涼菜の小説が一万件のお気に入りを突破した次の土曜日。
つまり、涼菜の誕生日の前日。
俺は、父親に会うため、東京へと向かっていた。
我が家から父親の家がある街までは、電車で三時間くらいで着く。
少し遠いが、この距離が俺たちと両親とを一年間遠ざけてきたのだ。
感謝とともに、悲しい気持ちも少しあり、複雑な気持ちである。
三時間も電車に乗っているとすることも無いので、スマホでウェブ小説サイトのページを表示し、ランキングを見た。
すると、六位に涼菜の小説。
八位には、莉華の小説があった。
この間までは百位にも届かなかった莉華の小説が、十位以内にまで、人気を伸ばしていた。
そろそろ涼菜の小説を抜かしてしまうのでは無いだろうか。
そしたらあいつ、怒るんだろうなぁ。
ぷくーっと膨れて、「私たちの分身は、こんな小説に負けるような安い恋愛はしてないんですっ!」 とか言って。
想像しただけでも頬がほころぶ。
前回から莉華の小説は二話更新されているので、読んでみることにした。
莉華の小説は、巧妙な語彙力と、独特の世界観で、彼女らしい恋愛を描いたラブコメである。
これまでは、どちらかといえば恋愛要素よりもコメディー色が強かったのだが、最新の二話は一気に恋愛要素を盛り上げており、胸がキュンキュンする物語となっている。
それでいて、胸が締め付けられるような、独特の感覚。
……読者自信が、実際に恋をしているような。
そんな感覚に捕らわれるのであった。
莉華に何があったのだろう。
ここ何日かの彼女の成長っぷりは、心配に値する程に、凄まじかった。
……この時、千秋はまだ気付いていなかった。
彼女の成長の理由が、自分に対する恋心と、桜子に対する嫉妬心であったことに。
しばらくウェブ小説を楽しんでいると、俺は電車内で、この世のものとは思えないほど尊い存在を目にした。
それは、女子高生。
それも、ただの女子高生ではない。
制服の着こなしが素晴らしく、ティーンズ誌の表紙を飾っていてもおかしくない。
それに加えて、綺麗にカットされた短い髪。
ショートカットの艶やかな髪が、太陽の光を反射して、青色に輝いている。
制服の下に白いパーカーを纏った彼女は、俺の目には、天使のように映った。
そして、 なんと言っても一番素晴らしいのは彼女の御御足。
彼女はハイソックスを履き、太ももを露出させ、なんとも言えない美を表現している。
彼女をもっと見ていたい。しかし、見続けると通報されてしまう。
よって俺は、ウェブ小説を読む振りをしてちらちらと彼女を窺っていたのだが、遂に彼女と目が合ってしまった。
反射的にサッと目を逸らす。
冷や汗がたれる。
常識的に考えて、自分の太ももを凝視している変態がいたら、気持ち悪いだろう。
しかし、美しい女性はこういった視線にも慣れているはずだ。
わざわざ俺に何か言ってくることもあるまい。と、俺が落ち着き始めていると、なんとあの女子高生が近寄ってくるではないか。
いや、なんだ。
なんだってことはないか。
そうか、俺は死ぬんだ。
社会的に、死ぬんだ。
まあ、最期にあの太ももから尻にかけてのラインを拝めたことは、幸いだったのかもしれないな。
冥土の土産にしよう。
そうやって俺が悟りを開いていると、その女子高生は俺の頭に手を近づけ……こつんとグーで軽く殴った。
いてっ。
「千秋〜、あたしが魅力的なのは分かるけど、ちょっとキモいよ?」
え? 誰?
俺が自体を飲み込めないでいると、その女子高生は俺にアゴクイをすると、顔の高さまでしゃがみ、言った。
「あたし以外の女の子をあんなにじっと見たら、だめだからね?」
ツンデレか!
乙葉、お前はツンデレ幼馴染になったのか!
ってか、あのお洒落な女子高生が乙葉だったとは。
まあ、一回目の乗り換え前にいた時点で近所の高校のやつだとは思ったが、まさかうちの高校の生徒会副会長で、俺の幼馴染だったとは。
いや、三軒隣に住んでるんだから駅で気付くべきだったけどさ。
「千秋もしかして、これから……行くの?」
「……ああ」
「私も、生徒会の関係で東京に行くんだけど、途中まで一緒に行こう?」
幼馴染を仲間にしますか?
はい。
俺たちは、一緒に東京まで行くことになった。
一度目の乗り換えを経て、しばらく電車に揺られていると、彼女は不意に立ち上がり、俺の前に来ると、立ち止まった。
乙葉からは、香水のようにキツくない、柔らかな女の子独特の香りが漂っている。
女の子って、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。
電車で太ももを大胆に露出している女子高生には、運動をしている人が多くてあまりいい匂いなイメージは無いのだが、乙葉の場合は、清潔感を具現化したように清潔で、見ているだけで石鹸の匂いがしてきそうですらある。
彼女は俺の方を向くと、「わかってるよね?」 とばかりに頷いて、俺が座ってた座椅子の両側に膝をつくと、正面から俺を抱き締めてくる。
彼女の匂いが直に鼻腔に入ってくる。
彼女の髪の香りが脳を蕩けさせる。
そればかりか乙葉の中くらいの胸や、張りのある神秘的な太もも。彼女のぷにぷにの真っ白い腕が俺にまとわりつき、俺の理性を奪う。
これは彼女の性癖。
わかっているのだが、こうして抱き着かれると、勘違いしてしまう。
幼馴染とはいえ、女の子。
年頃の童貞男子には、恋愛の対象であるに違いはないのだ。
ってか、電車でこんな事をしていて大丈夫なのか?
人に見られたらバカップルどころじゃないぞ?
普段の俺みたいなリア充を滅ぼそうとしている童貞がいたら、間違いなく殺される。
そう心配していたのだが、車内に乗客は俺たちだけ。
乗客が増えるのは次の駅からだった。
残念だが、次の駅が近づくと、乙葉は抱き着くのをやめ、隣に座った。
心臓の鼓動が早いのがわかる。
俺は、乙葉に抱き着かれた感触を思い出しながら、終点の駅まで、だらしない表情を続けるのであった。
続く。