改札を抜けると、そこは北国……ではなく、大都会であった。
駅の中だというのに、たくさんの店があって、俺たちが住む街の駅とは大違いだ。
広告用のモニターだって、五メートル置きくらいに同じ広告を映していて、軽くゲシュタルト崩壊だかなんだかしそうである。
そういうところに無駄なエネルギーを使わなければ、世界のエネルギー問題は改善出来るのではなかろうか。
そんな考えても大して意味のないエネルギー論を頭の中で熱く語っていると、隣で涼菜が言った。
「うわぁ……これ、デパートってやつじゃないですか? こんなにお店があるし……。テレビでモデルさんが紹介してたブランドのお店もある……」
普段ブランド物など全く興味がない涼菜だが、それでも知っているブランドのお店に興奮したのだろう。
テンションが相当上がっているのがうかがえる。
「見てくださいお兄ちゃん! あそこのモニターの先に出口があるみたいですよ! 少し早いですが、行ってみましょう!」
涼菜は俺の手を引いてすたすたと歩き出す。
反対側から歩いてくる都会人と避ける方向が違くて一時停止したり、新聞の号外を配っているお姉さんに挨拶をしたりしながら、都会の駅前を堪能する。
「お兄ちゃん、東京って、すごいところですね!」
「うん……本来の東京の楽しみ方とはちょっと違うと思うけどな」
駅の構内から出ると、綺麗に設計された真っ白い廊下と、山のようにそびえ立ち俺たちを見下ろすビル群が待ち構えていた。
「ほえ〜、すごいもんだな。俺もここまで都会のビジネス街!ってところに来るのは初めてだぞ」
「お兄ちゃんでもそうなんですか……あ! お兄ちゃん、でもあれを見てください!」
涼菜が指さした先を見ると、そこにあったのは見覚えのあるオレンジ色の屋根。
大手の牛丼チェーン店だ。
「こんな都会でも、私たちの街と同じ店があるんですね……」
「多分都会の人が田舎に来てもおんなじ反応をするんだろうな」
俺たちはスマートフォンの地図アプリを使って、メイリオ文庫が入っているビルを探す。
しかし地図の位置情報は、俺たちが海の上にいることを表していた。
「……やっぱりこういうときは人間の勘が一番だな」
「……ほんとですね。そう思って、じゃじゃーん。地図を持ってきました〜!」
「でかしたぞ涼菜! やっぱりお前は頼れる妹だなぁ」
頭をくしゃくしゃと撫でてやると、涼菜は目を細めて猫のように喉を鳴らした。
しかし地図を見ると、ビルが少ないように感じる。
「ってお前これ、何年前のだよ!」
「えへへ……。十年前のです」
……俺の妹は少し天然なようだった。
「どうしましょう?」
涼菜と俺が道の隅で頭を抱えていると、白装束の女性が声をかけてきた。
てっきり何かの秘密結社に勧誘されるのかと思ったが違ったようだ。
彼女は手にたくさんのポケットティッシュを持っているため、それを配っていたのだろう。
日曜日でもビジネス街だとかなりの人が通勤していて、人通りも多い。
「何かお困りですか?」
にこにこと女性が言う。
東京にも心の温かい人がいたもんだ、と俺は感心する。
「道に迷ってしまって……」
不安そうに涼菜。
女性は、俺たちを快くビルまで案内してくれた。
ついでにティッシュもくれた。
ティッシュやハンカチは涼菜が常備しているため、貰う必要はないが、ティッシュ配りにもノルマがあると聞いたことがあるので、ありがたく貰っておいた。
ビルを見上げると、案内板の七階にメイリオ文庫があると分かった。
ビルの中へ入ると、さすが大手ライトノベルレーベルのメイリオ文庫だ。
ところどころにアニメやライトノベルのポスターが貼られており、ラノベ好きには堪らない空間となっている。
一階の受付でメイリオ文庫に用があることを告げると、受付のお姉さんがエレベーターのキーを渡してくれた。
キーをかざして七階へのボタンを押すと、ぐんぐんとエレベーターが宙に向かっていくのがわかった。
それに伴って緊張の色が顕になる涼菜の背中を、優しくさすってやる。
……兄妹でなければただの変態である。
七階に着くと、大きなアニメのパネルと共に、女性の編集者の方が迎えてくれた。
受付のお姉さんから、俺たちが来たと連絡が入ったらしい。
奥の部屋に案内されると、二十代後半くらいの編集者さんは、デビューのことや編集者のことなどを、忙しい中色々と教えてくれた。
日曜日でも普通に仕事があるらしく、他の編集者さんたちが慌ただしく走り回ったり、パソコンに向かっている姿が見られる。
そこで肝心の作家先生、涼菜はといえば……ガチガチに緊張して、蚊の鳴くような声になっていた。
しかし、最後はデビューしたいという意思をはっきりと伝え、帰路に着いた。
続く。