魔法科高校の贋作者   作:ききゅう

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入学編Ⅲ

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 4月22日。昨日の放送室占拠の件は有志同盟によるものとして全校生徒に知られている。しかしブランシュの下部組織”エガリテ”が絡んでいる事に気付いた生徒はごく少数だろう。かくいうエミヤも放送室の扉を解錠した際、中にいた生徒が着けていたトリコロールのリストバンドで分かったのだ。そんな組織が昨日の一件で終わりというわけでもなかろう。

 

「おはよう、士郎君」

「……何か用かね、渡辺先輩?」

 

 エミヤが正門を通り過ぎようとしたタイミングで声を掛けたのは渡辺だった。様子からしてエミヤを待っていたわけではないらしい。

 

「用がないと話しかけてはダメか? 」

「そういうわけではないさ。ただ君に声を掛けられると、どうも面倒事の予感がしてな」

「君はあたしを何だと思っているんだ。……まぁ良い。ここにいたのは、真由美に討論会の警備について早めに相談しておきたくてな」

「……討論会? 何の話だ?」

 

 最初こそ適当にあしらうつもりだったが討論会という言葉を聞いて態度を改める。昨日自身が帰った後に何があったのだろうか。

 

「そういえば、君にはまだ伝えてなかったな。例の有志同盟と話し合いをした結果、急ではあるが明日の放課後に討論会を開くことになったんだ」

「……おおよそは理解した。それで、討論会に参加するのは誰だ?」

「真由美だけだ」

 

 賢い選択だと思う。時間がほとんど無い状況で下手に打合せなどすれば、少々の意見の食い違いから揚げ足を取られることになる。しかしそれは、七草の思想に偏った意見が生徒会等の考えとして受け取られるということだ。だがまぁ、生徒会長であり数字付き(ナンバーズ)・七草家の長女でもある彼女が下手な事を言うとは考えにくい。

 

「……確かに彼女なら大丈夫だろう」

「他人事のようだが、君も警備に参加するんだぞ? 話が纏まったら連絡するから、確認しておいてくれ」

 

 渡辺と別れ、教室に向かう。教室までの廊下で有志同盟のメンバーであろう生徒達と何回かすれ違う。余程暇なのか、それとも思い入れが強いのか。ご苦労なことに朝から賛同者を募っている。一方声をかけられている者達の内、何人かの表情は真面目そのものだったが、ほとんどの人はどう対応するべきかと皆困った顔をしている。その中に見知った顔を見つける。

 

「レオ」

「おっ、士郎!」

 

 エミヤに声を掛けられたレオは小声で「助かったぜ」と呟いているが、エミヤにその気は無い。それでも清々とした表情を見れば大分レオがげんなりしていた事が分かる。声を掛けていた有志同盟の生徒と言えば外見、さらにエミヤが一科生ということもあってか、話を切り上げて顰めっ面で他の二科生のもとへと去っていった。

 

「ありがとよ! なかなかしつこくて、どうすりゃいいか困ってたんだ」

「有志同盟への勧誘か? 大変だったな」

 

 念のための確認を交えつつ、如何にもといった感じでレオを労う。

 

「最初はそんな感じだったんだけど、断ったら明日の討論会だけでもって言われてよ。終いにはもっと関心を持てって説教されちまった」

 

 どうやら賛同者を集めるのに必死らしい。それとも必死になって人数を集めるのには、他の目的があるからなのか。E組の前でレオと別れたエミヤは雲行きの怪しい先行きに懸念を抱いていた。

 

 

○○○○○

 

 夜の帳がおりた頃、達也と深雪は九重寺に来ていた。殊更なのであろうが境内の中は灯りの1つも無いおかげで真っ暗だった。達也はともかく、深雪はほとんど夜目が利かないのだろう。達也の服の袖を軽く握っていた。

 

「こんばんは、達也くん。それに深雪くんも」

 

 そんな彼女を驚かそうとしたのか、庫裏の戸を開けようとした二人に八雲が声をかけた。ご注文通りの反応がお気に召したらしく、にやりと笑っている。

 

「お呼び立てに応じて頂き、ありがとうございます」

 

 八雲にアポイントを取ったのは先週の事だ。決して忙しいわけでは無いだろうが、先ずは謝礼を述べるのが礼儀というもの。八雲は腰を掛けるよう達也達に勧める。

 

「それで、今日は何の用だい?」

「師匠にお調べして頂きたいことが2つ程ありまして」

 

 最初に達也が尋ねたのは司甲(つかさきのえ)のことだ。甲は何度も達也に危害を加えている。さすがに騙されているということはないだろう。ブランシュに荷担しているとみて間違いない。

 

「彼の旧姓は鴨野甲。親族に魔法的な因子は見られない」

 

 唐突に八雲が語り始める。甲の家族構成、美月ほどではないが霊子過敏症であること。しかしそのどれもが、達也達が望んでいる情報ではなかった。

 

「師匠。司甲とブランシュの関係について何かご存じなのでは?」

 

 達也がそう話を切り出す。質問されると予想していたのだろう。八雲は言葉を詰まらせること無く答える。

 

「彼の義理のお兄さんがブランシュ日本支部のリーダーなんだ。勿論、裏の仕事も取り仕切っているよ」

 

 ますますきな臭くなってきた。そうするとエガリテのリーダーは甲だろう。だが司兄弟が何を企んでいるのかまでは、八雲も分かっていないらしい。これ以上司について知ることはできないと判断した達也は別件へと話題を変える。

 

「司とは別口でお聞きしたいことがありまして……」

「それは衛宮士郎くんの事かい?」

 

 これもまた予想していたのか、達也が全て言い終える前にそう言い当てて見せた。だからだろう。八雲なら彼について何か知っているかもしれない。達也と深雪はそう期待したのだ。

 

「残念だが、彼についてはパーソナルデータ(PD)以上の事は知らないよ」

 

 しかし八雲の口から出た言葉は二人の期待に反するものだった。

 

「……どういうことですか?」

 

 この九重八雲という男は忍びを自称しているが、確かに自称するだけあって情報収集の腕は凄まじいものだ。だからこそ、その八雲ですら分からないという事実は達也達を十分に驚愕させた。

 

「彼のPDを調べたんだけどね、真っ白なんだ。魔法については過小評価されているぐらいだし、親族は誰もいない。佐渡侵攻事件の時に失ったという事になってる。高校に入学するまでは、御両親の知り合いにお世話になったらしいよ」

 

 そこだけ聞けば珍しくもない話だ。八雲がエミヤを怪しんでいる理由は他にあるのだろう。

 

「だけど不思議な事は、彼が突然現れたということさ。今まで無かった筈の衛宮士郎というPDが、昔から有ったかの様に存在しているんだ」

 

 「僕が知っているのはこれくらいかな」と話を締め括る。今まで聞くことに徹していた深雪が控えめに尋ねる。

 

「衛宮くんが他国の工作員ということは無いのでしょうか?」

「可能性としては無いと言いきれない。だが魔法師が入国することでさえ厳しい今、疑われるような事は何処の国であっても避けるはずだ」

 

 深雪の質問に答えたのは達也だ。もし仮にエミヤが工作員だったとして、自身の住まいに人を招待するだろうか。それに達也の中では既にある推測が立っていた。しかし確証がない。達也の発言を最後に誰も口を開かなかったため、八雲に辞宜をし深雪と達也は九重寺を後にした。

 

 

 

「……お兄様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 帰宅してから何かを考え込んでいる達也に深雪は恐る恐るといった感じで話し掛ける。どうやら気を遣わせてしまったようだ。

 

「遠慮はいらないよ。言ってごらん」

「衛宮くんについて、お兄様の考えをお聞きしたいのですが……」

 

 その問いは達也が深雪に伝えるべきか逡巡していたものだった。だが彼女が知りたいと言っている以上黙っておく必要もない。

 

「先ず今から俺が言うことは、あくまで臆測の域を出ない。それを踏まえておいた上で聞いてくれ」

 

 前置きのその言葉に深雪は首肯する。

 

「俺は士郎が調整体ではないかと疑っている。それも十師族と深く関係を持った調整体だ。」

 

 思いもしなかった言葉が聞こえたせいなのか深雪は戸惑っているようだ。それでも達也は話を続けている。

 

「調整体といっても今までと同じように、遺伝子操作を受けただけのタイプじゃない。確証はないが、何らかの手段で肉体に急激な成長をもたらす新しい調整体だと考えている。そう考えれば、突然現れたPDについても説明がつく」

 

 深雪は達也の考えに驚きを隠すことさえできない。それでも口に手をあてていることから深雪のマナーの良さが窺える。達也はといえば、これで終わりと言わんばかりにティーカップに手を伸ばしている。実際に、それが達也の本心であった。

 賢い妹のことなので気付いているかもしれないが、達也の考えている新しい調整体は世界の軍事バランス、そして生命の価値に大きな影響を与える事になる。今まで人間として扱われてきた調整体が、物として”量産”されることになるのだ。ただでさえ、ブランシュの件があるのに、これ以上深雪を不安にさせたくない。だが達也の気遣いは無用のものである。確かに九島家とは親密とも言える関係だが、エミヤは調整体などではない。

 かくして、深雪と達也はエミヤに対する誤解を深めていったのであった。

 

 

<<2>>

 

 討論会当日。会場となる講堂には思った以上の人数が詰め掛け、300人を超えたところでエミヤは人数を数えるのを止めた。彼は今、同盟代表の3年生4人を監視している。その中に放送室を占拠した面子はいない。良からぬ事を企んでいるのは考えずとも分かる。

 

「そろそろ時間だな」

 

 エミヤが独り言を呟くのとほぼ同時に舞台以外の照明が落ちる。それが討論の開始の合図だった。

 

 

 始まって五分と経たずに、討論会はいつの間にか真由美の演説会へと変わっていた。最初は発言をしていた同盟だったが内容が感情論に傾いていたこともあって、真由美の合理的な反論に返す言葉を無くしていた。

 

「私は退任時の生徒総会で、生徒会役員を一科生のみに限定する制度を撤廃するつもりです。そうすることによって一科生と二科生の間に存在する差別意識が少しでも無くなることを切に願います」

 

 七草は最後にそう締め括る。彼女は学生間に存在する差別意識の克服を目標としているようだ。彼女の演説に感化されたのか二科生だけでなく、一科生も拍手をしている。円満な雰囲気で終わろうかとしていた次の瞬間、拍手の嵐を轟音が掻き消した。

 

○○○○○

 

 それはドカンというよりは、ズドンという重く響きわたる音だった。突然起こったそれに多くの生徒が動揺している。そんな中、同盟のメンバーだけは動きが違った。予め爆発が起きることを知っていたのか、椅子から立ち上がりCADを操作しようとする。混乱を起こすのが目的なのだろうが、風紀委員の連中が許すはずもなかった。

 

「学校を襲撃するとは大胆なことをする」

 

 呑気に感想を漏らすエミヤの足元には、いつの間にか同盟の連中が転がっている。既に昏睡しているようだ。そんな有り様の壇上前に窓から榴弾が投げられる。しかし何を起こすというわけでもなく、映像を逆再生するかのように投げ込まれた窓から外に出ていった。どうやら服部が魔法を使ったようだ。服部の奥に目をやると、達也と深雪がこの場から離れていくのが見える。爆発があったであろう実験棟に行くようだ。周囲の状況を確認すると、皆落ち着きを取り戻したようで生徒会の指示を聞いている。この場は彼女らに任せても良いだろう。

 

「渡辺には……事後報告で構わないだろう」

 

 達也と深雪の力を垣間見ることができるかもしれない。そう思いエミヤは達也達の後を追った。

 

 

 講堂の外に出ると、いたる所で第一校の生徒と教師がテロリストと交戦していた。CADは持っていないようだが苦戦しているといった感じではなく、むしろ魔法力でテロリストを圧倒している。この様子なら鎮圧するのに時間は掛からないだろう。エミヤは達也達を追って実技棟に向かった。

 実験棟前に着くと、思ったよりも早く達也達を見つけることができた。というのもレオとエリカが痴話げんかを繰り広げていて目立っていたからだ。

 

「随分と余裕そうだな、レオ」

「士郎!」

 

 レオとエリカは声を掛けられて気づいたようだが、深雪と達也はエミヤが後を追っていることを知っていたらしい。エミヤを一瞥するだけに留まっていた。

 

「さて、これからどうするか……」

「侵入者の狙いは図書館です」

 

 達也の投げ掛けに女性の教職員が答える。エミヤと深雪は彼女を知らないのだが、E組の3人はどうやら面識があるらしい。

 

「後ほど、ご説明していただいてもよろしいですね?」

「お断りします、と言いたいところだけど、難しいでしょうね」

 

 達也はその教職員と話が付いたのか、短く「行くぞ」とだけ口にし図書館へと向かっていった。

 

 

 図書館前には多くのテロリストが集中していた。生徒達も応戦してはいるが、数が多いらしく苦い顔をしていた。

 

パンツァーー(Panzer)!」

 

 そう叫び、レオが突っ込んでいく。どうやら音声認識型CADらしい。起動式の展開と魔法式の構築が同時に進行する。相手を殴り、棍棒をへし折り、また殴る。相手がテロリストでなければ加減をしろと言っていたかもしれない。

 

「あんだけ乱暴に扱ってて、よく壊れないわよね」

「CAD自体に硬化魔法をかけているんだろう。余程のことがない限り、壊れることはない」

 

 エリカの疑問に達也が答える。エリカが毒づいているが、勿論レオは気づいていない。

 

「レオ、ここは頼むぞ!」

「まかせとけっ!」

 

 レオを除く4人は図書館の入口へと向かった。

 

 

 図書館の中は静寂に包まれていた。エミヤ達は入口のすぐ横にある小部屋に姿を隠していた。

 

「階段の上り口に2人、階段を上りきった所に1人、特別閲覧室に4人……か」

「分かるのか?」

 

 達也が個々のエイドスを見分けたことにエミヤがそう口にするが、達也は答えない。

 

「まぁ良い。それに待ち伏せがどこにいるか分かっているのなら、話は早い」

 

 そう言い、小部屋から出たエミヤは風紀委員の備品である汎用型CADを操作する。

 

「……士郎くん、何するつもり?」

 

 獲物をとられたことを不満に思っているのか、飛び出そうとしていたエリカが不貞腐れた表情で尋ねる。その刹那。階段の昇り口に2つ、階段を上りきったところに1つ魔法式が展開され、そこからドライアイスの弾が大量に発射される。

 

「お兄様、今のは……」

「系統魔法、ドライ・ブリザード。空気中の二酸化炭素からドライアイスを生成し、高速で飛ばす魔法だな」

 

 魔法によって抉られた床がその威力を物語っている。おそらく再起不能にまで追い込んでいるだろう。倒れたテロリストには目もくれず、エミヤは何事もなかったかのように振り返り、達也達に先を促した。

 

 

 

 大層ご不満な様子だったが、念のためということでエリカには入口で待機してもらっている。案外、押しに弱いのかもしれない。階段を上り、エミヤ達3人は特別閲覧室の前に来ていた。達也は一瞬だけエミヤを見て、何か諦めたような顔をした。そして特化型CADを構えたと思えば、扉が切り取られたかのように内側に倒れた。部屋にいた連中は皆驚きで顔がこわばっている。そのなかには壬生もいた。

 

「お前達の企ては潰えた。おとなしく投降しろ」

 

 達也の降伏勧告に誰も応じない。それどころか壬生の横にいた男が達也に拳銃を向ける。だが男が引き金を引くことは無かった。

 

「愚かな真似はしないことです。私がお兄様に害をなそうとする輩を見逃すことはありません」

 

 深雪の魔法によって、拳銃を構えていた男は手を凍傷させられているらしい。痛みで床に倒れこんでいた。

 

「誰もが平等な世界なんてものはありません。地位や財産、才能を無視するならば、そこに有るのは誰もが薄遇される世界です。貴女は都合の良いように利用されていただけなんですよ、壬生先輩」

 

 達也の残酷かつ現実的な言葉に、壬生はヒステリックな声を上げる。彼女なりに悩み、苦しみ、そして行動したつもりなのだろう。だがエミヤにとって、結果が伴わない行動というのは自己満足でしかない。だからこそ嘗てエミヤも、自身の理想を叶えることのできる力を欲し、結果手にいれたのだ。壬生が力を手にいれたとして、己が夢を実現できるかどうかは定かではないが。壬生と深雪の口論の最中に、今まで怯んでいた男が叫ぶ。

 

「壬生!アンティナイトを使え!」

 

 男は床に発煙手榴弾(スモークグレネード)を叩きつける。視界を塞いだところで逃げるつもりだったのだろうが、生憎テロリストの2人は達也に薙がれる。だが壬生はエミヤの前を通りすぎ、図書館からの逃走を図っている。

 

「何故見逃したんですか、衛宮くん」

 

 深雪はエミヤが私情を挟んだのではないかと疑っているらしい。普段は淑女といった感じだが、今の彼女は年相応の表情をうかべていた。

 

「彼女を拘束したところで精神面での根本的な解決はできないと判断したまでだ。……それに彼女の対処は私よりもエリカが適役だろう」

 

 エミヤの応答に納得できない様子を見せた深雪だったが、エミヤの考えに同意しているらしい達也に宥められ、場は収まった。

 

 

○○○○○

 

「なぜ俺が抱えることになるんだ?」

 

 達也の腕の中には気を失った壬生がいる。エリカとの一騎討ちで倒れたらしい。それが何故自分が抱え込まなければいけないということになるのか。達也の疑問は当然だった。

 

「そもそも士郎もいるだろう? 何故俺なんだ?」

「鈍い男は嫌われるぞ、達也。彼女も私より達也の方が喜ぶと思うがね」

 

 話を振られたエミヤは何を今更といった感じの口調だ。エリカも横で頷いている。

 

「衛宮くんとエリカを同時に相手取るのは分が悪いですよ、お兄様」

 

 深雪にしては珍しく達也の反応を楽しんでいるようだ。しかし深雪の発言にはエリカ達に対して少し毒を含んでいるような言い方だ。

 

「ちょっと深雪? ちょーっと棘がある言い方だけど?」

「あら、そんなつもりは無かったのだけれど。ごめんなさい、エリカ」

 

 深雪の発言にエリカはキーッと効果音が付きそうな反応をしている。今度はそれをみた達也が笑みをこぼすのであった。

 

 

 

<<3>>

 

 

「何故、何も言わずに講堂から出ていったんだい?」

 

 壬生を保健室に連れてきた後、エミヤは渡辺に捕まり質問攻めにあっていた。どこで、何を、誰とといった感じで御丁寧に5Wを聞かれ、最後に質問されたのがこれだ。

 

「講堂内はすでに鎮圧を終えていたからな。1つの場所に人が集中しすぎるのも良くないと思ったまでだが」

 

 エミヤの回答は講堂を去った理由であって、渡辺の質問の答えにはなってない。

 

「……まさかとは思うが、事後報告で良いなんて考えてたんじゃないだろうな?」

 

 何も答えないエミヤに対し、図星かと渡辺は溜め息をつく。

 

「事後報告でも構わないが、重傷で帰ってくるなんて事が無いようにしてくれよ?」

「……無論だ」

 

 意外にも会話は早く終わり、2人は保健室に入る。中には生徒会長である真由美と部活連会頭の克人、図書館に向かった面子、それと当事者の壬生が顔を揃えていた。

 

 壬生が誰に聞かれたわけでもなく事の経緯を語り始める。壬生がエガリテに勧誘されたのは入学してすぐのこと。渡辺に稽古をそっけなく断られた事がひどくショックだったようだ。そこで渡辺が待ったをかける。

 

「あたしはこう言った筈だ。壬生の技量にあたしは敵わないから、もっと腕が良い相手と稽古をしてくれと」

 

 壬生は自身の中で記憶に混乱が生じているのか、「そういえば」「だけど」と繰り返している。

 

「じゃあ私は逆恨みで、ただ時間を無駄にしたってこと……」

「無駄では無かったと思いますよ」

 

 壬生の呟きに達也がそう声にする。その言葉に今まで張りつめていたものが弛んだのか、壬生は達也の胸に顔をうずめ嗚咽をもらした。

 

 

「さて問題は、敵のアジトがどこにあるのか、ということですが」

「ちょっと待て。君は敵地に乗り込むつもりか?」

 

 渡辺の問いに対して、達也は首で答える。

 

「学生の分を越える行為は控えるべきだ! 後は警察に任せておけ!」

 

 渡辺の言っている事は正しい。この手の問題は学生がしゃしゃり出るべきではない。

 

「壬生先輩を家裁送りにするおつもりですか?」

 

 だが達也の意見も理解できる。克人もエミヤと同じように考えているらしい。ただテロリストと戦うということは命に関わり、無理に生徒を参加させるわけにはいかない。それは達也も承知のようだ。

 

「つまり学生としてではなく一個人としての報復、というわけか」

 

 エミヤの言葉に達也は頷く。結局達也の意見に壬生を除く全員が同意、真由美と渡辺が学校にのこり、他のメンバーが敵本陣に乗り込むこととなった。

 

「だが司波、敵がどこにいるか分からなければ乗り込む以前の問題だ」

「敵の拠点を知っていそうな人物が、1人います」

 

 そう言いながら、達也は保健室入口の戸を引く。そこには実験棟前で見た女教師が立っていた。

 

 

○○○○○

 

 克人が用意したのはオフロードに対応した大型車だ。だが桐原が加わったことにより定員を超えているらしく、普通乗用車よりは幾分か広い助手席にエリカと深雪が乗るという荒業を見せた。レオの硬化魔法がかけられた車は閉ざされた門を突き破る。

 

「お前が考えた作戦だ。司波が指示をだせ」

「レオとエリカはここで退路の確保。十文字会頭と桐原先輩は裏口から。士郎は……」

 

 エミヤを自分達と行動させるか否か、達也は判断しかねているようだ。確かにエミヤの実力を計ることができるかもしれないが、達也達自身の力も見せることになるかもしれない。だが今は隠しきれても、今後知られないというわけでもない。達也は結局、洋弓を携えたエミヤを連れ立つことにした。

 

 

 敵の頭はすぐに見つかった。どうも達也を待っていたらしい。

 

「はじめまして、司波達也くん! 僕がブランシュ日本支部代表の、司(はじめ)だ」

「そうか。……一応、投降勧告をしておこう。全員武器を捨て、両手を頭の後ろで組んでから跪け」

 

 司の言葉などどうでもいい事が達也の事務口調から分かる。

 

「魔法の力が全てだと思っているのかい? やはり所詮学生だ」

 

 薄笑いを浮かべた司は伊達眼鏡を空中に投げ捨て、こう言い放った。

 

「司波達也、我々の同士になれ!」

 

 だが達也に変わった様子はない。司の顔から余裕の笑みが消える。

 

「意識干渉型系統外魔法、邪眼(イビル・アイ)か。タネさえ分かっていれば、どうとでもなる手品だな」

 

 魔法が効かなかったせいなのか司は冷静さを失っており、部下達に達也達を射殺するよう指示を出す。だが男達が引き金を引こうとすると、手元にあった銃は部品に分解され、甲高い音をたてて床に落ちていく。それを見た司は「ひぃっ」と逃げ出していく。

 

「お兄様方はあれを追ってください」

 

 凛とした声でそう告げる。達也とエミヤは司が出て行った方へ歩き出す。彼等の背後では氷の彫像になったものが2つ倒れていた。

 

 

 司は達也達を返り討ちにしようと身を潜めていた。さすがの魔法師でもキャスト・ジャミングさえ使えば大したことはない。そう高を括っていたのだが。

 

「テロリストといえど、この程度のものか」

 

 しかし現実は違った。銃を分解されたと思えば、何かが風を切る音が聞こえる。白髪の男が黒い洋弓で部下達の腹部に矢を立てたらしい。気がつけば、まともに動けるのは司のみになっていた。もはや逃げる気力すらないのか地面にへたり込んでいる。

 

(魔法師というよりは弓兵だな)

 

 司を尻目に、達也はエミヤをそう評価した。

 

 

 

 

 事件の後始末は克人、正確に言うのなら十文字家が引き受けてくれた。エミヤは達也達と別れ、既に帰宅していた。遅めの夕食を済ませたあと秘匿回線を用いて、九島烈を呼び出す。

 

「一週間ぶりか。何か動きはあったかね?」

 

 今までは本題の前に余計な話を挟むことが九島烈のルーティーンの筈だったのだが、今日は話を早く終わらせたいようだ。そしてエミヤはその理由に心当たりがある。

 

「……後でかけ直した方が良いようだな」

「……その必要はない。光宣(みのる)の体調も、最近は落ち着いてきている」

 

 烈の孫である九島 光宣は生まれつき身体が弱い。そして烈は光宣に気を掛けすぎているのだ。

 

「そうか、では簡潔に纏めるとしよう。今日第一高校がブランシュに襲撃を受けた」

「ほぅ……」

 

 口ぶりこそ驚いているかのようだが、表情に変化はない。

 

「その後、十文字克人を含む司波達也達がブランシュ日本支部を襲撃、そして壊滅させた」

 

 烈は笑みを浮かべ口を開く。お世辞にも純粋さは感じられない。

 

「……四葉の兄妹については?」

「達也の方は分解を使っていた。妹の方は直接確認したわけでは無いが、皮膚の凍傷等を鑑みるとニブルヘイムを使用したようだ」

「……そうか。ご苦労だったな」

 

 その言葉を最後に烈が一方的に通信を切る。烈は達也の分解も、深雪のニブルヘイムも知っていたに違いない。中途半端に開いているカーテンを閉めるため、窓際にたつ。

 

 カーテンの隙間から覗いた空に、月は見えなかった。

 

<入学編 了>




 先ずはお礼をさせて頂きます。お気に入り件数が1800件を超えました。これほど多くの読者様が読んで頂いていると思うと感謝の念が絶えません。本当にありがとうございます。また高評価を頂きました、マルマイン様 cluele様 なべやま様 kynailu様 アオザキ様 king-of-neet様 c2様 リルガルシュ様 ヒカゲ様 火消の砂様 ごんた様 ぼっち(笑)様 壬生谷イツキ様 God wind様 フェニックス天庵様 ギャラクシー様 ナイジェルマン様 うっかり属性様 球磨様 一富士 ニ鷹様 トルネ様 グラニュー様 アリジュン様 うましか様 ヒースクリフ様 ロジョウ様 黒江碧様 六華様 absurd様 通りすがりの暇人様 明治ヨーグルト様 殺神鬼様 砂糖 鳥様 Sohya4869様、感想をいただいた皆様、誤字報告をして頂きました皆様には激励されております!本当にありがとうございます!

 次に謝罪を。作者の妙なこだわりのせいで、読みづらかった読者様が多数居られるかと存じます。誠に申し訳ありません。次回の更新時までに修正しておきます。重ねてお詫び申し上げます。

 次回からは九校戦編となりますが、これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願い致します!

 次話は木曜日前後になると思います。

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