魔法科高校の贋作者   作:ききゅう

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プロローグ
対馬奪還編


 かつて少年は地獄を見た。家がある筈の場所には炎が上がり、暗い筈の空は仄かに明るい。地獄の中を歩く少年は死屍累々に目を塞ぎ、助けを求める声(呪い)には耳を塞いだ。歩く度に肺を締め付けるかのような息苦しさに耐えきれず、遂に手を突くことさえままならず倒れる。目の前に広がる光景(地獄)に絶望した。誰一人として救えない自身の無力さを悔いた。少年に出来る事といえば死を覚悟することだけ。思えば少年の自身の生への執着はここで失われたのであろう。しかし少年の覚悟を知ってか知らずか唐突に名も知らぬ男に救われることになる。男に命を救われた。男が地獄の中で見せた表情(かお)に救われた。やがて少年はその男の養子となり、男が嘗て抱いた夢(正義の味方)に憧れるようになった。

 

 少年を救った男は故人となり、少年は青年になった。

 

 青年はある夜、運命に出逢う。過酷な戦いの中で、多くの(人生)を知った。1人の女性を愛した。

――そして誰もがその願望機に己が願いを託さんと命を賭し、散らしていった。

 

 戦いを終え青年は守護者となり、世界の一部となった。守護者は力を得て幾度となく世界を救った。かつての地獄のように無力な自分を恨まずにすむ。目の前で悲しむ人を助けることができる。最初はそう信じて疑わなかった。確かに守護者はあらゆる時代で多くの命を救った。だが多くの命を奪いもした。多くを見捨て死屍累々を築き、守護者はようやく悟った。正義の味方なんてものはありはしない。それどころか自身がかつての地獄と同じように絶望の元凶になっていると。夢に裏切られた守護者はかつての自身を恨まずにはいられなかった。地獄の中で無力だった時の自分と変わりはしない。

 

 それでも守護者はある機会を待ち続けた。いつか過去の自身を殺すことができる機会がくるかもしれないと。可能性としては限りなく低いが、その機会だけが守護者にとって唯一の希望だった。永遠にも近い時の中で守護者はようやくその機会を得た。嘗て過ごした場所で過去の自身を殺す為に剣を振るった。全ての始まりである場所で過去の過ちをやり直す為に矢を放った。だが遂に、その願いが叶うことはなかった。

 

 ただ答えは得た。後悔はある。だがそれでも、自分は間違えてなどいなかった。

 

 

<<1>>

 

 風を感じる。

決して比喩ではない。実際に背中に強く風を受けているのだ。それだけで自身がどういう状況なのかが分かった。

 

「ほとんど毎回の事とはいえ、空中に放り出されるというのは馴れることではないな」

 

 抑止力(カウンターガーディアン)として呼び出されたと思えば、これだ。いくら無名の英霊だとはいえもう少し丁寧に扱ってほしいものである。体勢を立て直し、地に足をつけた男は辺りを見渡す。身ぐるみを剥がされ暴行を受けたであろう女性の死体。片腕が吹き飛ばされている少年の死体。あの地獄と比較して良いものではないし、似たような戦場は何度も見てきた。それでも死体と瓦礫しかないこの様は不快と言える。そんな光景に顔を顰めつつも思考を切り替える。呼び出されたからには仕事がある。この時代の事を把握せねば。時代は2060年。場所は……対馬?ここが?瓦礫の山と積み上げられた死体しかない此の場所が?日本が戦場になるなど余程の事のはずだ。いったい政府は何をしているのか。英霊はさらにこの時代の知識を探る。

 

「……成程、第三次世界大戦が勃発したのか」

 

 全てに納得がいった。この世界は生前自身が過ごした世界とは異なる別の世界(パラレルワールド)らしい。また、この世界では地球の寒冷化によって食糧事情が悪化し、その補填として始まったエネルギー資源争奪戦争が世界大戦にまで発展し、日本も侵攻されているということ。

 

 そしてもう1つ。この世界には英霊が知っている物とは別物であろう魔法というものがあるらしい。原理を知ることは出来なかったが恐らく効果は魔術と大差が無いであろう。興味はあるがそこまで深く考える必要もあるまい。なにせ今回の排斥対象には対馬を占領している大亜細亜連合軍の魔法師も含まれるのだから。ただその排斥対象も今回は数が多い。どうやら海を渡った大亜連合本土の戦争好き(ベリコース)の閣僚、軍の高官まで対象に含まれているらしい。手間がかかりそうな仕事でたまらなく嫌になる。だが結局。

 

「やることはいつもと変わらないな」

 

 その顔には何時もと同じ皮肉を含んだ笑みを浮かべていた。

 

 

<<2>>

 

 約半年前に対馬を占領した大亜細亜連合軍に日本は手を焼いていた。なにせ軍を送ってもほとんどのCADが動作不良を起こし魔法が満足に発動せず、返り討ちに遭うのだ。かろうじて帰ってきた生き残りがその事を上層部に伝えると、最初こそCADの整備不良だと一蹴された。しかし回数を重ねるうちに上層部は大亜細亜連合による意図的なものと結論付けざるを得なかった。 

 

 

 苦戦を強いられてもうすぐ7ヶ月が経とうとしていた。国防軍佐世保基地は今回の独断作戦である対馬奪還を最後の作戦と位置付けた。CADの無力化に対抗しうる手段がないのだ。今回の作戦においても対抗策はないだろう。それなのに佐世保基地の上官はまだ手柄を立てようと躍起になっているのである。総司令部が国際魔法協会に救援を要請しようとしているにも関わらずだ。

 

 作戦内容が伝えられた。夜にまぎれて上陸し奇襲をかける。これだけだ。成功する筈がない。このような作戦など少し賢い子供なら思いつく。作戦に参加した岩本軍曹はそう思った。なにせこちらは自分も含めて230人程しかいない中隊規模。対して相手は少なくとも5000人以上の旅団規模。ただでさえ数でも負けているのに、魔法は使えないときた。自分達は事実上、捨て駒として扱われたのだ。

 

「……冗談じゃない!」

 

 思わず口に出してしまった。周りを見ると皆、目を伏せている。ほとんどの者は自身が死ぬことを疑っていないのであろう。そんな光景に岩本軍曹は自身を落ち着かせずにはいられなかった。

 作戦が始まった。対馬に上陸するまえにほとんどの仲間が倒れ、上陸できたのはわずか13人。全員が傷を負い、その内の1人は片目をやられた。通信機も退路もない。辛うじて洞窟に隠れることはできたが奇襲には失敗し、連合軍には警戒を強められ、もはや生きた心地がしない。手元の時計が正しければ、作戦開始から5時間は経っている。これからどうするか考えていると衛生兵の伊藤伍長が声を挙げた。

 

「逃げましょう! 体力のある今ならまだ可能性はあります!」

「海からか?巡視船に見つかってお仕舞いだぞ」

「だからといって何もしないわけには……!」

「無闇に動き回っても体力を失うだけだ。気持ちはわかるが落ち着け、伊藤伍長」

 

 こう言いはしたものの岩本も心的余裕はほとんどなかった。だからだろうか。突然洞窟の入口から聞こえてきた足音に警戒せざるを得なかった。

 

「君達は日本の軍人で間違いないかね?」

 

 かけられた声は拍子抜けするほど流暢な日本語だった。だが浅黒い肌、白髪、そんな男をすぐに日本人と認めることは出来なかった。

 

「誰だ!? 貴様、何が目的だ!?」

 

 伊藤は軽いパニックを起こしていて、今にも目の前の男に掴みかかりそうだ。

 

「質問しているのは此方なんだが、まぁ良い。だが相手に名を尋ねる時は先ず自分から名乗るのが礼儀というものではないのかね?」

「なんだと!」

「伊藤!!」

 

 岩本は伊藤を制し、後ろに下がらせた。

 

「部下が失礼した。自分は国防軍佐世保基地所属の岩本軍曹だ。貴公の名前と目的を伺いたい」

「私は名を……アーチャーと言う。目的は恐らくだが、軍曹たちと同じだ」

 

 

 

○○○○○

 

「あくまで本名は語らない、いや語れないのか。アーチャー殿の目的は大亜細亜連合からの対馬の奪還だという事で間違いないか?」

「あぁ、その認識で構わない」

「だが日本が対馬を奪還して日本以外の一体誰が得をする?」

 

 岩本はあくまで私の事を他国の諜報員と疑っているのか。……勘違いさせておくか。

 

「さぁな。それは私の答えることではない」

「……そうか。それで? 私たちに何か用があったのだろう?」

 

 対象を何百人か消した後、洞窟の方から日本語が聞こえたアーチャーは、初め対馬での日本軍の行動を把握する為に霊体化し会話を聞き取るだけのつもりだった。だが軍人と思われる者達は皆傷を負い絶望しているような面立ちだった。あきらかに今から戦いを挑むものの顔ではない。彼等を見捨てることは出来なかった。

 

「日本の軍の動きを知りたかったのだがな、雰囲気からすると生き残りはこれだけか」

「……そうだ。だが部外者の貴様に親切丁寧に軍の行動を教える義理がない。

……だから取引に応じてくれるなら教えてやっても良い」

「……言ってみろ」

「俺達を助けてくれ」

 

 岩本は頭を下げる。そんな岩本に伊藤は声を荒らげた。

 

「軍曹! そんな素性の知れない奴に頼むことは……」

「伊藤、我々だけで生き残れると本気でそう思っているのか?」

「っ……!」

「それに彼は傷1つ負っていないんだぞ。……あとはもう分かるな?」

 

 伊藤は悔しそうに、だが何かに納得したかのように目を閉じた。

 

「意見はまとまったかね?」

「あぁ」

「君たちを助けるのは構わない」

「本当か!」

 

 生きて本土に帰ることができるかもしれない。そんな希望が軍曹達に生気を取り戻させた。しかし、とアーチャーは言葉を続ける。

 

「条件を付け加えさせてくれ。なに、心配せずとも君達の命と比べれば安いものだ」

「言ってみてくれ」

「すぐにではないが、大亜細亜連合の本土に用がある」

「……我々にその手伝いをしろと?」

 

 岩本は焦りを感じた。ただでさえ領土の一部の奪還に苦戦を強いられているというのに、敵国の本土に乗り込むなど狂気の沙汰だ。そもそも何処まで近づけるかすらも分からない。そしてそれは仲間の命を危険にさらすことになる。だが岩本の最悪の想像を裏切るかのようにアーチャーの口から出たのは否定の言葉だった。

 

「まさか。海を渡る手段が欲しいだけだ」

「……良いだろう」

 

 迷いは無かった。いくら高価でも物であれば替えがきく。自分達の命と天秤にかけるまでも無かった。

 

「契約成立だ」

 

 

○○○○○

 

「成程。阻害されて魔法が発動できないと」

「あぁ。CAD無しでも発動させる奴が何人かいたが、そこにいる伊藤以外は上陸前に殺された」

 

 日本軍が苦戦している理由がようやく分かった。簡単に言えば、攻撃の要である魔法が使えず対抗策がないということだ。しかしアーチャーにはまだ疑問が残る。

 

「……現代兵器は通用しなかったのか?」

「あんたの国の技術がどれほどの物かは知らないが今の日本の技術じゃあ

 目標に着く前に魔法師に破壊されるのが落ちだ。勿論NBC兵器なんてもんは使ってないがな」

 

 現代兵器を破壊する程の力が有るとは魔法に対する認識を改めなければなるまい。だがまぁ、破壊するだけだ。かの女狐(メディア)に比べれば全く脅威ではない。だがだ。未知の力を持つ者を相手取るというのは何が起こるか分からない。

 

「侵攻軍の本部が何処かは分かっているのか?」

「正確な位置は分からないが、対馬駐屯地の辺りを利用している可能性が高い」

「捕虜がいる可能性は?」

「……無い。運良く生き残っている奴でも今頃は大亜連合の本土で人体実験を受けているだろう」

「……そうか」

 

 聞きたいことは聞き終えた。プランは既に出来上がっている。面倒ではあるがそれほど時間は掛からないだろう。それにあと3時間もすれば日が上る。

 

「……どこへ行く?」

 

 岩本に引き留められる。

 

「私の目的は既に伝えたはずだが?」

「……一人で行くつもりか」

「もとよりそのつもりだ」

「……伊藤伍長を連れていけ。彼には医術の心得がある」

 

 ――必要ない。そう断ろうとしたが、自分はまだこの世界の魔法に疎すぎる。

 

「……分かった」

 

 そう一言言い残し、彼は来た道を戻った。

 

 

「岩本さんは違うみたいだが、俺はあんたを信用してない」

 

 洞窟を出たと思えばあびせられた言葉がこれだ。しかし当然だろう。日本人とはかけ離れた容姿の男が自分達と目的は同じだと言うのだ。何か裏があるのではないかと疑う方が自然だ。

 

「まぁ、当然だな」

「それに一人で何ができる?」

「なに、私は自分にできることをするだけだ。‥‥だがまぁ、君よりはその数も多いだろうがね」

「っ!!」

 

 伊藤は唇を噛んで此方を睨んでいる。おそらく理解しているのだろう。その通りだと認めざるを得ないのであう。

 

「……駐屯地に向かう」

「いきなり死ぬ気か?」

「安心したまえ。約束は守るし、策もある」

 

 確かに策はある。だがこの伊藤と言う男が駐屯地まで移動できるのかが気になる。道中倒れるようなら今のうちに岩本のもとに帰らせておきたかった。

 

「走れるか?」

「見くびるな。自慢できるもんじゃないが自己加速術式は俺の十八番だ」

 

 自己加速術式という単語は初めて聞いたが、その名の通り自身を加速させる魔法なのだろう。そう言って先に移動をはじめた伊藤の速さに合わせるように、アーチャーもその後を追った。

 

 

○○○○○

 

「あそこが本部で間違いなさそうだな」

 

 駐屯地周辺に近づいた。清水山に身を潜めているのだが警戒を強めているのか多くの兵士が忙しく動いているのが分かる。取り出した双眼鏡で数えただけでも少なくとも2000人以上はいるだろう。策があるとは言われたがあれだけの数の魔法師を一体どうやって退けるつもりだろうか。伊藤は指示を仰ごうと横の男に顔を向け、そして度肝を抜かれた。いつの間にか男が左手に黒弓を、右手には螺旋状の剣を握っていたのだ。あれが男のCADだろうか。そのように思いもしたが、剣のCADはともかく弓の形状をしたCADがあるという話を伊藤は聞いたことがなかった。だからこそ尋ねずにはいられなかった。

 

「それで何をするつもりなんだ?」

 

 男から言葉は帰ってこない。だが弓を構えるその姿が見ていれば分かると語っていた。そして伊藤はまたしても驚愕させられる。男の右手に握られていた剣が矢へと形を変えたのだ。一体どんな原理なのか。CADを警棒型のように縮めることはできても、形状そのものを変化させるなどあり得るわけがない。それならばあれは何だと混乱する伊藤を尻目に男は矢を引く。

 

I am the born of my sword (我が骨子は捻れ狂う)偽・螺旋剣(カラドボルグII)!」

 

 何か呟いたと伊藤が気づいた時には矢は男の手から離れていた。放たれた矢は閃光となり、一直線に駐屯地の方に向かう。見えなくなったな。そう思った刹那、駐屯地周辺一帯が爆発した。伊藤には一瞬何が起こったのか分からなかった。その後も男が何回か矢を放ち、放たれた矢の回数だけ爆発が起こった。その全てにおいて想子(サイオン)がいっさい感じられなかった。それにも関わらず白髪の男は魔法と思われるものの力を行使し、一個連隊相当の相手をたった一人で全滅させたのだ。もしこれ程の力をもった者が相手だったらと考えると伊藤は恐怖せずにはいられなかった。男の顔にくもりはない。これが後に戦術級と呼ばれる魔法の基準になる事を今の2人にはまだ知る由もない。

 

 

<<3>>

 

 伊藤達が洞窟を去って5時間が経った。出入口から差し込む光の量から完全に日が昇っていることがわかる。

 

「あの2人はもう殺されたのかもしれない」

 

 誰かがこぼしたその一言が岩本の部下達に不安を募らせる。自分たちも時間の問題かもしれない。見つかれば殺されるか、大亜連合本土でモルモットになるかのどちらかだ。

 

「岩本軍曹」

 

 そう伊藤の声がした。2人が戻ってきたのだ。しかし伊藤の表情がどことなくかたい。

 

「よく戻った。報告を聞かせてくれ」

 

 そう岩本が歩み寄るも伊藤は何かを迷っているのか、口を開いては閉じるを繰り返してばかりで何も言わない。おそらくだが自身の横にいる男を気にしているのだろう。アーチャーはそれを悟ったのか。

 

「席をはずそう。話が終わったら呼んでくれ」

 

 そう言い洞窟の外に向かっていく。アーチャーが出て行ったことを確認した伊藤は報告を始めた。

 

「最初にCADの動作不良についてですが、原因と思われる魔法についてのデータを入手しました」

 

 そう言い、敵地から持ち出してきたであろう携帯端末からファイルを開く。

 

「旧中国の言語で書かれていますがあの男、アーチャーによるとSB魔法の一種で名称が電子金蚕。効果は機器の電気信号に干渉し、信号そのものを改竄するということです」

「成程。我々はCADのソフトウェアに細工をされたものだとばかり思っていたが……。まぁそれはいい。だがデータを入手したということは相手の本部に忍び込めたのか?」

「いえ、それが……」

 

 伊藤が言葉を濁し始めた。もしや敵に見つかってしまったのだろうか。

 

「どうした。言ってみろ」

 

 岩本のその言葉で覚悟を決めたのか、伊藤は口を開いた。

 

「侵攻軍は全滅しました」

 

 衝撃の一言だった。半年も占領され手も足も出なかったというのに、それがたった5時間で全滅だと?伊藤は話を続ける。

 

「あの白髪の男が未知の魔法を発動したんです。それも弓の形をしたCADらしきもので。想子(サイオン)が感じられなかったので最初はただ矢を放っただけだと思ったんです。ですが次の瞬間には爆発が起きて……。この携帯端末も運良く瓦礫の中から見つかっただけなんです」

 

 一個旅団を全滅させる程の未知の魔法。弓の形をした武装一体型と思われる新たなCAD。どれも岩本の頭を悩ませるには十分だった。

 

「伊藤。お前は彼をどうすべきだと思う」

「未知の魔法のこともありますので上層部に報告するべきかと。我々の手には余ります」

 

 伊藤の意見はもっともだ。だが我々を捨て駒として扱った程の人間が、彼を私利私欲に利用しようとしないはずがない。彼を利用し昇進のために自分の駒として扱おうとする輩も出てくるだろう。報告するとしても信頼できる人物でなければならない。たしか今回の作戦に反対していた3人の内には国防軍総司令部所属の九島大佐がいたはずだ。

 

「彼の件は私から九島大佐に報告する。将官以下の階級の上官にはこの事は黙っておけ」

「しかし侵攻軍の全滅をどう説明するつもりですか!?」

「その件については九島大佐に頼みこんで、総司令部が秘密裏に作戦を行っていたことにしてもらう」

「……それで納得するでしょうか?」

「するさ。下手に総司令部を疑って、昇進の機会を失うなどしたくはないはずだ」

 

 こうして彼等はアーチャーと名乗る男を九島大佐に任せることにしたのである。

 

○○○○○

 

 

 アーチャーは自身の異変に気づいていた。先程から霊体化できないのだ。それに何度か投影を行った後から、横を走る伊藤の足元から光のようなものが見えるようになっていた。自身に思い当たることはない。おそらくこの世界が干渉しているのだろう。

 

「待たせてしまったな」

 

 そこで思考は遮られる。岩本達が洞窟から出てきた。間違いなく伊藤はアーチャーのことを話しているはずだ。

 

「私をどうするつもりだ?」

「君のことを報告するのは信頼できる人にだけだ。‥‥決して悪いようにはしない。だから暫く我々に同行してくれないか?もし君が日本の国益に反するようであれば、見逃すことはできない」

 

 遠回しに敵かもしれないと言われているのだ。何も問題がなければ断っていただろう。だが今の彼には霊体化ができない。それにこの世界の事について知らなければならない事がある。

 

「良いだろう。だが私のことを隠すにしても、この見てくれのせいで目立つぞ」

「それは問題ない」

 

 伊藤はそう言い、腰のポーチから死体袋を取り出した。

 

「貴方にはこの中に隠れてもらう。そうすれば誰にも気づかれない」

「……妙案だが間違っても火葬場に入れてくれるなよ」

 

 伊藤の誇らしげな表情とは対照的にアーチャーの表情は何処か不安げだった。

 

 

<<4>>

 

 

 無謀とも言える対馬奪還作戦から1日が経った。先程、岩本達が帰ってきた時は作戦が成功したのかと思いもした。しかし死体袋を担いで船から降りてきたと思えば。

 

「九島大佐に報告せねばならないことがあります」

 

 そう言い慌ただしく去っていった。きっと担ぎ込まれたあの死体に何かあるのだろう。そう考えるとほとんどの佐官はあの時止めて問い質せば良かった、そう思わずにはいられなかった。彼等はその中身が死体だと信じて止まなかったのである。

 

○○○○○

 

「成程。よく分かった」

 

 九島 烈は対馬から生還した岩本達から報告を受けていた。CADの動作不良を引き起こした電子金蚕。それはこの際良しとする。だが問題は伊藤伍長のヘルメットカメラの映像だ。未知の魔法に黒い弓、矢に形を変える剣。それらはトリック・スターと呼ばれる彼でさえ驚かせた。

 

「彼は今どこにいる」

 

 そう尋ねると伊藤は椅子に座らせるかのように置いた死体袋を開けた。出てきたのは死体、ではなく白髪の男だった。彼を見た九島は2人きりにするよう岩本達を下がらせた。

 

「先ずは礼を言わせてもらう。部下を救ってくれたこと、心から感謝する」

 

 九島はそう切り出した。

 

「……救ったもなにも、たまたま私と彼らの利害が一致しただけだ。私に出会わなくとも彼等は助かったさ」

「何もそう謙遜することはない。それに君がいなければ軍曹達は死んでいたのは間違いないだろう?」

「……御託はもういいだろう。本題を話してくれ」

 

 そうか、と九島は一呼吸おく。

 

「君の力。あれは一体何だね?」

 

 聞かれるとは予想していた。当然返す言葉も用意している。

 

「私固有の魔法だよ。おそらくだがな」

「……そうか。そういうことにしておこう」

 

おそらく九島はあれを魔法だとは信じていない。だが正体は分からないだろう。この世界には魔術と呼ばれるものは存在しないのだから。

 

「それで、私はどうなる?」

「なに、1ヶ月の間私のもとで行動してもらうだけだ」

「それだけか?」

「それだけだ。その後はもう君の自由だ。もちろん部下と約束した渡航の手段は用意するとも」

 

 いやに親切だ。悪意などは感じられないがどうも怪しい。

 

「……私に何を求める」

「歳をとると話し相手が少なくなってな。話し相手になってくれればそれで良い。それに……」

「……?」

「君も知りたいことがあるんじゃないかね?」

 

 アーチャーはようやく理解した。この目の前の男は魔法師の中でも相当な手練れだと。アーチャーが世間、この世界に疎いことを数回言葉を交わした程度の時間で見抜いたのだ。

 

「君は総司令部から来た私の使いという事にしておく。この部屋は君の好きなように使ってくれていい」

 

 そう淡々と告げ、九島は部屋を去っていった。部屋に残されたアーチャーは壁を覆うように置かれている本棚に歩を進めた。

 

 

○○○○○

 

 対馬が()()()()()()()()()()()奪還されてから1ヶ月が経った1月。今までは近隣国を刺激しないという名目で最低限の守備隊しか置かなかった日本政府は、先の対馬への侵攻を重く見て対馬を要塞化することを決めた。そんな対馬に近い佐世保基地の港には、まだ起床時刻にもなっていないにも関わらず、人影がちらほら見受けられる。

 

「世話になった」

「気にすることはない。またいずれ会うことになるだろう」

 

 白髪の男は九島大佐と握手を交わし、小型高速船に乗り込む。白髪の男はこの1ヶ月でこの世界の魔法を知った。自身に魔法式を構築している想子があることを知った。そして起動式、及び魔法式は複製できるものだと知った。船は大亜連合の本土に向かって進み始める。九島はいずれまた会うと言っていたが、その機会は無いだろう。抑止力としての役割を終えてしまえば自分はこの世界から消える。この時のアーチャーはそう思っていたのだ。自身が世界に馴染みすぎている事に気付かずに。

 

 

 そして更に1ヶ月後。大亜連合の強硬派の閣僚、軍の関係者のほとんどが何者かによって殺されたと報じるニュースが世界各地で話題となった。

 

 

<<5>>

 

 

 目を開く。そこは見慣れない部屋。大亜連合で対象を殺した後、いつものよう世界から消え、後は座に帰るだけのはずだった。だが座に帰れない。それどころから先程の世界から引っ張られている感じがしたのだ。少し長い瞬き程度に目を瞑り、目を開けたらこの部屋だったというわけだ。体には違和感があり、視界がいつもより低く感じられる。それに魔力の供給は感じられない。そこで気づいた。

 

「……何故受肉しているんだ?」

 

 彼に受肉を願った覚えはない。それならば何故……。そう考えていると突然、扉が開かれる。

 

「……君は現れる度に私を驚かせてくれるな」

「……貴方は」

「前逢った時よりも若くなったように見えるな」

「そう言う貴方は随分と老けたな、九島大佐」

 

 第三次世界大戦から時は過ぎ、2094年。魔法は飛躍的な進歩をとげ、その歩みは未だ止まらない。かつての対馬の出来事は都市伝説程度に知られている。英霊は世界に留め置かれている理由をまだ知らない。




初めましての方は初めまして。ききゅうといいます。前々からFateと魔法科のクロスは考えていたのですが、あれよあれよと時間だけが過ぎ、今日に至りました。魔法科は原作を揃えているのですが、FateはSnとhollowをさわる程度にしかしていないので知識が古いと言うか、FGOについては全く知りません。なので「この投影無理矢理過ぎぃ!」といったご意見は感想欄にお願いします。次回は日曜日か月曜日になりそうです。

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