現在のイオの強さは、「悪滅」クラスの技を使われなければ、ハクメンと互角の勝負をすることができます。つまり、対人戦ではハクメンの次に強い、という事です。
第29話
「………………はぁ。」
太陽が西の海に沈む頃になって、ようやくトリニティの説教を聞き終わったイオは、喫茶店から出て溜め息を吐いた。それほどまでにトリニティの説教は精神的にキツいものがあったのだ。
「…………境界に落ちたときを思い出したかな。」
半ば強制的に頭の中に情報を叩き込まれていく。そんな思いを聞いている全員に抱かせたトリニティの説教は、イオに窯に落ちた時の事を連想させる。次々と変化していくトリニティの話の議題は、それを聞かされていたイオを除く全員の頭を完全にパンクさせるだけの威力を持っていた。イオは、その感覚を経験している事が災いし、全ての内容を頭に入れてしまったのだが。
「大丈夫でしたか〜、イオさん。ごめんなさい〜。」
そこまで思考を進めていたイオに、後ろから声がかけられる。トリニティのものだ。イオは振り返ると、いつものように笑顔を浮かべて答える。
「大丈夫です。私、それなりに慣れてるんですよ。ああいうの。だから気にしないで下さい。………というか、今はテルミさんの方を気づかってあげた方が良いと思いますよ?」
イオの言葉に不思議そうにするトリニティに、イオは後ろを見るように促す。トリニティが振り返ると、そこではテルミが、苦しそうに腹を両腕で抱えて崩れ落ちていた。どうやらナインに腹を蹴られたらしい。慌ててトリニティはテルミの方へと駆けていった。
「さて、そろそろ俺は行くぞ。」
そんな様子を眺めていた獣兵衛はそう言うと、その場にいた面々に背を向けて歩き出した。東欧の方で調査を依頼されていたらしい。
「会議はおしまいですよぉ。私も作成しなければいけない書類が山ほどありますから、今夜はこの辺りで失礼します〜。」
「俺も帰るわ。そこのヒステリー女にやらされてる仕事もあるしな。」
獣兵衛が居なくなったのを皮切りに、テルミとトリニティもそれぞれ帰路へとつく。その姿を見送っていたセリカは、二人の背中が見えなくなると、イオとナインの方を振り向く。
「じゃ、行こう、イオちゃん、お姉ちゃん。あ、それとも教会に戻らないと駄目?」
「いいえ、家に帰るわ。ただセリカ、ちょっと時間貰えるかしら。見せたいものがあるの。イオは………。」
「分かってます。先に戻って、料理でもして待ってます。」
ナインの言葉を引き継ぐようにして言った後、イオはセリカとナインに背を向けて歩き出す。そしてそのまま、イオはとりあえず泊まらせて貰っているセリカの家へと歩いていった。
◆
「………それで、私に何か用ですか?テルミさん。」
先程までセリカ達がいた場所から五十メートルほど離れた場所まで歩いてきたイオは、セリカ達の声が聞こえなくなったのを確認してから後ろを振り返り、そう問いかけた。その問いかけに答えるように建物の影から人影が現れる。
「チッ、分かってて離れてきたってか。お優しいねぇ〜、イオちゃんは。」
荒っぽく靴音を鳴らしながら現れたテルミは、人を小馬鹿にするような口調でそんなことを言いながら近付いてくる。
「あははは。誉め言葉として受け取っておきます。それで、何か用ですか?というか、ナインさんに言われてた仕事があったんじゃないんですか?」
「あ?良いんだよ、そんなん後で。用件は、そうだな…………とりあえず、死ねや。」
テルミは手の届く範囲まで近付くと、袖からナイフを出して切り上げる。イオはそれに軽く溜め息を吐くと、首を横にずらしてナイフを避け、ナイフを持ったテルミの手首に掌底を強くぶつける。一瞬緩んだテルミの手からナイフを奪い取り、テルミの首へと添えた。
「………それで、本当の用事は何ですか?こんなに手を抜いて、まさか本当に私を殺しに来た、とかはありませんよね?」
イオは呆れたように問いかけてから、ナイフをテルミの首筋から離し、テルミへと返す。テルミはナイフを受け取ると袖の中にしまうと、来たときから顔に張り付けているにやにやとした笑いを消さずに答えた。
「さっすがハクメンちゃんと殆ど互角に戦えるだけあんじゃねーの。そんなことお見通しってか?そうそう。今のは遊びだよ、遊び。………そんで、てめえ、何者だ?」
テルミは人を馬鹿にしたような笑いから一転、殺気を噴き出させると、イオに問いかける。その質問に今度はイオが笑みを浮かべ、
「そんな事、テルミさんがわざわざ聞くほどの事でもないんじゃありませんか?なんて言っても、私は、テルミさん達が造った「人形」なんですから。私よりテルミさん達の方が良く知ってると思いますけど?」
そう答えた。テルミは、表情を釈然としないものへと変える。
「チッ、やっぱ「素体」か。だが、「精錬」はされてねぇ。なら、あの髪と目は何だ?あんな「素体」、俺もレリウスも造った記憶がねぇぞ?」
「………えっと、そろそろ帰っても良いですか?」
なにやら一人で思案の海に沈み込んでしまったテルミにイオは声を掛ける。テルミは声に反応し、イオの方に視線を向けると、
「後一つだ。てめえ、「何番」だ?」
そう問いかける。その問いかけにイオは笑いながら、
「あははは、それは答えられません。それを答えちゃったら、私が造られる前に壊されちゃうかもしれませんから。」
と、そう答えた。テルミも答えるとは思っていなかったのか、表情に変化はない。それを見たイオは、テルミに背を向けて歩き出した。
「それじゃあ、帰りますね。これ以上は、セリカちゃんに不自然に思われちゃうかもしれませんから。テルミさんもナインさんから言われた仕事をやらないと、もっと命令を重ねられるかもしれませんから、帰る事をお薦めしますよ?それでは、さようなら。」
そう、言い残して。
◆
「………ただいま!イオちゃん。」
イオがセリカの家に戻り、夕食の準備をし終えるのと殆ど同時に、玄関の方から元気の良い声が聞こえる。今さら「誰だろう」、等と思う必要はない、セリカの声だ。
「お帰りなさい。イオちゃん、ナインさん。………えっと、その子は?」
イオは声のする玄関の方へと歩いていき、セリカとナインを迎える。その時にセリカの隣にいた「彼女」について問いかける。セリカの隣にいたのは、ロングスカートのワンピースのようなものを着ている、メタリックな肌質の人形だった。
「えっと、この子は「ニルヴァーナ」って言うの。お姉ちゃんの造った、私のボディーガードなんだって。」
「イオ。あなた一人じゃ不安、っていう訳じゃ無いんだけど、あなたは黒き獣討伐の主軸。黒き獣が復活していない今はまだ良いかもしれないけど、復活したらそちらにかかりきりになってしまう。だから、その時の為のセリカの護衛よ。」
セリカの言葉に、ナインが補足を付け足す。それは確かに納得できる言葉だ。黒き獣が復活してしまったら、イオはセリカの護衛が出来なくなるだろう。それならば、新しい護衛を用意するべきなのは、イオにも分かっていた。
「うん、そっか。それじゃあニルヴァーナ。黒き獣が復活してからは、セリカちゃんの事、よろしくね。」
イオは笑いながらニルヴァーナの腕に触れてそう言った。無機質な目でイオを見下ろしたニルヴァーナが、イオには頷いている様に見えた。