代表決定戦を終えた、その日の夜。
千冬は自室となっている一年生の寮監室にいた。 室内の至るところには脱ぎ捨てた衣服に潰されたアルコール関係の空き缶、弁当殻等のゴミが散乱していた。
そんな部屋の中で千冬は発泡酒の缶を持ったまま頭をかかえていた。
本来なら千冬はビール派で発泡酒は飲まないのだが、流石に二度に渡る処罰・・・減給により発泡酒を飲まざるを得なかった。
( ・・・・流石にやり過ぎたな。 一夏の事になると回りが見えなくなってしまうからな。 我ながら情けない。)
そんな事を思いつつ発泡酒を一気に飲み干す。
「 それにしてもアルカンシェル兄の機体、第4世代か・・・・確かに現存するいずれの機体と比べてもオーバースペックだな。 出来れば解析してその情報を元に一夏の機体を強化したかったが、もはや不可能か。 それにしても束の奴、何処にいるのやら。 」
本来なら一夏の専用機は、束に作って貰おうと画策していた千冬だったが、肝心の束と連絡がとれずに倉持技研が作ることになったのだ。
もっとも雪片弐型を搭載させた事で容量を使い果たし他の武器を乗せる事が出来なくなった欠陥機になったが、千冬としては満足いく機体だった。
「 まさか、束の奴あの事に気づいたのか? いやまさかな・・・ 」
冷蔵庫から新たに発泡酒の缶を取りだし飲みはじめる。
そして視線はタンスの鍵つきの引出しに向けられる。
「 いずれ箒にも専用機を持たせて一夏と共に最強のペアにしたい、そして出来れば束の奴に作らせたいが無理ならあれを使って倉持に作らせるか。」
そう言って発泡酒を飲み干し、再び冷蔵庫から取りだして飲みはじめる。 周囲には既に二桁になる数の空き缶が転がっていた。 こうして千冬の夜はふけていく。
一方少し時間を遡り、シュートの部屋
ちなみにシュートはマドカ、シャルロットとの三人部屋になっている。
そしてこの部屋に今、部屋の住人以外にセシリア、刀奈がいる。
「 さて、今後の行動についてだけど・・・はっきり言って今のままでは不味いと思うけど。」
シュートの言葉に全員が頷く。
「 こう言ってはなんですが、彼の人格を疑わざるを得ませんね。 試合前までの言動に加えて試合中の言動、どれをとっても常識を疑うばかりですわ。 」
対戦したセシリアがその言動を断罪した。
「 彼自身、自分の立ち位置を理解していないのも問題ね。 公安の知り合いから聞いたんだけど、入学前についていたSPを迷惑がり、外出する度に逃げ出したり、撒いたりしたようね。」
刀奈が入学までの間にあった事を告げる。
「 ・・・・本当に自分の立ち位置を理解してもらわないと不味いよね。 誘拐なんてされたら大変だし。」
シャルロットがもっともな意見を述べると、刀奈が
「 ・・・・もう誘拐された経験をしてるのよ。」
その話に絶句する。
「 ドイツで第2回モンド・グロッゾが開かれた際に織斑千冬の応援として同行し渡独したんだけど決勝戦の直前で誘拐されたの。 幸いにもドイツ軍の協力もあって救助されたけど、織斑千冬は決勝戦を棄権。 これで様々な影響を及ぼしたわ。 」
「 なのに護衛を断り、嫌がるなんて何を考えているの? 本当に学習能力が無いの? 」
マドカが刀奈の報告に呆れ果てる。
「 そこでだ、セシリアには申し訳ないが織斑一夏に少しでも自覚を促す為に、クラス代表に就任してもらうことにした。 責任ある立場についてもらい、自分が注目を集める存在であると認識してもらい、同時に様々な行事に出ることによってISへの認識と扱い方を覚えて貰う。 」
シュートの計画を聞きセシリアが
「 私は構いませんが、本当にそれで自覚しますかあの男が? 」
「 現状、織斑一夏には言葉で言っても認識して自覚する要因が見当たらない。 それゆえにこのような方法しか浮かばなかった。 」
セシリアの疑問にシュートは答える。
「 それじゃあ、織斑一夏の問題はこれでとりあえずいいとして、簪ちゃんの方なんだけど。」
刀奈の話にシュートが
「 こっちはいいけど、簪ちゃんに意思確認はしないとな。 簪を呼んで。」
刀奈がすぐさま部屋を出る。
暫くして刀奈が簪を伴ってきた。 簪の表情は未だに暗く覇気がなかった。
「 お久しぶりです、シュートさん。 先日はすいませんでした。 」
「 久し振りですね簪ちゃん。 さて、単刀直入に話します。 貴女の専用機が無期限の開発凍結になったのは知っています。 そこでうちと更識重工との共同開発との名目でうちが既に完成させている第3世代機、開発コード[ウラガン]をつかいませんか? 」
シュートの話に驚きを隠せない簪。 そのまま姉の刀奈の顔を見る。
刀奈は優しい笑みを浮かべ
「 簪ちゃんの思う通りにしていいよ。 」
そう言われた簪は刀奈の顔を見つめ、そして暫く目を閉じる。 やがて
「 はい、よろしくお願いします。 」
そう言ってシュートに頭を下げた。
「 それじゃあ、契約書とかは後日改めて書いてもらうから、とりあえずカタログスペックを確認して。 」
シュートはあらかじめ用意していたタブレットにウラガンのデータを表示して簪に見せた。
それを見た簪は驚いた。
「 えっ?! こんなすごい! 開発されていた弐式よりもパワーも機動力も段違い。 それにこの武装の多さ! 本当にこの機体を? 」
「 あぁ、簪ちゃんの専用機になるよ。 ウラガンという名前はあくまでも開発コードだから簪ちゃんの好きな名前に変更できるよ。それからカラーリングも。 」
それを聞いた簪は目を輝かせた。そして
「 シュートさん、ありがとうございます。 私、今からカラーリングと名前を決めて来ます。 」
そう言って一礼して部屋を後にした。
簪の中では既に弐式への思いを絶ちきりウラガンへと馳せていた。
同時刻 一夏の部屋
部屋の住人である一夏はルームメイトである箒が反省会を開いていた。
「 まったくなんだあの様は、一太刀浴びせる事なく負けるとは不甲斐ない! この一週間の修練がまったくの無駄に終わったではないか! 」
コーチ役をかって出た箒は一夏の試合結果に納得していなかった。
いくら専用機である白式に銃火器がなかったとはいえ、篠ノ之流剣術を修めていれば、そんなもの関係なく勝てた。 そう箒は考えていた。
「 いやでもよ、せ「 男なら言い訳するな!! 」 うっ! 」
言い訳しようとしたが、箒に封じられてしまった。
「 明日からもしっかりと鍛えてやるから覚悟しろよ。」
「 でも箒は専用機もってないよな? 訓練機はなかなか借りれないし剣道ばかりじゃ・・・・ 」
「 心配するな、明日からは訓練機を使う事ができる。 しかもこの先ずっと優先的に貸して貰えるからな。」
「 へぇー そいつはすごいな! 」
一夏は無邪気に感心する。 しかし、これには裏があった。
箒は日本政府に脅しをかけたのだ。しかも姉の名前を利用して。 それがようやく実り、今日通知が来たのだ。
もっとも本来なら第3世代機のグリシーヌを借りる積もりだったが、グリシーヌはアルカンシェル社との契約で専用機を持たない代表候補生を優先的に使用させる事になっており、次に三年生、二年生に優先権があり一年生の普通の生徒である箒には借りる事が出来なかった。
それでも訓練機・・・打鉄を使う事ができるので文句はなかった。
更に言えば、箒は知らなかったが千冬も箒のしたことを知っており手をまわしていたのだ。
「 明日からビシバシ鍛えていくから覚悟しておけ。」
「 あぁ、頼むぜ箒。 見てろよシュートにセシリア、次は俺がお前達を叩きのめしてやる。 そしてその間違った考えを正してやる。」
だが、一夏達は気づいていなかった。 シュートとセシリアが全力を出してなかった事を。
二人との差が大きく開いていることを。