暖かくて、いい匂いが包む。
それが、俺の朝一番の感想だった。
頬に、何かを感じる。
暖かくて、滑らかで、くすぐったい。
俺は不思議な感触に、目を覚ます。
目を開けるとそこには、俺が知る中で一番可愛い女の子。俺の実の妹、涼菜がいた。
涼菜は、気持ちよさそうに、俺の頬をぺろぺろと小さな舌で舐めている。
可愛いやつだ。……いや、おい!
可愛いとか言ってる場合じゃないだろ!
「何してるんだ涼菜っ……!」
俺は、自体の異常さに気付いて、声を上げる。
それに対して、それがさも当然であるかのように、涼菜は言い放った。
「えへへぇー。妹がいる家庭では、妹がお兄ちゃんをぺろぺろして起こしてあげるのが、普通なんですよ?」
いや、んな訳あるか。
めちゃくちゃ可愛いのは分かったが、こういうのは俺の心臓にも悪いので、やめて欲しい。
このペースでイチャイチャしてたら、俺が早死にしそうだ。
何はともあれ。
「涼菜……誕生日、おめでとう」
「ん……。ありがとう、お兄ちゃん……」
妹が、顔を赤らめて返事をする。
本当にかわいい。このまま抱き合ってお互いの頬を舐め合って、最終的には唇を重ね合わせて。
永遠にこうやって、イチャイチャしていたい。
それだったら、今すぐ死んでも構わない。
それくらいに愛おしくて、幸せな、大好きな妹との時間だった。
涼菜も、この間言っていた 「お兄ちゃんを朝起こすシーン」 とやらが実践できて、満足そうだった。
俺の気持ちとしては、小説のネタよりも、俺とイチャイチャ出来たことに満足して笑顔になってほしいのだが、現実はそういう訳にもいかないだろう。
完璧な妹に頬をぺろぺろしてもらえるだけで、俺は宇宙一の幸せ者だ。
そんな甘いベッドでの出来事は終わり、一階のリビングで朝ごはんを用意する妹。
誕生日くらいは俺が準備をすると言ったのだが。
「お兄ちゃんが料理をすると、後片付けがいつも以上に大変なので、やめてください!」
と言われちゃったので、やめておいた。
まあ、その後に。
「私の作った、愛情のこもった料理を、毎朝お兄ちゃんに食べてもらうのが、私の楽しみですから……」
と、小声で呟いたことは俺の記憶のなかにバッチリと残っているのだが。
そんな涼菜の今朝の料理は、涼菜の好きな、卵雑炊だった。
夕飯が卵雑炊だということはたまにあったが、卵雑炊を朝に食べることはほとんど無い我が家にとって、それだけでも今日という日の特別さが伝わってくる。
俺は卵雑炊の柔らかい美味しさを味わいながら、一年間の妹との同棲生活を振り返る。
一年間、涼菜には世話になりっばなしだった。
迷惑もかけたと同時、楽しい思い出もたくさん出来た。
思えばこの一年、ずっと涼菜と一緒だったなあ。
ゲームをやって俺に勝ったときの嬉しそうに笑った顔。俺が後輩の手伝いをしてたりして遅くなったときの怒った顔。母親がいなくなった後の、悲しそうな顔。
色々な涼菜の表情が、俺の脳裏に現れては消えていくのだった。
しかしその中でも、涼菜が小説を書いていたと知ってからの一週間は、最高に楽しかったと思う。妹の風呂に突入したり、妹と一緒に寝たり。
俺は、これからの更に明るい同棲生活に思いを馳せて、にやにやと口元を緩ませるのであった。
しばらくすると、笹原先輩が露出の多い服装で色気を振りまきながらやってきた。
いや、まあ本人は色気を振りまいている自覚はないのだろうが。
そんな妖艶な先輩に家に入るよう促すと、履いていたローファーを脱いで玄関に上がる。
ローファーを脱ぐときに先輩の黒いレースの下着が見えていたことは、俺の胸だけに留めておこうと思う。
リビングの扉を開けた先輩は、目を輝かせて言った。
「改めて見ても、この飾りは素晴らしいわね」
昨日涼菜と自身が飾り付けたデコレーションについての感想だった。
俺も確かに、この飾りはうまく出来ていると思う。
続けて先輩が言った。
「この鎖の飾りを見ていると、千秋くんを無性に縛りたくなってくるわね……」
素直に感想を述べているのかと勘違いしていたが、そんなはずは無かった。
このサディストの変態の脳内は、いつでも独自の監獄を創り出しているのだった。
続いてインターフォンを鳴らしたのは、三軒隣に住んでいる幼馴染、乙葉だった。
ショートパンツから、肉付きのいいムッチリとした美味しそうな脚が伸びている。
実に美しい。
履いていたスニーカーをクールに脱ぐと、ショートカットの髪をふわりと匂わせ、リビングへと入っていった。
そして、時計を見て。
「よかったー。間に合ってたんだね。遅刻かと思って焦っちゃったよ」
「いやいや、この距離なんだから遅刻することも無いだろ」
すると乙葉は。
「コーディネートとか、色々と準備があるんだよ……。千秋に、少しでも可愛いあたしを見てもらいたかったから……さ」
何この娘、めっちゃ可愛いんですけど。
見ると、乙葉は英語の入った少し薄めのトレーナーの上に、赤いチェックのカーディガンを着用している。
俺は脚にしか目がいっていなかったが、彼女のファッションは、お洒落な雑誌で紹介されそうなほどに自分の魅力を引き出していて、可愛かった。
「お前……綺麗だな」
「ん、ありがと。……ドキドキした?」
「ドキドキなんてしてねーし! 可愛いなって思ったら心臓の鼓動が早くなっただけだし!」
「いや、もうそれドキドキしまくってるじゃん。……それに、そんなに、顔紅くさせて」
え、そんなに赤かったか。
自分の考えていることが表情にまるっきり出てしまうとは情けない。
とりあえず俺の家を知っているメンバーが全員揃ったのを確認すると、家庭用ゲームのパーティーゲームをプレイしている三人を後目に、俺の家を知らないもう一人の来客を迎えに駅に向かった。
続く