この小説の設定では、セリカの治癒魔法はナインの攻撃魔法クラスの強さを誇っています。ナインの攻撃魔法はイオのコートで打ち消すことは出来ません。なので、セリカの治癒魔法も、イオのコートでは消せない、という仕様になっています。
第25話
「………イオか。何故此処に居る。」
ハクメンは顔、と言うよりは、白い面だけをイオに向けて、静かに問いかける。
「えっと、友達の父親を探しにきて、ここに来てたんです。その人、ここの研究者らしくて。それで、途中までエレベーターに乗ってたんですけど、さっき壊れちゃったんです。何とか友達だけはエレベーターから避難させられたんですけど、私は間に合わなくて落ちてきちゃったんです。」
イオはハクメンの問いかけに、笑いながら答える。ハクメンは、その言葉に納得したのか、それ以上追求はして来なかった。
「………先程まで、此処に黒き気配が在った。貴様は何か見なかったか。」
ハクメンの問いにイオは考える様な仕草をする。黒き気配、というのは恐らく、ラグナの事だ。今はイオの近くに居るので、「黒き気配」も感じ取れないようではあるが、それでも何も言わなければハクメンはこのフロアを探し、ラグナを見つけ出すだろう。そうなれば、何が起きるかは分からない。しかし、「自分が倒した」等と嘘をついたとしても、ハクメンにはばれる可能性が高い。イオとしても、あの蹴りを食らうのは流石に御免だ。
「………ごめんなさい。分かりません。少なくとも、私が落ちてきた時には何もいなかったと思います。」
イオは、嘘を何一つ混ぜない、それでいて真実と言うには少し足りないであろう範囲での言葉を口にする。ハクメンは、元から聞けるとは思っていなかったらしく、イオの言葉にそこまで反応を見せない。そのまま、イオの方へと足を踏み出そうとして、
「………ナ!イオちゃん!」
突然響いた女の声に、足を止めた。続いて聞こえてきた階段を駆け下りるいくつかの足音は、地下の空洞に下りてきて、ハクメンを見るなり警戒心を露にして止まった。
「………あんた、何者?」
ナインはそう言いながら、セリカとトリニティを背後に庇うようにして身構える。
「………魔導士か。黒き気配は消えた。今が邂逅の時と謂うのなら、其れも良いだろう。………何れ。」
ハクメンは、そのナインの問いかけに答えることはなく、一人で語りを終えると、一瞬で姿を消した。
「あははは………相変わらず、人の話を聞かないなぁ、ハクメンさん。」
イオがそう呟くと、ナイン達は一斉にイオへと視線を向ける。どうやら、ハクメンに注意をはらうので精一杯で、近くにいたイオに気付いていなかったらしい。
「イオちゃん!その怪我………。」
セリカはイオに駆け寄ると、イオの額にに出来ていた切り傷に手を翳す。指先に灯った温かい光が、すぐにイオの額の傷を拭い去る。
「へ?こんなところに怪我何て………あ、そっか。ラグナに下敷きにされた時についたのかな。」
「別にわざとやった訳じゃねぇんだけどな。」
イオが放り込んだ物陰から出てきたラグナがぼやくようにそう言う。
「ラグナ!………何でそんな所に?」
「知るか。イオに無理矢理放り込まれたんだよ!」
セリカの問いかけに、ラグナは答える。それを聞いたセリカは、イオへと視線を向けた。その視線の意味を理解したイオは、セリカへと笑いかけながら答える。
「あの人、ハクメンさんって言うんだけど、私、セリカちゃん達がレイチェルさんに連れていかれた後に会ったんだ。そしたら、私の顔を見るなり襲いかかってきてね。本当に強くて、手も足も出なかったんだ。まぁ、何とか話し合いにもっていけたから良かったんだけどね。それで、今度はラグナを見て突然襲いかかられても困るから、そこに放り込んだんだけど、迷惑だった?」
「いや、俺も多分同じ所に隠れてただろうからな。別に迷惑じゃねぇよ。」
イオの言葉にラグナはそう返した。その言葉に、少しだけ不安そうな顔を見せていたイオは安心したように一つ息を吐く。そして、そのまま何かに気付いたように辺りを見回し、
「………何やってるんですか?トリニティさん。」
むき出しになった岩盤に向かって何かをしているトリニティに問いかけた。トリニティはその声を聞いて振り返ると、
「あのぅ〜、ここ、何かありません?」
と、そう口にした。イオ達も近寄って見てみると、確かに、岩盤には無数に割れ目が入っており、もともとあった、というよりは、後から付けた、というような感じだ。
「………トリニティさん。少しだけ離れてください。」
イオはそう言って黒い剣を出現させると、岩盤に向かって数回振る。それで岩盤は粉々に砕けちり、一枚の扉が現れた。イオは、その扉をこんこんと軽く叩くと、剣をもう一度振るう。すると、扉は切り裂かれ、二つになって地面に落ちた。
「さぁ、行きましょう。」
イオはそう言って、扉の奥にあった細い廊下を歩き出す。少し歩くと、通路の奥に佇んでいたもう一つの扉へと辿り着いた。扉には、先程の扉とは違い、しっかりとしたロックがかかっている。
「………これを斬るのは結構難しそうですね。」
「扉を吹っ飛ばすのも危険ね。こっちが巻き込まれかねないわ。………だから、こうしましょう。」
ナインは余裕たっぷりにそう言うと、指先を電子パネルへと向ける。向けられた指先から電流が電子パネルに吸い込まれる様に放出されると、一拍置いてから分厚い金属の扉が開いた。
「………すごい……。」
思わず呟いたイオに、ナインは得意げに笑い、
「ある程度高度なシステムを組んであると、逆に言うことを聞かせやすいものよ。」
そう言って、開いた扉から中へと入って行く。そこは、部屋というよりも広場と呼んだ方が良いような、そんな場所だった。部屋のあちこちには、いくつかの計測器の様な機材が置かれていては何かの開発が行われていた様だ。
「何だろう。何かの機械かな?釘みたいな………。」
部屋の中に入ったセリカは、足元に落ちていた紙の一枚を拾い上げてそう言った。イオが覗き込むと、それは、何かの図面らしい。しかし、何が書いてあるかまではイオには分からなかった。
「………あっ!」
ふと視線を持ち上げたセリカが大きな声を上げたのに釣られて、イオも視線を持ち上げる。セリカの視線の先には、大きな釘型のものが壁に吊り下げられていた。殆ど確実に、セリカの持つ図面に描かれているものだろう。
「………これ、父さんの字だ。」
と、そこで、先程から手に取った図面を一心不乱に見つめていたセリカがそう言った。
「間違いないのか?」
「うん、絶対間違いない。ちゃんと覚えてるもの。」
確認のようにそう言ったラグナにセリカは力強く頷く。
「なら、こいつは何なんだ?インテリアにしちゃ大袈裟すぎる。」
「それは………」
ラグナの問いかけにセリカが何かを言おうとした所でバンッ!という荒い音が鳴り響く。全員がそちらの方を向くと、ナインが書類を力一杯に踏みつけていた。
「っ………冗談じゃないわ……何処まで根性腐ってんのよ!!」
「お姉ちゃん、何するの!?これは父さんの………。」
「そうよ、間違いなくあの男の造った、あの装置の構想と設計図とデータよ!とんでもないわ、冗談じゃない。こんなふざけたものを造れるの何て、あの男しかいないじゃない!」
「えっと、ナインさん?分かるように説明してくれませんか?私達は、何でナインさんが怒ってるのか、分からないんですよ。」
必死にナインの足元から書類を救出して反論しようとするセリカに、怒りのままに言葉を吐き出すナイン。イオは、ナインに向かってなだめる様にそう言った。トリニティが気遣う様にナインの背に触れ、それでようやくナインは怒りを抑え込む。
「………境界は魔素という物質で満たされてるわ。そして窯からも常に魔素は溢れ続けている。当然、境界から現れた黒き獣も、魔素の影響を強く受けている、と考えられているわ。」
「随分不確かな情報だな。」
「仕方ないでしょ?誰も黒き獣には近寄れないし、各地に残る残滓だってうかつに近寄れるものじゃないんだから。イオみたいなのが例外すぎるのよ。………話を戻すわよ。いい?境界も黒き獣も魔素の塊みたいなもの。そしてこいつは、魔素の流れをせき止められる。」
そう言いながら険しい表情でナインは釘型のそれを見る。そのナインに向かってラグナは口を開く。
「魔素の流れをせき止めると、どうなる?」
「簡単よ。つまり………。」
険しい表情のまま口を開いたナインの言葉の続きは、
「つまり、黒き獣の活動を止めることが出来るのだ。」
開け放たれたままの入り口から聞こえてきた、異様なまでにしわがれた男の声にさらわれた。