[Report2-2 ファルナの病]
それからの道中、数人のコラッタと戦う事になった。
その中には最初のコラッタの言っていた「にいちゃん」らしいコラッタは見当たらなかった。
と言うのも、もし出会っていたのなら名乗りの一つでも入れていた事だろう。
この数回の戦闘の中で少しずつ指示の出し方に慣れていった事はスゥにとって収穫だったが、
流石にファルナにも疲れの色が見えたので休める場所を探していた。
辺りの草原は夕日に照らされ空のオレンジ色との境界が曖昧になりとても美しい。
しばらくスゥ達がそれに見惚れていたが、すぐに来る夜に備えて安全な場所を探さなければならなかった。
スゥ「もうだいぶ日が落ちたな。コラッタの奴らと戦って結構足止め食っちゃったね。
…この辺りではコラッタを見かけてないし、今日はこの辺で野宿しよう。ファルナも疲れただろ。」
ファルナ「はいっ!結構たくさん戦ったよね。
みんな一斉に出てこなくて良かったー。」
スゥ「そうだね。多分最初のコラッタの仲間ではないんだろうな。
この辺りで襲っては来ないだろうけど、念のために見つかりにくい森の中で寝よう。」
ファルナ「野宿かー。私、外で寝るの久しぶりだよ!野生だったのは随分前だから。」
スゥ「ファルナ、野生だった時があったの?
ずっと博士の研究所で育ったんだと思ってたよ。」
ファルナ「ううん。いろいろあって、博士の所で暮らすようになったの。」
スゥ「へえー。いろいろ…?」
ファルナ「う、ううん。『いろいろ』って言っても、小さい時の事だからあんまり覚えてないんだけどね。」
昔の事を聞かれ、ファルナは少し口ごもった。
スゥは少し疑問を抱いたが、確かに忘れるのも尤もだと思い、深くは考えなかった。
スゥ「そうなんだ。まあ、小さい頃の記憶ってそんな物かなー。
ま、いいや。ご飯作ろうか!」
ファルナ「ご飯作るの私も手伝うね。
私は何をしたらいいの?」
スゥ「それじゃあ、まずは火をおこさないと!
乾いた小枝を集めるの手伝って。」
ファルナ「!
う、うん。火…だね。」
スゥ達は近くの小枝を拾い集めて焚き火の準備をする。
ファルナはその間、何故か気乗りしない様子だった。
しばらくして小枝を並べ終わり、スゥはマッチに火を付けてそこに投げ入れた。
スゥはファルナの隣で腰を下ろし、火が大きくなるのを待った。
スゥ「よいしょっと。
…
あ、そうだ。
火と言えば、ファルナは炎ポケモンだよね?炎は使えないの?
昨日も今日も、バトルで火を使ってなかったよね。」
焚き火が少しずつ大きくなっていくのを見ながら、
スゥは少し前から思っていた疑問をファルナに投げかける。
ファルナ「え、えーっと。
まだ…なんじゃないかな。
た、多分もっと鍛えたら使えるようになるんだよ!きっと!
あはは…。」
スゥ「そっかー、まだ火は使えないんだ。
そういえば、アクアも水ポケモンだけど水を使ってなかったね。
これからが楽しみだな!ノン達より先に強い技を使えるように頑張ろうな。」
ファルナ「えぅ…。うん。楽しみ、かなぁ…」
普段は元気に人の目を見て話すファルナが、先程から何故かスゥから目を逸らしてたどたどしく答えている。
スゥ「…?どうしたんだファルナ。
なんかさっきから変だな。
今日のバトルで疲れちゃったのか?大丈夫?」
ファルナ「そ、そんな事ないよ!
…
…あ、あのさ、スゥ。その、やっぱり炎ポケモンなら火が使えないとダメ…かな?」
スゥ「えっ?
いや、使えないとダメ、っていうか…使えるようになるものだと思っていたんだけど。
そういうものじゃ無いの?」
二人が話をしている間に、おこした火はどんどん大きく燃え盛っていた。
そろそろ火力も十分。さてご飯を作ろうとスゥが腰を上げた途端、
少し強い風が吹いて一瞬、パチパチッと音を立てて炎が一際燃え上がった。
ファルナ「!! ひっ!」
焚き火から散った火の粉がファルナの傍を舞った時、ファルナは急に震えだして
立ち上がろうとしたスゥの服の裾を握った。
スゥ「ん、どうしたんだファルナ?
ああ、火の粉が散ったかな。
ごめん、もう少し火から離れてようか。
…ねぇファルナ、聞いてる?」
一度強くなった炎がまだ収まらず、四方八方に火の粉が飛び散っていた。
暖かい色の火に照らされているはずのファルナの顔が、妙に青く見える。
ファルナ「ひぅっ!」
スゥ「おいおい、そんなに怖がらなくても。
火傷しないから大丈夫だよ。
…
…!まさか…」
過剰に火の粉に怯えるファルナを見て、スゥは何かを思った。
スゥ「ねえ、ファルナ。ひょっとしてお前…火を使えない理由、って…」
ファルナ「い、言わないで…もう炎は見たくないの!!」
スゥ「…
ファルナ…炎ポケモンなのにどうして?
今までに何かあったのか?」
息を上げながら声を荒らげるファルナに、スゥは穏やかな口調で尋ねた。
…やがて焚き火の火力が衰え、それにつれて彼女は落ち着きを取り戻していった。
ファルナ「やっぱり、言っておかないといけないよね…。
…スゥ、聞いてほしいの。」
スゥ「わかった。話してみてよ。」
ファルナ「あのね…さっき私が野生だった頃があるって言ったでしょ?
それから研究所に来た訳、ごまかしてごめんね…。」
スゥ「何かあったんだね。さっきの『いろいろ』って…」
ファルナ「うん…。
私が今よりももっと小さいころ、野生だった時にね…お母さんとお父さんと離れ離れになったの。
突然、すごく強い、怖い炎ポケモンに襲われたせいで…。」
スゥ「…」
ファルナ「私はその時に博士の助手達に見つけられて助けられたの。
その人達は、私みたいに行く宛てのないポケモンを保護してくれてるの。」
スゥ「博士、研究だけじゃなくてそんな事もしてたんだ。知らなかった…。」
ファルナ「私だけが博士達に助けられたの。
お母さんとお父さんは炎が激しくて、助けに行くことが出来なかったんだって…。」
スゥ「それで、離れ離れに…。」
ファルナ「博士は、きっとお母さんもお父さんも生きてるよ、って励ましてくれた。
だから、私もそう信じてる。」
スゥ「ん…。」
ファルナ「助けられてから暫くは、みんな怖い人に見えて人と話せなかったの。
でも、施設の中でぜにちゃん…あ、今はアクアちゃんだけどね。
それと、ロゼちゃんに出会って、二人とも私と友達になってくれて仲良くしてくれた。
だから私はまた人とおしゃべりができるようになったんだけど。
…
…あれからずっとね、火が怖いの。
見るのも怖いくらいだから、使うことなんてきっと…」
スゥ「ご、ごめん…。そんな事が有ったら怖いに決まってるよね。
知らなくて焚き火なんか熾してごめん。」
ファルナ「ううん、謝らないで。私の方こそ、謝らないと。
本当は昨日からずっとスゥに言っておかないといけない、って思ってたの。
だけど、もし私が火を使えない事を知って、
スゥに『それなら他のポケモンを選ぶ』、って言われるのが嫌で…」
…ねぇ、スゥ。火が使えなくても私、強くなるから!
だから…その…
お願い、見捨てな…っ」
スゥ「ファルナ。」
スゥはファルナが言葉を言い終わる前に、名前を呼んで頭を撫でた。
彼の顔をちゃんと見る事が出来ず俯いているファルナ。
頭に乗る優しい感触で、ぷつっと緊張の糸が切れてしまった。
ファルナ「ぅ…ぅぇっ、…ぅぇぇえん!!」
スゥ「辛かったんだな、ファルナ。
ごめんな、思い出させて。」
ファルナ「ううっ、うぅっ、グスッ…」
スゥ「大丈夫。まだまだずっと一緒に旅しような。まだ始まったばっかりだろ!」
ファルナ「グズッ…でもっ、火がっ、使えないから…
きっと、グスッ…弱くて…っ…」
スゥ「火が使えなくても、十分強かったじゃないか。
それに、俺はファルナと旅をしたいからファルナを選んだんだよ。」
ファルナ「グスッ…スゥ…。」
スゥ「ファルナ、俺も火は怖いよ。
…だけど、人間はそれでも火を使いたいんだ。」
ファルナ「えぅ…?」
スゥ「火は確かに怖いよね。
熱くて火傷するし、火事になれば家は焼けて無くなっちゃうし、
もしかしたら死んでしまうかもしれない。」
ファルナ「っ…」
スゥ「でも。」
ファルナ「…でも?」
スゥ「…でも、怖いばかりじゃない。火が無いと人って生きていけないだろ。
今だって、ご飯を作るのに火を使ってるよね?
火がないと美味しいご飯が食べられないだろ?
冬が来て寒くなれば、火がないと凍えて死んじゃう。
…やっぱり火がないと生きていけない。
そう考えたら、人を守る炎もあるんだ、っていう見方もできるだろ?」
ファルナ「人を守る炎…」
スゥ「ファルナのような優しい炎ポケモンが使う火はきっと、そういう火じゃないのかな。
お父さんやお母さんを襲った怖いポケモンが使ったような『怖い火』なんかじゃない。
…今はまだ火が怖いかもしれないけど、いつかちゃんと使えるようになるよ。
ゆっくり、焦らずにいこう!」
ファルナ「グスッ…スンッ…
うんっ!
ありがとうスゥ…!
私、やっぱり火が使えるように頑張ってみる!
…今は怖いからイヤだけど。」
スゥ「その意気!
それと、俺もファルナのお父さんとお母さんはどこかでちゃんと生きてるって信じてる。
これからの旅で、もしかしたら会えるかもしれないよ!」
ファルナ「本当に!?」
スゥ「ファルナだって信じてるだろ?博士もそう言ってるんだ。
会えるよ、きっと!」
ファルナ「…うん!」
スゥ「よし、この話はここでおしまいっ!
これからご飯作るからな。一緒に作ろう!
早速火を使ってみよう!」
ファルナ「はい!」
スゥは、ファルナが元気を取り戻したことに一安心した。
取り戻したどころか、昨日からずっと言えずに溜めていたものを吐き出して
昨日にも増して元気になったように見えた。
スゥは彼女の手を取りながら、硬い木の実を串に刺して火にかざす。
少し怯えながらではあったが、柔らかい食感の甘い焼き木の実が出来上がった。
スゥ「ふー、食べた食べた。中々上出来だったな~!」
ファルナ「ごちそうさま~。おいしかったね!」
スゥ「俺達、けっこう料理の才能あるかもしれないな!
これなら野宿も大丈夫だ!」
ファルナ「うん!」
スゥ「それにしても、近くに水があれば体が洗えたんだけどな。しょうがないから今日は拭くだけで我慢してもう寝るか。
明日の昼くらいにはトキワシティに着けると思うよ。」
ファルナ「トキワシティってどんな場所なんだろうね?」
スゥ「トキワはトレーナーが必要な施設は一通りそろっている場所だって母さんが言ってた。
トキワに着いたらまたベッドでのんびり寝られるよ!」
ファルナ「やった!明日が楽しみだね!」
スゥ「コラッタ達がまた襲ってくるかもしれないから、町に着くまでは油断できないけど。」
ファルナ「大丈夫!私がまたやっつけてあげるから!
それじゃあ、おやすみー。」
スゥ「オヤスミー…って、何処で寝てるんだよ。」
ファルナはスゥに寄りかかって寝ようとしている。
ファルナ「だって一人で寝るの寂しいんだもん。」
スゥ「…まあいっか。
マット敷くから。
それに、火を消してからな。山火事になったらいけないだろ?ちょっと待ってて。」
スゥは靴でこそぎ集めた砂を焚き火に掛けた。
火が消えて辺りは真っ暗になった。
スゥ「これでよし。
ちゃんと横になって寝ないと休まらないよ。ほら、おいで。」
敷いたマットを手探りで見つけて横になり、手でマットを叩いて
ファルナに場所を知らせる。
暗闇で彼女の顔は見えないが、口調で上機嫌であることがスゥには分かった。
ファルナ「おやすみっ!」
スゥ「ん。おやすみ。」
ファルナ「(スゥ、ありがとね)」