BLAZBLUE 黒の少女の物語   作:リーグルー

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第47話

第47話

 

 

 

………長い間、闇の底に沈んでいた気がする。そんな事をぼんやりと思考したラグナは、何か温かいものが自分の体の上を通っていく感覚と、ゆっくりと浮上していた意識が一気に覚醒するのを感じる。目を薄く開けると、木材の天井と雑な仕上がりの石壁が視界に入る。

 

 

 

「あ、起きた?おはよう、ラグナ。」

 

 

 

「ラグナさん、大丈夫ですか?」

 

 

 

そんな、不意に視界の外から聞こえてきた聞き慣れた声の方を、ラグナは目だけを動かして見る。そこではの瓜二つな顔の少女二人がラグナの顔を覗き込んでいた。にこにこと笑う黒髪青目の少女と、心配そうな顔をしている金髪碧眼の少女。どちらもラグナの顔見知りで、少し前に別れたばかりの筈だ。

 

 

 

「あぁ………イオに、確かノエル、だったか?何でお前らこんな………っ、ぐっ…………。」

 

 

 

上半身を起こしながら続けようとした言葉は、突如左腕に走った鋭い痛みにより遮られる。

 

 

 

「あははは。動かないでね、ラグナ。ただでさえ酷い怪我なんだし、無理に動かれると治せるものも治せなくなっちゃうから。」

 

 

 

ラグナの反応を見たイオは、笑いながらそう言ってラグナの左腕に手を翳す。すぐにイオの手に温かい光が灯り、イオがラグナの左腕の上を滑らせるように手を移動させると、ラグナの腕の痛みは嘘のように引いていった。

 

 

 

「………それ、何だ?」

 

 

 

「何だって………魔法だよ?治癒魔法。ラグナも魔法くらいは知ってるでしょ?………まぁ、セリカちゃんほどは使ってないから、今のところは小さい傷の治癒と、大きい傷の痛み止めくらいにしか使えないんだけどね。」

 

 

 

ラグナの質問に、イオは首を傾げて当たり前のように答える。しかし、ラグナにそんな事が分かるわけもない。魔法の存在は知っていても、見たことのある使用者はレイチェルだけで、レイチェルの使う魔法に治癒魔法があった記憶がない。実質、ラグナは治癒魔法を見たことがないのだ。

 

 

 

「………知ってるわけねぇだろ。見たこともねぇんだからな。」

 

 

 

「あはは。それもそっか。」

 

 

 

いつもより力の弱い反論に、やっぱり、と言わんばかりに笑ってしれっと言葉を返したイオを見たラグナは、一発ぐらい殴ってもいいんじゃないか、と思う。………もちろん、今は左腕に力を入れるどころか、体を動かそうとするだけで痛みが走るので、怪我が治ってからの話になるだろうが。

 

 

 

「あら、起きたのね?」

 

 

 

と、そこでラグナが寝かされていたベッドの反対側にある扉が開き、一人の女性が入ってくる。

 

 

 

「あんたは………確か……。」

 

 

 

「あら、覚えていてくれたのね?その子――――イオさんは覚えてなかったみたいだけど。じゃあ、改めて自己紹介から。私はライチ=フェイ=リン。オリエントタウンの小さな病院で医者をやっているわ。此処にはタオに呼ばれてやって来たの。よろしくね、『死神』さん。」

 

 

 

「へっ?………あ!あの地下水路でよく分からないやり取りをしてた人ですか?すっかり忘れてました。………二年以上前の事ですし。」

 

 

 

ライチの言葉に、イオはポカンとしてライチをしばらく見つめた後、思い出したようにそんな事を言う。最後の方は小さい声で独り言の様に呟いていたのでラグナには聞こえなかったが、そこまで重要な事ではなさそうだったので、聞くことはなかった。

 

 

 

「………んで?何であんたが此処にいるんだ?こいつらもか。」

 

 

 

「さっきも言ったでしょ?タオに呼ばれてきたのよ。………それはそうと、あなた、そこにいるイオさんに感謝した方が良いわよ?イオにさん、昨日からあなたが起きるまで、ほとんど寝ずに治癒魔法をかけ続けていたのよ?そうじゃ無かったら、後数日は起きなかったんじゃ無いかしら。」

 

 

 

ライチの言葉に、ラグナは驚いたような顔をしてイオを見る。にこにこと何時もの様に笑っているイオの顔には、一見疲労が見えないが、長い付き合いのラグナは、それでも微かにイオの顔に浮かぶ疲労が見える。昔から、イオは人に疲れを見せない事が得意で、ラグナはそれに慣れてしまっているのだ。

 

 

 

「………はぁ、ったく、少しは休め馬鹿。かなり疲れてんじゃねーか。師匠にも言われただろ?無理すんなって。」

 

 

 

呆れたようにラグナはそう言う。イオは修行時代も、かなり無茶をして限界近くまで修行をし続けては獣兵衛にそんな事を言われ続けていた。薄々分かってはいたが、まだ治ってはいないらしい。

 

 

 

「あははは………でも、今回はラグナが悪いんだよ?こんなに怪我するくらいなら、私に一言言ってくれれば加勢したのに。それを怠けて、こんなに怪我して、心配させて。」

 

 

 

イオは笑いながらそんな事をラグナに告げる。何時もと同じ笑顔とは別に、イオには珍しく、少しだけ責める様な口調になっているのを理解して、ラグナは苦笑する。目の前の、そのまま放っておけば自分を省みずに人の心配ばかりしている少女に、その責める様な口調は似合わなかったのだ。

 

 

 

「へいへい、分かりました分かりました。これからは気を付けますよ。」

 

 

 

「あはは、そうそう、私が言えたことじゃないけど、無理はしちゃ駄目だよ?」

 

 

 

「本当にお前が言えた事じゃないな、それ!ってかそれを言うならとりあえず寝てこい!」

 

 

 

イオの言葉にそう返したラグナは、あることに気が付く。起きた時にはいた筈の少女が居なくなっていたのだ。

 

 

 

「………そういや、ノエル何処行った?」

 

 

 

「へ?………あれ、ほんとに居ないね。さっきまで此処に居たのに。」

 

 

 

「あら、少尉さんならさっき、カカ族の人に何か頼んでいたわよ?」

 

 

 

ラグナが口にした疑問に初めて気付いた、というような顔をするイオ。そんな二人を見て、ライチは先程見た光景を話す。イオがその言葉を聞き返そうとする前に、入り口の扉が開いた。

 

 

 

「あ、ノエルちゃん。何処行って………た……の?」

 

 

 

開いた扉からノエルが入ってきたのを確認したイオの言葉は、ノエルが手に持っていた『何か』によって急ブレーキを掛けたかのように停止していく。ノエルが手に持っていたのは、一言で表すなら『形容し難き何か』だ。

 

 

 

「えっと……何だ。その、これは………一体、何だ?」

 

 

 

「えっと、スープです。ラグナさん、昨日から眠りっぱなしだったし、お腹空いてるかなって。有り合わせですけど、作ってきたんです。」

 

 

 

ノエルの答えに、ラグナはもう一度、ノエル特製の『スープ』を見る。紫、緑、灰色、茶色。どうとでも形容出来そうな、それでいてどれでもない色の白い湯気の昇る液体に、今まで一度も目にしたことすらない具材。極めつけに、よく分からない細長いものが不透明な液体から顔を出している。

 

 

 

「あ………スープ……な。成る程成る程。そうだよな、うん。」

 

 

 

「あ、あははは………よ、良かったね、ラグナ。………それじゃあ私、少し寝てこよっかなぁ〜。」

 

 

 

呆然として適当な言葉を吐き出すラグナを見て、イオはにこにこと笑いながらその場を立ち去ろうとする。………ラグナにしか分からない程度に笑顔が引きつっているのを見るに、逃げるつもりなのだろう。とっさに引き留めようとしたラグナが口を開く前に、ノエルが口を開いた。

 

 

 

「あ、お姉ちゃん。お姉ちゃんの分も作ってきたんだけど、どうかな?お姉ちゃんも昨日からあんまり食べてないし、お腹空いてると思ったんだけど………。」

 

 

 

ノエルの言葉に、イオの足が止まる。振り返ると、少し恥ずかしそうに、不安そうに俯いてノエルがイオの方を向いている。………イオには、自分の妹の好意を、断る事など出来なかった。

 

 

 

「………そうだね。ありがとう、ノエルちゃん。ちょうどお腹、空いてたんだ〜。」

 

 

 

イオは自分でも内心驚くほどに完璧な笑顔を浮かべてノエルから自分の分を受け取る。ノエルの表情がぱぁっ、と咲くような笑顔になったのを見て、自分の選択は間違いではなかった、と確信する。

 

 

 

「お代わりもありますから、遠慮しないでください。ちょっと見た目は悪いですけど………味は自信あるんです。学生時代はこんなに美味しいものは食べたこと無い、って友達に喜んでもらってたんですから。」

 

 

 

自信あり気にそう言ったノエルの言葉に、イオは気持ちが軽くなるのを感じる。友達に出して喜んでもらっていたなら、見た目に完全に反して本当に美味しいか、友達の味覚がおかしいかのどちらかしかない。どちらかと言うなら、前者の方が可能性は高い筈だ。イオはそう思って、妙にどろりと重たい『スープ』を一匙掬う。見た目に反して香りは悪くなかった。

 

 

 

「それじゃあ、いただきます。」

 

 

 

イオはそう言うとラグナと一度目を合わせて、同時にスプーンを口に運ぶ。スプーンから離れ、『スープ』がイオの舌に触れて、

 

 

 

「………っ……ぁ……。」

 

 

 

イオは声をほとんど出さずに呻き声を上げた。隣では既に、ラグナがその意識を爆散させて倒れている。甘い、苦い、辛い、酸っぱい、不味い。どれとも表現出来てどれとも表現出来ない味が目まぐるしくイオの体を駆け回り、意識を奪おうとしてくる。イオとしては、簡単に意識を失えるラグナが少し羨ましいくらいだ。

 

 

 

「どう………かな?」

 

 

 

イオの隣で意識を失っているラグナを見たせいだろう。ノエルが不安そうに聞いてくる。

 

 

 

「………大丈夫だよ、ノエルちゃん。少し味が濃いかな?って思うけど、美味しいよ。」

 

 

 

イオは精一杯笑いながら、そう返す。もちろん、嘘だ。しかし、それを正直に言えばノエルは悲しむだろう。自身が苦しむ程度でノエルが悲しまないで済むなら、喜んで自分が苦しむ方を選ぶのがイオだ。だから、イオは精一杯笑いながら一口ごとに意識を飛ばそうとしてくるスープを口に運び続けて………スープを完食しきった。

 

 

 

「………ご馳走さまでした。ありがとね、ノエルちゃん。………あんまり寝てなかったしお腹もいっぱいになったから、少しだけ眠くなっちゃったな。少しだけ寝かせて。」

 

 

 

スープを食べきったイオは笑いながらノエルにそう言う。………正直、意識を保っているのも限界だったのだ。耐えていても薄れていく意識の中で、イオはノエルに、

 

 

 

「お休み、ノエルちゃん。」

 

 

 

ただ一言、そう告げる。それにノエルが微笑んで、

 

 

 

「うん、おやすみなさい、お姉ちゃん。」

 

 

 

そう返したのを最後に、イオはその意識を手放した。




第47話投稿。



………ノエルの料理って凄いですよね。イオが受けたダメージで言えば、昔受けた全力ハクメンの『蓮華』くらいか、それ以上です。

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