[Report3-2 天敵]
~翌日・ニビシティ ポケモンジム~
スゥ「おおー、大きい建物だな…」
ファルナ「怖い石像がこっち睨んでるよ!」
やる気満々でニビシティジムへやって来たスゥ達。
200メートル四方の敷地で構えるジムの玄関には、ポケモンを模したらしき石像が門番のように佇む。
街の隅に位置するこのジムは入り口以外の全てが、鉱山の山脈に囲まれていた。
ピコ「ふふ~ん、ボクはこんなの全然怖くないよー。
どんな奴が出てきてもボクが『でんきショック』一発で倒してあげるから大丈夫っ!」
ファルナ「私だって!炎は絶好調だよっ!」
ピコの頬の電気ぶくろから電光が漏れる。
負けじと、ファルナも髪に炎を纏わせる。
二人とも準備万端のようだ。
スゥ「…行くぞっ!!」
ファルナ・ピコ『おーっ!』
ジムの前で気合を入れ、扉を開いた。
ガゴンッ!
ズズンッ…!
何かがぶつかり合うような激しい音が聞こえてくる。
中は砂埃が舞い立ち、薄暗い。
目の前には円を描くように観客席が並び、
それに囲まれるように、5メートルほど地面をえぐった深さに円形の闘技場が広がっている。
中心らしい場所にはモンスターボールの模様。
地面は慣らされておらず、鉱山そのものの様に岩が激しく突き立っている。
スゥ「さすが『岩ポケモン』のジムだな。足場が岩だらけでデコボコだ…」
ファルナ「けほけほっ、ほこりっぽい…。」
ピコ「ねぇ、もう誰かが戦ってるよ!」
ぐるっと見回しても、観客の数はあまり多くない。
ジムリーダーへの挑戦はいつでも飛び入りという制度から、
町の人にとってはそう珍しい物ではないようだ。
しかしこれだけ広く門戸が開かれているにも関わらず、
ジムリーダーに勝てるトレーナーはひと月に一人現れる程度である。
闘技場で戦っていたのは、片方は見覚えのあるポケモン。
挑戦者が戦わせているポケモンはスピアー。
スゥ達がトキワの森で逃げ回る事しか出来なかった相手だ。
もう一方こそ、ニビシティのジムリーダーのポケモン。
そのポケモンはその場から一歩も動かず、
岩石を連ねたような長い後ろ髪を素早く振り回し、
スピアーの繰り出す『どくばり』をかき消していた。
スゥ「あの長い髪、まるで岩石のムチだ。
あれが『岩タイプ』のポケモン…」
ファルナ「どくばりが全然効いてないよ!?」
ピコ「あの岩みたいな髪、絶対に痛いって!あんなの反則ーっ!」
スゥ (ポケモンはもちろん強いんだけど…
、あんなに速いスピアーに対応して指示してるジムリーダーも凄い。)
???「…ふむ…
ポケモンの方は中々の上物だな。しかし、トレーナーがな…
あの凡庸に従わせておくには勿体ない…」
スゥ達の横で試合を見ていた観客が低い声で呟いた。
全身を覆う黒いマント。
それは頭まで覆い、スゥからは顔が見えない。
傍には彼の仲間のようなポケモンが数人。
???「…まあ、こちらとしてはその方が好都合…」
ファルナ「何を呟いているんだろう、あの人…」
スゥ「こら、ファルナ。人の事をジロジロ見たらダメだろ。
失礼だよ。」
ファルナ「あ、うん。ごめん。
(…何だろう…あの人、嫌な感じがする…)」
スゥ「…確かに、変な格好だけど。
みんな頭からマント被ってるし、怪しいやつらだな…」
バキィンッ!!!
ピコ「あ~~~っ!」
スゥ・ファルナ「!?」
アナウンス『おーっと、とうとうスピアーが捕まってしまったァーッ!!!』
観戦に集中していたピコは突然大きな声を上げた。
釣られてスゥとファルナが闘技場に視線を戻す。
さっきまで闘技場を飛び回っていたスピアーがジムリーダーのポケモンの前に伏している。
自慢の二本の槍、『ダブルニードル』はその両手から離れ、無造作に地面に転がっていた。
アナウンス『勝負あったァーっ!ジムリーダー・タケシの勝利とし、試合を終了致します!』
ジムの天井のスピーカーからアナウンスが響いた。
ピコ「今ね!凄かったんだよ!!
スピアーがね、『ダブルニードル』で攻撃したんだけど、あの後ろ髪で
ダブルニードルも、スピアーもぜーんぶまとめて叩き落としたんだ!」
スゥ「つ、強い…!
スピアーが一方的にやられるなんて…」
アナウンス『続きまして挑戦者はいませんかァーっ!?』
ピコ「スゥにぃ、次の挑戦者だって!
行こうよ行こうよ!!」
スゥ「…」
ファルナ「スゥ…?」
ファルナは、スゥの手が小刻みに震えていることに気づいた。
その手に自分の手を重ねてファルナが言う。
ファルナ「ねぇスゥ、やってみよっ!」
スゥ「だいじょうぶ。
ワクワクして震えてるんだ。手も、足も。
あんな強いポケモンと戦うなんて、初めてだ!」
ファルナ「そう来なくちゃ!」
スゥ「次は、俺だっ!!」
スゥはその場で立ち上がり気持ちを奮わせて叫んだ。
声がジムの中で反響する。
アナウンス『挑戦者、B-1階段から闘技場へ!ジムリーダーが待っているぞォーっ!
尚、戦闘に出るポケモンはすべてモンスターボールに納めてくれェーっ!』
スゥ「ファルナ、ピコ!」
ファルナ「うん!」
ピコ「んにっ!!」
スゥ「勝つぞ!」
3人『おーっ!』
二人をモンスターボールに入れ、闘技場への階段を降りるスゥ。
???「…あいつの連れていたポケモン…
あれはまぁ…要らないか…」
???「うーし、じゃあ仕事を始めようぜマスター。
さっきのトレーナー、今頃外で悔しがってる頃だぜ。
これからもっと酷い目に合うとも知らずにな。ガハハハッ!」
???「あれだけやられてたら、スピアーも抵抗出来ないでしょーね。ホホホホ!」
???「ねぇ、本当にやるの?かわいそうだよ、やめよぅ…」
???「ッせーぞ、役立たず。使えねークセに口答えすんじゃねーよ!」
???「アンタ、ちょっと可愛いからって調子に乗るんじゃないわよ。」
???「っ…ごめんなさい…」
薄紫の生地に所々紺色のマダラ模様が入ったフード服。
頭に被るフードの切れ間から覗く大きな耳と鋭い角、
そんな共通の特徴をもつ男女のポケモン。
その間に挟まれて居心地を悪そうにする"役立たず"と呼ばれている気の弱いポケモン。
黒いマントの隙間から覗く馬の形の耳をぺたんと下げて項垂れていた。
???「…お前達、騒ぐな。
始めるぞ。ついて来い…」
そう言って黒いマントの男はポケモンを引き連れ、ジムを後にした。
~ニビシティジム・B1闘技場~
ジムリーダー「初めて見る顔だな。
オレはタケシ。
ここニビシティのジムリーダーを務める、『岩ポケモン』のエキスパートだ。
君の名前は?」
ジムリーダーは自分をタケシと名乗った。
スゥより3つか4つ上で、かっちりとした体格の青年。
細い目の顔に感情を強く表わさず、堂々とジムリーダーとしての風格を漂わせていた。
スゥ「マサラタウンのスゥ!」
タケシ「スゥか。マサラから…な。
先に聞いておこう。バッジは今いくつ持っている?」
スゥ「バッジ…?
(そうか…ノンが言ってたやつ。8つ有るんだったっけ…)
…えーと、まだ一つも持ってないけど。」
タケシ「0個だな。
言っておくが、オレはこのジムのリーダーだ。
初心者相手でも手加減はしない。
覚悟はいいな?」
スゥ「ああ、それでいいよ。
手加減を言い訳にされたくないしね!」
タケシ「その口と、腕が果たして釣り合っているか試させてもらおうか。
さあ、ボールを手に取れ。」
スゥ「ああ。いつでも準備OKだ!」
アナウンス『挑戦者・スゥ!マサラタウン出身!なんと、今回が初挑戦!
どんなポケモンを繰り出してくるのか、私も楽しみだァーっ!
それでは、試合を始めるぞォーっ!
ルールはシングルバトル!手持ちが全滅したら終了だ!
バトル、スタートォォ!』
合図を期に、対峙する2人は闘技場の中心はボールを投げ入れた。
スゥ「いけっ、ピコ!!」
タケシ「行くぞ、イワーク!」
ピコ「んにっ!行くよスゥにぃ、遅れないでよっ!」
イワーク「主、的確な指示を…」
タケシが繰り出したのは「イワーク」というポケモン。
観客席からも見えた、体の数倍長い、岩石のような後ろ髪を備えている。
まるで暴力の塊のようなその髪は、近くで見ると別物のような迫力を持っていた。
イワーク「ピカチュウか…
人間に懐くとは、珍しい奴だな…」
ピコ「ぶつぶつ言ってる暇はないよ!」
アナウンス『なんと、挑戦者の一人目はピカチュウ!!
これは珍しい!初めて本物を見た観客もこの中にいるはずだァーっ!』
どっしりと構えているイワーク相手に、
ボールから飛び出たままの勢いでピコが攻撃を仕掛ける。
スゥ「ピコ、速攻だ!『でんきショック』!!」
ピコ「全力『でんきショック』だぁーっ!くらえぇぇぇっ!!」
ビシャァァァン!!
小さな体から放たれたとは思えない程の激しい電流が地面を伝う。
佇むイワークに命中すると同時に、光の柱が突き上がった。
強烈な電光に驚き、観客がどよめく。
アナウンス『ピカチュウが速いっ!!試合開始早々、大技が来たァーっ!
激しいでんきショック!イワークに直撃したーっ!』
スゥ「うわっ!!お、驚いた…!
すごいぞ、ピコ!!」
ピコ「どーだっ!一発で黒コゲになっちゃったかな?」
あわよくば、この一撃で倒せているかもしれないと思うほど、
ピコ自身にとっても会心の出来の先制攻撃だった。
巻き上がった砂埃が晴れ、イワークの姿が見えてきた。
イワーク「幼い割には大した電撃だ…。
だが、私には無駄だ…」
ピコ「んにぃっ!? うそぉっ!?」
アナウンス『イワーク、倒れない!それどころか、ダメージが全く見られない!!
さすがに堅いっ、タケシのイワークっ!』
スゥ「そんな、いくら堅いポケモンだからって、あの電撃なら少しは効くはずだろ!」
タケシ「初心者とは言え、少々不勉強と見える。
これからの君達の為だ、身に染みるように教えてやる。
イワーク!『いわおとし』!」
イワーク「うむ…
はあぁぁぁ…っ!」
シュルッ…
ゴオオォッ!
アナウンス『イワーク自慢の岩石のテールがうなるーっ!
しかしピカチュウを狙ってはいないようだ!何をしようというのか!』
スゥ「どこを攻撃してるんだ?当たってないぞ!」
タケシ「…お前こそ、どこを見ているんだ?」
ガゴンッ!!
イワークのテールは高く隆起した岩を叩き折った。
タケシ「よし…砕け、イワーク!」
イワーク「降り注げ…!『岩落とし』!!」
ガギンッ
ガゴン!
バギッ!!
ムチのように振り回されるテールが崩れ落ちる岩をさらに細かく砕いた。
大小様々な大きさの岩がピコに向かって転がり落ちてくる。
アナウンス『出たァーっ!イワークのお家芸、岩落としィーっ!
ジムの岩柱を味方にしたァーっ!』
スゥ「まずい、ピコ!岩の柱から離れろっ!!」
ピコ「う、うわぁっ!」
ゴロゴロゴロ…
ズズゥンッ!!
ピコは降ってくる岩を持ち前の素早さでかわした。
スゥ「よしっ!いいぞピコ!」
ピコ「ふふーん!ボクの速さなら…」
イワーク「『岩落とし』!」
ピコ「へ?」
スゥ「また来る!逃げろ、ピコ!」
再びイワークのテールが岩の柱を砕きまわる。
大量の岩石がピコに向かって降り注いだ。
ピコ「よっ、はっ!
…へへーん、もうこの攻撃に慣れちゃったもんねーっ!」
アナウンス『な、何とォーっ!挑戦者のピカチュウ、見事に全てかわしてしまったァーっ!
岩落としは挑戦者のピカチュウには通用しない!
素晴しい身のこなしだ!』
スゥ「いいぞ、素早さはこっちがかなり上みたいだ!
ピコ、『でんこうせっか』!イワーク本体へ攻撃だ!」
ピコ「ボクの動きについてこれる~?
『電光石火』!」
電光石火の名の通り、逃げ回っていた時よりも遙かに速いスピードで体当たりを繰り出すピコ。
追って来るイワークのテールを翻弄し、一気にイワーク本体と激突した。
イワーク「…ぬ…っ!」
ピコ「~~っ!!痛ーーっ!!
ちょっと!堅すぎるよっ!
体まで堅いんだったらそう言ってよ!」
わずかにダメージが通ったのか、顔を歪めるイワーク。
しかしイワークの堅い体へ突っ込んだ結果、攻撃をしたはずのピコの方が痛がっていた。
タケシ「ふん。素早いだけの生半可な攻撃は俺達には効かない!」
スゥ「くそっ!電光石火もダメだ…
ピコ、大丈夫か!」
ピコ「く、クラっとしたけど、大丈夫っ!」
スゥ「接近してる今がチャンスだ!もう一度、『でんきショック』!」
ピコ「今度こそビリビリ痺れろー!
でんきショーーーック!!」
バヂバヂッ!!
イワーク「…無駄だ、と言っただろう…」
ピコ「な、なんでぇっ!?」
アナウンス『ゼロ距離からの電気ショック炸裂ーっ!
だが、やはり効いていないーっ!
挑戦者とピカチュウの顔に焦りが見える!』
スゥ「なんで効かないんだ…
…耐性?
…だけど…、耐性でも少しはダメージがあるはずなのに…?」
タケシ「やっとおかしいと思ったか。
その通り。岩タイプは電気タイプに耐性がある。
ただ、正確には『耐性』とは別の言葉がふさわしいな。」
スゥ「耐性とは別の…?」
タケシ「一切の攻撃が通用しない。
言わば…そう、『天敵』だ。」
スゥ「て、天敵!?」
タケシ「はっきり言おう。電気の技は一切効かない。」
スゥ「…っ!
戻れ、ピコ!」
ピコ「やだっ!コイツに勝つまで戻らない!」
スゥ「気持ちは分かるけど、相性が悪すぎる!
お前が痛い思いをするだけだ、頼むから聞いてくれ!」
ピコ「…うーっ、分かったよ…
この岩ヘビ野郎ーっ!今日は引き分けだからな!
勝ったって思うなよーっ!」
イワーク「…どう思おうが勝手だ…好きするがいい。」
スゥはボールの中心から一直線に伸びる赤い光をピコに向けた。
光が触れた瞬間、ピコの体も赤い光と一体になりボールに収納された。
ピコ「スゥにぃが戻れって言ったから戻ったんだよ!
ボクはまだ負けてないから!」
ボールの中でもまだ喚くピコ。
スゥ「ああ、お疲れ様だったなピコ!今は少し休んでてくれ。」
アナウンス『挑戦者、ピカチュウを手元に戻した!
ポケモンを入れ替えるようだ。次は何が来るんだァーっ!?』
ファルナ「スゥ、次は私だよ!」
ピコの戦闘の間、ずっと待ち遠しかったかのように
ボールの中から急かすファルナ。
スゥ「準備は出来てるな。
いくぞっ!ファルナ!!」
ファルナ「はいっ!!
ピコくん、後はまかせて!」
ピコ「あの岩の髪、なかなか速いよ!
気をつけてね、ファルねぇ!」
スゥはファルナが入っているボールを手にする。
そして、闘技場へと放り投げた。
アナウンス『さあ、挑戦者、2人目のポケモンはヒトカゲだ!
ヒトカゲのシンボル、やる気の炎が燃え盛っているぅ!まさに準備万端といった所!
対するイワークもまだ体力一杯だ!実質1vs1の勝負、どうする挑戦者ァーっ!?」