まっしろレポートとふたつの炎   作:アリィ

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Report4-5 [変わらないで]★

[Report4-5 変わらないで]

 

メルティの力試しをしたその日の夜。

時刻は22時。

スゥはファルナ達が寝静まった事を確かめてポケモンセンターの屋上で風に当たっていた。

寝る前にはほどいている彼の長く白い髪が、風になびく。

空には煌々と明るい月が浮かんでおり、彼の白い髪が照らされてほのかに光る。

 

「ふー…お風呂上りだとちょっと冷えるなあ。」

 

「それじゃあ、私が温めてあげる。」

 

スゥは後ろから声が聞こえたと思ったと同時に、背中に暖かい感覚が伝わってきた。

声の主はファルナだった。

彼女も寝る前は髪をほどいている。

二人の白と赤の長い髪が風に踊らされ、交じり合う。

ファルナは髪を僅かに赤く光らせ、温めた体でスゥに抱き着いていた。

 

「ふぁ、ファルナ…寝てなかったのか?」

 

スゥは顔を赤くしながら尋ねた。

 

「うん…何となくだけど、スゥが出歩くんじゃないかなって思って。

 寝たフリしちゃってた!」

 

「そうなんだ、眠たくないのかい?」

 

「うん、まだ大丈夫。スゥは一人で居たかった?」

 

「…ううん、ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだよ。」

 

「ふふ、スゥってよく私たちよりも遅くまで起きてるよね。

 今夜は月が綺麗だね!」

 

「俺が遅くまでって言うよりは、ファルナ達はバトルで疲れてるだろうし早く寝させてあげたいんだ。

 …まだ少し月が欠けてるね。明日が満月だな。

 …それよりもファルナ、抱き着かれるとその…結構恥ずかしいよ。

 リザードになって、その…体も大きくなってるんだし。」

 

「えへへ、私も…結構恥ずかしい。」

 

「お前なあ…

 本当に中身はヒトカゲの頃から変わらないね。」

 

「ふふ、良かったでしょ?怖いポケモンに変わらなくて。

 スゥ、心配してた時があったもんね。」

 

「…そういえばトルネさんに『進化』について聞いた時だったね。

 そうだね、進化しても明るくて優しいファルナのままで安心してるよ。」

 

スゥがそう言うと、ファルナは顔を火照らせて思わず腕に力が入ってしまった。

 

「痛たたっ、ファルナ、腰が締まってる!」

 

「えぅ、ごめんねスゥ。

 もうちょっと、こうしててもいい?」

 

ファルナは力を緩めてスゥに聞いた。

何となく普段と違う雰囲気のファルナに、スゥは疑問を投げかけた。

 

「…どうしたのファルナ?いつもだけど、今日は特に甘えん坊だね。」

 

「えへへ、そうかも…

 スゥ、このままで聞いて欲しいの。」

 

「…いいよ、何かな?」

 

「あのね、ニビシティを出る前の夜なんだけど…

 寝る前の記憶が無いって言ってたよね?あれ、私がスゥを突き飛ばしたせいなの。」

 

「えっ、俺がファルナに突き飛ばされたの?

 何か悪い事でもした…?」

 

「ううん。悪い事はしてないよ。

 …恥ずかしくて、つい手が出ちゃったの。」

 

「恥ずかしくてって…あ…何か思い出してきた…!」

 

スゥはぼんやりとその日の夜の事を思い出す。

ファルナに突き飛ばされ、頭を打った事。

その前に何をしたか。それも思い出してスゥの顔が一層赤く染まる。

 

「そうだ、そうだった…!

 えーっと、確かファルナに俺が…」

 

彼は『ご褒美』と称して彼女の頬にキスした事を思い出した。

今になって思うと、少し勇み足過ぎたかと反省するスゥ。

この場にもし一人だったなら、床を転げ回って身悶えする程の恥ずかしさを感じていた。

しかし、そんなスゥを肯定するようにファルナは言った。

 

「ぅん…そうだよ。スゥは『間違ってたらごめんね』って言ったけど、

 大丈夫。間違ってないよ。

 ありがとうね。すっごく嬉しかったよ。

 それと、突き飛ばしちゃってごめんね。」

 

「ファルナ…そうか、間違ってなかったんだ…」

 

二人とも密着しているため、心臓の音が早く大きくなっている事が伝わってくる。

しばらく沈黙の時間が流れた。

 

 

 

そして、ファルナの方が心を決めてスゥに言う。

 

「…スゥ、大好きだよ。

 お願いだから、スゥはこのまま変わらないでね…」

 

彼女は顔をスゥの背中に押し付けて、くぐもった声で伝えた。

 

スゥはファルナに背を向けたまま、目を丸くして口をパクパクと動かしていた。

動揺した心を落ち着け、彼もファルナに答えることにした。

彼女が回す手をほどき、正面を向いて答える。

 

「…ありがとう。

 俺もファルナが大好きだよ。

 …メルティとダイチの話を聞いて心配したんだよね。」

 

スゥはファルナが心配していた事を察し、優しく答える。

昨日の「別の強いポケモンに変えたい」というトレーナーの言葉に憤っていたファルナ達。

更に追い打ちをかけるように聞いた、メルティが受けたダイチからの扱い。

そしてダイチがロケット団に入ってから性格が変貌した件。

ファルナはスゥの言葉の通り、心配で仕方なかったのだ。

 

彼女は思いが伝わった事に安心し、涙腺が緩んだ。

今度は正面からスゥに抱き着き、頭を擦りつけて震えながら言った。

 

「私…スゥがダイチみたいになっちゃったらって、想像したら怖くなって…

 だけど、もしスゥが悪い人になったって、私はずっとスゥの傍にいるよ。

 私に炎を取り戻してくれた人なんだもん。必ず今の優しいスゥに戻るって信じ続けるから。」

 

ファルナはここまで言うと顔をスゥに向けて改めて告白した。

 

「そんな事を考えてたら…

 やっぱり、私はスゥの事が大好きなんだなあ…って思っちゃった。」

 

スゥは真剣に彼女の話を聞き続けていた。

一通り話を聞き終わったら、彼もファルナを強く抱きしめて答えた。

 

「ファルナ、俺は大丈夫。絶対に変わらないよ。

 そんな事で皆に辛い思いはさせない。

 …特にファルナにはね。

 こんな風にすぐ泣いちゃって、怒る事もあって…

 たくさん笑うファルナが大好きだよ。」

 

スゥはファルナの目に溜まった涙を拭った。

 

「…だから安心して、いつもみたいに可愛く笑ってて欲しいな。」

 

その言葉を聞き、ファルナは泣くのを止めてスゥの顔を見た。

 

「…うん…。」

 

再び暫く沈黙の時間が流れる。

月の明かりに照らされ、夜でもお互いの顔がよく見えた。

言葉は交わさないが、意思を確かめるように見つめ合う。

 

………

 

そしてスゥは、ファルナにキスをした。

以前のように頬ではなく、唇を合わせて。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「!!…んぅ…」

 

ファルナは目を丸くしたが、すぐに目を閉じて身を任せる。

 

ほんの数秒の事であるが、心臓を忙しく打つ二人にはその何倍もの時間に感じた。

スゥは唇を離すと、恥ずかしさを紛らわすように言葉を出した。

 

「えーっと…何て言うか…

 とにかくそういう事だから!

 これからもよろしくね。」

 

頭の後ろを掻きながら言う彼に対して、ファルナは満面の笑みで言った。

 

「えへへ、嬉しい…!

 スゥ、浮気したら許さないからね!」

 

「し、しないって!

 …ファルナのメガトンパンチを受けたくなんか無いしね。」

 

「えぅ…またそういう事言う!

 スゥ、私けっこう気にしてるんだよ?力持ちって言われること。」

 

ファルナは唇を尖らせて文句を言う。

さすがにしつこく言った事を反省し、スゥは謝った。

 

「ご、ごめんごめん。意地悪言っちゃったな。

 …だけど、その力だって本当に頼りにしてるんだよ。」

 

「むー…知ってるよー。

 だって、私が嫌がるのにメガトンパンチなんて覚えさせるんだもん。

 …でも、最近は力持ちで良かったなーって思ったりもするの。」

 

「そう思って貰えると助かるよ。

 それこそ、メルティみたいにファルナの炎が全く効かない相手が

 現れるかもしれないし。」

 

「うん、そういうのも有るんだけど…」

 

そこまで言い、ファルナは手を後ろに組んでモジモジする。

まだ赤く染まる頬のまま、上目に彼を見て言った。

 

「…私の大切な人を守ってあげられるしね。」

 

そろそろスゥの限界が来た。

緩み切った顔を彼女に見られたくないと思い、片手で顔を覆って逸らし、ファルナを制した。

 

「ちょ、ちょっとストップ!

 ファルナ、恥ずかしさで死にそう!」

 

そんな彼の様子を見て、ファルナは満足そうに言った。

 

「えへへ!スゥ、可愛い。

 だっていっつも私ばっかり照れさせるんだもん!

 今日は私の勝ちだねー。」

 

そういう彼女も劣らず照れた顔をしていたが、スゥは言い返す余裕が残っていなかった。

屋上を吹く冷たい風の手伝いもあり、スゥは何とか平静な表情を装った。

 

 

 

そして彼は見てしまった。

…屋上の出入り口でこっそりと自分達を見ていた二つの影を。

今度は『しまった…』と言わんばかりの様子で顔を覆うスゥ。

 

 

「…ファルナ、今日は多分引き分けだよ。」

 

そう震え声でファルナに言うスゥ。

彼の言葉と様子に疑問を持った彼女は、辺りを見回した。

そして彼女も二つのよく知る影を見つけた。

 

「ぁ…ああああーーっ!」

 

屋上に響くファルナの控えめな叫び。

それを聞いて影の主である二人が反応した。

 

「んにっ、メルねぇ!見つかっちゃった…!」

「仕方ないですねピコくん、ここは開き直っちゃいましょう…!」

 

最早意味の無いひそひそ声で口裏を合わせるピコとメルティ。

少しだけバツが悪そうに二人はスゥ達の元へ歩いてきた。

一方、スゥとファルナは硬直して動かない。

 

「ぁ…ぁ…ピコくんとメルちゃん…」

 

「ど、どこから見てた…?」

 

恐る恐る二人に尋ねるスゥ。

ピコ達はそれを面白がる様子で答えた。

 

「にひひ、どこからだと思う~?」

 

「ふふ、私はとても嬉しいです。

 見ててドキドキしちゃいました。」

 

二人の不真面目な回答に、ファルナは目を回しながらスゥに言った。

 

「スゥ~!!この二人全部見てたよ!!

 ぜったい全部見てたよ!!

 あぁー…やっちゃったぁ…!」

 

そうして両手で顔を覆ってその場に座り込んだファルナ。

顔から…だけではなく、髪からも火が出ている。

 

スゥは気まずそうにピコ達に申し開こうとした。

 

「ピコ、メルティ…その…ごめん。」

 

スゥは今までも度々思っていた。

出来る限りファルナも含めて全員、平等に接したいと。

しかし、今の状況はどう説明してもファルナを一番に贔屓してしまっている。

トレーナーとして正しくない事をしていると自責の念に駆られていた。

その様子を見てメルティ達は明るく言った。

 

「スゥくん、大丈夫ですよ。

 何となくスゥくんが謝った意味は分かります。

 …けど、ファルナちゃんの事を想う事って悪い事じゃないと思いますよ!」

 

「そーそー!スゥにぃはボク達も大事にしてくれてるんだし!」

 

二人の言葉に、スゥは少しだけ救われた気持ちでいた。

しかし、二人に次は何を言えばいいのか彼は分からなかった。

ファルナも今のやり取りで、スゥが何を気にしていたのか理解した。

彼女もまた、二人に言える言葉が無いまま沈黙していた。

 

その沈黙を破ったのはメルティだった。

 

「えー…大変言いにくいんですけど、私も謝る事があります!」

 

言葉の内容の割には明るく元気に言うメルティ。

それをニヤニヤして見ているピコ。

スゥとファルナは不思議そうな顔をしてメルティの次の言葉を待っていた。

 

「…私、もっと前から二人がこうなんだって、知ってました♪」

 

「「………え?」」

 

一体彼女は何を言っているのだろうか、と顔を見合わせるスゥとファルナ。

続けてメルティが面白そうに小さな手で口を覆いながら言う。

 

「スゥくん達の後を付けていたって、私言いましたよね?

 …ファルナちゃんがまだヒトカゲの時、スゥ君の額にキスしてた事が有ったでしょ?」

 

それを聞いてファルナは再び慌て始めた。

 

「あ…!もしかしてメルちゃん、あの時どこかで見てたの!?」

 

「はい、木の上から応援しながら見てました!

 …のに、スゥくんときたらちゃんとファルナちゃんに答えないんですから。

 がっくりして思わず木から落ちそうになりましたよ。」

 

『開き直る』と言った通り、メルティは堂々とスゥ達に言った。

目を点にしてる二人に対して、さらに続けた。

 

「…それがきっかけでスゥくん達の後を追い始めたんです。

 この人達の輪に入れたら、楽しいだろうなあ…って。

 だから、二人の事は初めから知ってたんですよ!」

 

そしてピコが付け足すように言う。

 

「そーれーにー!スゥにぃとファルねぇ見てたらいくらボクでも分かるよ!

 なんかお父さんとお母さんみたいだなーって思ってたんだー。」

 

「あ、私にとってはお父さんとお姉ちゃんって感じですね。」

 

今までコソコソと関係を温めていた事が馬鹿らしくなりつつある

スゥとファルナ。

コソコソしていたつもりなのは二人だけだった事が分かった。

 

「ピコ、普段俺の事『にぃ』って言ってるのに『お父さん』なのか…」

 

「スゥ、突っこむ所が違うと思う…」

 

すっかり肩の力が抜けた二人。

観念してスゥとファルナは、メルティ達に問う。

 

「ピコ、メルティ。いいのかい?

 俺はファルナを二人より贔屓してしまってるんだよ?」

 

「私なんか、スゥがそんな悩みを持ってる事も知らなかったのに、

 本当に二人ともいいの…?」

 

恐る恐るピコ達に尋ねる二人。

メルティはピコに顔を見合わせてから言った。

 

「あのですね、まずはスゥくん。

 本当に今の状況って、ファルナちゃんを私たちより

 贔屓してるって言えるんでしょうか?」

 

メルティの問いかけに対し、答えに困るスゥ。

 

「ごめんメルティ、どういう事なのかな…?」

 

質問の意味が分かっていない彼に、メルティは続けて問う。

 

「例えばですよ?

 スゥくんが自分の子供にこう質問されたらどうしますか?

 …あ、この質問はファルナちゃんに言った方が良いかもしれないですね。」

 

そう言ってメルティはピコに目配せした。

ファルナは、ここであえて自分に質問を振られた事を不思議そうにしている。

一方ピコは合点という様子で、わざとらしく首を傾げながらファルナに質問する。

 

 

 

「ねぇねぇおかーさん!ボクとおとーさんと、どっちの方が好き?

 …ってね!にひひ。」

 

 

 

ピコの質問に、スゥとファルナはピコ達が言わんとする事を理解した。

 

「あ…!」

 

「それは…!」

 

答えに窮する二人に、意図が伝わったと思うメルティ。

 

「ふふ、そういう事ですよ。

 『どっちも大好き』…ですよね?ファルナちゃん。」

 

「メルちゃん、ピコくん…うん、その通りだよ!

 どっちの方が好きなんて、比べられないよ!」

 

ファルナはそう言うと、ピコとメルティの二人に勢いよく抱きついた。

 

「私…スゥもピコくんも、メルちゃんも!

 みーんな大好き!!」

 

「にひひ、ボクもー!」

 

「ちゃんとスゥくんに好きって言って貰って良かったですね、ファルナちゃん!」

 

ピコとメルティは二人してファルナの頭を撫でながら嬉しそうな表情をしている。

そんな三人の姿を見てスゥは安心した顔で言った

 

「…ほんとに、皆が仲間で良かった。

 ありがとう、ピコ、メルティ。」

 

メルティとピコはスゥに悪戯っぽく言った。

 

「どういたしまして、スゥくん。

 さーて、みんな公認という事で…」

 

「んにっ!イチャイチャの続きをどうぞー!」

 

「…え”っ?」

 

スゥは真面目な雰囲気で話をしていた所からの落差で、思わず変な声を上げた。

ファルナはメルティ達に抱き着いたまま、顔を伏せてプルプルと体を震わせていた。

 

「だーってー、さっきは遠くてよく見えなかったもんね、メルねぇ?」

 

「そうですよー、ちゃんと私たちにも見えるように、もう一回ですよ!」

 

ピコは唇を突き出し、キスの真似をしてスゥを茶化す。

メルティはメルティで、普段の大人しさは何処へやら。

いつもは絶対に見せないニヤけた顔をしている。

 

 

スゥとファルナは耳まで顔を赤くし、揃って叫んだ。

 

「出来るわけないだろー!!」

「出来るわけないよー!!」

 

「「あははははっ!!」」

 

ピコとメルティは一しきり満足したように笑っていた。

何はともあれ、ピコ達はスゥとファルナが恋人になった事を喜んでいるようだ。

 

 

 


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