まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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ポケモン大好きクラブの会長に、半ば強引に連れて来られたスゥ達。
本話では、スゥ達にとって新しい情報が次々と出てきます。



Report6-2 [ポケモン大好きクラブ(後編)]

Report6-2 [ポケモン大好きクラブ(後編)]

 

「初めまして皆さん。

 『サラ』と申します。」

 

部屋に入るなり、落ち着いた声で礼儀正しくお辞儀する女性。

『サラ』と名乗る彼女を見たスゥ達は、

驚いた表情でそれぞれ顔を見合わせる。

 

「えぅ!?

 わ、若い…!

 いや、それよりも会長さんの奥さんって…」

 

ファルナは会長に確かめるように尋ねると、

会長は自慢の白い髭を弄りながら答えた。

 

「うむ。

 『ギャロップ』のサラじゃ。

 儂の自慢の嫁じゃよ!」

 

スゥ達が見る、サラの姿。

 

それは、美しい艶のある緋色の髪に、ファルナとメルティのような

『炎』を纏っている。

そしてメルティのような『炎の尻尾』と『馬の耳』。

 

それだけではない。

額には、白磁のような澄んだ白色の立派な『角』が一本生えていた。

 

「『ギャロップ』…?

 …あの、会長。

 もしかしてメルティがサラさんに『似てる』っていうのは…」

 

スゥは何となくサラの姿形に、『ポニータ』の面影を感じ、

ほぼ確信した様子で尋ねた。

 

「ほっほっ!!

 そうじゃ。そっちのお嬢ちゃん…メルティちゃんと一緒じゃよ。

 『ギャロップ』はポニータの進化系じゃ!」

 

「!!

 私の…進化系…!」

 

会長の答えに、メルティはサラをじっと見つめながら呟く。

サラは会長の隣に座り、メルティに優しげな瞳を向けて挨拶する。

 

「ふふ、貴方はメルティちゃんって言うんですか。

 綺麗な名前ですね。

 貴方を見てると、『ポニータ』の頃が懐かしくなりますわ。

 同じ種族同士、よろしくね。」

 

「は、はい!

 あの、こちらこそ!サラさん。」

 

同種族とはいえ、自身の『進化系』を前にして少し緊張しているのか。

サラに対し、メルティは背筋を伸ばして答えた。

 

「んに~…キレイな人だな~…」

 

一方、ピコは鼻の下を伸ばしている。

 

「もう、ピコくんってば…。

 でも、本当に綺麗な人ですねぇ。」

 

メルティは傍らのピコに少し呆れながらも、

彼の言う通り、すらりとした身体、整った顔立ち、

そして淑やかなサラの佇まいに見惚れていた。

 

「ふふ、ありがとう。

 メルティちゃんも綺麗よ?

 きっと大人になったら、私よりも綺麗になるわ。」

 

「い、いえ私なんて…!

 でも、嬉しいです。

 私は『進化』出来るんですね!」

 

サラは世辞ではなく本心でメルティを褒めるも、

メルティには、その自信が無かった。

 

そんな事よりも、メルティにとっては

『進化』という自身の未来が有る事を嬉しく感じていた。

 

そして、スゥはメルティとサラを交互に見ながら

真剣な表情で会長に尋ねる。

 

「あの、会長さん。

 俺の仲間達って…メルティの他にも進化出来る子は居るんですか?

 もし知ってたら教えて下さい!」

 

スゥが改めて会長に尋ねた理由。

それは、会長が『ポケモン大好きクラブ』の会員や

世界中の船旅を通じて、数多くのポケモン達を見てきたのだろうと

推測していたからだ。

 

ファルナ達ポケモン4人も

ぜひ教えて欲しいといった様子で、会長に視線を向ける。

 

 

「おーおーおー!!

 なんじゃ、語って良いんかい!?」

 

 

話を集中して聞く姿勢のスゥ達に、

会長はスイッチが入ったかのようにハツラツとした表情で

彼らに確認する。

 

「はい!お願いします!」

 

迷わず答えるスゥ。

そのハッキリとした答えを聞き、会長は嬉しそうに語り出す。

 

「よしよしよし、それなら教えてあげよう!

 言っておくが、儂は語り出すと止まらんぞ!

 キミらが飽きても語り尽くすからの!

 …

 …そうじゃなあ…、まずはそこの『おチビちゃん』!」

 

と、会長はピコを見ながら言う。

 

「んにっ!ピコだよお爺ちゃん!

 …まあいいや!

 それでそれで!?

 ボクは『進化』出来るの!?」

 

『チビ』扱いされたことに、一瞬だけムッとするピコだったが、

そんな事よりも自身が進化出来るのかが気になり、

答えをせっつく。

 

そんな子供らしい反応をするピコに、

会長は可愛がるような優しい目を向けて答える。

 

「おお、すまんすまんピコ君。

 キミの期待通り、『ピカチュウ』は進化出来る種族じゃ!

 進化系の名は、『ライチュウ』という。」

 

彼の答えに、ピコは興奮しながら更に尋ねる。

 

「んにーっ!やった!

 『ライチュウ』っていうんだ!!

 ねえねえ、どうやったら進化出来るの!?

 ファルねぇみたいに、戦ってたら進化するの?」

 

ピコの問いかけに、会長は頭を横に振る。

 

「いんや、戦いでは進化せんぞ。

 ピカチュウを進化させるには、『雷の石』という石を使うんじゃ。」

 

「んに…『雷の石』…?

 ねぇ、スゥにぃ!」

 

『石を使った進化』。

まだ記憶に新しい、お月見山での出来事を思い出しながら

ピコはスゥに声をかけた。

 

同じく、スゥも思い当たる事があった様子で

鞄にしまっていた『月の石』を取り出し、会長に見せる。

 

その『月の石』は、スゥ達がお月見山のピッピ達から分けて貰ったものである。

ピッピがそれを使って進化する瞬間を、スゥ達はしっかりと覚えていた。

 

 

「ほう……!

 これは『月の石』じゃな!?

 こりゃあ『雷の石』よりも珍しい!

 こんな珍しい物を一体どこで手に入れたんじゃ…?」

 

 

会長は懐からシルクの手袋を取り出し、

それを手に嵌めてから『月の石』を大事そうに受け取る。

 

スゥはその様子を、『そんなに貴重な物だとは思ってなかった』

と思いながら、月の石をピッピ達から貰った経緯を話した。

 

「ふむむむむ…!!

 警戒心の強いピッピ達と仲良くなった上に、

 ダンスを共に踊ったとな!

 何とも羨ましい経験をしたもんじゃのう!

 いやはや、やはり若者の話は聞いてみるもんじゃ。

 …

 …ほれ、この石は貴重なもんじゃから、

 ポイっと鞄に雑に入れるもんじゃないぞ。」

 

そう言いながら、会長はシルクの手袋で

『月の石』を包んでからスゥに返した。

 

「あの、会長…

 この手袋、高そうですけど…」

 

滑らかで軽い手触りのシルク生地。

高級品には疎いスゥだったが、それでも

一緒に渡された手袋が安い物では無い事は分かる。

 

彼の心配に、会長は事も無げに答える。

 

「ああ、構わん構わん!!

 言っちゃあ悪いんじゃが、儂のお古じゃからの。

 そんな物でも、裸で鞄に入れておくよりはずっとマシじゃ。

 …まあ、話を戻すんじゃが、

 スゥ君達がお月見山で見た通りの事が、

 ピコ君でも起きるというワケじゃ。」

 

「んにぃ、お爺ちゃん。

 それで結局、『雷の石』ってどこにあるの…?」

 

「おーおー、そうじゃな!

 ピコ君にはそれが一番気になるじゃろう。

 …実はのう、儂も『雷の石』が何処で採れるのかは知らんのじゃ。

 わはははは!!」

 

…と、一番肝心な所を『知らない』と答える会長。

その答えに、スゥは少し残念な気持ちになっていたが

少なくともピコが進化する方法を知る事ができ、収穫は有ったと満足していた。

 

が、ピコはそんな事では納得いかない様子。

頬を膨らませながら、青白い電気をピリピリと放っている。

 

「んにーっ!!

 一番知りたい事なのにー!!」

 

ご立腹のピコを見ながら、会長は肩を震わせて笑いをこらえている。

そんな会長の態度に、隣のサラが呆れた表情で諫める。

 

「もう、あなた。

 年甲斐もなく子供をからかうのは止めて下さい。

 …ピコ君、ごめんなさいね。

 『雷の石』はタマムシシティで買えるんですよ。

 そんなに高価なものじゃありませんから、安心してください。」

 

サラの言葉に、ポカン…と呆けるピコ。

スゥは『そういう事か…』と、会長にからかわれた事を理解していた。

 

「ああ…『どこで採れるか』は知らない、ってだけなんですね。」

 

「ほっほっほっ!!

 そういう事じゃ。

 ピコ君よ、楽しみにしておくんじゃな!」

 

会長は悪びれることなく、髭を弄りながら言った。

 

「むぅぅぅ~っ!!

 お爺ちゃん、結構意地悪だね…!」

 

頬から相変わらず放電しながら、ピコは拗ねた様子で会長を睨む。

そんなピコを、スゥはなだめながら

会長に次の情報を聞き出そうとする。

 

__________________________________

 

「ピコについては分かりました。

 あとは、この子…『ベルノ』はどうなんでしょうか?」

 

スゥは、まだ菓子を頬張っているベルノを見ながら

会長に尋ねる。

 

「モゴモゴモゴ!!

 モゴゴ!!」

 

「…ベルノ、そろそろ怒るよ。」

 

菓子を口に入れながら何かを喋っているベルノに、

スゥは拳を握りながら言う。

 

ベルノは一旦口の中のものを飲み込むと、上機嫌に話し出す。

 

「家来よ!我は既に『最強』なのじゃ!

 そんな我が『進化』するなど…そんな事があれば、

 とんでもない事になってしまうぞ!

 わはははははは!!」

 

何を喋っていたのかと思えば。

相変わらずの尊大で自信過剰な言葉に、

スゥは頭を抱える。

 

そんなスゥの様子とは対照的に、

会長はベルノを興味深そうにまじまじと見つめている。

 

「スゥ君。キミから聞きたい本題は正にそれなんじゃ。

 儂が一番気になっておるのは、ベルノ君でのう…」

 

会長の言葉に、スゥは不思議だといった表情で尋ねる。

 

「サントアンヌ号の前でもそんな事を言われてましたね。

 もしかして、『コイキング』って物凄く珍しい種族とか…?」

 

「いや全然。

 むしろ、『海に石を投げればコイキングに当たる』

 …なんて言われるくらい、沢山おる種族じゃ。」

 

「そ、そんなによくいるんですか…

 それなら、どうしてベルノの事が気になるんですか?」

 

「それはのう…」

 

…と、会長が答えようとする間際。

ベルノはソファの上に立ちあがり、ふんぞり返りながら

スゥに指差して宣う。

 

 

「まだ分からんか家来よ!!

 我は『王』にして『最強』なのじゃ!

 そんじょそこらのコイキングとはワケが違う。

 …という事を、その老人はよく分かっておる!

 それだけの事じゃ。わはははは!!!」

 

 

「とりあえず、ソファから降りて!

 座りなさい!

 ベルノ!!」

 

 

スゥはベルノの不躾さに、頭を痛くしながら強い口調で注意する。

 

そして、スゥだけでなくファルナ達全員が

『絶対そんな理由ではない…』と、心の中で呟いていた。

 

…のだが。

 

 

「うむ、その通り!」

 

 

『ええっ!?』

 

 

まさかの会長の答えに、ベルノを除いた一同は驚きの表情。

 

「その通り…って、ベルノが言ってる

 『王』とか『最強』って事が…ですか?」

 

「うーむ…どちらかと言うと、

 『そんじょそこらのコイキングとは違う』、という所じゃな。

 ちょっとスゥ君よ、こっちに来て耳を貸しなさい。」

 

「…?」

 

スゥは会長の意図する事がよく分からないまま、

とりあえずソファから立ち上がり、会長の傍に寄った。

 

会長はスゥにだけ聞こえるように、彼の耳元でヒソヒソと話す。

 

「…儂が気になっている理由を話す前に、

 まずはベルノ君に話を聞かれないようにしておくれ。

 『悪い影響』があっちゃいかんのでな。」

 

「『悪い影響』…?

 全然分かりませんけど、そう言うのなら…」

 

 

そう言って、スゥは一旦会長から離れると

ベルノをモンスターボールに格納した。

 

急にボールの中に戻され、ベルノはスゥに文句を言う。

 

「何じゃ家来よ!!

 我はまだ菓子を食べたりぬのじゃ!

 出せ~~!!」

 

"あれだけ食べて、まだ足りないのか…"と呆れながら、

スゥはボールの中のベルノを叱るように言う。

 

「ダメだ。

 ちょっとは遠慮しろ!

 それに、行儀が悪かったから少しボールで反省してなさい!」

 

「何じゃと~~!?家来の癖に生意気な!!」

 

…ボールの中でギャアギャア喚くベルノ。

会長が言うように、これからの話をベルノに聞かれないための

スゥなりの作戦だったのだが、

『反省しなさい』という意図も半分くらい込めた行動だった。

 

ベルノが入ったボールを、スゥは鞄の中に収めた。

これで、ベルノには外の会話は聞こえない。

 

 

「…よし、それで大丈夫じゃ。」

 

 

会長はソファに深く腰掛け、スゥ達に改めて話を切り出す。

その場の全員が、会長の言葉を黙って待っていた。

 

「単刀直入に言うとな。

 ベルノ君のような、

 『自身を王と信じ込んでいるコイキング』。

 …それが、とんでもなく珍しいのじゃ。」

 

「…と言うと、他のコイキングは違うんですか…?」

 

「違う!

 その様子じゃと、スゥ君は他のコイキングを

 一人も見た事が無いようじゃな。

 普通のコイキングはもっと、何と言うか…」

 

 

会長はスゥから目を逸らし、髭を弄りながら言葉選びに悩んでいる様子。

そんな中、隣のサラがハッキリと言う。

 

 

「もっと『自信が無さそう』にオドオドしているんですよ。

 …私も、ベルノ君みたいなコイキングは初めて見ました。

 コイキングと言うと、臆病で戦いを好まずに、

 ほとんど喋らない種族なんですが…」

 

 

「お、臆病…!?喋らない…!?」

 

「んにっ!?

 ウッソだー!ベルノなんて、いっつも『我は最強だ―!』とか

 『我は王だー!』って言ってるのに!」

 

 

サラの答えに、スゥ達は疑問符を頭いっぱいに浮かべる。

『臆病』だとか、『喋らない』といった特徴は

ベルノを表すものと正反対で、にわかには信じがたい。

 

 

「…まあ、大体サラの言った通りじゃ。

 正確に言うとな、コイキングという種族は

 生まれた時はベルノ君のような性格をしておる。

 …それこそ、『我は王だ』と信じ、尊大な態度を取るようなな。」

 

「『生まれた時は』…?」

 

 

スゥがそう尋ねると、会長は一つ、スゥ達に問いかける。

 

「スゥ君、そして他の皆もじゃ。

 キミ達はぶっちゃけた所、『コイキング』についてどう思う?

 …『驚くほど弱い』とか、『偉そうで時々イラッとくる』…

 …そんな感想を持った事くらい、有るんじゃないかの?」

 

 

その言葉に、ファルナ達は少し俯く。

…声には出さないが、正直なところ

『何故その弱さで、いつも自身満々なのだろう…』と

思う事があったからだ。

 

もちろん、今となってはハナダジムのスターミー戦で

ベルノが大活躍した事で、見直していた。

 

しかし、それでもやはり『強いか、弱いか』で言うと…

 

 

「えぅ…」

 

「んにぃ…」

 

「そ、そうですねぇ…」

 

 

…と、口ごもってしまう。

 

会長は、スゥ達が言葉を詰まらせている様子を見て

それが答えだと判断し、話を続ける。

 

 

「まあ、当然じゃろう。

 普通のコイキングは、そうやって周りから煙たがられたり

 敵に打ちのめされたりで、次第に自信を失っていくんじゃ。

 …それで、サラが言ったようなコイキングの出来上がりじゃ。」

 

会長は紅茶を一口飲み、問う。

 

「ベルノ君のように、成長しても自信を失わず、

 相も変わらず自分を『王』だと信じているコイキング。

 …一体、どうやってそう育ったのか、是非話を聞かせて欲しいんじゃ!」

 

それが、会長がスゥ達を連れてきた本題だった。

 

 

スゥ達は会長に、ベルノが仲間になってからの出来事を語る。

 

初めは会長の言う通り、攻撃手段すら無く、全く役に立たなかった事。

 

何度負けても、その結果を綺麗さっぱり忘れ、

あまつさえ『勝った』と改ざんするベルノの特殊さ。

 

しかし、それを責める事なく、悩みながらベルノに経験を積ませる手段を考えた事。

 

その結果、カスミのスターミーを倒すための鍵になる程に

戦力と出来た事。

 

 

……

 

 

「成程のう。

 …キミらは、ベルノ君を煙たがらず

 『仲間』の一員として受け入れたんじゃな。

 しかも、ベルノ君は負けても、それを負けたと思っていない…。

 ……こりゃあ、ひょっとしたらひょっとするぞ!」

 

スゥ達から経緯を聞き、会長は興奮を抑えられずに声を大きくする。

 

「ひょっとするって、何がですか…?」

 

「何がって、『進化』じゃよ!『進化』!!

 ベルノ君なら、『ギャラドス』になれるのかもしれん…!」

 

「…!!

 『ギャラドス』…それがコイキングの進化系なんですか!?」

 

「そうじゃ!

 自身を『王』と信じ続け、

 戦い続けたコイキングのみが進化出来ると言われておる。

 しかし…」

 

そこで声のトーンを落とし、会長は再びソファに腰かける。

 

「『コイキングがギャラドスに進化する』…という事自体は、

 トレーナー達の中ではそれなりに知られておる。

 そして、恐ろしい程強いポケモンらしい、とも。

 だから、一度はコイキングを育ててみるトレーナーも結構おる。

 …

 …じゃが、儂はまだ一人もギャラドスを連れたトレーナーに会った事は無い。

 それだけコイキングを進化させる事は、至難の業なんじゃ。」

 

 

つまり、コイキングの弱さに心折れず、根気強く戦闘の経験を積ませる事。

そして、尊大な態度に苛つかず、自信を失わせない事。

それを続けることで、ようやく『ギャラドス』に進化出来る可能性が出てくる。

 

そんな苦行のような事を成し遂げられるトレーナーは中々居ない。

結局、志半ばでコイキングの弱さと態度に付き合いきれず、

逃がしたり、捨ててしまうトレーナーがほとんどなのだ。

 

 

スゥは会長の言葉を聞きながら、

ゴールデンボールブリッジでベルノを渡された時の事を思い出す。

 

『ソラ』と名乗る人物が、『このコイキングはトレーナーに捨てられた』

と言っていた事を。

 

 

「会長さん、教えてくれてありがとうございます。

 この話をベルノに聞かせないようにしてくれた理由も分かりました。

 …でも…」

 

スゥは鞄の中に仕舞っていたベルノのボールを取り出して、

笑顔で言葉を続ける。

 

「もしこいつが『ギャラドス』に進化しなくたって、ベルノは大事な仲間です。

 確かに偉そうだし、俺やファルナ達を『家来』扱いしてますけど…

 それでも、良い所も一杯有るんです!

 俺は、ベルノが『コイキング』のままでも別にいいと思ってます。」

 

彼の言葉に、ファルナ達も釣られて笑顔になる。

 

「私も、ベルノ君の事大好きだよ!

 どんなに相手が強くても、自信満々に笑って戦って…

 こっちまで元気が貰えるもん!」

 

「ええ!

 それに、私やファルナちゃんが苦手な『水』の中で

 自由に泳げるのだって、凄いと思ってますし。」

 

「んにー…しかも、最近は『家来』って呼ばれるのも

 ちょっと慣れてきちゃったしね。

 にひひ!」

 

そんなファルナ達の言葉を、会長とサラの二人も笑顔で聞いていた。

 

 

「いや、素晴らしいのう!

 その精神は、まさに我ら『ポケモン大好きクラブ』のものじゃ!

 『強いも弱いも、珍しいもありふれたも関係無い。

  心のままにポケモンを語れよ愛でよ』じゃ!!」

 

「ふふ、好きが高じて、こうやって私と結婚してる位ですものね。」

 

「ほっほっほっ!!

 その通りじゃ!

 サラの良い所を語り出すと、それこそ儂は止まらんぞ!」

 

「も、もう…!

 お願いですから、お客様の前では止めてくださいね!」

 

 

…と、会長はサラの炎を纏った髪を撫でながら

急に惚気を始める。

 

それを少し苦笑しながらも、スゥは改めて疑問に思う。

 

 

 

「…やっぱり、触っても火傷しないんですね?

 サラさんの髪も、燃えてて熱そうなのに。」

 

「あ、確かに!

 私の髪と一緒だ…!」

 

 

彼らの疑問。それは、旅を始めてから間もなく持ち続けてきたものだった。

ファルナが炎を使えるようになった後。

彼女の髪にスゥが触れても、熱く感じず、火傷もしない。

 

見た目は明らかに『炎そのもの』なのに。

 

 

スゥの質問に、会長は手を止めて席を立った。

 

 

「なんじゃ、知らんかったのか…?

 …お嬢さん、ちょっと失礼。

 スゥ君も、ちょいと許しておくれよ。」

 

 

そして、おもむろにファルナの炎を纏った髪に触れようとする。

 

 

「えぅ…?」

 

 

 

老人とはいえ、スゥ以外の男性に触れられそうになり、

ファルナは少し身構える。

 

当然、彼に悪意や不埒な考えが無い事は、

ファルナも分かってはいたのだが…

 

 

ジュッ!

 

 

「おわっちっちっち!!」

 

 

…と、髪の炎で火傷しそうになり、手を引っ込めた。

会長は手の平にフーフーと息を吹きかけ、慌てて冷ましている。

 

 

「ふーふー、あちちち…」

 

「ご、ごめんなさいお爺さん!

 でも、急に触ろうとするから…!」

 

 

ファルナも席を立ち、慌てて会長に謝る。

謝るといっても、彼女に非は無いのだが。

 

「いやいや、こちらこそすまんかったのう。

 ……と、まあ、『こういう事』じゃ。」

 

そう言いながら、会長は再びサラの隣に腰かけて

スゥ達に言った。

 

今一つピンときていないスゥ達に、サラが代わりに説明する。

 

 

「ふふ、つまりですね。

 私やファルナちゃん、そしてメルティちゃん…

 私たちが『ふだん纏ってる炎』は、『好意』によって

 触れる人の感じ方が変わります。

 …

 ファルナちゃんに、この人が触ると熱かった。

 …だけど、スゥさんが触ると熱くないのでしょう?

 それは、ファルナちゃんが『触っても良いよ』って、

 無意識で思ってるからなんです。」

 

「えぅ!?

 そ、そうなの…?」

 

 

サラの説明に、ファルナは顔を赤らめて俯いてしまった。

 

そして会長がサラの説明に補足する。

 

 

「サラが言った通り、こりゃ『無意識』で起きる事じゃからの。

 トレーナーがポケモンの信頼度を、一番手っ取り早く知る方法なんじゃ。

 ……

 …

 もっと言うとな、別に『炎ポケモン』だけではないぞい。

 『電気』、『毒』、『氷』…色々な危ないものを纏っているポケモンは沢山おる。

 もしも信頼してくれていれば、『痺れない』、『毒を受けない』、『冷たくない』

 …という風に、人間でも触ることが出来るんじゃ。」

 

 

「ふふ、要は『好きって本音』は隠せませんよ、って事です♪」

 

 

会長とサラの説明に、スゥは照れながらも感謝する。

 

 

「ありがとうございます。

 それにしても、みんな『進化』出来るんですね。

 ファルナだけじゃなかったんだ。」

 

 

しかし、会長に連れて来られたお陰で、スゥ達は様々な

有用な情報を聞くことができた。

 

結局、彼のポケモン達は全員進化可能であると判明した。

 

 

ファルナは既に『ヒトカゲ』から『リザード』へ進化済み。

ピコは雷の石を使うことで『ピカチュウ』から『ライチュウ』へ。

メルティは、目の前のサラのように『ポニータ』から『ギャロップ』へ。

 

そしてベルノは、至難の業ではあるが、『コイキング』から『ギャラドス』へ。

 

 

それぞれがどんな姿になるのだろうかと、

これからの旅に、新たな楽しみが出来たスゥ達。

 

そんな彼らを見ながら、

会長はまだ少し話し足りない様子でソワソワしていたが…

 

 

「ああ、『進化』の事なんじゃが…」

 

「…あら、あなた!

 そろそろ『座談会』の時間ですわ!」

 

 

…と、サラは時計を見て慌てて会長に告げる。

どうやら、会長はこの後に都合があるようだ。

 

「何と、もうそんな時間か!

 先約じゃから、仕方ないのう…」

 

 

会長は渋々と席を立ち、

サラが用意した上着を羽織る。

 

 

「スゥ君よ。今日はありがとう。

 実に楽しい時間じゃったぞ!」

 

 

「いえ、こっちこそ楽しかったです!

 本当に、たくさん新しい事が分かりました!」

 

 

スゥ達が会長に一通り挨拶し終わると、

会長は部屋を出る前に一言だけ告げる。

 

 

 

「リザードのお嬢ちゃんよ。」

 

「えぅ?」

 

 

 

彼が呼んだのは、ファルナだった。

彼女は首を傾げて、言葉を待つ。

 

 

 

「詳しく話してる時間が無かったが、

 キミも進化できるんじゃ。」

 

「へっ…?

 私、もう進化してますよ…?」

 

 

 

 

驚いた表情で、ファルナとスゥが会長を見る。

 

 

「ほっほっほっ!!

 そりゃ分かっとる!

 …『もう一回』進化出来る、と言っておるんじゃ。」

 

 

「もう…」

 

「一回…!?」

 

 

「その名は『リザードン』。

 儂がスゥ君くらい若かった頃じゃったかな…。

 サラと旅をしていた中で、凄腕のトレーナーが連れておった。

 …

 …あれは本当に見事なポケモンじゃった。

 燃え盛る炎を纏い、『大きな翼』で大空を舞う…。

 その姿はまるで『竜』の如き。

 …儂が死ぬまでに、もう一度見てみたいポケモンの一人じゃな。

 

 …それじゃあの、若者たちよ。

 またどこかで会えるのを楽しみにしておるぞ。

 …

 サラ、スゥ君達の見送りを頼んだぞ!」

 

 

時間がもう無いのか、一しきり会長は話し切ってから

名残惜しそうに部屋を後にした。

 

 

「そっか…ファルナまで進化出来るんだ!

 本当に、全員がまだまだ強くなれる…

 みんな、頑張ろうな!」

 

ファルナにも更なる進化の可能性があることを知り、

スゥは喜び、メルティ、ピコ、ベルノの3人も気合を入れ直していた。

 

…その一方。

 

 

「…『リザードン』…『大きな翼』、かあ…」

 

 

ファルナだけは何か思う事があるのか、少し浮かない顔で呟いていた。

 

_________________________________________

 

サラがスゥ達を出口へ案内する道中。

 

 

「ごめんなさいね、急に連れて来た上に、

 こんなに長話に付き合わせてしまいまして。

 ウチの主人、あんな風に落ち着きが無くて…。」

 

 

客人と話す時は、いつもあのようなテンションなのだろう。

また主人の悪い癖が出たと思い、サラは少し恥ずかしそうに

顔を赤らめながらスゥ達に詫びた。

 

当然だが、スゥ達は会長に対して悪い気など微塵も持っていない。

 

「いえ。

 お爺さんなのに、まだまだ元気で凄いと思いました。」

 

「ええ!

 こう言ったら失礼かもしれませんが

 可愛らしいお爺さんでしたね。」

 

スゥに続けてメルティも感想をサラに告げる。

 

 

「そう言って貰えると助かります。

 確かに、ああいう所が可愛いんですが。

 ほんとに、いい歳なのに少年みたいで…」

 

スゥ達の言葉を受けて、サラは照れ臭そうに小さく笑った。

 

相変わらず上品なサラの所作。

それを見ていたファルナは、彼女の傍に寄って

控えめに尋ねる。

 

 

「…ねぇサラさん、教えてください。

 会長さんと暮らして苦労した事ってありますか…?」

 

 

そんな彼女の言葉に、サラはファルナが心配している事を汲んで

ファルナの耳元でささやいた。

 

「…ファルナちゃん、大丈夫。

 確かに、主人と暮らし始めたばかりの時は

 『人間』と『ポケモン』の常識の違いに苦労する事もあったけど…

 すぐにお互い慣れるものですわ。

 種族の違いなんて、案外大した事はありませんよ。

 それに…」

 

 

「それに…?」

 

 

サラは、自分の額に指を当てながら言葉を続ける。

 

 

「この『鋭い角』だって、主人は怖がらず、『綺麗だ』と言ってくれました。

 だから、きっとファルナちゃんも大丈夫。

 スゥさんなら、受け入れてくれますよ。

 …いずれ、あなたが授かる『大きな翼』もね。」

 

 

「…!!

 サラさん、何で私が思ってる事が分かるの!?」

 

 

「ふふ、『リザードン』に進化出来る、って聞いてから

 何となく浮かない顔をしてましたからね。

 『人間』と違う姿を怖がられないか…って思ってたのでしょう?

 私も同じでしたもの。」

 

 

彼女に勇気づけられたファルナは、

さっきまでの曇った感情が晴れていくのを感じた。

 

その証拠に、普段の明るい笑顔が戻っている。

ファルナの表情を見て、サラも釣られて笑顔になり

スゥ達を見送った。

 

 

サントアンヌ号には乗れなかったものの、

お陰で会長とサラから沢山の情報を得たスゥ達。

 

最後には、皆がそれぞれの『進化』を楽しみにしていた。

 

 

会長もスゥも、『また会えたら良いな』と思うが

きっと中々難しいだろう…

 

…と、この時は互いに思っていた。

 

これから程なくして再会する事になるのだが、

それはまた少し先のお話。

 




『新しい情報』といっても、リアルでは何の目新しさも無い情報ですが、
あくまで本小説ではスゥの知識は『何もかもが初見』なレベルなので、
生暖かく見てあげて下さい。

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