あの有名バンド《レックス》のボーカル木村達也の事件を解決した百々月は一躍、有名人となり新聞やメディアで取り上げられる事となった。
有名人が死んだ事件を解決したのだ。世間の注目を浴びない訳がなかったというのは当然のことだろう。
《女子高校生探偵現る。まさしく平成のコーデリア・グレイ》
「はぁ…」
彼女自身、推理小説は読まないのでコーデリア・グレイという人物は知らないが有名な女探偵であるというのはよく分かった。
あの事件からしばらくの間、プライベートというものが著しく阻害され彼女は心底、嫌気がさしていた。
(期せずして彼の手伝い役として充分な肩書きを手に入れた訳か…)
不謹慎な話、事件はその内容に対して渦巻く色模様が実に面白い。まるで答が見られない問題を解いてるようだ。
二度も人の死という物を見て感覚が若干、麻痺しているような感じはするが気にしないでおこう。こういったものになってしまった以上、これから付き合っていくものになってしまうだろう。
「はぁ…」
学校の教室でそんな事を考えていた彼女は小さくため息をつくと頭を軽く振る。
「羽部さん、お疲れさま」
「あぁ、疲れてるよ」
目頭を押さえながら答える百々月は心底、疲れているようだった。友人として何かしてあげられることはないかと考えた蘭は1つの提案を口にした。
「夕食を一緒に食べない?」
彼女は一人暮らし、つまり一人で寂しく食事をしているという事になる。ならせめて多くの人が居る場所で食事でもすれば気分転換になるのではないかという蘭の気遣いだった。
「蘭の家でか?」
「うん、人と一緒に食事をとるだけでも少し変わるかなって」
「気遣いに感謝する。確かにそうかも知れないな」
「じゃあ、今日は一緒に食べようね」
「あぁ」
蘭の気遣いに感謝しその申し出を受けた彼女は少しだけ楽しそうに笑った。
ーーーー
「はぁ、お前が蘭の言っていた羽部か」
「は、はい…」
蘭の家、つまり毛利探偵事務所を訪れた百々月は小五郎と会った途端。彼から睨まれるように話しかけられ思わずたじろぐ。
高校生探偵という名前で随分と苦労してきた彼にとって百々月のような者は警戒するのに充分な存在だろう。
蘭から耳にした情報で思考にふけっていた百々月は突然、彼に肩を掴まれ驚く。
「名探偵であるこの毛利小五郎さまに憧れるのも分かるが実際に事件を解決するとは近頃のガキとは違って見込みがある」
「え、あの…」
ただ夕食を頂きに来ただけというのになぜこの様な状況に陥っているのだろう。
「俺は弟子をとらねぇ主義だが。こうして家まで来るほど弟子入りしてぇなら、その勇気を賞して考えなくてもないぞ」
(事件は全部、俺が解決してるだろうが…)
そんな理解不能の光景を横目で見ながらコナンはあきれて格好つけている小五郎を見る。
「だがお前はまだ世間ではチヤホヤされてるかも知れねぇが」
「ちょっとお父さん!羽部さんは家に夕食を食べに来ただけだっていってるでしょう!」
小五郎の声を遮ったのは料理を運んできた蘭だった、彼女は机に料理を置くと小言を言いながら席に着く。
「うるせぇぞ蘭。今、名探偵としての覚悟をだな」
「お父さんや新一と違って羽部さんは名探偵気取りしないのよ」
「ははっ…しかし毛利探偵の推理も是非、聞きたいものです」
「ホラ聞いたか、俺は名探偵毛利小五郎だぞ?」
「もうお父さんったら。羽部さん、気を遣わなくて良いからね」
まぁ、社交辞令的な意味合いも含めてはいるが彼の推理がどんなものか興味があるのも事実だ。
確実に自身が体験している以上の事件を渡り歩いてきた筈だ。コナンの助けがあるとはいえ、どんなことをしてくれるのかは楽しみでもある。
「まぁ、機会があれば見てみたいと思う」
実際は彼は眠らされコナンが全て代弁しているなど彼女はまだ知らないが。
(騒がしいが、なんだか安心するな)
中学の初め頃に両親を失った彼女はこういった親子のじゃれ合いというものに一種の憧れをもっていたのかもしれない。
「もも姉ちゃん、色々と大変だったんでしょ?」
「まぁ、少し周りが騒がしくなっただけだよ」
ほんの少しだけ疲れている彼女を見てコナンも同情の視線を送る。彼自身も名を馳せた頃の始まりは自身の周りの変化に戸惑ったものだ。
ある程度親しくなってた友人も少しではあるが態度を変えられるというのは中々、キツかったが蘭たちやももは全く変わらなかった。
(どんな時でもどんなに有名になっても態度が変わらなかったのは本当に感謝してるぜ)
という感謝を思い出しつつ彼は出された食事を見る。
少し疲れているがこの様子なら大丈夫だろう、コナン自身も彼女が居た方が動きやすいし発見もある。おそらく彼女には今後も協力して貰わなければならないだろう。
(最大の問題は俺の正体を明かすかどうかだよな…)
正直、素で接してしまっている以上、気づかれている可能性が高い。今でも何も言ってこない事は測りかねているのかこちらから明かすのを待っているのかだが。
(まぁ、こればかりは場の流れに任すしかないか)
「じゃあ、食べるわよ。いただきます」
「「「いただきます」」」
そんなコナンの思考を余所に夕飯の支度を終えた蘭が席に着き全員が食べ始めるのだった。
ーーーー
「まぁ、それも俺が見事に解決したわけであってな」
食事の最中であっても小五郎の自慢話は尽きない、今まで彼が扱ってきた事件の経緯等を耳にしながら百々月は食事をする。
赤鬼村火祭り殺人事件、豪華客船連続殺人事件等といった事件を聞いている百々月の顔は真剣で時々、笑みを浮かべている。
「なるほど、なるほど…」
端から見れば師匠と弟子と言われても納得するかもしれない。彼女の反応に気をよくした小五郎はビール片手に話を進める。
「まぁ。今度、何かあったらお前も俺の弟子として連れて行ってやる」
「ありがとうございます」
「まぁ、しっかりと勉強するように」
「はい!」
完全に上機嫌な小五郎を横目にコナンと蘭は食事を終える。そして時間は遅くなる。
「もう遅いし今日は泊まっていく?ねえ、お父さん」
「あぁ、夜道は物騒だからな遠慮するな」
「すいません、お言葉に甘えさせて貰います」
時間はいつの間にか10時を回ってしまいやむ得ずに泊まることにした百々月。
「布団がないわ。どうしよう」
お互いに突然の泊まりということで布団を用意していた蘭は運悪く客人用布団をクリーニングに出していたことに気づく。
「気にするな、私はどこでも寝られるから」
「そういう訳には…」
「ガキと一緒に寝れば良いじゃねえか」
「え…」
布団がなくて困っていたのを見て小五郎はコナンの布団で彼女が寝れば良いと提案。当の本人である彼は戸惑いを見せるがその案はあっさり許可が下り実行される事となった。
その結果、コナンの布団は蘭の部屋に移され3人で仲良く寝ることとなった。
当初はコナンが蘭と同じベッドで寝る案が出されたが前回の山荘の一件で寝られないと判断した彼が百々月と寝ると主張。結果コナンは百々月と一夜を共にする事となった。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
蘭の声と共に電気が消され部屋は暗闇に包まれる。
「感謝している。江戸川コナン、いや…」
蘭が眠りに入った後、百々月は小声で彼に囁く。だが彼女のその言葉は途中で途切れ最後まで紡がれる事はなかった。
(もも…)
彼女も疲れていたのかすぐに眠ってしまった。眠った彼女の顔を見て眠ろうとするが内心、ドキッとしてしまう自分がいた。
いつも鋭い表情を保ったままの彼女が完全に無防備な寝顔でいたのだ。普段の彼女を知っているが故にそのギャップは凄まじい。
(やべ、寝られねぇかも…)
江戸川コナンの長い夜が幕を開けたのだった。
―無垢な少女が1人立ち―