BLAZBLUE 黒の少女の物語   作:リーグルー

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第50話

第50話

 

 

 

「まだ………待ち合わせには時間があるよね?」

 

 

 

建ち並ぶ家々の裏手を通り、いくつかの階段を上がっていき、統制機構支部までもう少し、という所で一度足を止めたノエルはそう呟いた。待ち合わせの時間は十五時で、後三十分以上ある。場所はノエルの目の前にある長い階段を駆け上がれば十分程度で辿り着けるだろう。

 

 

 

「………急いだ方が良いのかな?」

 

 

 

ノエルはそう呟きながら考えるように顔を俯ける。待ち合わせ時間に遅れないためなら、早く行っていた方が良いだろう。しかし、マコトの話によれば、統制機構に、ハザマに追われているのはノエルなのだ。長い間同じ場所に居れば、見つかる確率が高くなるかもしれない。

 

 

 

「――――やっと追い付いた。」

 

 

 

考え込むノエルの思考を遮るようにして聞こえてきた声に、びくんっ、と肩を震わせたノエルは反射的に振り返って警戒する。ノエルの視界に入ってきたのは、困ったように笑いながらノエルの事を見ている、黒髪の少女。

 

 

 

「あはは………ごめんね?驚かせちゃったよね?」

 

 

 

「あ………お姉……ちゃん。」

 

 

 

いつもと同じように話し掛けてくる姉――――イオに、ノエルは答える事が出来ない。自分は逃げてしまったから。イオが、あんなにも忠告してくれたのに、聞きたくないなら、聞く必要は無い、と言ってくれたのに、覚悟したような気になって、軽い覚悟のままで自分の正体を、自分が人形だということを知って、頭が真っ白になって。………気がついたら、イオに背を向けて逃げていた。そんな自分が、今更イオに合わせる顔など………

 

 

 

「………ごめんね、ノエルちゃん。」

 

 

 

「………え?」

 

 

 

どうして謝るのだろうか?イオは何も悪くない。ただ、ノエルの要求に答えて、ノエルの正体を教えただけだ。もし誰かが悪いとするなら、それは自分だ、とノエルは思う。中途半端な覚悟で「現実」を甘く見た自分。

 

 

 

「………私はもう亡くしちゃってるから、本当のノエルちゃんの気持ちは分からないけど。きっと辛かったし、苦しかったと思うんだ。ノエルちゃんには怖くて、辛い現実だった筈だから。それを教えちゃったのは私だから。………だから、辛い思いをさせちゃって、ごめんね。」

 

 

 

「そんな………お姉ちゃんは何も悪くないよ!知りたいって言ったのは私で、お姉ちゃんは私の我儘に答えてくれただけ!私の方が、お姉ちゃんから逃げちゃった事とか、心配かけちゃった事とか謝らないといけないくらいで………。」

 

 

 

「あはは………やっぱり優しくて、強いね。ノエルちゃんは。」

 

 

 

イオの謝罪に慌てて答えたノエルの様子を見て、イオは笑顔を浮かべながら言葉を返す。その、ただただ純粋な言葉に、ノエルは少しだけ照れたような表情で、話題を逸らすように先程のイオの言葉で気になった事を訪ねる。

 

 

 

「そういえばお姉ちゃん、さっき亡くしちゃってる、って言ってたけど、何を亡くしちゃったの?」

 

 

 

「え?あ、うーんと、簡単に言えば、感情かな?」

 

 

 

あはは、と笑いながらさらりと告げられたイオの言葉に、ノエルの思考は停止する。

 

 

 

「………どういうこと?」

 

 

 

「ノエルちゃんはさ、どうして私がいつも笑ってるか分かるかな?」

 

 

 

ノエルの質問に被せるようにして質問で返したイオに、ノエルは首を横に振ることで答える。イオが何を言おうとしているのか、それがよく分からない。

 

 

 

「私ね、『楽しい』意外の感情が分からないんだ。もちろん、形だけなら作れるし、どういう所でどういう表情をすれば良いのかも人を見て学習したから分かるんだけど………でもやっぱり、『本物』じゃないんだよね。………もしかしたらノエルちゃんは私の話を聞いて、自分のことを『人形』だと思ったかもしれないけど、安心して。ノエルちゃんは『人間』だよ。私みたいな『人形』とは違ってね。」

 

 

 

あはは、と笑いながら告げるイオの口調は、その内容に反して限りなく軽い。その事が余計に、イオの言っている事に真実味を帯びさせているように見えて、ノエルは一瞬だけ言葉を詰まらせる。それでも、すぐにイオへ言葉を掛けようと口を開いて、

 

 

 

「失礼だが………取り込み中かね?」

 

 

 

突然聞こえてきた男の声に遮られた。イオは反射的にノエルを抱えると、一瞬で声の聞こえた方向から距離を離す。そのままノエルを下ろし、両手に黒い剣を出現させた。

 

 

 

「………あなたは?それに、出来れば何をしに来たのかと、あなたの後ろに居るその影みたいな人についても、紹介して貰えれば嬉しいです。」

 

 

 

イオはそう先程の声の主、紫色のマントを羽織り、仮面を着けた男へと問いかける。

 

 

 

「………ふむ、『九番』か。私以外の手が加わっているな。………いや、もはや私の作品とは別物、といっても良いだろう。………なかなかに興味深い………。」

 

 

 

「………えっと……。」

 

 

 

イオの質問を聞いているのかいないのか、一人考察を続ける男に、イオは掛ける言葉を見失いながら、気付かれないように戦闘の準備を始める。………男は、イオ一目見ただけで『九番』と言い、『私の作品』と口にした。つまり、彼は『次元境界接触用素体』を作った人間だ。ならば、ハザマの協力者であり、ノエルに害を与える可能性が高い。

 

 

 

「私の名はレリウス=クローバーという。世界虚空情報統制機構に所属し、階級は大佐ということになっている。後ろに居るのはファントム。ここに来た目的は『十二番』、ノエル=ヴァーミリオンの捕縛を依頼されたからだ。」

 

 

 

「やっぱり、か。行って、ノエルちゃん。あの二人は私が抑えるから。」

 

 

 

無機質に、無感情に。機械のように淡々と答えた男――――レリウスの言葉に、イオは分かっていたかのように頷くと、自分の背後からレリウスを警戒しているノエルに指示を出す。

 

 

 

「でも、お姉ちゃんが………。」

 

 

 

「私なら大丈夫だよ。なんて言ったって『影の英雄』だからね。黒き獣を一人で相手した時に比べたら、あの二人くらい大したこと無いよ。………私もこの人達を倒したら後を追いかけるから、行って。ノエルちゃん。」

 

 

 

あはは、と笑いながらくるりと一瞬だけノエルの方を振り返ったイオの言葉に、ノエルは強く頷くと振り返る事無く階段を駆け上がっていく。それを見たイオは、レリウス達の方に向き直ると、パチンッ、と指を鳴らしてレリウス達に気付かれないように仕掛けていた仕掛けを起動させる。レリウスとファントム、そしてイオを取り囲むようにして黒い膜が地面から現れ、一瞬にしてドームを形成し、三人を閉じ込めた。

 

 

 

「………思っていた以上に素直に捕まってくれましたね?」

 

 

 

黒いドームの中、完全に閉じられたその空間の中で、イオはレリウスに問いかける。イオ個人としては、もっと捕まらないように動くと思っていたのだ。

 

 

 

「………正直に言えば。『十二番』等より、今のお前の方に興味がある。『九番』、いや今はイオ、と呼ぶべきか。『十二番』はその後だ。それでは、こちらの用件に付き合ってもらうぞ。………『イグニス』。」

 

 

 

レリウスはそう言って持ち上げた手を大きく横へ移動させる。すると、次の瞬間にはレリウスの隣に女性の形をした機械人形が現れる。どうやら、レリウス自身はそれほどノエルに興味を示していないらしい。代わりに、レリウスの後ろに居たファントムが足元に魔法陣を展開させる。転移魔法だ。

 

 

 

「させませんよ。」

 

 

 

イオはそう言いながら、再びパチンッ、と指を鳴らす。すると、ファントムが展開していた魔法陣が、まるで元から無かったかのように霧散する。

 

 

 

「あははは。ノエルちゃんは追わせませんよ?もし追いたいなら、私を倒してからにしてください。」

 

 

 

イオは当たり前のようにそう告げると、レリウスとファントムに向かって、完璧な笑みを浮かべて見せた。


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