、サシャに腕を掴まれて、「あの、書類を分隊長に、」と迫られてしまい、それどころではない。

 

 

「いや、今、ちょっと取り込み中、」

 

「いや、あの、書類をお渡しにあがったんです、ぶんたいちょ、」

 

「いや、だから、サシャ・ブラウス。ちょっと、」

 

 

丁寧な口調の割に、妙に押しの強い女の子だ。イリヤがちょっと今は待てと手を広げても、彼女はそれを横からかいくぐろうと頭をぴょこぴょこと動かし始めた。

 

 

 

 

「その子の本名は、ヒストリア・レイス。レイス家の人間だ」

 

 

 

 

司祭のその声だけが、はっきりとイリヤの耳にも届いた。

 

 

「は?」

 

 

振り返ってみれば、エレンやハンジ分隊長たちがこちらを見ている。ニック司祭の思いつめたような視線が、イリヤをじっと見つめていた。

 

 

「レイス?」

 

 

それは、ツェラン家が仕える家の名前。イリヤが育った屋敷の主人の名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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