まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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スフィアの『催眠術』による悪夢にうなされていたサラとファルナ。

それは、自身の心の奥底にある一番の『不安』を、あたかも実体化したように見せつけるもの。

ひとたび、その仮想に心が摺り潰されてしまえば
スフィアにより『破壊衝動』を植え付けられてしまう。

しかし、サラは成熟した精神・覚悟、そして長年培ってきた主人との記憶が、
容易く催眠術を退けた。

一方、ファルナは一瞬、破壊衝動に飲み込まれそうになるも
『炎を取り戻してくれた』スゥとの記憶を思い出し、
彼女の持つ『不安』が只のまやかしだと気付く。

それぞれの主人への想いを頼りに、悪夢を振り解いた二人だが
一方、『現実』の方では…



Report6-9[悪夢のダンスパーティー[1]]

サラとファルナが悪夢に飲み込まれ、心の奥底に潜む『不安』に抗っている中…

時は少し遡る。

 

スフィアの演奏により、パーティー会場のポケモン達が昏倒し、

その様を呆然と見ているカスミ達。

 

 

「な、何だっていうのよ…!

 みんな、急に叫び出したと思ったらバタバタ倒れちゃって…!」

 

 

困惑するカスミに、険しい面持ちのスターミーが袖を掴んで語りかける。

 

 

「………マスター、みんな……『精神干渉』を受けてる……!

 ポケモンの、技……。

 多分……これ、『催眠術』……!」

 

 

普段、抑揚の無い声を出すスターミーだが、珍しく焦るような声色。

彼女の言う『精神干渉』。

 

心に働きかける技は、主に『エスパー』属性のポケモンが得意とするもの。

スターミーは、基本的には水属性なのだが、サイコキネシスのように

一部のエスパー系統の技を使う事が出来る。

そのため、彼女は周囲のポケモン達が『催眠術』に襲われているのを検知できた。

 

 

スターミーの警告を受け、カスミはスゥとノン達に叫ぶ。

 

 

「『催眠術』ですって…!?

 そっか、あのピアノの演奏で『皆の意識をスフィアに集中』させてたのね…

 ……って、今はそんな事言ってる場合じゃないわ!!

 スゥ、ノン!!

 アンタ達のポケモンは大丈夫!?」

 

 

彼女に言われるまでもなく、早々に自分のポケモン達の様子を把握していたスゥ達。

 

ノンのポケモン達については、アクアとボルカの2人に少々、頭痛の症状が残っているものの

ツムジ、サイ含め4人ともに『昏倒・昏睡』した様子は見られない。

 

 

一方、スゥのポケモン達。

メルティは額から冷や汗を流しているが、何とか自分の脚で立っている。

ピコ、ベルノに至っては、何事も無いかのようなケロッとした表情。

 

 

……問題なのは、ファルナだった。

青い顔をして、うなされながら眠っている。

スゥがいくら名前を呼びかけ、彼女を揺さぶっても起きる気配が無い。

 

 

そんな彼女の様子を見て、メルティが苦しそうにスゥに話しかける。

 

 

「っく……!スゥくん…この感覚……

 『M-プロト』に入れられた時の『悪夢』を見せられる感覚です…!

 あれよりは随分弱いですが…

 きっと、ファルナちゃんも、サラさんも『悪夢』を見せられているはずです!」

 

 

「M-プロトだって…!?

 それじゃあ、サラさんも、他のポケモン達も…!」

 

 

M-プロトに格納されてしまった時のような感覚だ、とメルティが言う。

彼女もかつてロケット団員、『ダイチ』の元に居た時、

彼の指示を聞かなかった際に『躾』と称して度々苦しめられたもの。

 

悪夢に苦しめられ、最後には『心を破壊し、悪に染まる』…

 

…確か、そう言っていたはずだとスゥはメルティの言葉を思い出す。

 

途方に暮れるスゥに、メルティは強い口調で彼に気付けした。

 

 

「スゥくん!それに会長さんも!!

 呆然としてる場合じゃありません!

 もし、今の状況が『M-プロト』と同じなら…

 意識を失っている人達は、強い『悩みや不安』を持ってるはずです!

 …ファルナちゃん、サラさん…

 2人が昏睡させられる程の不安が何なのか、わかりませんが…

 …名前を呼び続けて下さい!抱きしめてあげて下さい!

 …悪夢から『現実に引き戻す』ために…出来る事は何でもしてあげて下さい!!」

 

 

メルティが必死にスゥと会長に呼びかける。

そんな彼女の忠告に、スゥだけでなくピコ達やレヴィンも

ファルナとサラを悪夢から連れ戻そうと、強く呼びかけていた。

 

…しかし、長々と続けられるほど猶予のある状況では無かった。

 

 

 

「…!!

 危ない、みんな!!」

 

 

 

パーティー会場で昏倒していたポケモンの一人が、スゥ達に襲い掛かる。

鋭い爪をもつポケモン、『サンドパン』が正気を失って切り裂いてきた。

 

アクアが咄嗟に『殻に籠る』でスゥ達の周りに光の障壁を展開する。

 

 

キィン!!と、堅い金属音を鳴らし、障壁がサンドパンの爪を弾き返した。

 

 

「さ、サンキュー、アクア!

 周りが見えていなかった…

 …っ!?」

 

 

アクアの判断にノンが礼を言うも、その瞬間彼は言葉を失ってしまった。

彼だけではない。

カスミも、レヴィンも、そしてピコやメルティ達、全員が青褪めた顔でパーティー会場を見渡す。

 

 

「や、やめろ!俺だ!分からないのか!?」

 

「お願い、攻撃をやめて!!」

 

「来るなああああ!!」

 

 

……昏睡から目覚めた…否。

『不安・悩みに飲み込まれ』てしまったポケモン達が、次々と周囲の人々を襲い始めていた。

 

ポケモン同士で争う者、異性あるいは同性を集中的に襲う者、

主人だけを狙う者、主人以外を狙う者…

襲いかかる対象はバラバラだが、『対象が誰か』など、

この混沌とした状況では判別する意味が無い。

 

 

鋭い牙、爪、そして炎、水、電気、毒、氷……

ありとあらゆる危険な武装をもつポケモン達が、

上等なドレスやスーツを身に纏ったまま、虚ろな目で攻撃を乱れ打つ。

 

そんな彼らに、人間の力で対抗できる手段など無かった。

 

攻撃の飛び交うパーティー会場の中を、ただただ逃げ惑う人間達。

 

ステージの楽器が弾き飛ばされる。切り裂かれる。

天井のシャンデリアが落下する。破片が飛散し、ガラスの雨が降り注ぐ。

ワイングラス等の置かれた円卓は、早々にただの木片や消し炭となる。

人間、ポケモンともに、身に着けていた上等な衣装が、無残なボロ布へと変わり果てる。

 

…会場内のあらゆる物が破壊されながら、

『正気を保っている者』、『正気を失っている者』、『人間・ポケモン』

誰彼かまわず叫び声を上げながら駆け回る。

 

 

「何なんだよ…これ……!!」

 

 

スゥはこの混沌とした状況に恐怖と怒りで体を震わせ、絞り出すように言う。

 

一方、この様が面白くて仕方が無いとでも言いたげな表情で、

スフィアはステージの中央に悠然と立ち、両腕を上げて叫ぶ。

 

 

「良いです、美しいですわ皆さん!!

 奥底に眠る『本音』を露わにして、全てを『暴力』へと変える…

 これこそ、純粋な感情表現というものですわ!

 あっはははは!!」

 

 

焦点の合わない赤黒い瞳に、大きく裂けた口。

それを大きく開き、長く鋭い牙をぎらつかせながら

高く高く笑うスフィア。

 

…最早彼女に『妖艶な貴婦人』の面影など微塵も残っていない。

それどころか、『人間』ですら無いのは誰の目から見ても明らかだ。

 

そんな豹変した彼女を見たレヴィンは、苦々しい表情で叫ぶ。

 

 

「ガッデム!!

 Ms.スフィア…!ユーは一体何がしたいのデスか!!

 酷すぎマス!!

 『人間になりすまして』……こんな、こんな惨状を…!

 みんな、このダンスパーティーを楽しみにしていたというのに…!!」

 

 

レヴィンだけではない。

スゥもノンも、カスミも…そして、彼らのポケモン達も…

スフィアへ敵意の視線を向け、臨戦態勢を取っている。

 

彼らの威嚇など気にしない様子で、

スフィアは悪魔の形相のままレヴィンに答えた。

 

 

「『何がしたい』…ねぇ?

 初めからずーっと、言ってるじゃないですか…

 ワタクシも、『ダンスパーティー』を楽しみにしておりますのよ?…ってね。

 さあさあ皆さま存分に踊りなさい!

 舞いなさい!

 まだ夜は始まったばかりですわ!

 ワタクシに魅せて下さいませ!

 ……暴力と血が舞う、『悪夢のダンスパーティー』を!!その命果てるまで!!」

 

 

…ようやく、スゥ達はスフィアが船上デッキで言っていた言葉の意味を理解した。

彼女は確かに楽しみにしていたのだ。

普通のダンスパーティーではなく、この『悪夢』のような、人々が恐怖で踊り狂う惨状を。

 

 

スゥ達は拳を握りしめながら、自分達の警戒が甘かった事を悔いる。

 

見渡すは、傷つき倒れていく人々。

こんな事になるのなら、スフィアがステージ上に現れた時点で

会場の人々に逃げるよう、大声で警告すべきだった。

既に、スフィアが『ロケット団員』だと分かっていたのに。

 

…たとえ、事情が分かっていない人々から『頭のおかしな者達』と見られたとしても。

 

怒りと後悔に打ちひしがれるスゥ達とは対照的に、高笑いするスフィア

そうしている内にも、周囲の混乱は拡大していく。

 

 

この状況の中、ノンは自分自身に冷静になるよう言い聞かせていた。

ただ放心していても、状況は何も変わらない。

むしろ、被害は拡大していき、更に手の打ちようが無くなる。

…このまま、混乱したポケモン達を放っておく訳にはいかないと頭を切り替える。

 

「…カスミ!!

 俺たちで何とかしよう!

 …混乱したポケモン達を止めるぞ!」

 

彼の言葉に喝を入れられ、カスミは気を持ち直す。

 

「ええ、そうね!

 …だけど、この人数…

 しかも、人間とポケモンがごちゃ混ぜになってる状況よ?

 こっちから技をかけたら、ヘタしたら人間が死んでしまうかもしれないわ!

 …まあ、操られているポケモン達は可哀想だけど、

 『少し痛い目に遭う程度で済む』から良しとして貰うにしても、よ。

 …ノン。あなた、何か考えはあるの?」

 

 

彼女の問いに、ノンは束の間黙り、頭を整理する。

彼の中で考えが纏まると、カスミに提案した。

 

 

「…トレーナー…いや、この場の連中はトレーナーではないか。

 何でもいい、『人間』をまずは俺達の元に集める!」

 

「集める…って、一体どうやってよ!

 襲ってくるポケモン達の中に突っ込めって言うの?」

 

「いや、そんな事は自殺行為だ。

 …有るじゃないか、俺とお前には。

 『エスパー』技が。

 お前のスターミーの得意技、『サイコキネシス』だ。」

 

 

ノンの回答に、カスミは合点がいった表情で答えた。

 

 

「…ああ、成程ね!

 スターミーの『サイコキネシス』で作った腕なら…!

 お願い、スターミー!」

 

 

指示を受けたスターミーは、紫色のオーラを放出し、そのモヤを『腕』の形状に整えた。

それは彼女がベルノを翻弄した時に見せた、『サイコキネシスの仮想腕』だ。

 

 

「……人間だけ分けて掴む……

 …力加減も難しいけど………頑張る………!!」

 

 

うっかり人間の体を握り潰さぬよう、スターミーは慎重に仮想腕を操る。

人間に襲い掛かるポケモンだけを薙ぎ払い、孤立した人間を優しく掴む。

 

そして、すぐさま彼女はノン達の元へ、その人間を連れてくる。

 

「あああ、有難う!助かったよ…!」

 

正気を保った者たちの元へ連れて来られたその人間は、

極度の恐怖から解放され、膝に力が入らなくなってしまった。

 

その様子を見たノンは、すかさずアクアに指示する。

 

 

「よし、アクア!!

 この人を守ってやってくれ!」

 

 

彼の指示に、アクアは間髪入れず『殻に籠る』による光の障壁を展開。

助けた人間の周囲を覆うように包んだ。

 

 

「ノンさん!これでいいですね!?」

 

「ああ上出来だ!

 そして、俺の方も人間を集めなきゃな…!

 サイ!!」

 

 

ノンはアクアが作戦を十分に理解していた事に安心し、

次の指示に移る。

 

指示する相手は、ケーシィの『サイ』。

攻撃技とも言えない技、『テレポート』しか持たないはずの彼だが

この状況では、正にそれこそがとっておきの武器となる。

 

 

「…サイ、『テレポート』だ!!

 人間だけをサーチして、俺達の元に連れてきてくれ!」

 

 

彼の指示に、サイは無言のまま細い目から紫色の光を零し、周囲の『生物』の反応をサーチする。

サイが見ているのは、『目』に頼らない視界。

エスパー属性の彼ならではの、『生物の思考』を一人一人読み取り、

『正気を保っている者』を見つけていく。

 

そして、その対象が見つかった瞬間、彼はテレポートを掛けた。

 

 

「っ!?

 …お、俺…何でこんな所に!?さっきまで…」

 

 

何の前触れもなく瞬間移動させられた人間は、

自分の状況がよく分からなくなっていた。

 

しかし、一々彼に説明している時間など無い。

 

すかさずアクアは、彼の周りにも『殻に籠る』でバリアを張った。

 

 

サイとスターミーは、次々に人間達を回収し、保護していく。

 

このまま続けて、一通り人間さえ隔離してしまえば、ノンやカスミ達は、

操られたポケモン達を一掃する大技を繰り出すことが出来る。

 

ところが、まだ襲われている人間の数は膨大。

サイとスターミーの2人だけでは、なかなか全ての人間を回収するには時間を要した。

 

 

彼らの奮闘を、スフィアは宙に浮きながら静かに見る。

 

 

「ふふふ……。一生懸命ワタクシのパーティーを止めようとしてるわね。

 ちょっと邪魔したい気持ちになっちゃうけれど……

 まあ、チョロチョロと頑張っている可愛い姿を見るのも、乙なものかしらね。

 ………ほら、頑張れ頑張れ~……ってね。」

 

 

その気になればノン達の事など、容易く妨害出来るのだろう。

悪辣な表情で、スフィアはあえて高見の見物を決め込んでいた。

 


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