まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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Report6-6 [主人]★

夕方に開催されるという、サントアンヌ号のダンスパーティに向けて

レヴィンとカスミをコーチに、ステップの練習をしていたスゥ達一行。

コーチ陣以外は皆、豪華客船でのパーティに参加した事など一度も無いため練習に悪戦苦闘する。

 

そんな中、3人で練習していたスゥ・ファルナ・レヴィンは

艶やかな長く黒い髪とドレスを身に纏う麗人、『スフィア』に出会う。

 

彼女も『ダンスパーティ』に参加するのだとスゥ達に伝え、友好的な言動を取るも

見る者に寒気をもたらす冷たい笑みを浮かべていた。

 

蛇に睨まれた蛙のごとく三人に緊張が走る。

 

__________________________________

 

「っ……、よ、よろしくお願いします。」

 

 

目の前のスフィアに強く警戒しながらも、スゥはこの場を穏便に乗り切ろうと

友好的な態度を貫こうとする。

彼は、硬直しそうな頬の筋肉を強引に動かし、何とか笑みを作っていた。

 

 

……只の思い過ごしなら良いのだが。

 

 

そんな微かな望みを抱き、スゥはスフィアの返答と出方を伺う。

 

 

「あら?フフフ……

 どうしたのかしら、そんなに緊張しちゃって。

 ねぇ、綺麗な『長い銀の髪』のボウヤ。

 折角だから貴方の『お名前』、教えてくれないかしら……?」

 

 

冷たい笑みを崩さぬまま、淡々とした口調でスフィアはスゥに問う。

その問いに、スゥとファルナは一層警戒心を膨らませる。

 

彼らの内心を知るか知らずか、スフィアは楽しげに小さく笑いながら

細い指でスゥの喉を軽く撫でる。

妖しげな視線で彼を品定めするように。

 

 

「ちょっと顔は可愛すぎるけれど……いいわねえ。

 成長すれば、きっとイイ男になるわ……」

 

「っ…!」

 

 

スゥは喉をゴクリと鳴らす。

決してスフィアの容姿に見惚れているからではない。

 

彼は見つけてしまった。

今の体勢では、否応無しに視線が向かってしまう先のものを凝視していた。

 

大きくVの字に開かれたドレスを纏う、スフィアの胸元…

 

…そこに掛かるネックレスが、確かに『R』の文字を象っていることを。

 

 

もう間違いない。スフィアは『ロケット団員』だ。

 

 

そう確信したスゥの額から一筋、冷たい汗が流れるも

振り絞るように彼はスフィアに問う。

 

 

「やっぱり、ロケット団か…!!

 今度は何を企んでいるんだ!」

 

 

精一杯に強がるスゥに一切動揺せず、楽しそうに見ながら

スフィアは指を止めて呟く。

 

 

「フフ……。可愛いわねぇ、強がっちゃって。

 …そう睨まないのボウヤ。

 言ったでしょ?『ダンスパーティを楽しみたい』って。

 ワタクシ、美しいものをこよなく愛していますの。

 貴方のこと、気に入っちゃったからお誘いでもしようかと思ったのだけれど…」

 

 

『ロケット団』だとスゥに呼ばれても尚、妖艶な笑みを崩さずに語るスフィア。

彼女は何かに気づき、そこで言葉を途切らせた。

 

 

「がうぅぅぅ……!!」

 

 

スフィアが横目で視線を向けた先。

ファルナが鋭い目でスフィアを睨み、唸りながら髪に炎を灯している。

ゴウゴウと音を立て、燃え盛る炎。

 

それを見たスフィアは、口元をわずかに上げて再びスゥに顔を向けた。

 

 

「…残念だけどお誘いは難しそうね。そっちのお嬢ちゃんを怒らせちゃったみたい。

 ほら、今にも『焼き尽くしてやる』って言わんばかりだもの。

 ね。お嬢ちゃん?」

 

 

「……『私の主人』から離れて。今すぐ。」

 

 

全く威嚇が通じていないかのようなスフィアの落ち着いた態度。

その態度が更にファルナの神経を逆立てる。

 

ファルナの言葉通り、程なくしてスフィアは口元に指を当て

クスクスと笑いながらスゥから離れた。

 

 

「フフ…『私の主人』…ね。

 賢いお嬢ちゃんですこと。

 さっきから頑なに名前を教えてくれていないものね。

 『あなたの主人』は。

 …

 さてさて。それでは夜のパーティーでまたお会いしましょ?」

 

 

そう言ってスフィアは高いヒールの踵をコツコツと軽やかに響かせながら

スゥ達の元を離れていく。

 

彼女の姿が遠くになるまで、警戒を解かないスゥ達。

 

不意討ちで襲ってこないか身構えていたのだが、

彼らの予想に反し、スフィアはただただ離れていくばかりだった。

 

そして彼女の姿は船の中へと消えて行った。

適当な扉から船内に入っていったのだろう。

 

_______________________________________

 

…一先ずは、身の危険が去って行ったかと

スゥ達は胸を撫でおろしていた。

 

 

緊張が解けたその瞬間。

 

 

傍らでただ冷や汗をかいているだけだったレヴィンが問う。

 

 

「スー、ファル!

 い、今のは何だったのデスか…?

 何やらデンジャラスな空気でしたが…?」

 

 

『何だか嫌な空気だった』、とレヴィンが意図しているのだと理解して

スゥが答えようとした矢先。

 

 

「みんな、大丈夫か!?」

 

「何やってたのよアンタ達!?」

 

 

レヴィンと同じように、張りつめた空気が解けたのを感じて

ノンやカスミ達が合流してきた。

 

 

「アンタ達がまたダンスの練習飽きてるんじゃないかと思って見てみれば!

 やたらとセクシーな人に絡まれてたじゃないの!」

 

「世間話をしてた、という空気では無かったな。」

 

 

状況がよく分からないカスミとノンが、スゥ達に問いかける。

 

 

「なんかファルも怖い顔してたし。

 アンタ、また他の女に鼻の下伸ばしてたんじゃないの?」

 

 

カスミの質問に、ガクッと肩を落とすスゥ。

まだカスミと会ってからはほんの数日なのに、酷く軟派な印象を持たれている事について

彼は真面目に傷ついていた。

 

とはいえ、今はそんな事を気にしている場合では無い事も分かっているスゥ。

 

 

何せこのサントアンヌ号内に『ロケット団』が潜んでいる事が判明したのだ。

先程は特に被害を受けなかったが、また何を企んでいるのか分かったものではない。

まずはあの場にいたレヴィンも含め、スゥとファルナは全員に事のあらましを語り、

それぞれ注意するように促した。

 

 

ひとしきり話を聞いた後、カスミが腕を組みながら口を開く。

 

 

「ふーん…最近はあまり縁が無いと思っていたのに、

 ここにきてロケット団の名前を聞くとはねえ…。

 アンタ達の話だと、その『スフィア』って人の企みは分からなかったのよね?」

 

「ああ、『ダンスパーティーを楽しみにしてる』って感じで

 はぐらかされて終わったよ…」

 

「ま、そりゃ『何悪い事企んでるの?』って聞いてバカ正直には答えないでしょうね。

 まさか本当に休暇でサントアンヌ号を満喫しに来ました~!…なんて事も無いでしょうし。」

 

 

カスミの自問自答のような話を聞き、

顎に手を当てていたノンが皆に考えを言う。

 

 

「ただ…推測は出来るな。

 恐らく『金』だろう。

 夜はダンスパーティーとか、他のイベントで船内がガラ空きになる。

 その時間を狙って、空いた部屋の金品を盗むつもりじゃないのか?」

 

「ああ、それはありそうね…。

 そう言う意味で『ダンスパーティーを楽しみに…』なんて意味深に予告したのかも。」

 

 

さもありなん、とカスミもノンの推測に同意する。

一方、頬に指を当てながらレヴィンは首を傾げていた。

 

 

「Ummm…それはちょっとディフィカルトかもしれませんネェ…」

 

「と、言うと?」

 

 

異を唱えるレヴィンに、ノンは問いかけた。

 

 

「このサントアンヌ号に乗っているのはリッチマンばかり。

 確かに、船内にはたくさんのマネーやお宝がありますが…

 それだけに、部屋のセキュリティもパーフェクトなのです。

 部屋の主か、船長以外、開けるのはインポッシブルだと思いますヨ。」

 

 

彼女の返事に、ノンは『むむ…』と呻って納得した。

言われてみればその通りだと。

それに加えて、とレヴィンは言葉を続ける。

 

 

「しかも、筋骨隆々でタフなガードマンだってたくさんいます。

 パートナーのポケモンが強いのも当然ですが、『彼ら自身』もベリーストロングなのです。

 何せ人間なのに、ヘタなポケモンよりも強いHENTAIな方々ですから…

 セキュリティに引っ掛かってしまったら、その時点でジ・エンドです。」

 

 

彼女の言葉に、スゥはサントアンヌ号を初めて見た時のことを思い出した。

確かマチスという名前の大男だったか。

レヴィンが言うように、筋骨隆々かつ強面な男。

オマケに、おそらく本物であろう『銃』まで持っている。

 

あんなのが何人も警備しているこの船で悪さをするのは難しそうだ…

 

スゥだけでなく、ノン達もそう思った。

 

 

「あー、逆にロケット団の立場なら、アタシは襲わないわ。この船。」

 

「…同感だ。

 冗談と思ったが、カスミの言っていた『本当に休暇を楽しんでる』って説も

 あながち無くはなさそうに思えてきた。」

 

 

伸びをしながらリラックスした表情のカスミとノンが言い合う。

案外、何事も無いのではないかと思い、この件については『注意する程度にしておこう』と

皆の考えが纏まり始めていた。

 

 

「それにしても、レヴィンさん。

 やっぱりこういう豪華な船に乗り慣れてるのですか?」

 

「ホワット!?

 な、なぜそう思ったのデスか…?」

 

 

唐突なアクアの質問に、レヴィンが虚を突かれたような表情をした。

 

 

「あ、いえ。

 カスミさんが『何を楽しみにサントアンヌ号に来たか』ってクイズを出した時も、

 今の『船の部屋や警備』の話でも…

 随分、場慣れしているというか、色々ご存知だな~って思って。

 ガードマンさんが『ちょっとしたポケモンより強い』なんて事も。」

 

 

純粋な興味で尋ねるアクア。

別に『乗り慣れてる』とだけ答えれば良いものを、

レヴィンは何故か詰まりながら言葉を選んで答える。

 

 

「お…Oh~!

 ま、まぁ慣れてるって程でも無いんですが…

 …いえ、ノーですノー!

 ミーは慣れてるから知ってただけなのデース!

 たまたま、ガードマンとトークする機会が有ったんですヨ。

 『俺のトレーニング相手はゴーリキーなんだぜ!』って自慢される殿方でした。」

 

 

「ご、ゴーリキーを相手にトレーニングですって…?

 どんなバケモノ人間よ、そいつ…。

 まあ、さすがにそれはウソでしょうね。

 レヴィンちゃん。

 大方、そいつは貴方の気を惹きたくて自分を大きく見せたってだけよ。

 だって『ゴーリキー』よ『ゴーリキー』。

 パンチひとつでコンクリートの壁に穴を空けられるようなヤツよ?

 人間が対抗できるような相手じゃないわ。」

 

 

レヴィンの語る男がウソをついていると言い切るカスミ。

そう言い切れるレベルで、その男の自慢はあまりに現実味が無いものだったからだ。

 

カスミの言葉に、アクアも小さく笑いながら続く。

 

 

「ふふふ、でも男の人が気を惹きたくなるのも分かりますよ?

 レヴィンさん、本当に美人ですもの。」

 

 

そんなアクアの台詞に、レヴィンは顔を赤くして慌てて話題を逸らそうとする。

 

 

「み、ミーをおだてても何も出ませんヨ~!?

 ミーなんかより、それこそさっきのミズ・スフィアの方が

 もっとセクシーでしたし…!

 あ、ミズ・スフィアといえば…あの時、ファルがカッコ良かったんですヨ!」

 

 

「えぅっ!?

 私、何かしたっけ…!?」

 

 

急にお鉢が回ってきたファルナ。

彼女には何の話か、まったく見当がついていない様子。

 

 

その現場に居なかっただけに、一体ファルナの何がカッコ良かったのか

興味津々なカスミ達。

 

 

注目を集める中、レヴィンは顔を赤らめたまま

少しウットリとした表情で言葉を続けた。

 

 

「Oh~~……!忘れたのですか?

 スーがミズ・スフィアに詰め寄られていた時、ファルはこう言ったのデス!

 …

 …『私の主人に手を出すな!!』…と!」

 

 

ビシッ!!と指を高らかに突きつけながら、レヴィンが上機嫌に再現して見せる。

すると、

 

 

『おおおぉ…!』だの、

 

 

『ひゃああぁ…!!』だの、

 

 

男性陣・女性陣問わず色めいた声が上がった。

 

話題の中心にいるファルナと、巻き込まれ事故のスゥは真っ赤な顔で俯き、

『ああああ、あの件か…!!』と悶絶していた。

 

 

「ふぁ、ファルナちゃん…とうとうスゥくんを『主人』呼びに…!

 いや、ダメです!流石にまだ早いですよ!

 もっともっとお互いをよく知ってから…!」

 

「そ、そうですよ!

 幼馴染の私にも、スゥさんを見極める時間をください!」

 

 

…と、そんな調子でやいのやいのとメルティ達が騒いでいる。

放っておいたらどこまでも上り調子になりそうだったので、

スゥ達は慌てて水を差そうとする。

 

 

「いや、それはファルナが俺の『名前をあえて伏せて』呼んでくれたからだって!」

 

「そうだよ!!

 それにあの時は、本当にスゥが危ないって思ってたから、とっさに!」

 

 

ノンは慌てている二人の様子と、『2重の誤解』が生まれている今の状況が面白くて

笑いながらファルナに尋ねる。

 

 

「あははは!これは収拾がつかないな。

 …なあ、ファルナ。

 お前、スゥを『主人』と呼んだのって

 多分、他のポケモン達が言っている『主』とか『マスター』って意味なんだよな?」

 

「そ、そうだけど…それが何?」

 

 

やっぱりそうか、とノンは頬を掻きながらファルナに教える。

 

 

「ファルナ。この場に居る奴らがざわついているのは、『私の』…って宣言の部分ではないぞ。」

 

「へ、そうなの…?」

 

 

てっきり、スゥの事を『自分の物だ』という宣言をしたのだと思われて

からかわれているのだと思っていたファルナ。

 

 

「言葉ってのは難しいな。

 『主人』って言葉には『主』以外に『別の意味』もあるんだ。

 …なあ、スゥ?」

 

 

ノンはスゥに問いを投げかけた。

 

 

「…ああ、皆どうせ『そっちの意味』で冷やかしてるんだろうなって思ってたよ!」

 

「えぅ…スゥ、『そっちの意味』って何…?」

 

 

スゥは、今自分達が何故騒がれているのか、ファルナに答えを教えることにした。

 

 

 

「…あのな、ファルナ。

 『主人』ってのは、『夫』って意味もあるんだよ。」

 

 

 

「へー…夫かー…

 …夫ねぇ…

 …ってことは、『私の主人』……

 …

 …『わたしのおっ』…

 …

 …

 …

 ……『夫』ぉぉぉ~~~~っ!!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

周囲の人達が『何事だ』と注目してしまうほどに絶叫するファルナ。

 

つまり、言葉の取り様によっては、自分は

『私の夫に手を出すな!』

などと、とんでもない宣言をしたように思われるという事だ。

 

ようやくメルティ達が騒いでいる理由を正しく理解したファルナ。

もう穴があったら入りたい…と言わんばかりに、その場にしゃがみ込む。

 

メルティ達は皆、からかう意思は無く

ファルナのセリフを『自分の夫宣言』と受け取った結果、ざわついていたのだ。

 

 

…まさかファルナがここまでうずくまってしまうとは思わなかったレヴィン。

この話題を出した張本人という気まずさも有ったので、少し元気づけることにした。

 

 

「ふぁ、ふぁる~…?

 ドンウォーリーですよ!皆ユーをイジメる気はありませんから!」

 

「うぅぅ…ほんとぉ…?バカにしてない…?」

 

 

すっかり拗ねてしまい、細い目をして答えるファルナ。

他の者達も、少し真面目なトーンに落としてレヴィンのフォローをすることにした。

 

 

「バカになんてしてませんよ。

 ごめんなさい、ファルナちゃん。

 ちょっと浮き足立っちゃって、つい調子に乗っちゃいました。」

 

「ちゃんと名前を伏せようって、気を配ったんですものね。

 怖い空気の中で、よく咄嗟に出来ましたね。

 私は凄いと思いますよ!」

 

 

特に騒ぎ合っていたメルティとアクアが、謝ったり褒めたりしている。

多少はファルナの気も晴れたのか、小さく『うん…』と笑みを向けて答えていた。

 

 

「んにー、でも確かにさー。

 これまでも何人かいたよね?トレーナーさんに『ご主人~』って言っているポケモン。

 あれって何でなんだろ?普通に名前で呼べばいいのに。」

 

「そうじゃそうじゃ。

 我のように『家来』で構わんというのに。」

 

 

「…ベルノくん、それは違うと思う…」

 

「…フォウ…」

 

 

頭の後ろで腕を組みながら、ピコが純粋な疑問を投げる。

一方、的外れなベルノの発言は、呆れたように見るツムジとサイ以外にはスルーされていた。

 

 

「そういえば、ボルカさんもノンさんの事を『主人』って呼んでますよね?

 スターミーさんは、カスミさんの事を『マスター』って呼んでますし。

 何となく、そう呼ぶようになったんですか?」

 

 

メルティがそうボルカに問いかけた。

顔を覗き込まれた彼は、たどたどしい口調で返事をする。

 

 

「わっわた、私は!そうだな、その、『敬意』を表すためでだな!

 …いや、名前で呼んだら敬意が無い、という訳では決して無いのだが…!

 その、ノン殿の知恵、というのは私では到底生み出すことが出来ないからであって…!」

 

 

いつもの自信に満ちた張りのある声はどうした?と、ノンとアクアは頭を痛くしながら

ボルカの答えを聞いていた。

メルティはあまりボルカの口調については気にしていないのか、『成程』と納得している様子。

 

 

「ヌシはどうなんじゃ?ヌシも『ますたー』とか呼んでおるじゃろ?

 ありゃ『敬意』で呼んどるのか?」

 

 

相変わらずの尊大な態度で、ベルノがスターミーに問いかける。

彼女もいい加減、ベルノの態度に慣れてきたのか、適当にあしらいながらも答える。

 

 

「………ヌシ、ヌシって、貴方は、全く…………

 …………『敬意』…………そう、それも有るけれど…………

 …………私の場合は…………違う…………。

 …………私がカスミを『マスター』と呼ぶ本当の理由は……………

 ……………………………

 ……………『ジムリーダーのポケモン』………だから………。」

 

 

彼女らしい、抑揚の無い声でポツポツと答えるスターミー。

しかし、その答えだけではスターミーの意図が分からず、

その場の皆がクエスチョンを浮かべている。

 

スターミーの回答に補足しようと、カスミが口を開いた。

 

 

「…アタシ達ジムリーダーと、そのポケモンはね。

 一応、オフィシャルな立場だから『格式』を求められてるのよ。

 トレーナーや、そのポケモン達から憧れの的となるような、ね。

 『名前呼び』じゃあ、その箔が無いでしょ?」

 

 

カスミの答えを、『そういうものかな…?』と、未だ疑問な表情で

スゥ達は考えを巡らせている。

 

まだ飲み込み切れていない彼らに対して、カスミは続けた。

 

 

「トレーナーへの名前呼びってのは、もちろん親しい証だから悪いものじゃないわ。

 だけど、それって何処か『お友達感覚』が付き纏うの。

 スターミーのように、『マスター』とウヤウヤシク呼べば、

 『主人としてトレーナーを信用している』、そしてアタシは『この子に認められている』…

 そういう『トレーナーとしての模範』をみんなに示せるってわけ。

 ……

 …ジッサイ、アンタ達もアタシとバトルした時にはピリッと緊張しなかった?

 アタシ達ジムリーダーは、ああいう空気を重んじなきゃいけないワケ。

 バトル中だけでなくて、こういうプライベートの場面でもね。」

 

 

その場の皆は、彼女の言葉を一言一言反芻し、そして理解した。

ノンが感心した表情で、カスミに言う。

 

 

「なるほど…。思いのほか立派な理由が有ったんだな。

 確かにニビジムでもハナダジムでも、同じような緊張感が有った。

 …お前、意外と深く考えて生きてるんだな。」

 

「アンタは一言余計なのよ!

 素直に褒めておきなさいっての!!」

 

 

ノンの褒めるような、小馬鹿にしたような発言に、カスミが額に青筋を浮かべている。

そんなやり取りをスゥ達が笑う。

 

 

たった一人、そのやり取りに口を尖らせている者を除いて。

 

 

 

「……ミーはそういうの、堅苦しくてノーサンキューなんですけどね…。」

 

 

 

誰にも聞こえることの無い声で呟きながら、彼女は大きな帽子を深く被り直していた。

 

 

 


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