魔法科高校の贋作者   作:ききゅう

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入学編Ⅱ

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「それで話と言うのは何だ?」

 

 模擬戦が行われた翌日の昼休み。エミヤは渡辺から再び生徒会室に呼び出されていた。昨日とは違い、部屋に居るのは真由美と渡辺の2人だけだ。

 

「そう焦るな。話は全員が揃ってからだ」

 

 渡辺にそう返され、空いている席に腰を掛ける。各々何か考えているのか誰一人として口を開かない。それから少し経って司波兄妹が入室してくる。

 

「それでは話を始めましょうか」

 

 真由美の合図で渡辺が説明を始める。今日からの一週間、校内は部活動の勧誘で大いに賑わうらしい。各部のデモンストレーションではCADの使用が認められ、新入生の物理的な奪い合いにまで発展するそうだ。学校は様々な点から事態を黙認しているらしい。おかげで校内は魔法に関してだけ言えば無法地帯となる。そこで風紀委員の出番と言うわけだ。生徒会からも中条が巡回に参加するようだが、気の弱そうな彼女が応援と言うのはどこか心許ない。

 

「不安なんでしょ?」

 

 そんなエミヤ達の心中を察したのか真由美はそう尋ねる。彼女の説明によれば、中条は広範囲を対象とした情動干渉系魔法「梓弓」を得意としているようだ。そこから達也と真由美達が会話を重ねていく。その内容から中条を応援に送るというのは最良の選択だと理解できた。

 

「……話は分かった。だが私が此処に呼ばれた理由と何の関係がある?」

 

 どうやら話に一区切りついたようなので、改めてそう尋ねる。

 

「士郎君、風紀委員会に入ってくれないか?」

「……達也が役員になるという話ではなかったのかね?」

 

 元々の予定はエミヤが風紀委員になると言う話だったのだが、渡辺の提案とエミヤが辞退した事により達也が選ばれたのである。既に風紀委員の補充要員は間に合っているはずなのだが。

 

「あぁ、()()()()は確かに間に合っている。だが一般枠がここ2、3年空いたままでな」

「その枠に私を入れたいと言うわけか」

「士郎くんを選んだ理由もちゃんとあるぞ。先日の校門での騒ぎを静めたのは君だろう?」

 

 気付いていたのか。だがエミヤを風紀委員にする理由がそれだけというのは、不十分ではなかろうか。

 

「……そうだ。しかし、それを理由とするのは些か信頼性に欠けると思うが?」

「いいや、十分信頼に値するよ。他人の厄介事に自分から首を突っ込むようなお人好しだからな、君は」

 

 そう言って渡辺は笑みを浮かべる。気に入られているのかは分からないが、彼女はどうしてもエミヤを風紀委員に入れたいらしい。対してエミヤは、渡辺に少し苦手意識を持ちはじめていた。風紀委員に入れば、彼女にからかわれるのは想像に難くない。だがそれ以上に達也と行動できる機会が増えるという点からすれば、エミヤにとっても決して悪い話ではない。

 

「……私は風紀委員になるつもりなどないが?」

「でも断らないんだろう? 君はそういう男だからな」

 

 ここ2日間で、渡辺はエミヤがどんな人間か分かっているつもりのようだ。もはやこれ以上の会話は平行線のままだろう。エミヤは渋々といった感じで、自身が風紀委員となることを了承したのである。

 

 

○○○○○

 

 授業が終わり、放課後。風紀委員会本部に着くのが早すぎたのか、渡辺を含んでも4人程しか集まっていない。入ってきたエミヤに気づいた渡辺が声を上げる。

 

「お前達には先に紹介しておこう。今まで空いていた一般枠に入る1-Aの衛宮士郎だ」

 

 その声でエミヤに注目が集まる。それと、と渡辺が話を続ける。

 

「彼は少し事情があってな。口の聞き方に問題があるが礼儀を弁えていない訳じゃない。許してやれ」

 

 そう言って此方にウインクを飛ばしてきた。彼女なりのエミヤへの気遣いなのだろう。他の風紀委員もエミヤの外見から納得したように相槌をうっていた。

 

「3-Cの辰巳鋼太郎だ。衛宮の話は聞いてるぜ。特に男子はお前を自分の部に入れようと必死になってるぞ」

 

 おそらく昼に聞いた入試成績リストが一役買っているのだろう。

 

「よろしく、辰巳先輩。自分としてはどの部にも所属する気はないんだがな」

 

 そう言い、辰巳と握手を交わす。他の風紀委員とも簡単な自己紹介を交わしているうちに、達也や森崎を含めた全員が揃った。エミヤも下座に腰を掛ける。渡辺が今日から1週間の簡単な注意事項を述べ、話は新役員へと移る。

 

「今年は大収穫だ。空いた席の補充分だけでなく、今まで空いていた一般枠も席が埋まったぞ。立て」

 

 そう言われ、3人は立ち上がる。日本人とは違った外見のエミヤもそうだが、二科生の達也に注目が集まるのは当然と言えば当然だろう。

 

「紹介する。教職員推薦枠には1-Aの森崎駿、生徒会推薦枠には1-Eの司波達也、一般枠に1-Aの衛宮士郎が入る」

 

 渡辺は3人も今日から巡回に加わる旨を伝える。そして案の定と言うか達也が懸念していた通り、2年生から達也の実力を不安がる声が上がったのだが、渡辺が達也の実力に太鼓判を押したのでそれ以上不満を漏らす者は現れなかった。

 

 

 1年と渡辺を除く他の役員が風紀委員会本部を去った後、エミヤ達は取り締まる上での注意事項の説明を受けていた。達也が風紀委員会の備品を使う許可をとり、CADを両腕に1つづつ装着していく。エミヤには達也が何をするつもりか大体見当がついていたが、森崎は理解できないらしく忌々しそうに達也を睨んでいた。

 

「私も風紀委員会の備品を使うが問題はないだろう?」

 

 エミヤがそう声を挙げると、達也からの視線が鋭くなった。

 

「君もか? 別に構わないが、自分のCADは使わないのか?」

「私のCADはお世辞にも優秀とは言えなくてな」

 

 エミヤはそう言葉を返し、汎用型を装着する。本部から出るまで、達也の視線がエミヤから逸れることは無かった。

 

 

 達也は森崎に呼び止められていたので、先に巡回に行っているとだけ言い残し昇降口をでる。外は多くの生徒で溢れていた。賑わうというのは控えめな表現で、正しく表現するのならお祭り騒ぎだ。これだけの人数を十人程度で取り締まるのは相当厳しいだろう。そんなことを考えていると、陸上のユニフォームを着た男女から声を掛けられる。

 

「もしかして衛宮士郎君ですか?」

「あぁ、そうだが?」

 

 簡単な質問だったのですんなりと答えてしまったのだが、自身が何を為出(しで)かしたか気付いたときには遅かった。「衛宮だって!?」「あの子が?」とか声が聞こえる。直ぐにでも立ち去りたいが、声をかけてきた男女に腕をしっかり捕まれている。

 

「良かったら、陸上部に入ってほしいんですけど……。見学だけでも良いから見に来ませんか?」

 

 丁寧な物言いとは裏腹に、その眼差しは獲物を見つけた時の肉食獣のようだ。周りを見回しても似たような表情の生徒達がじりじりと距離を詰めてくる。適当にあしらうのは難しいだろう。かくしてエミヤは各部の激烈な勧誘合戦の渦中に身を投じられる事になるのであった。

 

 

○○○○○

 

 何とか場を切り抜けたエミヤは人気の少ない校内に身を隠していた。迂闊に巡回などすればすぐに見つかり勧誘されるに違いない。だからといって巡回を怠りなどすれば、渡辺に何をさせられるか分からない。どうしたものかと考えていると背後に気配を感じ振り返る。

 

「巡回?」

 

 そう尋ねてきたのは雫だった。エミヤとしては部活動生では無かったので安心していたのだが、だからこそ雫の次の一言は完全に不意打ちだった。

 

「士郎さん、SSボード・バイアスロン部に入らない?」

「……勘弁してくれ」

 

 エミヤのその反応がお気に召したのか、雫は口角を上げる。

 

「冗談だよ」

 

 どうやらエミヤの反応を面白がっていたようだ。真由美といい渡辺といい、この学校は人の反応を面白がる女子が少し多いのではないだろうか。

 

「その様子だと雫は部活を決めたみたいだな」

「うん。ほのかも一緒。士郎さんはまだ決めてないようだね」

「これといって、入りたい部活もないからな」

 

 他愛の無い会話を交わしていると、外に視線を向けた雫があっ、と声を漏らす。視線を追うと、達也がエリカの手を引っ張り走っているのが見える。逢引というわけでもなかろう。

 

「そろそろ行くね」

「あぁ。部活頑張れよ」

「士郎さんも巡回頑張って」

 

 最後にそんなやり取りをして、エミヤは雫と別れた。

 

○○○○○

 

 結局、エミヤは勧誘の少ない体育館を中心に巡回をしていた。体育館の中はデモンストレーションが中心で、勧誘をしている生徒はほとんど見られない。今は剣道部の模範試合が行われていて多くの生徒が黙って見入っている。そんな中、エミヤはここ最近よく顔を合わせるようになった人物を見つけた。

 

「巡回中にデートか、達也」

 

 声を掛けると達也は勘弁してくれと言わんばかりの顔をしている。

 

「そんなんじゃないさ。部活を一緒に見て回っているだけだ」

 

 エリカも此方に気づいたのか軽く挨拶をするが、先程の剣道部の試合があまりに退屈だったらしく機嫌がよろしくない。

 

「剣術部の順番はまだのはずよ! どういうつもり?」

 

 唐突に聞こえた声は、決して穏やかな口調ではない。どうやら剣術部と剣道部が言い争っているようだ。剣道部の女子は壬生紗耶香、剣術部の男子の名前は桐原武明というらしい。桐原が剣道部の男子を挑発し、挑発に乗った男子が桐原に手を出し返り討ちにあったようだ。正直どちらも似たようなものだ。確かに時間を守らず挑発をした桐原達が悪いのだが、だからといって剣道部の男子が暴力をふるってもいい理由にはならない。結局口論では収まりきらなかったのか2人は試合を始めるようだ。桐原の言葉が合図となる。剣道の試合とは思えない激しい打ち合い、特に壬生の技量にエミヤも感心する。ほとんど実力差はない。それでも勝負というのは必ず決着が着く。

 

「私の勝ちよ。真剣なら致命傷ね」

 

 勝ったのは壬生だった。だが桐原は何かを企んでいるらしく、左手のCADに指を滑らせる。直後、体育館に鼓膜を擘くような音が響き渡る。桐原の竹刀が壬生の防具を切ったのだ。再び切りかからんと、桐原が竹刀を振り下ろすタイミングで横にいた達也が事態を収拾するべく介入する。不快音が止んだと思えば、今度は想子酔いに似た症状を見せる者が現れる。よく見ると桐原の竹刀のまわりに展開されていた魔法式が消えている。そんな光景を前に、エミヤはただ傍観に徹していた。

 

 

○○○○○

 

「これが今回の事の次第……です」

 

 エミヤは部活連本部にて剣術部と剣道部との争いについて、会頭である十文字克人を含めた3巨頭に報告をしていた。その場に達也もいるのだが、介入した彼よりも第三者の視点から俯瞰していたエミヤが説明した方が良いだろうとの事だった。真由美達が達也に質問をしている間、エミヤは先程の事を思い出していた。報告はしなかったが、達也がやって見せたのはCADによるキャストジャミングの再現だろう。理論上はできるということになるのだが、相手の魔法が何なのか直ぐに理解できなければ実戦では役に立たない。ここまでくれば得意の一言で済ませることなどできない。おそらくだが達也は起動式を読み取る何らかの手段を持っている。

 

「2人ともご苦労だった。帰ってくれて良いぞ」

 

 そう言われ、部屋を出る。お互い何も話さない。達也も何か考え込んでいるのだろう。部活棟から出て昇降口に向かっていると、待っていた深雪達が此方に気付いたのか駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様です、お兄様」

「士郎くんもおつかれ~!」

 

 エミヤの横では司波兄妹が恋人と言っても差し支えのないような雰囲気を醸し出している。そんな2人を見てレオと美月は何か勘違いしているのか、顔がほのかに赤い。達也は深雪とのコミュニケーションを終えたのか、エリカ達に向き直る。

 

「待たせてすまなかったな。士郎も付き合ってもらって悪かったな。お詫びといっては何だが、帰りに何かご馳走しよう」

 

 達也が皆にそう提案したのに対しエミヤが待ったをかける。達也も含めた全員が何事かとエミヤに憂い顔を向ける。

 

「待たせたのは私も同じだ。今回は私がご馳走しよう」

 

 

 

 場所は変わってエミヤ家。家主であるエミヤはキッチンに立ち、他の面々はテーブルを囲っている。話はやはりと言うか、桐原の魔法を無効化した達也の技術についてである。エミヤの予測した通り2機のCADを用いて魔法の無効化をしたようだが、深雪を除く3人は達也の異常性に気づいていないようだった。料理が出来上がり、テーブルに並べていく。

 

「これってナポリタンか?」

「いやアマトリチャーナだ。パスタは苦手だったか?」

 

 レオの質問に答え、こちらからもそう尋ねる。

 

「そこら辺は大丈夫だぜ。ただミートソースっていうよりはトマトソースっぽかったからな」

「よく気づいたな。元々ナポリタンと言うのは……」

 

 エミヤがレオとパスタについて会話をしていると、エリカが口を挟んでくる。

 

「それにしても士郎君って料理もするんだ。HARに料理させた方が楽なのに」

 

 美月も首を縦に振っているが、深雪は普段自分で作っているからであろう。曖昧な表情を浮かべていた。エミヤも楽なのは認めているようだが、そこはどうしても譲れないらしい。今度は達也から声が上がる。

 

「えらく料理に精通しているみたいだが、もしかして独学か?」

 

 この達也の質問は全員が聞きたかったことだ。最も考えられるのは家族から学んだという線だが、家にはエミヤしか居らず家族の写真立てすらない。何か事情があるのかもしれない。そう思い迂闊に聞けなかったのだ。

 

「いや、知り合いに料理人が居てな」

 

 しかし彼等が危惧したような返事はなく、エミヤはけろりと答える。そのあとは料理の感想やこれからの学校行事が話題に上がり、何事もなく時間が過ぎていった。

 

 

○○○○○

 

 新入部員勧誘週間も終わってみれば、あっという間だったような感じがする。この一週間、教室を出れば廊下で待っていたであろう上級生から部活の勧誘を受け、外で巡回しようものなら金魚の糞のように付きまとわれた。流石にエミヤも迷惑だとはっきり言ったのだが彼等は引き下がらなかった。しかしそれも昨日で終わり。今日は難なく一日を過ごすことができた。おかげでというか今のエミヤは機嫌が良かった。

 

「今日は非番なんでしょ?」

 

 聞いてきた雫の言葉を肯定する。

 

「今からカフェに行くんだけど……一緒に来ない?」

「……たまにはそういうのも良いだろう」

 

 そう言い帰りの支度をする。思えば光井と雫とお茶をするのはこれが初めてかもしれない。カフェへの道中そんなことを思っていた。

 

「衛宮君は結局部活に入らなかったんですか?」

「特に目ぼしい部活もなくてな。それに風紀委員会の仕事もある」

 

 光井は昨日までの様子から何となく察していたらしい。質問と言うよりは確認だったのだろう。カフェの戸を引き2人を先に店内に入らせる。雫達は空いている席へと歩を進めているのだが、エミヤは入って直ぐ立ち止まった。何故なら壬生紗耶香が視界に入ったから。おそらく誰かを待っているのだろう。席に座るような素振りを見せずじっと立っている。だがそれも一瞬。エミヤは彼女を知っているが、壬生はエミヤを知らない。声をかけるほどの関係ではないのだ。エミヤは雫達が取ってくれた席に向かっていった。

 

 

 

「それからほのかは1人で寝るようになったの」

「それは誰にも言わないでって、お願いしたじゃない!」

 

 カフェに入ってほのかと雫の思い出話を聞いていた。2人は想像以上に仲が良いようだ。光井は口先では怒っているが、嫌がると言うより恥ずかしがっている。雫も言って良い事と悪い事の境界線を分かっているようで、その表情は柔らかい。

 

「座って待っていても、良かったんですよ?」

 

 突然、入り口の方から達也の声がする。壬生の待っていた相手は彼だったようだ。

 

「達也さん、最近は有名人になってますよね」

「……あぁ、達也が魔法否定派のスパイだという噂のことか」

 

 達也もこの1週間、随分と忙しかったようだ。二科生の達也が一科生の桐原を取り締まったことを大変気にいらなかったであろう者達が、達也を袋叩きにしようとしたらしい。そして全て返り討ちにあっているという話も聞いた。3人は達也たちに視線を向けたままだ。だからこそ赤面したり拗ねたような顔をする壬生を見て、そんな風に思ったのかもしれない。

 

「達也さんって壬生さんと付き合ってるんでしょうか?」

 

 年頃の少女ということもあってか、光井はそう思ったらしい。だが残念というべきか実際は剣道部への勧誘だ。

 

「お客様、席が込み合っておりますので……」

 

 エミヤ達が達也達に意識を向けていたのはそれまで。ウェイトレスにそう声をかけられ、退店を余儀なくされた。

 

 

○○○○○

 

 カフェで達也と壬生が目撃されてから2日経った日の昼休み。光井と雫の3人で昼食を取り終えた後、珍しく教室に残っていた深雪に光井が声をかける。

 

「深雪、こっちに来て話さない?」

「ごめんなさい。これからお兄様の所に行かなくてはいけないの」

 

 光井の誘いに深雪はあまり乗り気ではなかった。だが光井は達也という言葉を聞いて一層引き下がれなくなったのか。

 

「私達も一緒に良い……?」

 

 控えめではあるがそう懇願する。

 

「大丈夫よ。衛宮君達がいれば、お兄様もきっと喜ぶわ」

 

 そして深雪も思いの外、あっさり許可を出したのである。

 

 

 

 深雪によれば達也はエリカとレオに頼まれ、実技の居残りをしているらしい。実技室に入ると据え置き型のCADの前に立っているレオとエリカに、達也がアドバイスをしている最中だった。下手に声をかけて集中を妨げるようなことはしたくない。達也の元へ駆け寄ろうとした深雪を引き留めた時には、一瞬睨まれたが直ぐに理解したらしく制止を振りきるような真似はしなかった。

 

「終わったー!」

 

 エリカの声と課題終了の鐘が聞こえ深雪達は達也達へと近づいていく。達也は最初から気づいていたのか、待たせて悪かったと声をかけてくる。達也のその言葉で気づいたのか、エリカとレオもこちらに顔を向ける。

 

「深雪と士郎くん、それと……光井さんと北山さん? 待たせちゃってごめんねー」

 

 エリカの言い方では、光井と雫とはあまり交流がないようだ。エリカの横にいたレオも顔は覚えていても名前が出てこなかったらしい。

 

「ところで、一科生のクラスではどんな実習をやっているんですか?」

 

 エリカ達が深雪達からの差し入れを受け取っている横で美月が質問する。

 

「それがほとんど美月達と変わらないの。将来、何の役に立つか分からない練習をさせられているわ。1人で練習した方がマシかもしれないわ」

 

 辛辣な言葉で美月に答えたのは意外にも深雪だった。どうやら相当不満を持っているらしい。そして不満を持っているのが彼女だけとは限らない。だが教員の指導を受けたくても、受ける権利がない二科生の前で先程の発言は不適切だと思ったのか深雪が頭を下げる。

 

「気分を害したわよね。ごめんなさい」

「気にしなくて良いわよ。実力のある者が優遇されるのなんて当たり前だもの」

 

 エリカがそう答える。彼女は実力主義の世界で生きてきたからこそ納得できるのだろう。沈黙が訪れる。気まずいと思い話を変えようとしたのだろう。エリカがいつもより大きな声をだす。

 

「参考までになんだけど、深雪のタイム、見せてくれない?」

 

 急に話を振られた深雪は達也にも背中を押され、あまり気が進まない様子で据え置きCADを指で操作する。

 

「235msって……」

 

 その人間の限界に達さんとしている処理速度に部屋にいるほとんどの人が呆気に取られる。それにも関わらず深雪は達也に愚痴をこぼす。

 

「士郎もやってみせてくれないか?」

 

 この発言は達也からだ。

 

「司波の処理速度を見せられたあとにか? 私に恥をかかせるつもりなら断るぞ」

「そんなつもりじゃない。良い機会だから、学年次席の実力も見ておきたいだけだ」

 

 達也はエミヤからの睥睨を受け流す。悪意がないと分かったのか溜め息をつき、深雪の横にあるCADを操作する。

 

「270ms……。今年ってとんでもねぇ奴が多すぎるんじゃねぇか?」

 

 レオの言葉が、予鈴の音に重なる。

 

「……授業が始まるぞ。早く教室に向かった方が良いだろう」

 

 本気でそう思っているのか、それともこの場から去りたいだけなのか。どちらであっても、エミヤの主張は間違っていなかった。

 

 

○○○○○

 

 勧誘週間が終わって一週間が経った。嵐の前の静けさというが、今は嵐が過ぎ去った後だ。今の状況は嵐の後には静けさが訪れる、と表現するのが正しいだろう。そんなどうでも良い事を考えながら、帰りの支度をしていた。

 

『第一高校の生徒の皆さん!』

 

 しかしエミヤにとって不幸というべきか、ハウリングに掻き消されながら男の声が校内に響き渡る。

 

『失礼しました。第一高校の皆さん!』

 

 上手くボリュームを調整したようだ。先程のハウリングに耳を塞いでいた生徒も、今は手を耳から離している。

 

『我々は校内における差別の撤廃を目指す有志同盟です!』

 

 差別というのは間違いなく、二科生が一科生や学校から受けている待遇のことだろう。

 

『我々は生徒会、また部活連に対し、対等な立場においての交渉を要求します』

 

 おそらく放送室の電源を切ったのだろう。話の続きは流れてこない。携帯端末を見ると渡辺から至急来るようにという内容のメールが来ている。

 

「今日は非番だというのに」

 

 エミヤは愚痴をこぼしながら教室を出る。先の状況は嵐の前の静けさ、と表現する方が正しかった。

 

 

 

「もっと早く来れなかったのか?」

 

 自分が一番遅かったようだ。放送室の前には、司波兄妹を含めた生徒会役員、風紀委員会、そして部活連の実行部隊が既に揃っている。

 

「これでも急いだ方なのだが……。それで状況は?」

「連中が放送室のマスターキーを持って立て籠っているせいで手詰まりだ。当たり前だが、扉を破壊して突入するのはダメだ」

 

 エミヤは扉に視線を向け、渡辺にこう質問した。

 

「この扉の鍵はカードキーで間違いないか?」

「そうだ。……だがどうしてそんなことを尋ねる?」

「開けることはできる。だが中にいる連中とはどう話をつけるつもりだ?」

「……」

 

 渡辺は何も答えない。実力行使で解決するつもりだったのだろう。達也に目配せをして生徒会の意見、十文字会頭の意見を聞いてもらう。2人とも言い方こそ違ったが、どちらも鎮圧すべきではないと答えた。

 

「彼等の交渉に応じる、という事で間違いないかね?」

 

 念のためにもう一度、そう尋ねておく。

 

「あぁ、それが今後の為にもなる」

 

 克人はエミヤの言葉に首肯し、そう答えた。

 

「……分かった。だが彼等が魔法を使ってこないとも限らん。心構えぐらいはしておきたまえ」

 

 エミヤは扉に手をあて、扉が備え付けられている壁に3つの小さな魔法式を展開する。その直後、解錠音が廊下に響く。渡辺とアイコンタクトをとり、勢いよくでもゆっくりでもない速度で扉を開く。魔法が飛んでくるかもしれないとも思ったが、占拠していた連中は扉が開けられたことに驚いているようだった。

 

「なんで……?」

 

 壬生がそうもらす。克人は壬生の心中を無視するかのように語りかける。

 

「お前達の交渉には応じよう。しかし今回お前達がとった行動を容認するわけにはいかない」

「その通りだけど、彼らに対する措置は生徒会に委ねられることになったわ」

 

 先程まで居なかったはずの真由美が、克人と壬生の間に割り込むように出てくる。

 

「ごめんなさい、十文字君。だけど生活主任の先生と話し合って決まったことなの。後は私たちに任せてくれないかしら?」

「……承知した」

「達也くんと深雪さん、今日はもう帰ってくれて構いません」

 

 そう言われた達也達は一礼をし、この場を去っていく。エミヤも彼等に乗じて帰ろうとするが。

 

「待ってくれ士郎くん。先程の扉の解錠方法について聞かなければならない事がある」

 渡辺に呼び止められる。

 

「どうやって扉を解錠したんだ?」

「……難しいことではない。電気錠には必ずといっていいほど制御盤が存在する。今回はID制御盤、電気錠制御盤、電気錠に放出系の魔法で起こした電気を信号として流しただけだ。心配せずとも悪用はしないさ。」

「……そうか。なら良い」

 

 エミヤの説明に渡辺は納得してくれたようだ。どうやらもう帰っても良いらしい。昇降口からでて、空を見上げる。赤く染まった空には月が昇り始めようとしていた。

 




前回と同じく先ずはお礼をさせて頂きます。6月8日において日間ランキング26位に入りました。読者様のおかげです。本当にありがとうございます!また新たに高評価を頂いた、偽・螺旋剣Ⅱ様、カローラ様、夏賀まゆき様、Hiroki1208様、おk様、manblack様、フロシキ様、libra071様、ブラスティングビニール様、深深様、ハッサン☆ムキムキ様、松茸ex様、天ノ狐様、シュンSAN様、UBW00様、Siroap様、d'Abruzzo様、イタク0532様、テレビス様、弥未耶様、ロジョウ様、Kト様、また感想欄にご意見、ご感想を送っていただいた皆様には励まされております!本当にありがとうございます!

次は謝罪をさせて頂きます。作者自身に記憶の齟齬がありまして、プロローグに違和感を感じられた方がいらっしゃったようです。本当に申し訳ありません。すでにプロローグには訂正を加えております。

オレンジバーやランキングに入る度に意味もなくシャドーボクシングを始めるほど読者様には感謝しております。話はまだ長くなりそうですが、どうぞ、これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いいたします!

次話は木曜日前後になると思います。

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