笹原先輩の歓迎会が行われた後、俺は特に何も考えることなく、午前中を過ごした。
昼はてっきり後輩が誘ってくるものだと思ったのだが、後輩は昼までに提出の課題が終わらなかったとかで、終わってから一人で食べるそうだ。
ゆるふわな雰囲気はあるものの、基本しっかりしている後輩にしては珍しい。
それにしても、莉華がいないと、俺ってほんとにぼっちなんだなぁ。
前なら少しは男子からの誘いで何となく集まって昼飯を食っていたものだが、莉華と食べるようになってからは昼過ごす相手が決まっていたからなぁ。
俺ってやっぱり莉華のことが好きなんだろうか。
いなくなって考えさせられることって、色々あるんだなぁ。
恋愛において引くことも大事だとよくラノベには書いてあるが、こういうことを言うのだろう。
俺は今、物凄く暇だった。
折角だから食欲もあまり無いので、いつもは行かないようなところに行ってみることにした。
一度靴に履き替え、渡り廊下を渡る。
そこには普段なら足を運ぶことのない、部室棟があった。
部室棟は、文化部を中心に、室内の部活動を行うための部屋が並んでいる。
例えば書道部。
書道部は墨が飛び散ったら大変だから、部室棟での活動のみが認められている。
美術部も似たような理由でここに部室を構える。
これだけの説明では、邪魔者を隔離するための建物だと誤解されかねないので言っておこう。
ここの設備は、どれもが校内で一番新しいもので、建物も何年か前に建てられた新築。
トイレなんか、ウォシュレットはもちろん、自動フタ開閉まで付いている。
さあ。
何となくで俺はここに来てみたのだが。
ここに来てももちろんすることは無いなあ。
書道部や美術部の作品など、生徒の活動の成果を見ているのは楽しいのだが、一人でいるためか満たされない。
これは上手いなとか、これはなかなかに酷い作品だとか、犬が描いたのかこれとか。
作品の批評をしながら歩いていると、ある一枚の絵に違和感を感じた。
ーーー これって。
その時だった。
急に視界は閉ざされ、意識が遠のく。
な、何が起こっ……。
「一体何が……?」
目が覚めると、目の前には見知らぬ天井。
いや、頭上に床があった。
は? 頭上に床?
よく見ると、上下が逆さまになっている。
誰かに縄で吊るされているようだ。
「……一体、何のつもりですか?」
俺は、姿が見えない、けれどすぐにその人だとわかる犯人に向けて問いかける。
すると、彼女はゆっくりと歩いてきて、姿を見せた。
彼女は、俺の二年先輩にして、俺の元ストーカー。笹原桜子先輩だ。
「千秋くん。久し振りね。またかっこよくなったんじゃない?」
「……おかえりなさい。なんですか、いきなり人を天井に吊るして」
「ごめんなさいね、多少強引になっちゃって。千秋くんの顔を久し振りに見たら、いてもたってもいられなくなっちゃって」
先輩は、ストーカー気質であると同時に、かなりのサディストである。
今も俺が吊るされているのを見て、恍惚の表情を浮かべている。
なんていうか、テカテカしている。
そのむちむちの身体と合わさって、照り焼きのようだ。
「ねぇ、いま千秋くん失礼なこと考えたでしょ? ねぇ、そうなんでしょ?」
人の考えを読んでくるあたり、俺の妹くらいに俺のことを知っているらしい。
もしかすると、俺以上に俺の事を知っているかもしれない。
彼女は俺ともう1年、同じ学校に在籍しているという事実を得るために選考を勝ち抜き、海外に一年間留学したような、頭がいいのか頭がおかしいのか分からない人だ。
まあ、頭がよくて頭がおかしいんだろうけど。
その先輩が、俺を縛って何の用なのか。
「千秋くん。相談があるの」
「なんですか、医者ならいい精神科教えますよ。薮クリニックっていうんですけど」
「違うわよ! って、ヤブ医者じゃないの!」
「……ノリがいいですね。デカい乳揺らしやがって。で、なんですか?」
「ねぇ今なんて言ったの! デカ乳で色気があって妖艶な美女の先輩っていったわね!」
いや、そこまで言ってねえよ。
揉ませろ。
「で、なんだって?」
ふふん、と大きな胸を張って、先輩が言う。
「今日の放課後、私とデートしなさい! 断ったらつり輪にあなたを括りつけてあんなことやこんなことを……」
「行かせて下さい。お願いします」
気がついたら、恐怖から即答していた。
続く