イラストを快く、なによりも可愛らしく描いてくださったテトナ様には、感謝をしても仕切れません!
涼菜めちゃくちゃかわいい!
そちらの方も楽しみに読んでいただけると幸いです(≧∀≦)
雨宮照
涼菜に小説家デビューの依頼があった、次の日曜日。
俺は、最寄りの駅で涼菜を待っていた。
なぜ家から一緒に来なかったのかといえば、涼菜が待ち合わせをして行きたいとか、妙なことを言い出したからで……。
(なんか、これじゃあデートみたいだなぁ)
しばらく待ちながら、そんなことを思っていた。
デートなんてしたことがないから、そんな感覚は分からないんだけどな。
妹相手にデート気分になるなんて、少し今日の俺はおかしいのかもしれない。
田舎のこの駅には、滅多に電車が来ない。
一時間に二本くらいは来るから、そんなに田舎でもないのかも知れないが、来た電車に乗らずに立っていると、なかなかに不審である。
顔見知りの駅員さんが、俺の顔をチラチラと見て、声をかけて来た。
「青年、今日はどうしたんだ? 電車が行っちまったぞ」
「いやぁ、人を待ってるもんで……」
「あれま、その人ってのは、もしや女の子かい?」
のっぺら坊の「こんな顔だったかい?」みたいな低いトーンで駅員さん、もといおっちゃんが聞いてくる。
だから俺は得意げに。
「もちろん、女の子を待ってるんです」
と、答えた。
すると。
「かぁー! 青年も隅に置けないねぇ! やっぱり青春ってのはいいな! おっちゃんも青春時代は……」
めちゃめちゃ絡んで来た。
まあ、お陰で待ち時間を潰せたし、よしとしよう。
しばらく話していると、息を切らせた誰かの足音が近づいて来た。
「お、お兄ちゃん……。すいませんでした……長い間待たせちゃって……」
それはほかの誰でもない、涼菜だった。
涼菜が「お兄ちゃん」って呼んだから、おっちゃんもすぐに妹だと気付いたようだった。
もしかしたら女の子にお兄ちゃんと呼ばせている痛いヤツだと思われてる可能性も否定できないけれど。
「長い間? 何言ってんだい。こいつぁたった今着いたところだぜ?」
なんて考えていたら、おっちゃんはデートにおいて一番言ってみたかった台詞を盗んでいった。
そして、涼菜に見えないように親指を立てて、ウインクなんてしやがった。
なんていなせなおっちゃんなんだ。
しばらく駅で読書や勉強など、各々時間を潰していると、電車が来た。
乗客は車両に三人くらいでとても空いていたが、田舎にとってはいつものこと。
乗り換えが一番の勝負どころとなる。
電車に乗ってからも俺たちは別々のことをして過ごしていたのだが、読書をしていたら肩に若干の重さを感じたため横を見ると、さっきまで参考書を読んでいた涼菜が俺の肩を枕にして、すぅすぅと心地良さそうな寝息をたてていた。
その寝顔は吸い込まれそうなほどにかわいくて。
それに、まつ毛の長さや唇の質感など、普段は見られない涼菜が至近距離で見られて。
でも恥ずかしいから直視することはできず、目を逸らしてしまう。
涼菜の髪はふわふわとしていて柔らかく、頰にあたる度にくすぐったい。
そんな夢のような、それでいて拷問のような悶々とした時間をゆったりと過ごしていると、次の駅名を告げるアナウンスが車内に響いた。
・・・・・・寝てないけど寝過ごしてしまったらしい。
「まったく、お兄ちゃんは昔からドジですね。まあ、私が不覚にも寝てしまったのは申し訳ございませんが・・・・・・」
乗り換えをした後、妹が罵っているのか呆れているのか、はたまた謝っているのか分からない態度でそう言った。
「余裕を持って昼前から家を出ておいてよかったな。……涼菜のデビューに影響があったかと思うと……」
「結果的に間に合うのならなんでもいいんです。さ、そろそろ目的地に着きますよ」
と、涼菜は心の広さを見せて許してくれたのだが、ここで事件は起こった。
「お、お兄ちゃん! これ、どうやって出ればいいんですか!」
「わ、分からん! 日曜の東京ってこんなに人がいたっけ! とりあえず絶対に俺の手を離すなよ!」
「はい!」
俺たちは大都会、東京を舐めていたようだ。
東京自体は何度も来たことがあるのだが、電車には急行だの快速だのと、いろいろな種類があるらしい。
その中でも寝過ごしてしまった俺たちは、一番混むであろう電車に乗ってしまったというわけだ。
平日は学生やサラリーマンですし詰めになっている電車が、今日は家族連れやこれから遊びに行く私服の学生たちで賑わっている。
編集部の人たちも折角の日曜日だし休みたいだろうに、涼菜の事情を話したら日曜日の昼間に時間を作ってくれるというのだから頭が上がらない。
なんとかドアが閉まる前に電車から出ると、涼菜と俺はホームの自販機の前で少し休んだ。
涼菜が物欲しそうに自販機を見ていたので、涼菜の好きそうないちごミルクを買ってやったのだ。
しばらくいちごミルクを飲んでいる涼菜を見ながら息を整えていると、涼菜が不安そうな顔をしているのがわかった。
「涼菜、どうしたんだよ、そんな顔して。いつもの笑顔はどこに行ったんだ?」
別に悲しいことがあった訳でもないだろうが、つとめて明るく口に出す。
すると涼菜は、こんなことを聞いてきた。
「正直に答えてくださいね。私の作品……私がお兄ちゃんとらぶらぶする話って……面白いですか?」
主人公とヒロインのモデルが俺たちだから色々勘ぐってしまうところはあったが、やはりあの作品は何度読んでも面白い。
だから、俺は正直にそう言った。
「……ありがとうございます。でも、それって、一部の人の意見だから……身内の意見だから……、自信がないんです」
俯きがちに、涼菜が口に出す。
こんなとき、兄はどんな言葉をかけてあげるのがいいんだろう。
女の子が不安になっているとき、男はどんなことを言ってあげればいいんだろう。
そんなことが頭に浮かんでいたものの、俺の体は俺の頭よりも早く結論に至ったようで、次の瞬間には涼菜を抱きしめて、背中をさすっていた。
「……えっ? お兄ちゃん……?」
「大丈夫、心配すんな。誰がなんと言おうと、こんなに面白い作品は他にはないよ。少なくとも、俺の心にはちゃんと響いてるんだからさ」
決まった。
俺は心の中でガッツポーズをした。
しかし、残念ながらこのあとの展開は、俺が思っていたものとは全く違っていた。
「くふっ、お兄ちゃんって、本当に言動が間抜けですね。今どきどんなラノベにも、そんな臭いセリフを言うキャラは出てきませんよ」
弾んだ声で、楽しそうにくすくすと笑う涼菜。
「う、うるさいわっ! 現実はラノベにも勝るんじゃ!」
抵抗する俺だったが、駅の喧騒に掻き消される。
「さ、早く行きますよ、お兄ちゃん!」
軽やかな足取りで改札へと続く階段に向かう涼菜。
途中、振り返った涼菜は、俺になにか声をかけた。
例によって駅の喧騒に掻き消された声だったが、俺にはきちんと聞こえた気がした。
「お兄ちゃん、ありがとう」 って。
続く