まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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スフィアの催眠術により、会場内のポケモン達が正気を失い、
誰彼かまわず襲い合う。

スゥ達と初めて接触した時点で、彼女はダンスパーティーを楽しみにしていると言っていたが、
この惨状こそ、彼女が本当に意味していた『悪夢のダンスパーティー』だった。

スフィアへの警戒が浅かった事を悔いるノン達だったが、悔いてばかりいても仕方が無い。
彼らは、パートナーであるアクア達、そしてスターミーの力を借りながら
まずは会場の人間達だけでも保護しようと苦心する。

…そんな中、スゥは未だ昏睡しているファルナを抱えながら、
自分にも出来る事を模索していた。


Report6-10[悪夢のダンスパーティー[2]]

役割を与えられていなかったスゥが、ノンに提案する。

 

 

「ノン!

 こっちにはピコがいる!

 ピコの『電磁波』で、暴れているポケモン達を『麻痺』させて…!」

 

「却下だ!!」

 

 

スゥが考えを言い切る前に、ノンは即座にその提案を切り捨てる。

驚いたスゥだったが、何故却下されたのかを問うと、ノンは険しい表情で答えた。

 

 

「…スゥ、お前…冷静になれ!

 『会長』みたいに高齢の人も居るだろ!

 そんな人達もろとも、強烈な『電磁波』なんて浴びせてみろ。

 …心臓がおかしくなって死ぬかもしれないぞ!」

 

 

ノンの答えに、背筋が寒くなったスゥ。

…つい、自分達のように『健康な若い体』だけを前提に考えてしまっていた。

この会場にいる人間達は、必ずしもそうではない。

 

裕福な者の集い、という事は、ある程度高齢な者も少なくはない。

その中には、心臓を患っている者も居るだろう。

もしかしたら、ペースメーカーを付けている者も居るかもしれない。

 

スゥは、焦ってピコに『電磁波』を指示せずに済んだのをノンに感謝する。

それと同時に、彼は自分が冷静で居ないことも痛感させられた。

 

 

彼が危なっかしい思考に陥っている最大の理由。

それは、言うまでも無く『ファルナが昏睡』している事だ。

しかし、そんな事などノンやカスミには初めから分かっていた。

 

その上でノンとカスミは、あえて攻撃的な口調でスゥを諫める。

 

 

「…今のお前では、『足手纏い』だ!!

 お前がやるべき事は一つ!

 ファルナを一刻も早く正気に戻してやれ!」

 

 

ノンの言葉にすかさずカスミが続ける。

 

 

「アンタ、ちゃんと状況分かってる!?

 もしもファルが錯乱して襲ってきたりでもしたら

 さすがに対処しきれないわよ!

 焼き尽くされて、はいオシマイ!…なんて、アタシは勘弁だからね!!

 絶対に敵に回したく無い娘なんだから、アンタが何とかしなさい!」

 

 

彼らの苦言に、スゥは言葉を失くしてしまった。

一方、スゥのポケモン達…メルティやピコ、ベルノは、

ノン達の言っている事が正論であると理解しつつも、このように悪し様に言われるのは不快であった。

 

 

「んにぃ…!!何だよ何だよ!!

 スゥにぃだって手助けしようと考えてたのに!

 そんな言い方しなくてもいいじゃん!!バカーーー!!」

 

「ええ…!言い過ぎです!

 こんな状況で気が立つのも分かりますが…!」

 

「…『家来』の事といえど、これ以上はワレへの侮辱じゃ!!

 許さんぞ!!」

 

 

「っ…!

 いいんだ、ノン達が言うように俺は焦ってる!

 お前達も一旦冷静になってくれ!」

 

 

メルティ達をスゥは宥めようとするが、彼らの怒りは収まらない。

しかしノン達は怯むことは無かった。

 

カスミの言う通り、現状、人間達を保護するのでスターミー達は手一杯だ。

そんな状況でファルナを相手取れるほどの余力は無い。

カスミ達にとっても、スゥにとっても、最優先は『ファルナを正気に戻す』こと。

 

そんな中、アクアもスゥに一言、物申したい様子。

スターミーとサイが持って寄こした人間達に『殻に籠る』で保護しながら、

忙しそうに話した。

 

 

「スゥさん!

 多分ですが、ファルナちゃんの不安の原因は『あなた』です!

 きっと『慕い過ぎている』から、あなたの気持ちが離れてしまう事が何より怖いんです!

 …この混乱は、私たちが何とかしてみせます。

 だから、お願いします!

 …私の『親友』の声を、聴き洩らさないで下さい!

 早く悪夢から解放してあげて下さい!!

 ……何をすれば良いのか分からないのなら、もっとハッキリ言ってあげますよ…!」

 

 

大人しい性格のはずのアクアが強い口調でスゥに叫ぶ。

その表情は、睨むような、悪戯なような、複雑なもの。

 

その場の全員が、初めて聞くアクアの怒声に驚く。

彼らの視線を気に留めず、アクアはスゥに最後の一言を放った。

 

 

「とっととキスの一つでもして、目を覚ましてあげなさい!!

 男でしょ!!」

 

 

啖呵を切るアクア。

戦闘モードで気が立っている事も理由なのだろうが、それを加味しても珍しい。

 

ノンは、普段のアクアの姿を一番良く知っている。

落ち着いて、礼儀正しい、そして少し『内気』な彼女。

そんな彼女が、乱暴な言葉遣いをしている。

それだけ、幼い頃からの親友であるファルナの身を案じているのだ。

 

ノンはアクアの心中を察し、

それを言葉に出せるようになった内面の成長を密かに喜んでいた。

 

 

一方、発破をかけられたスゥ。

アクアの真剣な目が、決して『冷やかし、からかい』では無い事を訴えている。

 

メルティにも言われた、

『悪夢から目覚めるため、出来る事は何でもやれ』という言葉を思い出し、

スゥは腹を括ることにした。

 

周りの人間達、ポケモン達の悲鳴や喚き声…

ノン達が人間を保護するのに苦心する姿…

…それらを気に掛けていては、到底ファルナを起こす事は出来ない。

 

そう自問自答し、周囲の雑音を一切シャットアウトして

腕の中のファルナにだけ意識を集中する。

 

 

_________________________________________

 

 

 

「………っ……ス……ゥ………」

 

 

すると、ようやく聞こえたか細い声。

うなされながら、自分の名前を呼んでいる。

スゥは、更に神経を尖らせ、ファルナの口の動きも見逃さないように

聞き耳を立てる。

 

 

「…………イヤ……だよ…………

 …………『他の人』…………行かない…………で…………」

 

「…!?

 …やっぱり、俺なのか…。

 『不安』の元は…」

 

 

…どうやら、アクアの推測が正しかったようだ。

ファルナが昏睡する程『不安』にさせる原因が、自分に有った事。

胸が圧し潰されそうになるスゥ。

 

途切れ途切れのファルナの言葉を、頭の中で繋げる。

恐らく、自分が彼女のことを『捨てる』ような悪夢に見舞われているのだろう…

そう推測できた。

 

今までの彼女への接し方が、そんな不安を持たせるものだったとは思えない。

自分なりに、彼女を一番大事にしてたつもりだったが、足りなかったのだろうか…

『大食い』とか『力持ち』だとか、そんな軽口が、思いの他彼女を傷つけていたのだろうか…

 

スゥはファルナの手を強く握り締めながら、ぐるぐると思考を掻き混ぜていた。

 

…そうしている内にも、彼女の呼吸は更に苦しげになる。

そして、耳を疑うような言葉が聞こえた。

 

 

「……私の……炎………『焼き尽くせば』………

 …………私だけを………見て……くれるかな…………」

 

 

「熱っ!?」

 

 

その言葉を発した途端、ファルナの髪に纏う炎が、『赤黒く』変化した。

普段のような活発で、軽やかに燃える炎ではない。

ドロドロと、重たく蕩けるような、恐怖を感じるもの。

 

見た目の変化だけではない。

スゥには熱く感じられなかったはずの炎が、火傷しそうな程に熱くなっていた。

彼女を抱きしめているため、その熱は彼の全身を焼かんとばかりに伝わっている。

 

反射的に飛び退きそうになるが…

退かなかった。

 

もしも、この炎に焼き尽くされたとしても、絶対に離さない。

 

ファルナは必ず正気に戻る。

そう信じ、スゥは彼女を抱きしめ続け、声を上げた。

 

 

「ぐあっ……熱い………!

 ………ファルナ、思い出してくれ!!

 お前の炎は、『傷つけるための炎』なんかじゃない!

 『人を守るための炎』だ!」

 

 

ひと際強く腕に力を込め、体を更に密着させる。

その分、身を焼かれそうな熱が強く伝わってくる。

 

熱いのか、それとも痛いのか…

その区別も出来ないほど感覚が麻痺し、意識を手放してしまいそうになるスゥ。

 

 

…しかし、そんな事には絶対にならない。

ここで自分が倒れてしまっては、

彼女の炎が『人を守る炎』と信じているなどと、ただのお笑い種だ。

事実、これまで何度もこの炎に助けられて来た。

 

しかも、自分が感じている炎の熱さの分だけ、

ファルナは夢の中で苦しんでいるのだろう。

意識を失い、自分だけが『楽になる』なんて、死んでも御免だ。

 

そう自分自身に言い聞かせながら、スゥは昏睡するファルナに叫んだ。

 

 

「俺は何処にも行かない!!

 絶対に、お前を手放したりしない!!

 今の俺に足りない物が有るのなら、起きてから何でも聞いてやる!!

 ………だから、戻ってこい!!

 ファルナ!!!」

 

 

そして、口付ける。

メルティ達も見守る中で。

 

…今の必死なスゥに『羞恥』を感じている様子は微塵も無い。

これは自分にしか出来ない事だから、と。

今、この瞬間こそ愛情を伝えずして、何が恋人か、と。

 

触れている唇も、火傷しそうな温度だ。

これまでに交わしてきたような、暖かで心時めくような接吻では無い。

熱さで口がヒリヒリと痺れる。。

 

…そんな口付けだが、これまでのどれよりも『愛情』を籠めている。

悪夢の中で苦しむファルナに、その気持ちが届くように強く願いながら。

 

 

「…………ん…………」

 

 

その願いが伝わったのか、彼女の指がピクリと動いた。

唇から伝わる高熱が、少しずつ下がっていく。

 

唇だけではない。彼女の体温、髪に纏う炎、ともに暖かなものに変化している。

 

スゥは瞳を閉じたまま、ファルナに正気が戻ってきていることを

その身をもって感じていた。

 

 

___________________________________________

 

 

スゥがファルナの悪夢を取り払うのに集中している最中。

ノン達は会場の人間達の救出を続けていた。

 

かなりの時間を要したが、とうとう最後の一人を確保したスターミー。

 

 

「………これで、最後…の、はず……!!」

 

 

サイコキネシスで、最後の人間を自分の元に引き寄せる。

 

サイも言葉には出さないが、ノンに向かってコクリ、と頷いた。

彼の念波による『人間・ポケモン』の識別でも、先ほどの人間が最後だと確認できたようだ。

 

それを合図に、ノンとカスミは次の指示に移る。

 

 

「…よし、次だ!

 ここまで来たら、後はポケモン達を気絶させる!

 …カスミ。『純粋な戦闘』なら、お前も得意分野だろ?」

 

 

「ハッ、一度アタシに勝ったからって、随分上から目線じゃないの!

 アンタ達の出番なんて無いわよ。

 …スターミー!!準備はいい!?」

 

 

彼らは、人間だけを自分達の周囲に集めたことでようやく『準備』が完了した。

 

ポケモン達の中に、人間が混ざっていては不可能だった『掃討作戦』。

今の状況ならば、アクア達、そしてスターミーの大技で

正気を失ったポケモン達だけを一斉に気絶させられる。

 

 

 

……そう、考えていたのだが。

 

 

 

「あらあら……

 なるほどねえ。

 『ひ弱な人間』だけ分けて、あとはポケモンだけ一掃しちゃおう…ってワケね。

 やるじゃないの、ボウヤ達。

 …

 困ったわ…このままだと、ワタクシ……『興』が削がれてしまいそう。」

 

 

その言葉とは裏腹、全く動揺しておらず落ち着いた様子のスフィア。

彼女は悠々と腕を組んでいた姿勢を解き、静かに手を伸ばす。

 

伸ばした先は、錯乱して暴れているポケモン達。

 

 

「…ちょーっとだけ、イタズラしちゃおうかしら?」

 

 

そう呟くと、スフィアは掌から黒いオーラを放つ。

それに呼応するように、錯乱したポケモン達の様子が変化した。

 

先程までは、見境なく互いを襲い合っていたポケモン達だったが、

全員が一斉に、ノンとカスミ達の方を向く。

 

…ポケモン達の狙いが、彼ら一点に集まったのだ。

 

 

「なっ…!!アイツ、まさか…!!」

 

「ちょ、ちょっとノン…!

 これ、ヤバい奴じゃない…?」

 

 

…ざっと数えて50人程度か。

おびただしい量のポケモン達が、一度にノン達に襲い掛かる。

 

慌てる彼らを見ながら、スフィアはクスクスと微笑みながら言葉を放った。

 

 

「アナタ達も見てばかり居ないで、ダンスにご参加あれ。

 …たっぷり練習してましたものねぇ……!

 さあ、思う存分踊り狂いなさい!」

 

 

『体当たり』『切り裂き』『水鉄砲』『火の粉』『電気ショック』…

ありとあらゆる属性の攻撃が、360度から降り注いでくる。

 

攻撃の雨嵐に、アクアとスターミーは呼吸を合わせて対応した。

 

 

「っ!!スターミーさん、みんなを守りますよ!!」

 

「…………分かった!!」

 

 

2人は、『殻に籠る』と『リフレクター』を織り交ぜながら半球状に展開した。

ノンやカスミ、スゥ、レヴィン、彼らのポケモン達…

そして、保護した人間達すべてを覆い尽くす範囲の、光の障壁。

 

 

ガンガンガン!!!…と、連続する衝撃に耐えるバリア。

 

 

元々、アクアは防御面に秀でており、生半可な攻撃では彼女の防壁を崩すことは出来ない。

さらにスターミーのリフレクターをブレンドすることで、防壁の強度は大幅に向上していた。

 

加えて、攻撃してきているポケモン達は、トレーナーが連れているポケモンではない。

『戦闘経験』はほとんど無く、未熟な攻撃が多い。

 

『通常』なら、そんな攻撃は簡単にいなせるような壁なのだが……

 

 

「っ…!くっ!!」

 

「…………はぁ……はぁ………」

 

 

…息が上がる2人。

アクアもスターミーも、額から汗を流し、明らかに疲労の表情が浮かんでいる。

 

その原因は、トレーナーであるノンやカスミには分かっていた。

 

 

「チッ!!

 すまない、アクア…耐えてくれ!!

 『殻に籠る』の『常時展開』なんて、無理を言ってるのは分かってるが…!」

 

「スターミー、頑張って!!

 …ごめんね、こんな『広範囲』はキツいわよね…!」

 

 

アクア達の疲労が早い原因は二つ。

防御壁の『常時展開』と『広範囲展開』。

 

通常のバトルであれば、自身に危険が及んだ時、

ピンポイントに自身の周囲だけに防壁を展開すれば良い。

 

ところが今は、降り止まない攻撃に対応するため、

そして、多くの人間達を全員守るため、彼女らの負担が非常に大きかった。

 

 

容赦なく続く攻撃の連打。

アクア達の脚や腕は、攻撃を受ける度にブルブルと震えている。

少しでも気を抜くと、光の防壁が破壊されてしまいそうな程、

彼女らの精神力は消耗していた。

 

そんな二人の姿を、レヴィンは帽子を頭に押し付けながら一人呟く。

 

 

「……こんなエマージェンシーに…

 一体、どこで何をやっているんデスか……ハニー……!!」

 

 

『ハニー』と呼ぶ『誰か』を心待ちにしているレヴィン。

その表情は、鳴り止まない攻撃音に怯え、助けを求めている…というよりも、

何かに焦れているようなものだった。

 

そんな彼女を他所に、ノンは『次の手』を準備していた。

ただアクア、スターミー2人の防御に頼るだけでは、この状況を打破できない。

 

カスミの連れるポケモンはスターミーだけ。彼女は今はノン達、人間達を守るだけで精一杯。

スゥはファルナを悪夢から連れ戻す事だけに専念させており、戦力としては扱えない。

 

防戦一方な状況の中、次の手を下せるのはノンただ一人。

彼は小さく深呼吸し、気を落ち着けながら『反撃』に打って出る。


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