まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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サントアンヌ号のデッキにて、ロケット団員『スフィア』と接触したスゥ達。
不穏な態度を取られるも、一旦その場では被害を受けなかった彼ら。
彼女は夜の「ダンスパーティ」を楽しみにしていると言うが、言葉通りの意味か、それとも…


Report6-7 [夢の中へ]

スフィアとの一件の後、気を取り直してダンスの練習をみっちりこなしたスゥ達。

『明日は筋肉痛だろうな…』と覚悟するまでに努力した甲斐もあり

それなりに『サマ』になった模様。

 

無事、パーティーの時間までにスキル習得が間に合った彼らだったが、これからがまた一仕事。

 

……勿論、その仕事とは『衣装選び』だ。

 

 

とはいえ、いきなり吊るしの衣装を見た所で、着た姿のイメージは中々湧かないもの。

そこでレヴィンとカスミの提案により、まずは会場に既に集まっている参加者たちの衣装姿を見る事にした。

 

 

日も傾き、空が少しずつ赤色に染まる時刻。

そんな経緯でスゥ達一行はサントアンヌ号船内の大ホールを訪れていた。

 

 

「Oh!カスミ、もう結構集まってマスねー!」

 

「そうね。

 まだ始まるまでは少し時間があるけれど、あまりモタモタは出来ないわよ!」

 

 

例に漏れず、その大部屋もまた豪華なものであった。

 

船内と思えない程に広々とした空間。収容人数は優に100を超えるだろうか。

壁面は大きなガラスになっており、夕日に染まる海が目に映る。

 

そこには、鮮やか過ぎない落ち着いた色合いのワインレッドのカーペット、

煌びやかなシャンデリア。

ホールの中心にはステージがあり、マイクや黒々と輝くピアノ、目眩めく黄金のトランペットなど、

奏者を待つ楽器達が並ぶ。

 

 

そんな広大で優雅なスペース。

この場所こそが、カスミのお目当てである『ダンスパーティ』が行われる会場であった。

 

既に豪華な衣装に身を包んだ人々の姿が見られる。

パーティが始まるまで談笑する者、窓から夕日を静かに見ている者、

異性に目配せをしている者…

行動は様々だが、誰彼もが落ち着きのある立ち振る舞い。

 

…人間、ポケモン問わず、『大人』の集まる空間だ。

 

「な、なあノン…」

 

「む……なんだ?スゥ。」

 

 

そんな大部屋で、居心地が悪そうに肩を狭めながら

ひそひそ声でスゥとノンが話している。

 

 

「…あのさ、『場違い』……って感じじゃない?俺達。」

 

 

「……言うなよ。

 それを認めた瞬間、ここから逃げ出してしまいそうだ。

 そんな訳には……行かなさそうだろ?」

 

 

ノンはそう言って、彼らのポケモン達の方を見やる。

……それはそれは、皆揃いも揃って目を輝かせている。

 

大ホールの造りに対してだけではない。

一番、彼ら彼女らが心躍っていたもの。

 

それは『会場の人々の衣装』…主には女性の『ドレス』であった。

 

 

「わぁ~……!!

 どの人もみんな綺麗……!」

 

「ああいうのが『ドレス』なんですね!

 皆さん、服がキラキラしています……!」

 

「白、黒、赤、緑、青……色だけでも沢山。

 ヒラヒラしたのもありますし、ピッチリしたのも‥…

 こんなにたくさんの種類があるんですねぇ…!」

 

 

そんな感じできゃいきゃいと浮足立つ女性陣。

いまさらスゥ達が怖気づいてダンスパーティーを欠席する、とか言い出せば

一体どれほど『失望』されることやら。

 

そう身震いしながら、スゥとノンはパーティー会場に集まる男性の衣装を見る。

 

 

「『タキシード』…って、テレビでしか見た事無かったよ。

 実物ってこんなにカッコいいんだなあ…」

 

「俺も、ただスーツを少し豪華にしただけだと思ってたんだが…

 まあ、アレくらい迫力がなければ女性の『ドレス』とは釣り合わないか…」

 

 

今から自分達も『それ』をレンタルして着るのかと思うと、

何故だか気恥ずかしくなって頬が熱い。

 

そんなスゥ達を後押しするように、レヴィンが勇気付けようとする。

 

 

「ドンウォーリー、スー、ノン!

 そして他のレディース&ジェントルメン!

 こっ恥ずかしいのは初めだけ!着てしまえば慣れてしまいますヨ!」

 

 

『恥ずかしいのは初めだけ』や『すぐに慣れる』……そういうものだろうか?

と、半信半疑ながらも、レヴィンの心遣いに感謝する『ファルナとメルティ以外』の全員。

 

何故、ファルナとメルティは除外なのか?

……それは、彼女らは『慣れること』については経験済みだからだ。

ハナダシティの服屋での件。

着慣れない、露出の高い服を着せられた時の事だ。

 

 

「あ、ピコちゃん、ベルノくん、サイくん!

 見て見てー!

 小さい子供もいるよ!」

 

「んにっ!ホントだ!

 大人たちが着てる服にそっくり!」

 

「ふーむ、まあ悪くはない。

 しかしワレの普段着の方が遥かに上等!高級じゃがの!

 ……仕方が無い。王たる者、時には庶民共に合わせてやることにしよう!

 わははははは!!」

 

「……フォゥ…」

 

 

最早お馴染み、ベルノの唯我独尊節。

相変わらずだなあ…と苦笑しながらも、楽しそうに子供たち4人は衣装を眺める。

 

 

 

そんな中、ベルノの騒ぎ声を聞いた何者かが声をかける。

 

 

「…あら?やっぱり!ベルノ君!

 あなた、あなたー!」

 

 

声の主は純白のドレスに身を包み、その美しさに引けを取らない『白磁のような一本角』を額から生やしている。

それらが、燃えるようなオレンジ色の髪によく映える…

 

…スゥ達の記憶に新しい、『ギャロップ』の婦人、サラだった。

 

 

「ほいほい、何じゃいの?サラ…

 ん…?

 …おおおっ、スゥ君達じゃないか!」

 

 

当然、サラが『あなた』と呼ぶ者も同席していた。

彼女の夫である、ポケモン大好きクラブの『会長』だ。

 

彼はスゥ達を見つけると、目を丸く見開き

高く手を上げながら呼びかけた。

 

 

「会長さん!船の中で何となく会う気はしてたけど…!」

 

 

スゥは会長に改めて昨日の礼を言い、

まだ面識のないノンとカスミ達に、会長を紹介するとともに

昨日のいきさつを話した。

 

会長は若い面子が並ぶ様を見て、自慢の白い髭を弄りながら機嫌を良くしている。

 

 

「ほうほう…オーキド博士の御親族に、ハナダシティのジムリーダーさんとな…!

 レヴィンお嬢さんは何かモデルでもやっておるのかの?えらい別嬪さんじゃのう。

 うーむ、流石というか、ポケモン達も皆イキイキとしておるわ。

 さぞ腕も立つことなんじゃろう。

 …して、君らもここに居るということは出るんじゃろ?『ダンスパーティ』に。」

 

 

会長の質問に、スゥとノンは頬を掻きながら照れ臭そうに答える。

 

 

「ま、まあそうなんですけど…」

 

「いざ来てみたら圧倒されてるというか…

 何せ、衣装選び一つでも悩んでいるので。」

 

 

そんな二人の様子を、会長とサラは生暖かい表情で見ながら

彼らの緊張を解くように話す。

 

 

「そりゃ戸惑うのも無理もない。君らは『ワシらと違って若い』んじゃ。

 中々こんな経験も無かろう。

 …安心せい。この場におるのは皆、立派な紳士淑女の集まり。

 不慣れな君らの事を馬鹿にする者など一人もおらん。」

 

「そうですよ。第一、せっかくの機会なんです。

 何より『楽しむ』事が一番大事ですよ。

 皆さんの変身した姿、私も楽しみにしていますわ。」

 

 

連れ合いの年季を感じさせる、穏やかで貫禄のある二人の態度。

会長とサラの言葉に、スゥ達は随分心を軽くさせられていた。

 

 

…しかしスゥだけは会長の言葉の中で、少々引っ掛かりも感じていた。

会長はしきりに、スゥ達の事を『若い』という。

いや、それ自体には疑問点は無い。

もちろん、会長の年齢から見れば間違いなく若いのだ。

 

引っ掛かる部分は、『ワシらと違って』だ。

会長の隣に立つサラは、肌や髪の艶など、どれをどう見ても若い。

20代…とは言わないが、少なくとも30代の見た目をしている。

それを、そのような言い方をしたらサラは内心怒るのではないのか?

『私だってまだ若いのですが』…と。

 

それなのに、サラは会長の言葉に怒る事なく、穏やかな面持ちだ。

一体なぜ?

 

…会長かサラに、その心を聞いてみたいスゥだったが、

なにぶん女性の年齢にまつわる話。

気安く尋ねては失礼に当たると思い、喉元まで出かけた言葉を飲み込んだスゥ。

 

 

(…ノン達は気にならないのか…?)

 

 

そう思うスゥだったが、ノン、カスミ、そしてファルナ達も皆

特に疑問に思っていない様子で、興味は周りのタキシードやドレスに移っていた。

 

そうしている内に、会場の大きなガラス窓から見える夕日が

次第に水平線に近づいていく。

 

カスミは会場の時計台をソワソワしながら見て、スゥ達をせっついた。

 

 

「さあさあ!みんな十分衣装の参考になったかしら?

 そろそろアタシ達も選びに行かないと、パーティが始まっちゃうわよ!

 最初にも言ったように、男共はサクッと着替えられるけど、女性は時間が掛かるんだから!」

 

 

彼女の言葉にハッと我に帰るファルナ達。

皆はまだ選びきれていない様子だったが、カスミの言う通り、

このままグズグズ考えていては肝心のパーティに間に合わない。

 

折角、このパーティを楽しめるように、

そして、着飾れる事を楽しみにしてダンスの練習をしてきたのだ。

 

あとは現物を見て、ある程度は自分の直感に任せよう。

 

そう皆が踏ん切りをつけ、会長たちに一旦別れの挨拶をすることにした。

 

 

「会長さん、サラさん。

 俺たち、これから衣装を選んできます。

 折角会えたのに、あまりお話が出来なくてすみません。」

 

 

スゥの言葉に、会長とサラは笑顔で答える。

 

 

「ほっほっ!良いんじゃよ。

 また後でも時間はあるかもしれん。まずはお嬢さんのいう通り、

 早くオメカシをして来るんじゃ!」

 

「皆さんのパーティー衣装姿、楽しみにしていますわ。

 気にいる物が有れば良いですわね。」

 

 

会長達がスゥ達を送り出そうとしたその時。

 

 

 

 

ポロン……

 

ポロン…

 

 

 

 

……会場のステージ中央に設置しているピアノの音色が響いた。

その場にいる人々が、音源の方を見やる。

 

そこには、長く艶やかな黒髪、そして美麗な漆黒のドレスを纏う女性が

ピアノの鍵盤に指をかけていた。

 

 

「Oh…!?あのレディーは…!」

 

「っ…!!スフィア…!?」

 

 

スゥ達はすぐにその者の姿を見て身構えた。

…つい先ほど会ったのだ。忘れるはずがない。

 

ロケット団員、『スフィア』。

 

何か企んでいるとは思っていたが、やはり彼女は現れた。

 

しかし、スゥ達以外の人々は、スフィアが何者であるのかなど知らない。

側にいる会長やサラもその例に漏れず、無防備な表情でピアノの方を見ていた。

 

 

「うむ…?ほうほう成る程、パーティーまでの余興かの?

 ピアノ演奏とは、良い計らいじゃのう。」

 

「ええ、楽しみですわ。

 パーティには偶にこのような『サプライズ』がありますものね。

 …それにしても、綺麗なご婦人ですわ。

 『黒』のドレスがよく似合っていますわね。」

 

 

スフィアの妖艶な佇まいに、会場の人々は視線が釘付けになっていた。

そんな中、スフィアの指がピアノの鍵盤の上を走り出す。

 

 

「ふふ……是非とも、皆さまご清聴下さいませ…!」

 

 

何やら本格的に演奏を始めた彼女。

スゥ達は警戒してスフィアの動向を見るも、

意外なまでの演奏の巧妙さに、思わず聴き入ってしまう。

 

彼女が奏でる旋律は、心落ち着かせるような、しっとりとした

聴き心地の良いものであった。

 

 

 

「アイツが確かスフィアって奴よね…?

 いきなりピアノを弾き始めて、何のつもりかしら?

 …なんか、めちゃくちゃ上手だけれど…」

 

「…奴が『ロケット団』だという事さえ無ければ、

 このまま黙って聴いていたい程だな。」

 

 

 

カスミとノンは小声で耳打ちし合う。

…ただの気まぐれな悪戯か?

あるいは、『ロケット団』の身分を隠し通し、本当にこのパーティーの主催者から

サプライズ演奏を任されているのか…?

 

折角の流麗な演奏を、このような雑念無しに聴きたいスゥ達であったが、

それでも警戒を解く気分になれない。

 

 

彼ら以外のパーティー会場の人々は、細く白い指が奏でるメロディーを

リラックスした面持ちで楽しんでいた。

 

 

 

……が、そんな時間は長くは続かなかった。

 

 

 

……メロディーの調子が少しずつ変化する。

心落ち着かせていたはずの旋律に、『不純物』が混じっていく。

 

…それは『不協和音』。

 

初めのうちは、ただのスフィアの演奏ミスか?と思った人々だったが

次第に、その不協和音が頻出する。

 

 

…瞬く間に、整った旋律が綻んだ。

そして、いつの間にか流れ始めた『全く別の曲』。

 

 

それは到底心落ち着かせるようなものではなく、

聴く者の『不快感・不安』を煽るような不気味なメロディー。

 

 

 

-----------------寒気がする-----------------

 

-----------------怖い……-----------------

 

……………………………………………………

 

………………………気が…………

 

………………………………

 

………おか、しく………

 

………………

 

 

 

『ああああぁぁぁぁ!!!』

 

 

『嫌ぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

 

…そこかしこから悲鳴が響き渡る。

 

パーティー会場に居るポケモン達が皆、頭を抱えながら苦しみ始めた。

 

 

「ああ、そう…良いですねぇ…!

 皆さま、是非ともご唱和願いますわ……!」

 

 

悲鳴が上がる中、スフィアは会場の中心で心地良さそうに演奏を続けている。

 

 

「ああ…聞こえますわ……皆さまの、『不安』…『後悔』…『恐怖』が……!

 何て心地良い…『心の奥底に秘めた声』…!!

 そう、その声こそが…!」

 

 

…何故か、ポケモン達『だけ』が苦しんでいる。

彼らの悲鳴が、スフィアの奏でる悪趣味なメロディーを一層際立たせていた。

人間達は不快なその曲の中、彼らのパートナー達が狂乱している様に

どうして良いか分からず、只々困惑していた。

 

 

…混乱を生じているのは、スゥ達のポケモン、ファルナ達も例外ではない。

 

 

「あぁっ…!?ぐっ…あ……!」

 

「なっ…!?

 う…この感覚…っ!」

 

 

スゥとノンは、苦しんでいる彼らに名前を呼びかけている。

 

しかし、その呼びかけは彼らの耳に届かない。

確かに、今この空間に流れる曲は不快なものだ。

しかし、一切の行動を封じられてしまう程の『何か不思議な力』は、スゥ達には感じられない。

ファルナ達が一体何に苦しんでいるのか、全く見当がつかない。

 

 

「皆さま…苦しいことでしょう…辛いことでしょう……

 ……そんな『不安』を持ちながら、目を逸らして生きるなんて……

 なまじ、中途半端に『善良』であろうとするばかりに……!

 『主人』を想うばかりに……あははははは!!」

 

 

この状況を心底楽しそうに、スフィアは高らかに笑う。

 

 

「嘆かわしいですわ…!

 心の奥底にある『不安』に抗うなど、所詮不可能なのです。

 美辞麗句で覆い隠しても、消えはしない。

 そんなみっともない姿……皆さま…

 『美しく』ありませんわ。

 ……

 …沈んでしまえば楽になりますのに。

 ……ワタクシが、あなた方を救って差し上げますわ。」

 

 

そう呟いた途端、スフィアは演奏を突然中断した。

そして、ピアノの椅子から立ち上がると、

彼女は『阿鼻叫喚』のパーティー会場を満足気に見下ろし…

 

……パチンッ!…と、指を鳴らした。

 

 

その瞬間、苦しんでいたポケモン達の声が一瞬で鎮まった。

パタリ、パタリ、と次々にその場に『昏倒』して伏せる彼ら。

その表情は決して安らかなものではなく、苦悶が痛々しく浮かぶ。

 

パートナーが意識を失い、それぞれのトレーナー達はポケモン達を揺さぶり起こそうとする。

 

…苦しんでいる度合が少なかった一部のポケモンは、それで意識を取り戻す者もいた。

 

しかし、そうでない者達も大勢…

 

 

 

「サラ…サラ!!どうしたんじゃ!!

 目を覚ましておくれ!!」

 

 

「……ファル…ナ…!?おい、ファルナ!!」

 

 

 

その大勢の中に、サラとファルナの姿もあった。


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