魔法科高校の贋作者   作:ききゅう

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九校戦編
九校戦編I


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 九校戦。それは全国に九つしかない魔法科高校各校の生徒が実力を競いあう、いわば魔法師の全国競技大会のようなものだ。そのため出場選手のみならず、CADの調整要員まで実力のある学生だけが参加している。夏休みだという事もあって、選ばれなかった生徒も自校の応援のために会場まで駆けつける。誰もが優勝するために必死なのだ。

 

「だと言うのに、何故君はモノリス・コードに出場しないんだ?」

 

 渡辺摩利は目の前で資料を作っている男をまじまじと見る。男は何回目か分からない問いにうんざりしているのか、長息する。

 

「何度も言うが、私は既にスピード・シューティングの選手として登録を終えている。それにモノリス・コードの出場選手はもう決まっているはずだ」

「士郎くんが辞退するからメンバーを決め直す事になったんだ! 未だ1年には知らせてないのに、先に士郎くんに教えたのが間違いだった……」

「辞退した理由は伝えたはずだが?」

「確か……直接的な戦闘行為になる嫌いがあるから、だったか?」

「より正しく言うのなら、近接戦での魔法行使を不得手としているからだ」

 

 エミヤが言っていることは半分嘘である。近接戦においても彼の魔法力と経験であれば高校生程度に遅れは取らない。だが、その経験が問題なのである。殴る、蹴るといった行為にエミヤは抵抗がない。それに対し、モノリス・コードでは魔法以外での攻撃は禁止されている。つい癖で手を出してしまえば、たった1回でも失格、一校の敗退となる。

 

「士郎くんに限って、そんなことは無いと思うけどな……」

「だが可能性が0とは言えないだろう」

「……士郎くんが出れば、モノリス・コードは勝ったようなものだと思ったんだが」

 

 実際にはエミヤよりも代わりに選ばれた森崎の方が手を出しそうではあるが、渡辺はこれ以上言及しなかった。気まずい雰囲気に、エミヤが話題の転換を計る。

 

「渡辺先輩はバトル・ボードとミラージ・バットだったか?」

「……そうだ」

 

 ミラージ・バットという単語に渡辺は表情を曇らせる。ミラージ・バットは女子の花形競技で、「フェアリー・ダンス」と別称されている。魔法師を目指す少女であれば誰もが一度は夢見る舞台である。

 

「何が不満なんだね?」

 

 だからこそエミヤの疑問は当然のものだった。余程の事がなければ嫌がる理由も無いはずである。

 

「その……ミラージ・バットのコスチュームは、いかにも女の子って感じで、あたしには似合いそうも無いだろ?」

 

 彼女の口から出たのは意外な言葉だった。ミラージ・バットのコスチュームは一言で表すのであればアニメに出てきそうな魔法少女。対して普段の渡辺はボーイッシュで、スカートよりもジーンズの方が似合う大人の女性というイメージがある。しかし、そう想像できるのは彼女の男勝りな気性を知っている者だからだ。

 

「君らしくない発言だな……。気にすることは無い。私から見ても、先輩は女性としても魅力的だ」

 

 二枚目が言いそうなその言葉は、渡辺を励ますには十分だったらしい。照れているのか、顔を赤くした渡辺は外方を向いている。その姿にエミヤは思わず失笑する。

 

「何故笑う!」

「……君も彼氏の前では、そんな態度なのだろうと想像したまでさ」

 

 拗ねている渡辺と笑みを浮かべるエミヤの姿は、いつかのリベンジのようにも見えた。

 

 

 

「今日は随分と遅かったな。もう来ないかと思っていたよ」

 

 それから直ぐ達也が来たのだが、渡辺の言う通り普段よりも30分程遅い。真面目な達也にしては珍しい。

 

「生徒指導室に呼び出されまして、話が少し長くなりました」

「ほぅ……。達也くんが呼び出されるとは、明日は雪でも降るんじゃないか?」

 

 渡辺が茶々を入れるが、寒冷化が進んだ2095年でも夏に雪が降るといった異常気象は確認されていない。深雪が雪を降らせるという事を皮肉っているのだろう。達也にとっては、あまり面白くないジョークだったようだが。

 

「それで何故呼び出されたんだ? まさかとは思うが、実技で手を抜いていると疑われたわけでもなかろう?」

 

 エミヤに尋ねられた達也は肩を竦めてみせる。

 

「そのまさかだ。あげくの果てには転入まで薦められたよ」

 

 達也の成績は学内の話題をかっさらっている。先日の学期末試験において1年生の総合点上位4位こそA組が独占していたが、理論点、つまり筆記試験においては達也が1位、その後に深雪、E組の吉田幹比古、エミヤといった順だ。もはや第一高校では達也のレベルにあった教育は受けられないと考えたのかもしれない。

 

「まぁ、分からなくもない。はっきり言えば、達也の成績は異常だからな」        

「……士郎の成績は優秀の一言だな。深雪も士郎の魔法力を評価していたぞ」

 

 司波兄妹はエミヤの高い魔法力を評価していた。――得体の知れない、警戒すべき人物として。それでも彼らが四葉本家に未だ報告できていないのは、エミヤという人間の情報があまりにも少ないからである。PD以上の魔法力を持っているのは間違いないが、それ以外についてはほとんど何も分かっていない。

 

「そう言えば、最近は妹さんと一緒にいるところをあまり見ないな」

「深雪は九校戦の準備で生徒会室ですよ。……そういえば、九校戦は何時からでしたっけ?」

「8月3日からの十日間だ」

 

 競技練習や機材準備まで含めても1ヶ月と半月程とあまりに短い。その短期間にコンディションを何処まで良くできるのかが重要となってくる。

 

「今年は当校の優勝が確実視されているようですね」

「その通りなんだが、少し問題が有ってな。技術スタッフが少なくて困っているんだ……」

 

 自分でCADを調整できる者もいるが、ほとんどの魔法師はCADの調整を業者等の専門家に任せている。この場においては渡辺ただ一人だけのようだが。エミヤも達也も渡辺の地雷を踏むまいと黙り込む。部屋には静寂が訪れていた。

 

 

○○○○○

 

 

 家に帰り夕食の支度をしているエミヤ宅に、電話の呼び出し音が鳴り響く。表示されている番号は九島烈のナンバーだったが、画面に映ったのは別の人物だった。

 

「お久しぶりです、士郎さん」

「……体調は大丈夫なのか、光宣?」

 

 九島光宣。現当主・九島真言の息子であり、烈の孫にあたる。エミヤが九島本家で烈の客人として世話になった間の付き合いなのだが、随分と親しげな様子だ。

 

「えぇ、最近は調子が良くて学校にも行ってるんです」

「楽しいか?」

「授業は少し退屈ですけど、それなりには」

 

 楽しげに話すその姿は無邪気な子供のようだ。そんな光宣にエミヤも頬を緩ませる。

 

「士郎さんは今年の九校戦に出るんですよね?」

「スピード・シューティングの一種目だけだがな」

「それでも凄いですよ! 僕も会場まで応援に行けたら良いんですが……」

 

 応援に行くではなく、行けたらと言うのは自身の体調が不安定だと自覚しているからであろう。先程までの笑顔が嘘だったかのように気落ちしている。

 

「光宣、もう部屋に戻りなさい」

 

 突然画面に映っていない烈の声がする。おそらく光宣の横で会話を聞いていたのであろう。光宣はと言えば、未だ話し足りないといった様だったが、不承不承といった感じで部屋から出ていった。

 

「……良いのか?」

「心配はいらんよ。君との会話も光宣が少しだけと頼み込んできたからだ」

「そうか。……何か話があるのではないのか?」

「九校戦の会場付近で怪しい動きがあってな。国際シンジケートの輩と思われる」

 

 ついこの前第一高校が襲撃されたというのに、次は九校戦の会場。確かにテロの標的に持って来いではあるが、こうも続くと本当に偶然なのかという疑問が湧く。エミヤは今日何度目になるか分からない溜め息をついた。

 

「何時から日本はテロが日常茶飯事になったんだ?」

「まだテロと決まったわけではない。ぼやいておっても仕方なかろう」

「それで狙いは?」

「九校戦絡みとしか分からんよ。だが近くには軍の演習場もある。何か起きてもすぐに軍が動くだろう」

「……分かった」

 

 軍が動くのであれば自分に出る幕はないだろう、エミヤはそう結論付けた。

 

「話は変わるが、新しい魔法は完成したかね?」

「どうにかな。理論こそ単純なものだが、実戦向きではない」

 

 上京するまでの間、エミヤはただ知識を蓄えていただけではない。自身に合ったCADの開発から新しい魔法の開発など、普通の魔法師ならばほぼ経験しないであろう事を既に経験していた。

 

「では九校戦を楽しみにしておこう」

 

 烈がどう解釈したか察したエミヤだったが、何も言わずそのまま烈との会話を終えた。

 

 

○○○○○

 

 

 何時の時代であっても昼食を楽しみにしている学生は多い。午前最後の授業が終われば、食堂には学年を問わず多くの学生が駆け込み席はすぐに満席となる。そういう事もあって、エミヤは雫達と教室で食べることがほとんどになっていた。

 

「そういえば今日だよね、九校戦のメンバーが決まるの」

 

 箸で卵焼きを口に運びながら光井が尋ねる。深雪は生徒会役員ということで、エミヤは渡辺の公私混同によるお節介のおかげで既に知っていたが、他の1年生は未だ通知を受けていないはずだ。誰が選ばれるか気になるのは仕方ない事かもしれない。

 

「誰が選ばれるか楽しみ」

「他人事のようだが、期末試験の総合点を見れば君たちが選ばれるのは間違いないと思うがね」

 

 深雪が1位なのは言うまでもないが、2位がエミヤ、3位が雫、その後に光井と上位である彼女らが選ばれないわけが無い。だが2人はどういうわけかエミヤに呆れた表情を向けている。

 

「……何だね?」

「1番、他人事みたいに話しているのは士郎さんだと思うけど」

 

 自身が出場すること知っていたからか、雫達の目にはエミヤがそう映ったらしい。雫の言葉にエミヤはぐうの音も出ないようだ。

 

「……そうだな。二人は出たい種目が何かあるのか?」

「私はバトル・ボードですねー」

 

 光井であれば女子に人気があるミラージ・バットを選びそうだが、彼女が望んでいるのは意外にも競技性の高い種目だった。バトル・ボードはサーフボードを用いて人工水路で順位を競う種目。他の選手に魔法で干渉することが禁止されているので、身体能力が大きく関わってくる。

 

「雫は?」

「私はアイス・ピラーズ・ブレイクかな」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイク。その名の通り、相手の陣地にある氷柱を遠隔魔法のみで全て壊せば勝利となる競技。ユニフォームの制限がない事から近年では、ファッション・ショーとも言われている。

 

「士郎さんは?」

「……あげるのなら、スピード・シューティングだな」

 

 問われたエミヤが口にしたのは既に出場することが決まっている競技。九校戦に全く興味がないわけではないが、やる気に満ち溢れているわけでもないといった口ぶりだ。

 

「モノリス・コードじゃないんだ……」

「……何故雫が落ち込むんだ?」

 

 雫とエミヤはたった3ヵ月の付き合いだが、声音だけでそれが分かる程度には親しくなっていた。光井の口調が堅苦しいのはエミヤだけではなく達也を含めた男子全員になので、決して仲が悪いわけではない。 

 

「士郎さんがモノリス・コードで活躍するところを見たかったから」

 

 一瞬答えになっていないかのように思えるが、そういった事情に勘の鋭い者であったら分かっただろう。エミヤに変化はなかったが、光井がはっとした顔をする。

 

「し、雫はモノリス・コードオタクなんですよ!」

「ほのか、オタクは言い過ぎ」

 

 あたふたした様子で口を挟んだ光井に、雫が反論した時機に予鈴が鳴る。エミヤの席の後ろの席が雫なので、空いた席に座っていた光井だけが胸を撫で下ろしながら自身の席に戻る。それぞれが自身の席で、まだ始まってもいない九校戦に思いを巡らせていた。

 

 

○○○○○

 

 

 九校戦のメンバー選定会議が行われていることもあってか、放課後の射撃場は貸しきりに近い状態だった。エミヤが射撃場を訪れたのはスピード・シューティングの練習のためだ。機材にクレーをセットし、位置につく。カウントが始まり、ライフル型のCADを構える。クレーが射出されるのとエミヤが引き金を引いたのはほぼ同時。クレーが空中に姿を見せる時間は5秒と無い。ただクレーが破砕される音だけが聞こえる。破壊されたクレーの数が百を越えた辺りで、エミヤがCADを降ろす。

 

(暇潰しにもならんな)

 

 過去にサーヴァントを相手取ったエミヤにしてみれば、クレーの速度など蟻が地を這うようなものだ。九校戦でも似たような速度ならば撃ち損なうことなど無いだろう。

 

(楽しみにしていると言われたが、あれを使うまでも無いだろう)

 

 エミヤは烈に言われた言葉を思いだしていた。もっとも彼が気になっているのは九校戦よりも犯罪集団の事だ。九校戦の会場、つまり富士の辺りで何を企んでいるのか。考えてもエミヤにはテロ以外に見当もつかない。クレーの残骸を片付け終えたエミヤは出入口に向かう。

 

「お疲れさま」

 

 エミヤに声を掛けたのは真由美だった。

 

「会議はもう終わったのかね?」

「えぇ、事前にほとんど決まっていたから。士郎くんは何故ここに?」

「スピード・シューティングの練習だ」

「……ちょっと待って。選手への通知は30分後のはずなのに、何故もう知ってるの?」

 

 正式な発表の前にエミヤが知っている事を不思議に思っているのだろう。エミヤは正直に答える。

 

「何、以前から渡辺から話は聞いていた」

「もう、摩利ったら! じゃあ摩利が士郎くんをモノリス・コードのメンバーから外したのも……?」

「私から彼女に頼んだんだ」

 

 真由美は如何にも私は怒っていますといった感じで頬を膨らませる。何か彼女の機嫌を損なうことがあったのだろうか。

 

「おかげで新人戦の男子競技、全部決め直すことになったんだから!」

「そうか、それはご苦労だった」

「……反応薄くない? もしかして私が悪いの?」

「そこまでは言っていない。ただ勝手に決められたというのに、断ったら怒られるというのは理不尽に思ってな」 

 

 余計に機嫌を悪くした真由美はわなわなと肩を震わせている。これ以上真由美を不快にさせるのは良くないと判断したエミヤは、不自然ではあるが話題を変える。

 

「そういえば技術スタッフは間に合ったのか?」

「え? えぇ、達也くんが参加することになったわ。最初は反発もあったんだけど、達也くんのスキルを見て決めようってなって……」

「どうだったんだ?」

 

 結果は既に真由美が述べている。エミヤが尋ねたのは、達也の技術はどうだったかという意味だ。

 

「私には凄いとしか分からなかったけど、あーちゃんが言うには高校生のレベルじゃないって」

 

 ある意味当然なのかもしれない。理論では教職員を唸らせる程の知識を持っている達也だ。CADの調整の腕前も専門家かそれ以上あってもおかしくはない。

 

(流石だな)

 

 ここにはいない達也に向けて、エミヤは称賛を送った。

 

 

<<2>>

 

 選定会議から土日を挟んで月曜日。本来授業にあてられる5限目に行われた発足式は予定通り円滑に進んだ。紹介を受け終えたエミヤの襟元には深雪によって徽章が付けられている。ほとんどの選手、スタッフの紹介は終わっており残る一人は達也だけだ。

 

「1-E、司波達也くん」

 

 真由美の掛け声に達也が一歩前へ歩み出る。達也の襟に徽章をつけている深雪の表情は実の兄に向けて良いものではない。他の者と比べて達也に向けて起こった拍手はわずかなものだった。

 

 

○○○○○

 

 

「皆さんの技術スタッフを担当する司波です。CADの調整の他、訓練メニュー作成や作戦立案をサポートします」

 

 発足式が終わったあと選手たちは振り当てられた教室で、それぞれの技術スタッフと顔合せをしていた。

 

「エンジニアは女の子が良かったなー」

「仕事さえしてくれれば、僕は誰でも良い」

 

 達也に浴びせられる言葉はあまり好意的ではない。

 

「ちょっと、エイミィ! スバルも達也さんに失礼じゃない!」

 

 達也を貶されたように思ったのか光井が声を荒立てる。

 

「私は君たちの小言を聞くために、ここに呼ばれたのかね?」

 

 彼女らを制したのは、本来ここに居ないはずのエミヤだった。言い開きが立たない様子の里美スバルと光井はともかく、明智英美は見るからにエミヤを怖がっている。

 

「士郎さんの言葉には棘があるけど、たしかに今は九校戦の事に集中するべき」

 

 雫がエミヤの悪印象を払拭しようと擁護する。静まったタイミングで達也がこれからのスケジュールを説明し始める。

 

「九校戦の新人戦は8月6日からと未だ3週間近く有りますが、明日の放課後から早速練習を始めたいと思います。具体的には……」

 

 達也が一通り説明したところで、女生徒が手をあげる。

 

「質問なんですけどー、司波君はともかくどうして男子の衛宮君がここに居るんですか?」

「それは十文字会頭からの指示です」

 

 達也は簡潔にそう答える。どうやら一科生の反発が思った以上だったらしく、急遽エミヤを監視に付けることにしたらしい。エミヤは何故自分なのか分かっていないようだが、達也には先程の状況で納得できた。エミヤの容姿、また口から出される皮肉を含んだ棘のある言葉に初対面の者であれば怖気付くか動揺する。他にも事情はあるだろうが、エミヤがいれば下手に達也が貶されるような事はないというのも理由の一つだろう。

 

「質問はもう無いようですので、今日は解散とします」

 

 達也の言葉に各々教室を出ていく。

 

「士郎さん」

 

 誰かが教室から出ようとするエミヤを引き留める。

 

「どうした、雫」

「女子にはあんなきつい言い方したらダメ」

 

 エミヤに心当たりはないが、雫の顔には若干の怒気が含まれている。表情の変化が見えにくい雫にしては珍しい。

 

「……そうだな。気を付けよう」

「うん」

 

 何故そこまで自分を気にかけるのか。エミヤが知るのは然う先の事では無かった。

 

 

○○○○○

 

 

 発足式から一週間が過ぎた。第一高校はどこもかしこも九校戦関係の掲示物で溢れており、九校戦にどれ程力を注いでいるかが分かる。だからといって今までの習慣が無くなるわけではない。風紀委員の巡回もその一つだった。巡回といってもブランシュの襲撃以降は、表立った事もなく名ばかりのものになっている。エミヤにとっては有り難いことだ。しかしその日は違った。エミヤが実験棟に足を踏み入れると女性の悲鳴が聞こえる。

 

(薬学実験室の方からか)

 

 エミヤは階段を駆け上がる。その部屋はすぐに見つかった。扉が開かれ、そこから香気が漂っている。おそらく魔法実験を行っていたのだろう。足音を立てず中を覗き見ると、呆れ返っている達也と互いに見詰め合っている男女がいた。

 

「……何かと思ってみれば、ただの密会だったとは」

 

 冗談混じりの言葉に男女はようやく本心に返ったのか、互いに距離をとる。達也も苦笑を浮かべながらエミヤに顔を向ける。

 

「巡回か?」

「あぁ。達也こそ雫達の練習はどうしたんだ?」

「今さっき終わったところだ」

 

 エミヤは視線を達也から抱き合っていた男女に移す。男の方は知らないが、女の方は眼鏡を外していたので気づかなかったが美月だ。

 

「美月、逢引は構わないが時と場所くらいは選びたまえ」

「違うんだ!」

 

 エミヤはジョークで美月に言ったのだが、横の男が過剰に反応する。どうやら誤解を解きたいらしい。だが顔を真っ赤にして言われても、ただの照れ隠しとしか思われないだろう。

 

「本当に違うんです、士郎さん。吉田くんの魔法の練習を邪魔した私が悪いんです」

「……それは確かに美月が悪いだろう。だが何が起きたら見詰め合うなんてことになる?」

「それは俺も気になるな。どうしてだ、幹比古?」

 

 男の方はどうやら吉田幹比古らしい。達也が幹比古に説明を求める。

 

「……僕の家系は古式魔法を得意としているんだ。説明する必要はないと思うけど、精霊魔法も古式魔法の1種。精霊魔法を行使する時、僕たち術者は精霊を色で解釈しているんだ。精霊の色は普通なら見えないからね」

 

 幹比古はだけどと、説明を続ける。

 

「柴田さんには色が見えた。彼女は精霊を見ることのできる『水晶眼』の持ち主だと思う。僕も実際に会うのは初めてでつい……」

「成程な。事情は理解した」

 

 納得したという意思表示をしたエミヤに幹比古がほっとした表情を見せる。

 

「そういえば、こうして話すのは初めてだね。僕は吉田幹比古。よろしく、衛宮くん」

「よろしく、吉田」

「苗字で呼ばれるのは嫌なんだ。幹比古って呼んでくれないか?」

「分かった。……しかし何故私の名前を知っていたんだ?」

「逆に知らない人の方が少ないんじゃないかな」

「……腰を折るようで悪いが、話を戻してもらってもいか?」

 

 達也の催促に幹比古は水晶眼について説明の続きを話し始める

 

「3人は神霊という言葉を知っているかい?」

 

 エミヤの知っている神霊が起こす奇跡は聖杯など不要と言われるほど次元が違うと言われている。だが幹比古が知っている神霊とエミヤが知っている神霊が同じと決まった訳ではない。

 

「……初めて聞く言葉だな」

「俺もだ。幹比古、神霊とは何か説明してくれないか?」

「了解。神霊っていうのは精霊の源で、自然現象なんだ。僕たち精霊魔法の術士は、神霊を使役することを目標としているんだ。水晶眼は神霊の色も見ることができるとされているんだ」

 

 どうやらエミヤの心配は杞憂だったらしい。間もなく閉門時間を迎える。

 

「私は渡辺に巡回の報告に行くが……」

「俺達ももう帰る」

 

 達也達と別れる間際に、幹比古と達也が意味ありげな視線を交わしていた事をエミヤは見逃さなかった。

 

 

○○○○○

 

 その日の夜、エミヤは九校戦へ持っていく物を準備する。と言っても第一高校から送られてきた箱に制服の替えのシャツや寝衣を入れるだけで、他のものは宿泊先に大抵揃っているらしい。準備を終えたエミヤがシャワーを浴びようと立ち上がると、自身の存在を訴えるかのように電話の呼び出し音が鳴る。

 

「久しぶりですね、士郎くん」

「何か用かね、響子」

 

 映像電話(ヴィジホン)に映し出されたのは烈の孫娘である、藤林響子。彼女ともまたエミヤが烈の屋敷で世話になっていた時に何度も顔を合わせている。

 

「そう急かさなくてもいいじゃない。回線には既にダミーも引いているのよ?」

 

 ハッキングスキルの腕前から彼女の二つ名は「電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)」。エミヤの偽のPD、戸籍を作ったのは彼女である。そんな彼女が一般回線にもダミーを引くとは余程の内容なのだろう。

 

「それで本題は?」

「……今回富士の辺りで発見されたのは香港系の犯罪集団、無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の構成員よ。残念なことに目的は分かっていないわ」

「……そうか」

 

 エミヤの反応は藤林が予想した通りだった。初めてエミヤにあった時、藤林が思ったことは年にしては冷静すぎるという事だ。そして、それは今もなお変わっていない。

 

「響子も会場には来るのだろう?」

「えぇ。でもほとんど仕事みたいなものよ」

 

 仕事というのは十中八九、国防軍の事だろう。そう理解できたからこそエミヤは響子の仕事の内容を詮索するような真似はしなかった。

 

「そういえば祖父も会場に来るそうよ。知ってた?」

「ああ。本人とも懇親会の後に会う約束をしている」

「……だからスーツを用意しろって言っていたのね」

 

 響子が用意させられたスーツはエミヤの為の物だろう。どうやら既に苦労を掛けているようだ。

 

「話が長引くと警察に気づかれるかもしれないから、今日はここまでにしておくわ」

「そうだな。ではまた」

「士郎くんの料理、楽しみにしてるから」

 

 画面がブラックアウトする。響子の最後の台詞を聞いたエミヤは、既に画面の前から立ち去っていた。再びリビングに現れたエミヤは調味料と書かれた小さな箱を抱えていた。




 お久しぶりです。ききゅうです。今回は謝罪を先にさせて頂きます。投稿が遅れてしまい本当に申し訳ありません。

 次に謝辞を。お気に入り件数が2500を越えました。この数字を見たとき作者は嬉しさのあまり車の中で吠えました。本当にありがとうございます。また高評価を頂きました、名無しの無名様、カープ好き様、海の民の一番槍 みなと様、ネギヴレイヴ様、烏瑠様、シュンSAN様、スタンドN様、天童様、哲林様、粗製の竜騎兵様、ハミ☆ルカル様、びっくりマンゴー様、apon様、tsubasi様、堕落精神様、ゴレム様、夜の荒鷲様、issey様、Antares0096様、サモサ様、Buzin様、すずしょう様、ツンツルテン様、レグルスアウルム様、ガブキング様、ラムセス二世様、阿修羅373様、白璃様、白扇兎様、ぷちょ様、grimm様、捌咫烏(八咫烏)様、rain_745様、イタク0532様、Mr.フレッシュ様、感想を送っていただいた皆様、誤字報告をして頂いた皆様には本当に力付けて頂いております!本当にありがとうございます!

 舞台は九校戦へと移りました。この魔法師の甲子園とも言える場所でエミヤ君も活躍してくれれば良いのですが。九校戦編は少し長くなると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。

 これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いします。

 次話は7月の第一水曜頃になると思います。

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