BLAZBLUE 黒の少女の物語   作:リーグルー

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第49話

第49話

 

 

 

軽やかに、跳ぶように、飛ぶように。立ち上がる事も、自分から離れていくのを見ることも出来ずに、自分から遠ざかるノエルの足音をただ聞きながら、鮮やかなカメリアレッドの髪に空色の瞳を持った少女――――ツバキ=ヤヨイはその瞳から涙を流す。

 

 

 

「………どうして?」

 

 

 

どうしてこうなってしまったんだろう?ツバキはそんな事を頭の片隅に思い浮かべる。ノエルと一緒にいるのは楽しかった。頼られるのは嬉しかった。ノエルと自分とマコト。三人で過ごす時間は何よりも大切な宝物だった。

 

 

 

「私の………せい……。」

 

 

 

本当は、自分で答えを持っていた。ノエルを妬んで、怨んで、感情のままに動いて。攻撃したのは他でもない、ツバキ自身だった。つまり、今のこの状況は全て、自分のせい。自分が今の幸せな形を壊して、彼女を敵だと見てしまったのだ。

 

 

 

「ごめんなさい………ごめんなさい、ノエル。」

 

 

 

今さら、元の親友には戻れないだろう。もう一人の親友――――マコトも、今の自分を知ればきっと呆れて見放す。ジンだってそう。きっと、今の自分を見たら失望する筈だ。

 

 

 

「でも………例え、そうだったとしても。」

 

 

 

ツバキはそう呟いて立ち上がる。視界はぼやけて、自分の手さえはっきりとは見えない。分かっていたのだ。ノエルを、ジンを倒すために、殺すためにヤヨイ家から持ち出した『術式兵装・十六夜』は、強力な力の代償に光を奪う。もうじき、自分の視力は失われるだろう。

 

 

 

「………行かなきゃ。」

 

 

 

失望されても、嫌われてもいい。最後は、最後だけは、ずっと会いたかった人を、ジンをその瞳に納めていたい。ツバキはその場に立ち上がり、霞む視界で統制機構を探そうとして――――一瞬で、視界が闇に塗り潰された。

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

ツバキは戸惑いの声を上げる。これは、『術式兵装・十六夜』の代償ではない。十六夜はその力の代償として光を奪い、それは、主に視力という形で結果を残す。もしこれが、本当に十六夜の代償なら、自分の手が、体が、見えるわけがないのだ。………それも、先程よりはっきりと、等ということはあり得ない。

 

 

 

「大丈夫です。あまり警戒しないでください。私がこの空間を作ったのは、あなたに光を取り戻す事と、あなたとの話を誰にも見られたく無かったからですから。」

 

 

 

不意に、ツバキの後ろからそう声が掛けられる。ツバキが振り向くと、そこにいたのは一人の少女。黒いコートを纏った、黒い長髪に蒼い瞳を持つ少女。その顔は――――ノエルに瓜二つだった。

 

 

 

「あなた………は?」

 

 

 

「初めまして。イオって言います。一応義理ですけど、ノエルちゃんの姉をやらせてもらってます。」

 

 

 

ツバキの問いかけに、少女――――イオはそう答える。ツバキは、ノエルに姉がいるなんて事は聞いていない、と言おうとして、ふとそこで思い出した。

 

 

 

――――私、お姉ちゃんが出来たんだ!

 

 

 

確かそれは、数年前にノエルが言った言葉。ノエルが乗っていた魔操船が墜落して行方不明と聞いて、心配で何度も連絡しようとして、ようやく繋がった事に安心した、その直後に嬉しそうにノエルの口から出た言葉だ。心配して心配して、ようやく聞けた第一声がそれで、つい反射的にノエルを怒ってしまったのを覚えている。

 

 

 

「それでは、あなたが?」

 

 

 

ツバキはそう言いながら、霞んでいた筈の、しかし今ははっきりと見える視界でイオを見る。ノエルの言った通りの人物だ。ノエルそっくりで、黒髪、蒼い瞳。そして、いつも優しそうに、人を安心させるような笑顔を浮かべている。

 

 

 

「どうして此処に?どうして………私なんかを助けるんですか?」

 

 

 

ツバキはそうイオに尋ねる。此処にいる理由も分からないが、それよりも、何故ツバキを、先程ノエルを殺そうとまでした自分の光を取り戻してくれたのか、それが分からなかった。イオがノエルの姉だというなら尚更だ。

 

 

 

「うーん………ノエルちゃんにも、ツバキさん、あなたにも、後悔してほしくないから、かな?欲を言っちゃえば、ノエルちゃんと親友に戻って欲しいなぁ、何て事も思ったりはしてるんだけどね?けど、そっちは二人………三人の問題だろうから、私からは何も言わないよ。」

 

 

 

イオはあはは、と笑いながらそんな事を言った後、そのままの笑顔でまぁとりあえず、と言葉を繋ぐ。

 

 

 

「お話、聞かせてもらえないかな?ツバキさん、あなたから見たノエルちゃんの事も、どうしてノエルちゃんを殺そうとしたのかも。………あなたが、本当はどうしたいのかも。」

 

 

 

「………あ。」

 

 

 

イオの言葉に、表情に、ツバキは理解する。彼女は、本当にノエルの味方なのだ。だからこそ、ツバキを助けて、話を聞こうとする。ノエルにも、その友達にも傷付いて欲しくないから。ノエルが幸せに笑っていられる場所を作りたいから。

 

 

 

「………分かりました。」

 

 

 

ツバキはイオの言葉に頷くと、自分の思いについての話を始めた。

 

 

 

 

 

 

「………そっか。」

 

 

 

ツバキの話を聞き終えたイオは、そう頷く。ツバキはたくさんの話をイオにしてくれた。ツバキがノエルに、ジンと一緒にいるノエルに嫉妬していた事。ノエルとジンを呼び戻そうとしていたこと。そして、ハザマに言われた言葉。

 

 

 

「………一つだけ、質問してもいいかな?」

 

 

 

イオの言葉に、ツバキは一つ頷く。

 

 

 

「ありがとう。じゃあ、質問するよ。ツバキさんにとって、『正義』って何かな?」

 

 

 

「………統制機構です。統制機構は世界を統治する絶対の正義ですから。」

 

 

 

ツバキはイオの質問に迷う事なく答える。確かに、それはツバキにとって、確かな『正義』の形なのだろう。だが、

 

 

 

「………それは「どの」ツバキさんの意見かな?」

 

 

 

「………それは、どういう意味ですか?」

 

 

 

イオの言葉に、ツバキは怪訝そうな表情で言葉を返す。イオが何を言いたいのか、それがよく分からない。

 

 

 

「例えば。さっきツバキさんはノエルちゃんを見逃した。でも、ツバキさんに出ていたのはノエルちゃんとジンさんの暗殺命令。………じゃあ、絶対の正義に背いた筈のツバキさんは、自分の行動を『悪』だと思うかな?」

 

 

 

「………それは。」

 

 

 

ツバキはイオの質問に答えられない。答える事が、出来ない。確かに理性は、それを『悪』だと語っている。しかし感情は、ツバキ=ヤヨイ個人は、それを間違っていなかった、と、正しい事だったと叫んでいる。………それは、今まで考えようともしてこなかった、小さな、けれど決定的な矛盾。

 

 

 

「統制機構は絶対の正義。………確かにこれも一つの正義だよ。ツバキさんが考えて出した答えだから、誰にも否定する権利はないもの。だけど、それは『統制機構としての』、それか『十二宗家としての』ツバキ=ヤヨイさんの正義かな。私が聞きたかったのはそっちじゃなくて、個人としての、地位とか、家とか、そういうものを抜きにした、ツバキ=ヤヨイさんっていう一人の人間としての正義。………そういうのって、必ずあるものだよ?」

 

 

 

イオの言葉にツバキは答えない。いや、答えられないのだ。自分個人の『正義』など、これまで考えてきたことすら無かったから。

 

 

 

「………大丈夫。焦って答えを出す必要は無いよ。ツバキさんの正義はツバキさんだけのもの。今日は、ツバキさんの本音を聞かせてもらっただけで満足だから。………次会った時に、もし良かったらツバキさん個人の正義を聞かせてもらえると嬉しいな。」

 

 

 

イオそう言うと、手に純白の小さな正方形のカードのようなものを作り出す。

 

 

 

「………それは?」

 

 

 

「私の一部、みたいなものだよ。受け入れてくれれば、ツバキさんを外部の干渉からある程度は守ってくれるし、ツバキさんが自分だけの正義を見つけて、力が欲しいって思ったら、力を貸してあげられるもの。………受け入れてくれるかな?」

 

 

 

そう言ったイオの表情は、ただ優しく、安心するような笑顔で。ツバキはそれに頷く。イオはそれに頷き返すと、純白のカードのようなそれをツバキに触れさせる。それは溶けるように、染み込むように、抵抗なくツバキの中に入り込む。

 

 

 

「………それじゃあ、お話は終わりかな。そろそろ私はノエルちゃんを追いかけるね。」

 

 

 

「………一つだけ、聞いても良いですか?」

 

 

 

ツバキの言葉にイオは笑顔を浮かべながら頷く。

 

 

 

「あなたの………イオさんにとっての『正義』は何なのでしょうか?」

 

 

 

「うーん………きっと、ツバキさんが納得できるものじゃないと思うけど、良いかな?」

 

 

 

問い返したイオにツバキは頷く。納得出来なくてもいい。ただ、目の前の少女が持つ『正義』が何なのか、それを知りたかった。

 

 

 

「私の『正義』はね、私が大切に思ってる人達が笑っていられる事。それを邪魔するなら、統制機構でも、世界でも、自分でも、私はどんなものでも敵に回せるよ。」

 

 

 

それは、酷く歪んだ『正義』の形。イオ自身も一般的に見ておかしい、ということは理解している。それでも止める気は無いのだが。

 

 

 

「………あなたの『正義』は、きっと間違ってますね。」

 

 

 

「うん、知ってるよ。きっと間違ってる。でも、それが何かな?私が守りたいのは世界でも、統制機構でも無いよ。私が守りたいのは、家族で、親友で、ノエルちゃん達が安心して笑っていられる場所だから。その為なら何を犠牲にしても構わないよ。」

 

 

 

その言葉には嘘は無くて、どこまでも真っ直ぐで、迷いなんて欠片も感じることが出来なくて。ツバキはそれを、少しだけ羨ましい、と思った。こんなにも真っ直ぐに、自分に正直になれたなら、ジンを追うことも、ノエルを殺そうとした事も、無かった事だったのかもしれない。

 

 

 

「あははは。それじゃあ、私はそろそろ行くね。また会ったらお話しよう、ツバキさん。」

 

 

 

黒い空間を消したイオが、そう言ってノエルが走って行った方向へ、信じられない程の速さで駆けていくのを、ツバキは、今ははっきりと見える目でただ見送った。


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