………アラクネを倒すところまで行くと思ったんだけどなぁ。
第12話
「着いたニャス。ここがタオ達が住んでるカカ族の村ニャス。」
イオとラグナがタオカカに連れて来られた所は、天井高くぽかりと空いた空洞だった階層都市の中とはとても思えない、野性味溢れた空間は、外より湿っぽくネオンや街灯の代わりにあちこちに松明やかがり火が置かれ、その間にいくつも小屋が建っている。
「ここならもう安心ニャス。知らない人は絶対に入ってこれないのネ。」
「そうだね。入口に案内してもらうか、何かよっぽどの事故でもないと入って来れないよね…………普通。」
胸を張りながら自慢気にそう言ったタオカカにに対し、イオはそう答える。実はイオは入口までならこの村に来たことがある。正確には、ラグナ達と教会で別れた後、道に迷って歩いているうちに迷い込んでしまったのである、と言うのが正しい。タオカカに連れて来られたイオは、その獣道の様な道を見て、「何で引き返さなかったのかな?私。」と過去の自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「カカ族の村に来たからには〜、ちょーろーに会うといいニャス。ちょーろーは何でも知ってるのニャス。」
「ちょーろー?」
言いたい事だけ言ってさっさと進みだしたタオカカの言葉を、ラグナは追いかけながら口にする。言いたいのは恐らく「長老」の事だろう。タオカカに説明を求める方が理屈に合わない、とラグナは判断する。それに、「長老」とやらが本当に何でも知ってるのなら、丁度良い。ついでに都合の良い抜け道を教えて貰おう。
そこまで考えたラグナの視界に、家の中でも一番奥にある一軒が映る。どうやら、タオカカは思慮の欠片も無く開け放ち、ずかずかと踏み込んで行った。
「ちょーろー、ただいまなのニャ〜ス。」
「タオちゃん…………せめて静かに扉を開けようよ。」
仮にも長老の家に無遠慮に踏み込むタオカカに、イオは注意するが、タオカカは殆ど聞いていないらしく。奥の部屋へと入り込んでいく。イオ達もそれに続くと、そこには身長よりも大きな杖を持ち、仮面で顔を隠した、タオカカの言う「長老」が座っていた。
「…………タオや、扉はもっと静かに開けなさいと言ったばかりじゃろうに。」
「うにゃ?そうだったニャスか?ま、細かい事は気にしないニャス。」
呆れた様に言った長老に、まるで反省してないかの様に言うタオカカ。長老はそれを見て思わずがっくりと肩を落とすラグナと、笑いながら見ているイオをしげしげと見つめる。
「ふむ………タオが世話になった様じゃの。すまにゃんだ。儂からも謝罪とお礼を言わせておくれ。」
「い、いえ、そんな。もう過ぎた事ですから…………最後はこっちが世話になった位ですし。」
手配書が無ければラグナの素性は知れなかっただろうが、その名前を自分のものだと叫んだのはラグナだ。それなのにイオ達の事を詮索せず、自分達の村に連れて来てくれたタオカカには感謝している。
「ああ、そうだ。長老さんよ。タオカカがあんたは何でも知ってるって言ってたんだが、この辺の地理に詳しいんなら、カグツチの上層に手っ取り早くたどり着ける方法とか抜け道とか、そういうのを知らねぇか?」
ラグナはタオカカの事を言えないほどぶっきらぼうな態度で尋ねる。長老はそんなラグナに気分を害したりはせず、少しの間考えて、
「…………上層の町外れに通じる道なら、あるのう。しかし、上でにゃにか、お主を待っておるのか?」
そう答えた。上層に通じる道がある、と聞いて長老に食ってかかりそうになったラグナは、奥歯を噛みしめ、何かをぐっと飲み込む。そして、
「………それは言えねぇ。ただ、何がなんでも上層に行かなきゃなんねぇんだ。やらなきゃいけない事がある。」
そう言ったラグナに、長老は少し考え込んでから、
「…………良かろう。タオや案内してやりなさい。」
そう答えた。そのままタオカカに案内するように促すと、タオカカは敬礼の真似事をしてからイオ達にこいこいと大きな手を動かした。
「それじゃ、案内頼むわ。」
そう言ってラグナはすたすたと家を出る。イオは立ち止まると、くるりと長老の方を振り向いて一礼をする。
「道を教えてくれてありがとうございました。それでは、お邪魔しました。」
「にゃんの。気を付けて行かれるといい。――――影の英雄殿。」
「え………?」
イオはその言葉に顔を上げる。そのまま長老と仮面越しに目が合う。そして次の瞬間、イオは別の風景を見ていた。痩せた草木が乱雑に生えた平地。そこに、10人の男女がいた。白い装束を纏い、白い仮面を被った鬼人。たっぷりとしたフードからプラチナブロンドの髪を出している少女から、イオの師匠の獣兵衛、かなり若いが、レイチェルの執事のヴァルケンハイン、まるで魔法使いをそのまま絵にした様な少女もいる。そしてその中には、黒いコートを纏った少女、イオ自身もいた。
「ほら、黒い人〜。さっさと行くニャス。」
「…………え?あ、うん。分かった。今行くよ。………それでは、改めて、お邪魔しました。」
外から聞こえてきたタオカカの声に、意識を元に戻したイオは先程見ていた光景を意識の奥に追いやる様に数回頭を振ってから、もう一度長老に頭を下げて、長老の家の外に出ていった。
「ほらほら、早くするニャス黒い人。じゃないとタオ遊びに行っちゃうニャスよ〜。」
「わわわわ!待ってタオちゃん!今行く、今行くから!」
そんな声と共に、慌ただしい足音を立てながら。
◆
イオとラグナは、長老の言う抜け道、簡単に言えば下水道を進んでいた。下層の下水道ということもあり、周囲をヘドロの様な黒ずんだものや濁った水等が醜悪に汚している。そんな光景に不快感を覚えながら、ラグナはイオに、ずっと疑問に思っていたことを問いかけた。
「そういや、イオ。何でお前まで上層に行こうとしてんだ?上層に何か用事でもあんのか?」
その問いかけに対して、イオは少しだけ考える様な素振りを見せると、そのままラグナの方を向いて、
「ん〜、まぁ、用事って程のものでも無いんだけどね。ちょっとだけ、妹の手伝いをしてあげようかな〜、何て。」
「………妹?お前、妹何ていねぇだろ?」
イオの言葉に対して、ラグナはそう返す。元々、イオは「次元干渉接触用素体」であり、言うなればラグナの妹、サヤを元にして造られたクローンだ。そのクローンには家族がいる筈は無い。
「いや、まぁ、家族って訳じゃ無いんだけどさ。ラグナと別れた後に出来たんだ。ノエルちゃんって言うんだけどね?その子が凄い危険な任務に今就いてるらしいからさ、少し助けてあげられたらな、って。」
「そうか。んじゃ、頑張れよ。」
ラグナのその我関せず、と言った態度に、イオはラグナの方を見つめる。
「…………何だよ。俺には関係ねぇだろ?」
「いや、あながち関係無い、って事は無いよ?」
その台詞にラグナは少し考える。先程イオはそのノエルという少女のやることを任務、と言った。それはつまり、その少女は組織、統制機構に所属している事を意味する。その中で危険な任務、それもラグナに関係あるものとなると、
「………そのノエルってやつ、俺を捕まえに来たのか?」
「違う違う。ラグナを追って脱走した上官を追いかけてるらしいよ。まぁ、その上官が問題で、名前は………ジン=キサラギだって。だから、気を付けてね?ラグナ。」
「…………ああ。」
ラグナは何かを抑えるかの様に言う。怒り、いや、憎しみかもしれない。イオはそう思うと、明るい声になって話す。
「そう言えばさ、ラグナ、知ってる?こういう湿っぽくて暗い所って、お化けが出やすいんだって。」
その言葉に今まで何かを抑えるかの様な顔をしていたラグナは、びくんっ、と肩を震わせ、少し怯えたように周りを見る。そんなラグナを見て、イオは、
「あはははは、嘘だよ。嘘。ほんとラグナは分かりやすいなぁ。」
と笑いながら言った。ラグナは、それに肩を震わせ、
「てめぇ、い「ギ………ィ……ケタ…………見 ケタ」ひっ。」
聞こえた声に、またしても怯えたように周りを見る。今度はイオではない。イオも、黒い剣を構えている。
「…………ラグナ。来るよ。魔素に取り憑かれてる。多分、「境界」に触れた人間。」
イオの言葉に、ラグナはようやく剣を構えて目の前のそれを視認する。それは、何か黒い不定形のものが蠢いており、その中央に白い面がついていた。
「ちっ、魔素か。ったく、どいつもこいつも、「境界」に何て触れやがって!」
ラグナがそう言うと同時に、魔素の塊であるそれはイオとラグナに襲いかかってきた。