未来への進撃   作:pezo

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「そのまま動かないで!援護はいりません!!」

 

 

 

15メートル級相手に真っ向から飛び込もうとしていた班員二名に叫びながら指示して、イリヤは一人の兵士を握りしめている巨人の背後に回り込んでうなじを削いだ。

 

 

 

「やった!」

 

 

 

屋根の上に倒れこんで蒸発していく巨人と、その手の中でかろうじて息をしている兵士を助け出して、駐屯兵たちが喜びの声を上げる。

 

 

イリヤは、そんな彼らの対面の建物の屋根に着地して、ボロボロになった刃を捨てた。息が上がって、身体中骨が軋む音がしそうなほど痛い。腕もそろそろ上げるのが億劫になるほど重たくなってきていた。

 

 

 

見れば、グリップを強く握りしめていた右手の小指の付け根が、皮ごとえぐれて血が滲んでいた。

 

 

 

「ツェラン!やったな!」

 

 

 

能天気に喜ぶ駐屯兵に手を振って返しながら、イリヤは舌打ちした。

 

 

 

アルミン・アルレルトの立案によって、街の中に侵入した巨人の多くは壁の上の兵士に誘われて壁の一箇所に集まっている。

 

 

しかし、巨人化したエレン・イェーガーに誘われているのか、何体か壁には引き寄せられずに、エレンたちのもとに足を運ぶ巨人がいる。それに応戦してきたイリヤは、これで三体目のうなじを削いだところである。

 

 

市街地での交戦は、立体機動には有利であり比較的被害も少なく行なえると、今までの経験で感じていたイリヤの予想は外れに外れていた。

 

 

 

「駐屯兵どもめ……ぜんっぜん、動けねぇじゃねえかよ……」

 

 

 

口をぱっくり開けている巨人の顔めがけて飛ぼうとしたときは、さすがのイリヤも年上の兵士たちに怒号を送ったものである。彼らを囮に、もしくは補佐を任せて何とか班員の死者を出すことなく巨人をしのげているのは奇跡的でもあった。

 

 

 

――死にたくないし、死なせたくない。

 

 

 

そうイリヤが言った時、「甘い」と叱咤してくれたのは、リヴァイ兵長だったか、それともクシェル副官であったか。

 

 

 

残念なことに、全くもってその通りなのだろう、とイリヤは今にして思う。今までイリヤが生き延びてこられたのは、要は、調査兵団の先輩方に守られていたのだ。

 

 

 

仲間たちの補佐と庇護があったからこそ、自分は若いながらに多くの巨人を削ぐことができたし、生き延びることができた。

 

 

 

まあ、運が良かったのだ。要は、ただ、それだけだったということなのだ。

 

 

 

「ツェラン!骨が折れている」

 

 

 

イリヤが駐屯兵の班員たちのいる屋根へと飛びうつれば、一人の兵士が顔を青くして言った。先程、巨人の手に捕まっていた兵士が腹を抑えてうずくまっていた。あばらを砕かれたか。

 

 

 

「……二人で抱えて壁の上まで行けますか。離脱させてください。あとの三人は俺と一緒にイェーガーのところに。何か……、うまくいっていないようです」

 

 

 

振り向けば、巨人化したはずのエレン・イェーガーは大岩にもたれてぐったりと倒れこんでいる。まるで使い物にならないデグの棒のようではないか。

 

 

トリガーを握る手に汗が伝うのを感じながら、イリヤは班員たちと共に、その場所へと状況確認のために飛ぼうとした。

 

 

その時、その場所から、赤の、作戦失敗を告げる信煙弾があがった。

 

 

 

 

「何があったんですか!?イェーガーは?」

 

 

 

精鋭班たちのもとへと降り立ったイリヤたちに、リーダーとして指揮を任されていたイアン・ディートリッヒが振り向いた。

 

 

 

「イリヤ。作戦を変えるぞ」

 

 

「え?」

 

 

「リコたちも聞け。エレンを回収するまで彼を巨人から守る。下手に近づけない以上、エレンが自力で出てくるのを待つしかないが……彼は人類にとって貴重な可能性だ。簡単に破棄できるものではない。俺達と違って彼の代役は存在しないのだからな」

 

 

 

赤い信煙弾を放ったのは、作戦中止の意図ではなかったのか、とイリヤが見れば、眼鏡の女性兵士、リコ・プレツェンスカが渋面で反論した。

 

 

 

「この出来損ないの人間兵器様のために……今回だけで数百人は死んだろうに……。コイツを回収してまた似たようなことを繰り返すっての?」

 

 

「そうだ……何人死のうと何度だって挑戦すべきだ!」

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

 

イアンの言葉に、思わずイリヤは反対の声をあげてしまった。他の班長たちは顔を青くして黙り込んでしまっている。瀬戸際で、ここまできて、仲間割れか、とイリヤは息を詰めた。

 

 

「イアン班長!しかし、イェーガーがいつ出てくるかもわからない状況で、この場に留まり続けることは危険です。……全滅の可能性も高いと思います。ここは一旦体制を整えるのが妥当ではないでしょうか……」

 

 

「そうしている間にエレンが巨人どもに食われたらどうする!?それこそ人類存亡の危機だろう!一旦体制を整えたからといって、一体どう事態が好転するのか、俺には全くわからない!」

 

 

「イアン!?正気なの!?」

 

 

 

彼の反論に息をつまらせたイリヤに続いて、さらに反論したのはリコ班長である。が、イアン班長は逆に問い返してきた。

 

 

 

「では!どうやって!!人類は巨人に勝つというのだ!!リコ教えてくれ!!他にどうやったらこの状況を打開できるのか!!人間性を保ったまま!人を死なせずに!巨人の圧倒的な力に打ち勝つにはどうすればいいのか!!」

 

 

「巨人に勝つ方法なんて、わたしが知っているわけない……」

 

 

「ああ……そんな方法知ってたらこんなことになっていない。だから……俺達が今までやるべきことはこれしかないんだ。あのよく分からない人間兵器とやらのために、」

 

 

 

 

イアン班長の声が揺れる。

 

 

 

 

「命を投げ打って健気に尽くすことだ」

 

 

 

 

命を。

 

 

 

 

その言葉に、イリヤの背筋に言い知れぬ悪寒が走った。

 

 

 

 

「悲惨だろ……?俺達人間に唯一できることなんてそんなもんだ……。報われる保証の無い物のために……虫ケラのように死んでいくだろう」

 

 

 

 

そうこうしているうちに、壁の穴から、数体の巨人がこちらに進んでくる。

 

もう、迷う時間すらわずかにしかない。

 

 

 

「さぁ……どうする?これが俺達にできる戦いだ……俺達に許された足掻きだ」

 

 

 

イアン班長の背後で、数体の巨人がこちらを認めてぐるりと薄気味悪い顔をこちらに向けたのが見えた。

 

 

 

もう、選択しなければならない。

 

 

 

最も早く選択したのは、リコ班長だった。彼女が背後の巨人を、もう一人の班長、ミタビが前方の巨人をうけもってその場を離れていった。

 

 

 

健気に、その命を投げ出して戦うために。

 

 

 

 

「おい、ツェラン。お前はどうだ。……調査兵団なら、こういう時、どう動くんだ」

 

 

 

 

――誰も、死なせたくない。

 

 

 

 

それは、イリヤにとって絶対だ。彼の屋敷の主人たちの声だ。平凡で退屈で、イリヤが毛嫌いしていた価値観だが、確かに彼の中に幼少期から存在する絶対的な価値観だ。あの主人の侍従であったケニーのような暴力を認めるわけには……。

 

 

巨人の足音がする。イリヤは顔をあげた。そこには、破壊の限りをつくされたトロスト区の街並みと、命をつくした兵士を咀嚼する巨人の姿があった。

 

 

 

 

「……エルヴィン団長なら、イアン班長と同じ判断を下すと思います……」

 

 

「そうか……。行けるか?」

 

 

「はい……」

 

 

 

 

負傷した兵士を離脱させてきた班員たちが戻ってきた。それを確認して、イリヤは彼らに声をかけてエレンに近づく巨人へと向かった。

 

 

 

――ただ、エルヴィン団長のやり方と違っていただけ。

 

 

 

そう言って兵団を裏切った女性兵士、ユディの顔が脳裏をよぎった。彼女は結局、なぜ、何のために、調査兵団を裏切ったのだったか。何が、エルヴィン団長とは違ったのか。

 

 

 

イリヤは頭を振って、脱線した思考を消そうとした。今は、それどころではない。

 

 

 

 

しかし、やはり世界は残酷なものである。

 

 

 

イリヤは必死に班員への指示を出しながら巨人に応じたものの、数人の班員がその命をまるで虫ケラのように散らせた。

 

 

ふと周囲を見渡せば、巨人の数は増えているにもかかわらず、残った人間の数はあとほんの数えるだけであった。

 

 

息も絶え絶えになりながら、ガスと刃の残量を確認すれば、もうあと僅かにしかなかった。とても、目の前に溢れる巨人どもに応戦できる量ではないことは、経験の浅い駐屯兵ですらはっきりとわかった。

 

 

 

潰えた希望に、イリヤが死を覚悟したその時。

 

 

 

「エレン・イェーガー……」

 

 

 

15メートル級の巨人が、大岩を持ち上げて進む姿が目に入った。

 

 

 

「おい、やったぞ……」

 

 

 

班員の一人が呟いた。皆がその巨人の姿に、わずかな希望を見出して、潰えかけた士気が、一気に沸き立つ。

 

 

 

そしてイリヤはそのとき。その人間兵器たる巨人の姿のはるか向こう。

 

壁の向こう側の遠い空に、か細く、しかし一筋しっかりと打ち上げられた赤い信煙弾の狼煙を見つけた。

 

 

 

「……帰ってきた」

 

 

 

調査兵団が。仲間たちが、帰ってきた。この危機に気づいて、駆けつけている。

 

 

 

「皆!もうすぐだ!あと少し!イェーガーを守れ!!」

 

 

 

イリヤの必死の声かけに、士気を取り戻した班員たちが応じる。生き残って応戦していた兵士が、それぞれ巨人に応戦し、そしてエレンの行く手を阻む巨人を引き付けるために地面に降りて囮となっていく。

 

 

 

「リコ班長!!」

 

 

 

声の方向で、眼鏡の女性兵士に7メートル級が手を伸ばしているのを確認して、イリヤは死に物狂いでアンカーを巻き上げてそのうなじを削いだ。

 

 

 

その側で、負傷して倒れている兵士が二名。

 

 

 

「リコ班長!ここは俺が!エレン・イェーガーを!!」

 

 

「わかった!」

 

 

 

地面に降り立って、負傷した兵士を生き残った班員、二名と共に抱き上げたとき。

 

 

 

背後から巨人の足音が無情に響いた。振り向けば、15メートル級が三体。しっかりと彼らを見つめていた。

 

 

ここは、エレンに誘われずに自分たちに食いついたことに喜ぶべき場面だろうか、とイリヤは思う。このままでは五人とも食われる。

 

 

 

「問1だ」

 

 

 

その状況は、朝に調査に出る前にイリヤの上官、クシェルが彼に出した問いそのものだった。

 

 

 

――旧市街地での交戦中、背後より巨人三体が向かってくるのを確認。味方は存命五名。うち二名は重症。ガスも刃も残りわずかなこの状況で、最善の行動は。

 

 

 

一人一体討伐を目標に応戦、は、

 

 

 

――不正解!!

 

 

 

耳の奥で、上官の声が響いた。

 

 

 

 

命の数をかぞえろ。

 

 

最優先すべきは、「生き残る」ことだ。俺は、やっぱり死にたくないし、死なせたくないんだ。

 

 

 

 

「ツェラン調査兵!!」

 

 

 

 

班員たちが叫ぶ声に、意を決したイリヤは最後の刃を抜いて、ワイヤーを高々と上空に向かって放った。

 

 

 

 

 

 

 


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