まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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Report6-5 [嵐の前の静けさ]

所変わり、ここはサントアンヌ号の先頭デッキ。

 

元々巨大なその船。

当然、デッキの広さも数十メートル四方は優にあり、

その気になれば大抵の球技が出来る程であった。

 

美観についても言うに及ばず。

内外装の例に漏れず、床面は光沢のあるチーク木材で出来上がっており、

落ち着いた色調のテーブルやベンチ、更にはピアノ等の楽器が配置されたステージまで置かれている。

 

そこでは数人の乗客が、テーブルに着いて読書をしていたり、

アルコールを嗜んでいたり、特に何をするでもなく目を瞑っていたり…。

そんな彼らのように、デッキに吹く心地良い潮風に当たりながら、

静かで贅沢な時間を満喫…

 

…したかったなと、スゥやノン達は遠い目をして思っていた。

 

_________________________________

 

 

「ワン・ツー、ワン・ツー…っと、うわぁっ!?」

 

「わっ!?ちょっとスゥ、足がもつれ…きゃあっ!?」

 

 

ドタバタとその場に絡まるように転げるスゥとファルナ。

慣れないステップに気を取られていたスゥは

倒れる自分の体を床面にぶつけないよう、何とか両手で支えるので精一杯だった。

 

一方、ファルナの方は人間とは違って流石の身のこなし。

急に転ばされてしまったものの、スゥが怪我をしないように

彼女の方が下になり、彼の体を受け止める体勢を取っていた。

 

 

そうした咄嗟の受け身で、二人とも怪我は無かったが

今の状態は、傍から見ればスゥがファルナを押し倒している格好になっている。

加えてファルナのロングスカートが、スゥの片脚で押し上げられている事も

いかがわしい感じに拍車をかけている。

 

まずスゥとファルナは、今の自分達の姿勢を把握するまでに数秒ほど思考が停止していた。

そして理解した途端、一瞬で二人とも顔から火を上げる。

 

 

「え、えぅ、スゥ…!」

 

「ご、ごめんファルナ!すぐに退くから!」

 

 

むらむらと何か湧き上がる気持ちがあるものの、流石にここは公衆の面前。

いくら何でも、こんな場面を周りの仲間や乗客達に見られるのはいたたまれない。

 

そんなスゥの思考を知ってか知らずか、組み敷かれているファルナの方は

押しのけるでも突き飛ばすでもなく、ただ赤くなったまま彼を見ている。

 

そんな無抵抗の表情を見せられると、『すぐに退こう』という決意が揺らぎそうになるが、

不埒な考えを払うようにスゥは首を大きく横に振り、急いでファルナの上から体を離した。

 

 

『あ…』と、ファルナは少し残念そうに声を零すも、

ふと冷静に周りを見ると、他の仲間達がチラチラとこちらを見ている事が分かった。

すぐさま焦りながら自分も起き上がり、スカートの裾を綺麗に直して呼吸を整えようとする。

 

 

その妙な空気に、一言文句を言わずにいられないカスミが

スゥとファルナに詰め寄る。

 

 

「だーっ!アンタ達マジメにやりなさいっての!

 ナニ真っ昼間からやらしい雰囲気になってんの!?

 こんなペースじゃ、夕方からのパーティに間に合わないじゃない!」

 

 

そう不機嫌に指を突き付けながら言う。

 

 

そう、彼らは今、サントアンヌ号のデッキ上でダンスパーティに向けて練習をしている所だった。

そしてカスミが言うように、それが行われるのは『今日の夕方、この場所』。

 

彼女の命令でスゥ、ノン達もダンスパーティに強制参加する運びになったが、

彼らには一度もそんな経験が無いため、踊り方など分かるはずもなく途方に暮れていた。

 

そんな中、大々的なものではないが、多少はダンスパーティに参加した経験のある

カスミとレヴィンが『コーチ』としてスゥ達を指導していた。

 

 

「Oh、カスミ!

 そんなに焦らなくてもドンウォーリー!

 最初は誰だってステップで躓くモノでーす。

 レッツ、リトライリトライ!!」

 

 

両手をパン!と鳴らし、レヴィンは大きな白い帽子から

柔らかな笑顔を覗かせてスゥとファルナに手を差し出す。

 

彼女の手を掴み、起こしてもらいながらスゥはカスミに言う。

 

 

「ま、マジメにやってるって!

 だけど今日の今日言われて、本番が夕方ってのは無茶だよ!

 レヴィンが教えてくれてるステップも、まだ『基本形』なんだろ?」

 

 

スゥの抗議に、カスミは手を腰に当てながら強気で答える。

 

 

「はー…まったく情けない。

 男が泣き言言わないの!

 人間ってその気になれば、大抵の事は数時間でサマになる程度には上達するんだから。

 ほら、ノン達だって練習頑張ってるわよ?」

 

 

彼女の言う通り、ノン達は文句を言わずにコツコツとステップの基本形を練習している。

スゥとファルナのように『ペア』を組み、実際に手を取り合いながら。

 

_________________________________________

 

ちなみに、その『ペア』の組み方はこうだ。

まずはノンとアクア、そしてピコとツムジ。

これらの二組は、気の合う者同士で自然と組む流れになった。

 

 

残るは、ベルノとスターミー、そしてボルカとメルティ。

意外にも彼らは、『余った者でとりあえず』という流れで組んだペアではない。

 

スターミーには、何とベルノの方から誘いをかけていた。

ハナダジムでの彼女とのバトルが楽しかったらしく、

『良い勝負が出来た礼をしてやろう』という妙に上から目線の誘い文句で。

 

その事にスターミーは若干の苛立ちを覚えたものの、

あれだけ酷く打ちのめしても『自分の事を恐ろしく思う』どころか、良い勝負の礼だと宣い

仲良くしようとするベルノに対しては、さすがに舌を巻いていた。

 

これまでの対戦相手は、自分の事を『悪魔』だとか『トラウマ』だとか、

それはもう酷い恐怖の対象としてきたものだ。

 

そういう連中とは全く逆の反応を示すベルノに

スターミーは少なからず興味を持ち、彼の誘いを受けることにした。

 

とは言え、ベルノにせよスターミーにせよ、ペアを組んでいるのは

互いのバトルから芽生えた『友情』のような感情によるもので

そこに『恋愛感情』は無い様子。

 

 

 

それを持ち合わせているのは、もう一方のペアである。

ボルカとメルティだ。

と言っても、正確には双方向ではなく一方通行な物だが。

 

誘ったのは、ボルカの方からだった。

彼のメルティとの最初の出会いは、ハナダシティのゴールデンボールブリッジでの戦闘。

お互いの『貰い火』で、暴走気味のテンションで彼らが戦った時の事だ。

 

メルティにとっては、自らの火力・戦闘力に自信をつける事が出来た良い機会であり、

それはボルカにとっても同じであった。

 

しかし、彼にとってはそれだけの物では無かった。

 

…単刀直入に言うと、彼はその時メルティに『一目惚れ』していたのだ。

 

その後の晩餐や、スゥとファルナをデートさせるためにノンがメルティ達を預かっていた時。

そして、メルティがスターミーを相手取り、果敢に立ち向かっていた時。

 

いつもボルカは、メルティの事を気にしていた。

 

しかし、それだけ行動を共にしていたにもかかわらず

彼には一度もまともにメルティと話す機会が無かったのだ。

 

その理由は、ただただ彼に『度胸』が無かっただけの話。

彼の感情にいち早く気付いていたアクアが、ついに痺れを切らして『発破』をかけた。

 

その結果が、今の組み合わせという訳である。

 

 

普段のボルカを知っているアクアにしてみれば、

彼がメルティをダンスに誘う様子ときたら、それはもう見てられない物だった。

 

メルティが誰とペア組もうかと周りをキョロキョロとしていた時、

アクアは『絶好のチャンス』だとボルカをけしかけるも、

普段の彼の堂々とした態度と、大きな覇気のある声は一体どこへやら。

 

モジモジとメルティに近寄り、『今日は良い天気ですね』…などと、

弱々しく消え入りそうな声で話しかけていた。

 

 

『ああ…』と額に手を当て、頭を痛くするアクアだったが、

彼女の反応とは裏腹。

結果から言えば大成功だった。

 

 

メルティの方も、誰と組むか考えていた所、

スゥを誘うのは彼女の中では当然却下。

ノンの隣にもアクアがいる。

ピコも、同年代のツムジと遊ぶ方が良いだろう。

となると、ベルノか?と考えていた所、彼はスターミーを誘っていた。

サイに至っては、無言ながら一切このパーティに参加する気が無いオーラ満々。

残るは…

 

…と、彼女の中で答えに行きついていた所だった。

そんな時に丁度ボルカから声がかかり、彼の誘いとも呼べぬ誘いを受ける事にした。

 

 

誤解無き、そしてボルカの名誉を傷つける事無きよう補足すると、

最初に述べたように、メルティは別に『余り者で仕方なく』彼の誘いを受けた訳ではない。

 

彼女としても、ボルカとの戦いで自らの潜在能力を垣間見れた事を嬉しく思っており、

彼にはその感謝をしたいと考えていた。

しかし、普段のボルカは毅然とした態度で、大事な場面でしか口を開く事がない寡黙な人物。

彼女にとっては、何となくとっつきにくい雰囲気を感じていたため、気軽に誘う事が出来なかった。

 

そう思っていた所に、ボルカのオドオドとした誘い方は

むしろメルティには思わぬギャップで、安心感を与えていたようだ。

 

そんな、ちょっとした駆け引き・思惑の中で出来上がったペアの組み合わせだった。

____________________________________________

 

スゥが周りを見渡すと、確かにカスミの言う通り、

どのペアも真面目に練習している様子。

 

彼と同様に、すぐ上達…という訳には中々いかないようだが、

レヴィンの指導を真剣に聞き、徐々に動きがサマになっていっている。

 

 

「さ、アンタも頑張りなさい!

 頑張った先には『ご褒美』が有るってもんよ?」

 

 

ニカッと歯を見せながら、カスミはスゥの気を取り直させる。

彼女の言う『ご褒美』が一体何か分からない様子だが、

とりあえずスゥはファルナの手を取り、もう一度ステップを踏む。

 

 

「よっ…と、さっきはこの動きで間違えたんだったな…

 …おっ!」

 

「あ!スゥ、出来たよ!

 えへへ、やっぱり諦めずに練習したら、夕方には間に合うかもね!」

 

 

トライアンドエラー。

スゥやファルナ、そして他の面子も、特別に飲み込みの悪い者は居ない。

一度や二度は失敗しても、同じミスを繰り返さなければ、

レヴィンの指導している『基本形』くらいは十分習得できそうな手応えを感じている。

 

 

「ああ、確かに俺のせいでファルナに恥ずかしい思いはさせたくないし…

 よし、腹を括って頑張るか!」

 

 

そう意気込み直すスゥに、レヴィンが寄ってきて言葉をかける。

 

 

「YES!

 スー、その意気デス!

 もうこの形はマスターも近いですヨ!

 あと2つか3つ出来るようになれば、その組み合わせで

 十分ダンスパーティをエンジョイできマース!」

 

 

彼らを安心させるため、レヴィンは『ゴール』が案外近い事を教える。

それを聞いたスゥ達も、とりあえず格好がつく程度にはなれそうだと勇気づけられていた。

 

レヴィンのお墨付きを貰ったところで、

カスミはひとまずスゥ達が軌道に乗ったと見て、他のペアの指導に向かった。

 

 

「それじゃ、アタシはピコちゃん達を見てくるからね。

 レヴィン、あとは任せたわよ!」

 

「OK!カスミも困った事があれば呼んでくだサーイ!」

 

 

カスミを見送り、レヴィンは悪戯な表情でスゥに伝える。

 

 

「スー、ファイトなのデス!

 ファルをエスコート出来るようになれば、

 それはそれは素晴らしい『ドレス姿』を見れるんデスよ?

 これはもう、頑張るっきゃナイでーす!」

 

「そっか、本番ではドレスを着るんだったな!

 どんな衣装なんだろうな…」

 

 

練習に集中するあまり、『ドレス』の事がすっかり頭から抜けていたスゥ。

本物のドレスを見た事は無かったが、それでもテレビや本で大体のイメージは知っている。

煌びやかな衣装を纏ったファルナを想像すると、心も踊るというもの。

なるほど、さっきカスミが言っていた『ご褒美』とはその事か、と納得していた。

 

そんな彼の期待に満ちた表情を見て、レヴィンは人指し指を立てて更に煽る。

 

 

「くふっ!

 やっぱりプリティーフェイスでも、スーもトノガタですネー!

 ミーがファルにベストマッチなドレスをチョイスしますからネ!

 …それはもう、スパークリングにシゲキ的なものを!」

 

「ぷ、ぷりてぃー…って…」

 

 

また『女顔』とでも言いたいのだろうか、とスゥは少し肩を落とすも、

レヴィンの言う『シゲキ的』という言葉が聞き捨てならない。

 

ファルナの私服も、リザード本来の姿とは違って随分と露出の高い服だった。

おそらく、シゲキ的とはそういう意味なのだろうと期待を膨らませる。

…そんな期待を膨らませている事を、ファルナに気取られないように平静を装っていたが。

 

一方、彼とは違う意味で、ファルナも聞き捨てならぬとレヴィンに問う。

 

 

「えぅ!?

 私のドレスって、レヴィンさんが選ぶの…?

 それにシゲキ的って、もしかして…」

 

 

彼女にとっても、これはハナダシティでの服選びのデジャヴを感じる流れ。

まさか…と思いつつ、ファルナは怖々とレヴィンに尋ねた。

 

 

「Um...?

 オフコース!

 …ファル、ミーには分かってマスよ!

 その服の下に、強力な『ウェポン』を隠し持っているって!」

 

 

レヴィンはその青く澄んだ瞳をキラキラ輝かせながらファルナを凝視する。

 

ファルナは、ウェポンって何だろう…?と、レヴィンの異国の言葉に要所要所で戸惑いながらも、

彼女が明らかに自分の胸に視線を向けているのを見て

おおよその意味を悟り、頬を染めながら胸を腕で覆った。

 

 

「やっぱり、そういう意味!?

 私、あまり恥ずかしい服はちょっと…」

 

 

そんなファルナの反応を見て、レヴィンは指を横に振りながら彼女を諫める。

 

 

「Non Non!!ファル!

 ヤマトナデシコ精神、それも奥ゆかしくてノットバッドですが…

 時にレディーたるもの、ディフェンスだけじゃなくアタックもインポータントですヨ!

 トノガタの気を惹くには、ウェポン…『武器』の出し惜しみはいけません!

 …

 そう、『バトル』と一緒ですヨ!」

 

 

なぜ彼女がバトルを話の引き合いに出したのかは少々疑問だったが、

いかにも尤もらしい言葉を放つレヴィンに、ファルナは反論出来ずに口を紡ぐ。

 

彼女はリザードに進化してからというもの、自分の体がヒトカゲの頃から大きく成長しているのは自覚している。

背丈は伸び、色々な意味でも知能、知識がレベルアップした事。

そして顔つきだけでなく、体付きも少女のものから女性らしく変化した事。

 

レヴィンの言う『武器』が何であるかも、流石に理解している。

彼女が視線を向ける先のもの。

つまり『胸』だ。

 

 

周りの女性と比べてみても、自分で分かるレベルで大きいとは思っている。

女としてはありがたい事なのだろう。

しかし、それを『武器』として揮えるほど、ファルナの精神面は成長していない。

 

 

…とは言え、隣で顔を真っ赤にしながら

わざとらしくそっぽを向いている主人を見ると、彼の期待を無下にするのも

恋人としては本意ではない。

 

そして、ドレスというものは滅多に着るチャンスが無いらしい、という事も

人間達の会話で知っている。

 

恥ずかしいものは恥ずかしいが、ここはレヴィンの言う通り

『アタック』するべきなのだろう…と、ファルナは思い切って彼女に頼む。

 

 

「う、うぅぅ…

 分かったよレヴィンさん。後で私のドレス選び、手伝って!」

 

 

彼女がそう答えると、レヴィンの表情は一層晴れやかなものとなった。

レヴィンは彼女の手を握り、力強く約束する。

 

 

「Oh~!!ファル!その言葉を待ってました!

 ミーに任せてくだサーイ。

 スーもきっとメロメロですヨ!

 そしてダンスパーティーの後は、きっとそれはそれはアツ~イ夜を…

 ウフ、ウフフフ…!!」

 

 

『ブハッ!!』と盛大に吹き出すスゥとファルナ。

一方、自分の発言に頬を染めながら、妄想世界にトリップしているレヴィン。

 

二人は、レヴィンのお嬢様的な見た目から、きっと思考も上品な人なのだろう…

と思っていた所に、歴代最高の爆弾発言が投下された。

 

人は見かけによらない物だと、恍惚の表情を浮かべるレヴィンを見ながら

二人は大きく溜息をついていた。

 

 

「まったくもう…。

 レヴィンさんったら、一体どんなドレスを選ぶつもりなんだろ…。」

 

 

そうファルナは呟く。

レヴィンの発言や表情から、メルティが自分に選んでくれた『私服』以上に

際どい物を選ぶつもりなのではないか、と心配になっていた。

 

そんな彼女の声を聞き、レヴィンは妄想の世界から帰ってきた。

 

 

「…ハッ!

 …ソーリーソーリー。

 ミーとした事が、ついハシタナイ事を…

 そうですネ~、サンプルになりそうなレディーが居ればいいのですが…」

 

 

そう言いながら、レヴィンは周りを少し見渡してみる。

すると、彼女は視線の先にちょうど良い者を見つけ、

声を弾ませてファルナを呼びかける。

 

 

「Oh!!ファル!

 あのご婦人を見てください!あんな感じのドレスが良いと思いマース!」

 

「えぅ…?

 あんな感じ…って…

 …

 ……えええええっ!?あ、あの人!?」

 

 

レヴィンが指す方向を見て、ファルナは思わず声を張り上げてしまった。

 

デッキの先頭の柵に寄りかかる、美しい女性。

 

漆黒の長い髪に、整った切れ長の目。

その瞳はルビーのように赤く、それに劣らぬ鮮やかな唇。

顔立ちもさることながら、何より目が行くのはその『豊満な体付き』。

 

そして、妖艶な雰囲気を一杯に漂わせるその女性が身に纏う『ドレス』は、

彼女の魅力をさらに引き立てるものであった。

 

きっと高級な物であろう、深い艶のある黒色の、薄手の生地は

首筋から鎖骨、そして胸の間まで『Vの字』に大きく切り込まれている。

 

その露出の高さときたら、ファルナが選び渋った私服どころではない。

少し大き目に体を動かせば、見えてはいけない箇所が零れてしまいそうな物。

 

ところが、どんな衣装でも『着こなし』次第なのか。

そのドレスのデザインは、黒髪の女性の雰囲気と絶妙にマッチしており

不思議と下品さは感じない。

 

女性であるファルナでさえ、つい見惚れてしまっていた…

…のも束の間。

ファルナはハッと我に返り、大慌てでレヴィンに反発する。

 

 

「いやいやいや!レヴィンさん!

 あ、あんな服、あの人だから似合うんだって!

 私は絶対似合わないよ!ゼッタイに無理!」

 

 

涙目の顔を大きく横に振りながら、全力でファルナは拒否する。

 

そんなファルナの反応とは裏腹、

スゥは是非ともそんな衣装を身に着けたファルナを見てみたいと思うも、

彼女の必死の拒絶を見ていると、安易に後押しするのは酷だろうと感じていた。

 

似たような事をレヴィンも感じているのか、

『そこまで拒否するなら、もう少し妥協案にするか』と思っていた矢先。

 

その女性がこちらに気付いた様子で、微笑みながら上品に手を振ってきた。

そして、そのままコツ、コツ、とヒールで固い音を鳴らせて近付いてくる。

 

 

「ふふふ、可愛いお嬢さん達。

 ワタクシに何か御用かしら…?」

 

 

そう声を掛けられたスゥ達は、流石にジロジロと見過ぎてしまったかと思い

その女性に対する無礼を一先ず謝った。

 

彼らの謝罪に、女性は「いいのよ」と事も無げに答え、

長い前髪を軽く手で分けながら話す。

 

 

「こちらも、お嬢さん方を見てましたもの。

 熱心にダンスの練習をしていた姿が可愛くて、ついつい…。

 ふふ…

 ワタクシの名前は『スフィア』と言いますの。

 折角だから、覚えてくれると嬉しいわ。」

 

 

スフィアと名乗った女性は、柔らかな物腰で笑いかける。

近くで見ると、一層その色っぽい顔付き、豊満な体付きと、

ドレスの隙間から覗く肌の艶が際立つ。

 

匂い立つ程の色香に、男であるスゥだけでなくファルナとレヴィンまで見惚れてしまうも、

彼女に対して何故か、身構えてしまう。

 

 

 

…何故か、首筋が薄ら寒くなる。

 

 

 

…何故か、本能が『危険』だと警告する。

 

 

 

…いや、何故か、ではない。

スフィアを警戒してしまう理由は、スゥ達には分かっていた。

 

 

 

 

 

「…同じ『ダンスパーティー』に参加する者同士、よろしくね。

 ふふふふ…」

 

 

 

 

 

いつか見た、『笑っていない目元』。

そして、『漆黒の衣装』。

 

…それが理由だ。

 


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