まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

50 / 72
お久しぶりです。約4か月ぶりの更新になります。
今までの話を閲覧頂き、ありがとうございます。

スゥの悩みの種、コイキングの『ベルノ』。
本話では彼との今後の接し方、そしてノンとのバトルに決着がつきます。
まだハナダシティらしいイベントはほとんど消化できていませんが、
スゥ達の会話も大事にしつつ、緩やかなペースで話を進めていきたいと思っています。
長くお付き合い頂ければ幸いです。


Report5-6 [悩みの種(後編)]

「メルティ、準備はいい?」

 

スゥはメルティが格納されたボールを手に取り、問いかける。

彼女はボールの中から元気よく答える。

 

「はい!

 スゥくん、勝たせてくださいね!」

 

「ああ、勿論だ!

 とっておきの必殺技を見せてやろう!」

 

スゥはメルティの戦意を確認し、ノンの方を見やる。

その様子をボールの中から見ていたベルノ。

彼はボールの中から得意気な声を発す。

 

「わははは!となると最後は我か、なるほど。

 我が華々しく、この勝負に決着を付けろと言うのだな?

 良いではないか、我の為に膳立てご苦労!」

 

ベルノの声を聴いていたスゥとメルティは、苦笑いしながら答える。

 

「あ、あはは…

 そんな感じ…かな?最後は任せたよ、ベルノ。」

 

「え、ええ!

 ちゃんと勝ってベルノくんに繋げますね!」

 

「うむ、最後は我の力を頼りにせい!

 お前は心置きなく戦ってくるのじゃ!」

 

「た、頼りにしてますね…」

 

機嫌良く息巻くベルノ。

スゥは彼をどうやって戦わせようか、まだ答えが出せないままだったが

先ずは目の前のメルティのバトルに気持ちを集中させた。

 

 

スゥはノンに準備が出来たか問いかける。

ノンは暫く悩んでいた様子だったが、気持ちを固めたのか

モンスターボールを一つ、手に取った。

 

「…こっちも準備完了だ!

 第3バトル、行くぞ!」

 

ノンの声を皮切りに、3戦目が開始した。

スゥとノンは互いのポケモンをゴールデンボールブリッジの上に立たせる。

 

「オッケー!

 行くよ、メルティ!」

 

「頼むぞ…サイ!」

 

 

スゥとノン、それぞれのボールから赤い光が放たれ、

ポケモンの姿を形作る。

 

一人はメルティ。

彼女はその場でクルッと回り、ノンと、彼のポケモンにお辞儀をした。

 

もう一人、ノンが『サイ』と呼ぶポケモン。

スゥは初めて見るポケモンであった。

 

金色の髪を持つ、小柄なポケモン。

中性的な顔立ちかつ、華奢な体付きをしており、性別はぱっと見では分からない。

サイはじっと橋の上で座禅を組み、目を閉じたまま微動だにしない。

 

彼はサイにポケモン図鑑のカメラを向け、情報を得る。

 

「『ケーシィ』…?初めて聞くポケモンだな。

 …!エスパータイプなのか!

 どんな技を使うのか分からない…メルティ、少し慎重に行こう!」

 

対するノンは、メルティの姿を見て少し呆れた様子で呟く。

 

「メルティ…ポニータか。

 アイツ、炎タイプを二人も編成してるのか。

 パーティのバランス、ちゃんと考えてるんだろうか…?」

 

 

メルティとサイ、二人のポケモンが場に出てきたが、

スゥの方は慎重にサイの出方を伺う。

一方、全く指示を出す気配の無いノン。

 

 

シンと静まったまま、わずかな時間が経過した。

メルティはその沈黙に戸惑いながら、スゥに指示を仰ぐ。

 

 

「あ、えっと…スゥくん?

 相手の人、全然動かないんですけど…どうしましょう?」

 

 

彼女の言葉を聞いたスゥは、向こうのサイの姿をじっと見続けたまま

更に様子をうかがっていた。

 

そんなスゥの状態を見ていたノン。

彼はスゥを挑発するように口を開いた。

 

「…どうした?スゥ。

 初めて見るエスパータイプにビビってるのか?」

 

ノンの言葉が、自分への挑発であることをスゥは分かっている。

彼は少しムッとした表情を呈したが、一向に動く気配が無いサイを見て

先手を取る事を選んだ。

 

「…ビビッてなんかないよ。

 そっちこそ、全然動かないし喋りもしないじゃないか。

 それなら、こっちからいくよ!

 メルティ、『踏み付け』だ!」

 

「はいっ!」

 

ようやく出された指示。

メルティはスゥの指示を聞いた瞬間、ダンッ!!と床を蹴り

高く跳び上がった。

 

身の軽さに加え、持ち前の脚力によって10メートル以上の上空から

サイを目がけて急降下するメルティ。

 

サイの方はやはり眉一つ動かさず、その場で座禅を組んでいる。

誰の目から見ても、今からメルティの攻撃を避ける時間は無い。

 

メルティはノンが何故全く指示を出さないのか、理解できずにいたが

構わず攻撃を続行する。

 

「さすがに…直撃は痛いですよ!

 『踏み付け』っ!!」

 

メルティの蹄がサイに直撃したかに見えた瞬間…

カーン!と、堅い音がその場に響いた。

 

メルティが踏み付けたのは、ゴールデンボールブリッジの床面であった。

 

「ええっ!?

 き…消えました!」

 

「な、何だ!?一体何が起きたんだ…?」

 

メルティとスゥは驚いて周囲をキョロキョロと見回す。

少し見回した後、メルティは目を丸くしてスゥに叫んだ。

 

 

 

「スゥくん!上です!上にいます!」

 

 

 

「上…?あっ!

 う…浮いてる!?」

 

彼らの視線の先には、座禅を組んだ姿のまま

ピタリと宙に静止しているサイがいた。

 

 

「…驚いただろ、二人とも。

 これがエスパーの技、『テレポート』だ。

 簡単に言えば瞬間移動だな。

 …さあ、二人ともどうする?」

 

ノンは二人に向けて得意気な表情で言う。

一方、サイは相も変わらず表情も声も出さない。

 

スゥはサイが『テレポート』を使う瞬間の動きが全く見えなかった。

ノンが言う通り、まさしく瞬間移動。

技を当てようとしても、その瞬間に別の場所に移動されてしまう。

 

メルティはサイへの有効打が全く分からず、その場でオロオロとしながら

スゥの方を見やった。

 

「す、スゥくん…どうしましょう…?」

 

「…メルティ、お月見山でエコーと戦った時の事は覚えてる?」

 

「え、ええ…」

 

彼女の返事を聞いたスゥは、口元を上げ、

メルティの弱気を拭うように自信を持った声で指示をする。

 

 

「…その時と一緒だよ!

 避けられるなら、避けられないくらい速く攻撃を繰り出そう!」

 

「!はいっ!

 …次はもーっと速いですよ…?行きますね!」

 

そう言ってメルティは宙に浮かぶサイ目がけ、跳び上がった。

蹴りを繰り出す彼女の足が、サイに当たりそうになった瞬間、

またサイはテレポートを繰り出した。

 

テレポートで避けられる事を分かっていたメルティは、

空中から地面を見下ろす。

サイは次はブリッジの手擦りの上にいた。

 

「今度は…そっちですか!」

 

急降下し、今度は踏み付けを繰り出すメルティ。

しかし再び着地の瞬間、サイはテレポートで避ける。

 

メルティは何度も足場を蹴り返し、素早い攻撃でサイの行き先を追う。

 

 

 

「…よし分かった。そろそろだな…」

 

 

 

メルティとサイの攻防を暫く見ていたノンが呟く。

スゥはノンが何か動き出そうとしているのを察知し、警戒の色を浮かべる。

 

「ノン…何か仕掛けてくる気か!

 メルティ!気を付けろ!反撃が来るぞ!!」

 

橋の上を跳びまわるメルティは、スゥの言葉を聞いて気を引き締める。

一体、このサイというポケモンはどんな攻撃を出してくるのか…

テレポートのように、自分が想像もつかない手段ではないのかと

胸に不安がよぎっていた。

 

 

 

「…戻れ、サイ!!」

 

 

 

その瞬間、サイは赤い光になり、ノンのモンスターボールへと返された。

 

呆気に取られるスゥとメルティ。

 

「…え?」

 

「ノン、どういうつもりだよ!」

 

てっきり反撃されると思っていたスゥは、ノンの思惑が分からず

混乱している。

 

そんな彼の様子を面白そうにノンは見る。

 

「フッ、別にルール違反はしていないだろ?

 トレーナーは好きなタイミングでポケモンを戻せるんだからな。」

 

「い、いや…そういう事じゃなくてさ…!」

 

「まあ、こっちにも考えが有るって事だ。」

 

釈然としない様子のスゥを傍目に、ノンは最後のモンスターボールを手に取る。

 

 

 

「さて…交代だ。『ボルカ』!!」

 

『ボルカ』と呼ばれたノンの4体目のポケモン。

オレンジ色の、癖がある長い髪。

髪は長くはあるが、一目で男だと分かる強い眼光。

 

赤くモフモフとしたロングコートのような衣服には、複数の黒い筋の模様がある。

体格はそれほど大きくは無いが、覗く首筋や手は筋張ってガッチリとしており

力強い肉付きを想像させる。

 

 

スゥはボルカの外見から属性については推測出来た。

念の為に図鑑のカメラを彼に向ける。

 

「あのポケモンは…『ガーディ』?

 また初めて見るポケモンだ。

 …

 やっぱり『炎タイプ』か!」

 

「炎タイプですか!スゥくん、チャンスです!」

 

スゥの説明を聞いたメルティは、彼に嬉しそうな表情で言う。

彼女が言う『チャンス』の意味を理解したスゥが答えた。

 

「ああ!メルティ、お前の武器が役に立つぞ!」

 

「はい!」

 

スゥとメルティが意図しているのは、メルティの特性である『貰い火』。

炎を吸収し、自らの炎を増幅させる特性である。

 

メルティとファルナを練習で戦わせた際に発見した能力。

まだ実戦では使う機会が無かったが、いよいよだとメルティは息巻く。

 

 

 

場に出たボルカは、腕を組み仁王立ちの恰好を取っている。

そして目の前のメルティとスゥを鋭い眼光で見据え、口を開いた。

 

 

 

「私はっ!ガーディのボルカという!

 主人より兼ねがね話を聞いており、この時を楽しみにしていた!!

 正々堂々、御手合せ願う!!」

 

 

 

ビリビリと空気が震えるような大声を放つボルカ。

スゥとメルティは耳を手で覆いながら、戸惑うように彼を見る。

 

「っ…なんて大声だ…!

 メルティ、大丈夫か?」

 

「うう…耳が痛いくらいです。

 …だけど、悪い方じゃなさそうですね。

 私も受けて立ちます!」

 

そう言ってメルティは負けじとボルカに向き合う。

二人の準備が完了したとスゥとノンは判断し、お互いに指示を出し合う。

 

「ボルカは…見た感じ、かなり攻撃力と防御力が有りそうだな。

 メルティ、必殺技の準備だ!」

 

「はい!」

 

 

メルティはスゥの指示を聞き、腰の円形の帯に炎を纏わせる。

そして自身の蹄同士をコツンと当て、足にも炎を灯した。

 

彼女の一番の大技、『火炎車』の準備動作である。

 

 

「ボルカ!一気に決めるぞ!」

 

「おう!!」

 

 

ノンの指示を受けたボルカは、両拳をガツンと打ち合わせた。

その瞬間、ボルカの拳に炎が纏う。

続いて片脚を大きく上げ、地面を踏み鳴らした。

その足からもまた、炎が巻き上がる。

 

その様子はメルティの『準備動作』に似ているものであった。

 

 

メルティとボルカ、互いにいつでも飛び出せる体勢となった。

スゥとノンは同時に大きな声で次の指示を出した。

 

 

「行くぞ、メルティ!」

 

「行け、ボルカ!!」

 

 

 

『『火炎車』だ!!』

 

 

メルティの取って置きの技、『火炎車』。

対峙するボルカもまた、同じ技を繰り出す。

 

二人は力強く蹴る地面に炎を残しながら、急接近する。

互いにその勢いのまま、回転を付けて飛びかかる。

 

 

「はあーっ!!」

 

「おおーっ!!」

 

 

メルティの、回転力と腰のひねりを加えた強烈な炎の蹄、

対するボルカは、力強い回転に加えて上半身のひねる事で繰り出す重い炎の拳。

 

その二つがゴォン!!と轟音を上げ、炎を纏った二つの高速回転する体が衝突した。

 

互いに大きく弾き飛ばされ、それぞれのトレーナー近くの地面にたたきつけられる。

 

 

 

「くぁっ…!」

 

「ぐっ…」

 

 

 

二人が駆け出してから衝突まで、一瞬の出来事であった。

スゥもノンも、互いのポケモンの決め手となる技が同じである事に驚いていた。

 

…そして、二人が驚いたのはそれだけではない。

 

 

「メルティ!大丈夫か!?」

 

「っ…は、はい…まだ…!!」

 

スゥは倒れているメルティを心配して尋ねる。

彼女の髪と尻尾、そして全身に纏う炎が『青く』変化している。

 

かなりの痛手を負ってしまったものの、『貰い火』が発動した証拠だ。

 

これなら、次の火炎車は一層強力なものとなる。

そして次こそは相手のボルカを倒せる…

 

…スゥはそう思っていたのだが、向こうで倒れているボルカを見て言葉を失った。

 

「…嘘だろ…!?ボルカの炎も…」

 

スゥが見たのは、『青い』炎を纏うボルカの姿。

 

そう、メルティと同様、ボルカも『貰い火』の特性を持っていたのだ。

決め手から特性までそっくりなメルティとボルカ。

 

その事に驚いていたのはスゥだけではない。ノンも同様であった。

 

「こ、これは…参ったな。

 ボルカの『貰い火』で返り討ちする算段だったが…」

 

ノンは珍しく困った表情で、口元を手で覆って呟く。

 

当事者であるメルティとボルカも、立ち上がり互いの姿を見て

額から汗を流していた。

 

 

暫く指示を出せないトレーナー二人だったが、行きついた答えは同じであった。

 

 

「…そうだよな、別に不利になった訳じゃない。」

 

「技も特性も同じなら…なおさら引けないよな!」

 

「メルティ!」

 

「ボルカ!」

 

 

スゥとノンは考えをまとめ、同時に指示する。

 

 

『もう一度、火炎車だ!!』

 

 

「はいっ!」

 

「おう!!」

 

 

指示を受け、青い炎を纏わせながらメルティとボルカは再び『火炎車』を繰り出す。

 

メルティの脚による鋭い打撃と、ボルカの重い拳が衝突する。

 

けたたましく炎が燃える音を鳴らしながら、二人は弾け飛んだ。

 

先よりも1段階強力な火炎車の衝突だったが、『貰い火』の効果が攻撃力のみならず、

耐久力にも影響しているのか、

メルティもボルカも姿勢を大きくは崩さず距離を取る。

 

そして二人とも、互いの青い炎を貰い受け、身に纏う炎が一層大きくなっていた。

 

「ふふ、私はまだまだ行けますよスゥくん!」

 

「主、力がみなぎるぞ!!」

 

二人はそれぞれのトレーナーに嬉しそうに叫ぶ。

そしてスゥとノンの指示が出ない内に、再び『火炎車』を繰り出していた。

 

 

ゴォン!ゴォン!!と、ぶつかり合う度に強力になっていく二人の火炎車。

衝突する瞬間に弾ける青い炎が、次第に爆発のような火力となっていく。

 

 

「凄い…私、こんなに強い技が出せるんだ!!」

 

「これ程バトルを楽しく思った事は無いぞ!!」

 

 

次第に妙な高揚感を覚えるメルティとボルカ。

高いテンションのまま、最早トレーナーの指示を聞かず

ひたすらに互いの技をぶつけ続けていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待てメルティ!!

 一旦引くんだ!!」

 

「ボルカ、それ以上は危険だ!

 おいボルカ!…くそっ、聞こえてないな…!」

 

 

暴走と呼ぶに近い、二人の攻撃の応酬。

衝突時の破壊力が、トレーナー二人には次第に恐ろしく感じるレベルになっていた。

 

 

「はああーーっ!!」

 

「おおおーーーっ!!」

 

 

トレーナーの心配を他所に、相も変わらず打ち合おうとする二人。

…そんな時であった。

 

 

「戻れ、メルティ!!」

 

「チッ、仕方がない…ボルカ!」

 

 

スゥとノンは、声が届かない二人をモンスターボールに格納した。

突然ボールの中に戻されたメルティとボルカは、それぞれの主人に抗議する。

 

「す、スゥくん!?何で戻すんですか!まだ戦いたいのに!!」

 

「ぐおお、主!!止めるな!!まだ決着はついてない!!」

 

 

ボールの中で騒ぐ二人を見て、スゥとノンはお互いに困り顔で頭を掻く。

 

「メルティ、これ以上は危ないよ。

 もしかしたら、君の体が壊れるかもしれない。」

 

「お前もだ、ボルカ。

 実力以上の攻撃は、自分にもダメージが返ってくる。」

 

 

『…』

 

 

スゥ達の意見を聞き、メルティとボルカは抗議のトーンを落とした。

二人が落ち着いた事を確認し、スゥとノンはそれぞれ再度ボールから出してやった。

 

赤い光から姿を戻すメルティ。

彼女が纏う炎の色は、普段の橙色に戻っている。

 

 

…そして、彼女は地に手を突いた。

 

「あっ…痛っ!!」

 

メルティはうずくまり、自分の足首を手で庇うように覆っている。

『貰い火』の効果が解け、上がっていたテンションが落ちたため

体の痛みを強く感じるようになっていたようだ。

 

 

「メルティ、大丈夫か!?

 …やっぱり無理な負担が掛かったか…!」

 

スゥはメルティの足首をさすり、その箇所をじっくりと見た。

あまり酷いものではないが、足首の付け根が赤く腫れていた。

 

「…『貰い火』同士で火力が上がりすぎたんだ…

 ごめんな、メルティ。もっと早く止めてあげれば良かった…」

 

申し訳なさそうな表情で言うスゥを見るメルティ。

彼女は痛みをこらえながら、嬉しそうな表情で彼に答える。

 

「っく…えへへ、大丈夫ですよスゥくん!

 これぐらい、すぐ治っちゃいます。

 それよりも…嬉しいんです。あんなに力が出せるって分かったから!」

 

スゥは彼女の嬉し気な様子に、少し安心したものの

『貰い火』の持っている危険性を肝に銘じておく必要があると感じていた。

 

「確かに凄かったよ、メルティ。

 あんな爆発みたいな炎が出せるなんて知らなかった!

 …だけど、まだ体がついていけてないね。

 あまり無茶したらダメだからな。」

 

スゥの言葉を聞き、メルティは彼を心配させてしまった事を反省する。

 

「ぁ、はは…ごめんなさい、スゥくん。

 だけど、やっぱり私、嬉しいんです! 

 もっと体を鍛えたら、きっともっと強くなれる…!

 そうしたら、体を傷めずに『貰い火』が使えると思います!」

 

相変わらず充実した様子のメルティを見たスゥは、

これ以上あまり水を差さない方が良いと思い、

彼女の頭を撫でながら一言だけ言う。

 

「頼りにしてるよ、メルティ。

 でも、これ以上は危ないと思ったら今回みたいに止めるからね。

 それが俺の役目なんだから!」

 

「はいっ!

 また私が調子に乗ってたら止めて下さい。

 …何だか、『貰い火』を受けてる間は変な気持ちになっちゃうので…」

 

 

一方、ボルカの方も打撃を加えていた拳が痛むようだった。

ノンもスゥと同じようにボルカを諭し、貰い火のリスクについて説いていた。

 

「…まあ、お前の可能性を感じることが出来たいい機会だった。

 これからはもっと耐久力も鍛えないとな!」

 

「主、よろしく頼む。

 いずれ『貰い火』を使いこなせるようになってみせるぞ!」

 

 

メルティもボルカも、バトルが中止されて落ち込んでるかと思いきや

自身が出しうる力を垣間見れた事について喜んでいる様子だった。

 

 

スゥとノンは、互いのポケモンがこれ以上バトルの続行が不可能だと判断し、

メルティとボルカの勝負は『引き分け』として決着がついた。

 

 

 

 

そしてスゥは、残る最後の一つのボールを手に取る。

 

「…あとはベルノ、お前だけだね…」

 

「ふむ、皆なかなかの物であったぞ!

 さあ家来よ!皆の分も、我が勝利で納めてやろうぞ!」

 

「ああ、頼んだよ!」

 

いよいよ自分の番となり、意気揚々とベルノが鼓舞する。

スゥは『頼んだ』とは言いつつも、

正直な所では既に『負け』が決定していると思っていた。

 

 

しかし、これだけやる気のあるベルノを戦わせずして

負けの宣言はしたくなかったようだ。

 

悪あがきだと分かっていながらも、スゥはベルノを場に出した。

 

 

「行けっ、ベルノ!!」

 

「うむ、任せるがよいぞ!」

 

ボールから出てきたベルノは、その場でぴょんぴょんと跳ね続けている。

早く動き出したくて仕方がない様子だった。

 

 

場に出てきたベルノを見たノン。

彼はあまり浮かない様子で『サイ』の入っているボールを手に取った。

 

「相手はコイキングか…

 もう俺にもどうなるか分からん!

 行くんだ、『サイ』!!」

 

 

 

そして最後の4人目同士が、バトルの準備を整えた。

 

ノンは対峙するスゥとベルノを見て心の中で思っていた。

その場で跳ね続けているベルノが、スゥの言っていた『悩み』の種なんだろうと。

そして、いまひとつ覇気が感じられないのも、既に『負けた』と思っているからだろうとも。

 

「…スゥ!」

 

「何だ、ノン?」

 

「…お前の悩み、見せて貰おうか。」

 

「…やっぱり分かってるか。

 でも、何もせずに引くつもりは無いよ!」

 

「それでいい。始めるぞ!」

 

そう言ってスゥは改めてベルノの使える技を確認する。

図鑑に表示されたリストにはただ一つ。

 

『はねる』

 

とだけ、表示されていた。

 

やはり見間違えじゃないよな…と小さく溜息をつき、スゥはベルノに指示する。

 

「行くぞ、ベルノ!

 『はねる』んだ!!」

 

 

「うおおおおおお、ワレの力を見よ!!」

 

小さな体で雄たけびを上げながら、ベルノは全身に力を込める。

そして…

 

 

ぴょんぴょん!

ぴょんぴょん!

 

 

…跳ねた。

 

 

「ほっ!ほぉっ!!

 どうじゃ、手出しが出来んじゃろ!」

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 

その場の誰も声を発さない。

 

 

びょっびょっ!!

 

 

ベルノはまだ力強く『跳ね続けて』いる。

 

「…」

 

「…スゥ。」

 

沈黙に耐えかねたノンがスゥを呼ぶ。

 

「…何だよ、ノン。こっちは攻撃してるんだぞ?」

 

不機嫌そうにスゥが答える。

 

「…ああ、分かった。

 冗談じゃ無いという事が分かった。

 …それなら、こっちも行くぞ!サイ!」

 

ノンはスゥがこちらをからかっている訳では無い事を確かめ、

サイに指示を出す。

 

「サイ、テレポートだ!」

 

「…」

 

ノンの指示を受けたサイは、先と変わらず黙々と表情を変えず

『テレポート』を繰り出した。

 

シュンッ!と一瞬でベルノの前に瞬間移動したサイ。

 

「!!ベルノ、攻撃が来る!

 『はねる』は中断だ、かわせる体勢を取れ!」

 

スゥはサイが得体の知れない攻撃を繰り出す事を警戒し、

ベルノに大声で伝える。

 

「来たな…お主の力、見せてみよ!!」

 

対するベルノは、スゥの指示を本気で聞かずに

跳ね続けながら目の前のサイを挑発する。

 

「ベルノ、ダメだ!距離を取るんだ!」

 

「何を言っておる。王たる者、逃げるなど有り得んぞ!」

 

引こうとしないベルノを注意するスゥ。

しかしベルノは全く聞く耳を持たない。

 

 

そうしている内に、サイの周囲には『紫色』の怪しげなオーラが漂い始めた。

 

 

「ま、マズい…!本当に何か仕掛けてくる!

 ベルノ、逃げる訳じゃない、様子を見るんだよ!」

 

サイの異変を見たスゥは、何とかベルノを動かそうと必死な様子。

スゥは、ベルノに反撃の手段が無い事は承知していたが

せめて『少しでも長い時間』戦いの経験を積ませたいと思っていた。

 

ここで攻撃を受けては、一瞬でやられてしまう。

何も経験を得られないまま負けるのは避けたかったのだ。

 

スゥの気持ちを他所に、ベルノは相変わらず飛び跳ねながら

目の前のサイの動きを見ているだけであった。

 

 

そしてサイは初めて動いた。

彼はそっと掌を合わせ、手の内に紫色のオーラを集める。

 

 

「おお…?なんじゃ、何を始める気じゃ?」

 

興味津々な様子のベルノ。

彼が呑気にしている間に、サイのオーラが何かの形に収束していく。

 

「…!」

 

一瞬サイの眉が動いた。

その瞬間、彼の手にはあるものが握られていた。

 

 

「…『スプーン』…?」

 

 

意外な事に、一番初めに声を出したのはトレーナーであるノンであった。

 

「お前、そんな事が出来たのか!

 …いいぞ、そのまま攻撃だ!」

 

「…」

 

ノンの言葉を受けてか自発的にか、サイはそのスプーンをベルノに向ける。

そんな中、スゥはまだ諦めずにベルノに訴えかける。

 

「ベルノ、何をしてくるか分からない!

 発動が遅い技ならまだかわせるよ、距離を取ってくれ!」

 

「ヌシ、さっきからうるさいぞ!

 家来は黙って我の戦いを見ておれば良い!」

 

「べ、ベルノ…」

 

攻撃手段が無いばかりか、指示も聞いてくれようとしないベルノ。

スゥはいよいよ打つ手が無くなり頭を抱えた。

 

スゥの様子を横目に見ていたノンは、さすがに不憫だと思いつつも

サイの攻撃を止めようとはしない。

 

「サイ、決めるんだ!」

 

「…フォゥッ!!」

 

ノンがそう言った途端、サイの体からブワッ!と紫のオーラが放出された。

その瞬間。

 

 

キギギ…くにっ…

 

 

と、金属が擦れるような音を立てて、サイの持っていたスプーンが『曲がった』。

 

 

「…え?」

 

「…え?」

 

呆気に取られるスゥとノン。

 

スゥは半ば投げやりな気持ちで、ノンに尋ねる。

 

「…ノン。あれは何て言う技なんだ?

 何が起きるんだ…?」

 

「…見たままだ。スプーンが曲がったんだ。

 触らずにな。凄いだろ。」

 

「いや、それは見れば分かるけど…

 それだけ…?」

 

「…見た所な。」

 

『…』

 

今度はノンが頭を抱えていた。

 

「くっ…とうとう念願の攻撃技かと思ったんだが…!

 まだダメなのか…」

 

ノンの呻くような声を聴いていたスゥは、その内容の意味を尋ねる。

 

「念願の攻撃技…?

 …まさかノン、『サイ』も…?」

 

「…ああ、そうだよ。

 無いんだ。『攻撃手段』が。」

 

「…ああ、そうだったんだ…

 だから、メルティの時も。」

 

「そういう事だ。『何か』あるように見せるブラフだよ。

 実際は攻撃手段は無い。」

 

スゥは、この問答で初めてノンが言っていた、彼の『悩み』を理解した。

恐らくサイも、ゴールデンボールブリッジの賞品で貰ったポケモンなのだろう。

そして引き受けたはいいものの、育て方が分からずに

自分と同じように悩んでいたのだろう、とスゥは推測していた。

 

トレーナー二人がそのような問答をしている中、

ベルノとサイは随分盛り上がっているようだった。

 

「ヌヌッ!!凄いではないか!

 お主は匙を触らずして曲げられるのか!

 …負けてられんぞ!我の攻撃を見よ!」

 

そう言ってベルノは一層高く、気合を入れてぴょんぴょんと跳ねていた。

当然何も起きない。

 

「…!!」

 

しかし対抗するかのように、サイは二本目のスプーンを生成し、

それをまた曲げて見せた。

 

「や、やるのうお主…!」

 

「…フォゥ…」

 

ベルノとサイは、ひたすら『はねる』と『スプーン曲げ』を

繰り出し合う。

 

やはり何も起きない。

 

 

 

「…ノン、お前も苦労してたんだな…」

 

「…だから言ったろ。俺にも同じような悩みがあるってな。」

 

「やっぱり、ゴールデンボールブリッジで貰ったのか?」

 

「ああ。そう言うことは、ベルノも賞品として貰ったみたいだな。」

 

「…うん。『育てば強くなる』って言ってたけど…」

 

「ああ、俺もそんな事を言われたな。

 …まだどうやって戦えるのか、答えは出ないが…

 『育て方』の答えは出ている。

 せめてバトルに顔を出させる事が経験になるだろう、とな。」

 

「…そっか!

 やっぱり、ノンもそう思うんだね。

 俺も、ついさっきだけどそんな事を考えてたよ。」

 

「それが、俺とお前が考えた『答え』だ。

 別にこいつらで勝つ必要は無いんだ。」

 

「そうだよな。

 攻撃手段が無いのなら、初めから『勝つ方法』なんて無いんだ。

 代わりに、『経験を積ませる』んだ。

 …

 …いずれ、ベルノが自分に合った戦い方を取り入れてくれるかもしれない。

 今はまだ言う事すら聞いてくれないけど、コツコツ頑張ってみるよ!」

 

「はは、えらくスッキリした顔になったな!スゥ。」

 

「ん…?

 あはは、お陰様でね。

 俺が『何を』頑張ればいいのかが分かったからね!

 ありがとうな、ノン。」

 

「はっ、そう素直だと気味が悪いな。

 ボヤボヤしてたら、次は負けるぞ?

 俺は次に会うまでには、サイを必ず戦力にしてやる。」

 

「このっ…折角人が素直にお礼を言ったらそれかよ!」

 

「はははっ、いつもの調子になったじゃないか!」

 

 

 

トレーナー二人が互いの苦労を労い合っている内、

ベルノとサイの決着が付いていたようだ。

 

「ぜぃ…ぜぃ…やるのう、お主…

 我がこれだけ『はねて』も動じぬとは…」

 

「…フゥ…!!」

 

ベルノもサイも、互いに効果の無い技をひたすら出し合い、

肩で息をしている。

 

どちらも精神力を使い果たしていたようだった。

 

 

 

二人の勝負を見たスゥとノンは、顔を見合わせ、互いに頷いた。

 

「…よし、よく頑張ったなベルノ。」

 

「お疲れ様だったな、サイ。」

 

二人はそれぞれのポケモンをモンスターボールに戻し、握手を交わす。

 

「ノン。今回は『引き分け』だな。」

 

「ああ…いい気晴らしになった。

 さて、積もる話はコイツ等にもたくさん有るだろう。

 早い所ポケモンセンターで回復させて、メシでも行くか!」

 

「おっ、いいねー!

 早く行こう!みんなもお腹が空いてるだろうし!」

 

 

こうして3度目のスゥとノンの勝負が終わった。

 

ニビ、おつきみ山で幾たびも厳しい戦いを経験し、大きく成長したスゥとそのパーティ。

彼の知らない所でノンもまた、彼に引けを取らない程の実力に成長していた。

 

そして攻撃手段の無いコイキング、『ベルノ』を育てる方針が固まったスゥ。

彼は、同じように悩んでいたノンとの戦いの中で答えを見つける事が出来た。

 

スゥとノンは、悩みを打ち明け合え、闘志に火を着けてくれる

ライバルに心の中で感謝していた。

 

『(まあ…面と向かって言ってはやらないけどな!)』

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。