「なんで、私だって分かったの?」
母親は心底驚いたように、でもそれを隠すかのように平然を装って尋ねる。
「昨日、母子手帳落としてっただろ? そんなもん持って歩いてるのなんて、家族以外にありえないだろ」
そう。昨日コンビニ帰りに俺が拾った本のようなものは、母子手帳。
母さんはきっと、俺たちのことを気にかけて母子手帳を持ち歩いていたのだろう。
母親は『やっぱりそうだったのね……』と、腑に落ちた様子だ。
「お父さんのパーカーを着て体格を分かりにくくしたりとか、気付かれにくくしながらも、本当はあなた達に会いたくて、インターフォンを押してしまったの」
「じゃあ、なんで逃げたりしたんだ……」
「やっぱり、あんなことをしたのだから、あなた達に会っても受け入れてもらえる勇気がなくて」
でも。と、母さんは続ける。
「あなた達のことを本当に愛してるの! その愛が行き過ぎてしまったことは本当に申し訳ないと思っているわ。歪んだ愛だったことも分かってる。だからこそ、私はあなた達に謝りたかった……」
感情が抑えきれず、泣き出す母。
そんな母に対して、俺は伝える。
「六月二日、涼菜の誕生日。この家でパーティーをやる。本当に謝りたいんだったら、この時に来てくれ。……母さんに会うことは、きっと涼菜にとって、最高のプレゼントになるから」
「……分かったわ」
あえて、俺は『母さんが帰ってくること』とは言わなかった。
残念ながら、俺はそんなに出来た人間じゃない。
母さんを許すことも完全には出来ない。
それに、あの時勉強をしなくなってしまった弱い自分自身も。
これは、ただの俺の逆切れだ。
本当は俺が悪いのは分かっているのに、認められない。
謝るのは、俺の方だ。
母さんにも、涼菜にも。
母さんの後ろ姿からは、母さんが今どんな気持ちで父さんの元へ帰ろうとしているのかも、分からない。
涼菜の誕生日に、パーティーに来てくれるのかも、分からない。
そんな分からないことだらけの中だけれど、彼女が俺たちを本当に愛しているんだということは、態度や言葉の端々から、はっきりと感じ取ることが出来た。
それから家に入ると、お風呂を沸かした妹が少し足が濡れたまま、こちらへと駆けてくる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 聞いてください! わた、わ、わ、わた、わたたたた」
火渡りかよ。
妹は何かを伝えたそうに、大興奮しながら目を星のように輝かせてぴょんぴょん跳ねている。
「えーっと、涼菜。落ち着け。何があった」
タンスの裏から五百円玉でも見つけたのかな?
確かに、中学生にとって五百円は大きいもんなぁ。あ、物理的な大きさじゃなくて。
「あの、お兄ちゃん。多分全然見当違いなことを考えているところ悪いんですけど、聞いてくれますか?」
あ、いつの間にか妹の方が冷静……というかジト目になってる。
「ついに、私の小説のお気に入りが、一万件を超えました!」
マジかよ!
一万って、あの一万か!
……いや、ピンと来ない。
「す、凄いなー涼菜は。お祝いしなくちゃなー」
取り敢えず、褒めてみる。
すると妹はジト目に戻り。
「お兄ちゃん。分かってないなら無理に驚かなくてもいいですよ……。でも、これは本当に凄いことなんですからね!」
妹は必死に訴える。
確かに本で考えると、百万部突破で大ヒットセラーと書かれる程だ。
マイナーな素人のウェブ小説で一万件のお気に入りとなると、かなり凄い事なのだろう。
この間見たアダルトビデオがかなりの良作だったが、あの作品でも四千件程しかお気に入りは付いていなかった。
俺がウンウンと頷いていると、妹はもう何度目かのジト目で呟いた。
「絶対この人ろくなこと考えてません……」
よく分かったな。
エスパーか。
続く。