BLAZBLUE 黒の少女の物語   作:リーグルー

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第30話

第30話

 

 

 

月日は矢の様に過ぎて、黒き獣が消えてからあっという間に一年が経った。

 

 

 

「………もうすぐ、か。」

 

 

 

どこまでも続く様な荒野、その中の丘になっている頂上に腰を下ろしていたセリカはそう呟いた。すぐ隣には、ニルヴァーナがいる。遠くを見据えるニルヴァーナの視線を追うように視線を移動させながらぼんやりとしていたセリカの耳に、足音が聞こえた。

 

 

 

「ハクメンさん、それに、イオちゃん。」

 

 

 

振り向いたセリカは、そこにいた二人の人物の名前を呼ぶ。その二人は、対黒き獣戦の実質的な戦力で、今回、黒き獣を誘き寄せる為の囮役であるセリカの護衛だ。

 

 

 

「………怖いか?」

 

 

 

意外にも、先にセリカに声を掛けたのはハクメンの方だった。セリカはそれに、肩を竦めて表情を崩す。

 

 

 

「あは………ちょっとね。」

 

 

 

 

ハクメンに問われて初めて自分が小さく震えている事に気付いたセリカは、ハクメンに向かって続ける。

 

 

 

「でも、何が怖いのか自分でも分からないの。だって怖いのと同じくらい、大丈夫だと思ってるから。お姉ちゃんたちはこの戦いにきっと勝って、争いのない、皆が平和に暮らせる世界が来るって、思ってるから。それのお手伝いができるのは嬉しいし、後悔も止めたいとも思わない。でも、怖いんだ。自分が思ってるよりも混乱してるのかも。」

 

 

恥ずかしそうにそう言ったセリカに、イオはいつも通りの笑顔を浮かべる。

 

 

 

「ううん。違うよ。それは「混乱」じゃなくて正しい証拠。怖いって思うのは大切で、普通の人なら誰だって思うことだよ。ナインさんだって、獣兵衛さんだって、ハクメンさんだって。心の何処かでは怖いって思ってる。………ハクメンさんなんかは怖いより敵意の方がずっと大きいから気付いてないかも知れないけど、そういうものだよ。」

 

 

笑顔を浮かべたままそう言ったイオに、セリカは違和感を覚える。しかし、その違和感の正体を見つける前に、

 

 

 

「………恐れる事は無い。黒き獣は我が滅する。貴様は只、其処に居て見届ければいい。」

 

 

 

そう言ったハクメンの方に、意識が向いた。ハクメンから懐かしい雰囲気を感じたから。

 

 

 

「………ラグナ。」

 

 

 

思わず呟いたセリカに、ハクメンはセリカの方を振り向く。

 

 

 

「………我と似ているのか?」

 

 

 

そう問いかけたハクメンに、セリカは驚きながらも首を縦に振る。

 

 

 

「………会いたいのか?」

 

 

 

続けて発せられるハクメンの問いにセリカはもう一度首を縦に振る。

 

 

 

「会いたい。私が黒き獣を誘き出す役目をやりたいって言ったのも、ラグナに会えるかもって思ったからだから。もちろんお姉ちゃんの役にも立ちたかったけど、どうしても会いたい、って思ったら止まらなくて。」

 

 

 

「黒き者は黒き者。只破壊のために現れる。『ラグナ』が其処に存在していても、其れが貴様の望む『ラグナ』とは限らぬぞ?」

 

 

 

「………それでも、会いたい。」

 

 

 

遠慮なくハクメンが突き付けた現実に、それでもセリカは揺らぐことの無い決意を瞳に灯して答える。それにハクメンは下を向くと、一人の少女の話をする。ハクメンがハクメンでなかった頃、彼を兄、と呼んで慕っていた少女の話を。

 

 

 

「セリカ=A=マーキュリー。貴様が彼の男の影を我に見るなら、我は其の影を纏い己に重ねよう。奴は貴様を守らんとした。成らば今は我が貴様を守る。」

 

 

 

「私を守る?嬉しいけど、なんだか不思議。どうしたの?」

 

 

 

セリカは首を傾げてハクメンの方を見る。しかし、ハクメンが答える前に、それまで黙っていたイオが口を開いた。

 

 

 

「あははは。気にする必要はないよ。セリカちゃん。ハクメンさんは………って、お喋りはこれくらいにしないとね。………来るよ。」

 

 

 

悪戯っぽい顔をしながら口にしようとした言葉を飲み込み、イオは笑いながら正面を振り向く。セリカも続いてイオの向いた方向を向くと、セリカの目の前から黒霧が吹き出す。イオは短い悲鳴をあげたセリカの手を引くと、後ろに下がらせた。

 

 

 

「うーん、前より大きいね。うん。これは私一人じゃキツいかな。」

 

 

 

そう言うイオに手を引かれながら、セリカは後ろの光景から目が離せなかった。その視界の先では、黒霧が一つに固まっていく。それらは巨大な8本の首と巨大な体となり、荒れ果てた大地に現れた。

 

 

 

黒き獣が高く咆哮する。叩きつける様な音はそれだけで全ての生物に「恐怖」という感情を沸き上がらせる。その八つの頭はせわしなく空中をさ迷い、何かを探しているように見えた。いや、実際に探しているのだ。一人の少女――――セリカを。

 

 

 

「これが………黒き獣。」

 

 

 

誰にでもなくぽつりと呟いたセリカの声を聞きつけた様に、八本の首は一斉にセリカの方を向いた。禍々しい赤い目でセリカを見つめ、セリカの元へ辿り着こうとその歩を進める。それに、セリカは対応出来ない。どうすればいいのかもまるで分からない。ただ、立ち竦んで震えるだけ。

 

 

 

「………ラグナ。」

 

 

 

脳裏に一瞬懐かしい瞳の色が過る。それだけで怯えも、恐怖も消えていた。いや、怖くないと言えば嘘になる。ただ、それよりも別の想いが勝っていた。ラグナに、会いたいのだ、という想いが。

 

 

 

「ラグナ――――!」

 

 

 

声の限りに名前を呼び、セリカの元へ向かってくる黒き獣へ足を踏み出そうとした次の瞬間、

 

 

 

「………え?」

 

 

 

黒と白の閃光が、同時に黒き獣の首のうち二本を叩き落とした。その二つの閃光に、セリカは懐かしい影を重ねるが、すぐに首を横に振る。今のはラグナではない。

 

 

 

「イオちゃん。ハクメンさん………。」

 

 

 

セリカの呟く声が、荒れ果てた荒野に静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

「………次。」

 

 

 

一つの首を切り裂いたイオは、その首を足場にして跳ね、別の首からの一撃を避ける。そのまま空中で黒い剣を二本合わせ、槍を作ると避けた首にその槍を投合する。槍が刺さった首は絶叫を上げ、また別の首が怒り狂ったようにイオに牙を突き立てようと口を開く。空中にいるイオはそれに、羽の様に展開させていた六本の剣を一つに束ねる。もちろん、黒き獣の首がイオに牙を突き立てる方が早い。それでも、イオは動じずにただ一言、

 

 

 

「………頼みます。」

 

 

 

と、感情のない声で呟いた。それと同時に、イオに噛み付こうとしていた首は上へと跳ね上げられる。ハクメンが顎の部分から切り上げたのだ。

 

 

 

「………行きます。」

 

 

 

ハクメンが首を切り裂くのとほぼ同時に巨大な剣を作り上げたイオはそう言うと、黒き獣の胴体に突き刺す様にその巨大な刃を落とす。その剣は、黒き獣を地面に縫い付け、黒き獣の動きを止める。イオはその隙に首に降り立ち、槍を引き抜くと二本の剣へと戻した。

 

 

「…………セリカちゃん?」

 

 

 

イオが槍を剣に戻すのとほぼ同時に、様々な色の光が雨となり、黒き獣ヘと降り注ぐ。ナインがこの一年で作り出した黒き獣への対抗手段、術式だ。それらには黒き獣も脚を止め、仰け反る様な反応をする。その中でイオは、セリカのいる方向を見る。………何か、少しだけ嫌な予感がする。

 

 

 

「ハクメンさん。少し、セリカちゃんの方へ行ってきます。………嫌な感じがするんです。」

 

 

 

先程までの無表情ではない、真面目な顔でそう言ったイオにハクメンは頷く。イオはそれを見ると、黒き獣から離れていく。目指すのはセリカの居る丘の中腹だ。飛ぶような速度で走っていたイオは、セリカを中心として魔法陣が展開されていくのを見つける。それの発動者がセリカでないのは、驚愕しているセリカの顔を見れば一目瞭然だった。

 

 

 

「セリカちゃん!」

 

 

 

イオは走ってセリカの元へ向かいながら持っている剣を投合する。剣は真っ直ぐにセリカの元へと飛んでいき、セリカを護るように黒い半球状の膜となってセリカを囲んだ。その中は、どんな魔法も術式も干渉出来ない領域だ。だからこそ、セリカの足元から魔法陣は消え、変わりに、セリカの後方に展開されていた巨大な魔法陣が輝いた。その中から、巨大な影が現れる。黒き獣に酷似した巨人は、口に展開された白い魔法陣から白い閃光を放ち、放ち終えると、魔法陣に沈んでいった。胴体に巨大な穴を開けた黒き獣も一度吠えると、その姿を崩壊させて地中に逃げ込む。

 

 

 

「セリカちゃん!大丈夫?」

 

 

 

イオはセリカの元に駆け寄ると、倒れているその体を抱き起こす。

 

 

 

「………息はある。気を失ってるだけ、か。」

 

 

 

「セリカ!」

 

 

 

イオが呟くのと同時にナインが駆け寄ってくる。イオがセリカを渡すと、ナインは耐え兼ねたように、セリカの額に自分の額を押し付けた。

 

 

 

「ナイン、セリカさん………は………!」

 

 

 

「無事なんだろうな?」

 

 

 

荒い呼吸のまま問いかけるトリニティの言葉を獣兵衛が引き継ぐ。

 

 

 

「気を失っているだけよ。ニルヴァーナとイオが近くにいたから。………殆ど魔力を吸い出されたから、しばらくは目を覚まさないでしょうけど。」

 

 

 

「黒き獣は………倒したのか?」

 

 

 

「いいえ、逃げただけね。止めを差すには威力不足だったみたい。」

 

 

 

重ねて問う獣兵衛に冷静に答える後ろから、一匹の狼が姿を現す。アルカード家に仕える執事であるヴァルケンハインだ。ヴァルケンハインは狼の姿のまま牙を向き、

 

 

 

「ナインよ。知っているなら聞かせてもらおう。あれはなんだ?」

 

 

 

そう問いかけた。ナインは黒い巨人が出現した場所を強く睨み付ける。その瞳は激情に揺れていた。

 

 

 

「事象兵器。………アークエネミー、ハイランダー………タケミカヅチ。――――私が作ったものよ。」

 

 

 

ナインが口にした答えは、荒れ果てた荒野の中に残響した。


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