3年越しのしらてぃあまです(遠い目)。
世間では天災やコロナの影響、はたまた別件でも大変苦しい日々を過ごされてきているかと思いますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?、
私は今もご存あられる事が幸せだと噛み締めている今日この頃です。
さて、この3年間は前回投稿した後書きに記載した通り、合間を見つけては執筆・修正を繰り返し、ようやく今回投稿するに至る事ができました。
これも全て、応援のメッセージを送って頂けた方や次章投稿を楽しみにしていて下さった方々のおかげです。
本当にありがとうございます!
相も変わらずですが、先に次回投稿日についてお伝えする事が御座います。
書き貯めは十分にあり、それらも修正が追いついてきている事もあるので、次回投稿日は大方1~3ヶ月後、最高でも年明け…くらいになるかと思います。
初めてこちらの作品に目を通して頂いた方も、以前から読んで下さっている方も、これから何卒宜しくお願い致します!
それでは、大変お待たせ致しました。
この章では前回の話の続きからとなっております……が!
会話パートがかなり多めなので、早い展開で読めると思うんですが中身が薄くなったりしてないか心配です……。ご感想など送っていただけると本当に本当に助かります。
で、では!是非お楽しみ下さいませ!
「――おいっ」
「んー……」
イビルアイは乙女の夢の世界を堪能している蒼の薔薇のリーダーを揺さぶり起こそうとしていた。
「ぁん… やだ…王子様イケメン…ムニャムニャ」
「勘弁してくれ……」
だが彼女の眠りは深いようだ。
意味深な寝言を発しながら、衣服が開けるのも構わず大胆に寝返りをうつ。
「はぁ~… 休憩しろとは言ったがまさかぐっすり眠るとはな。まぁ……当然か」
このアゼルリシア山脈に訪れる前日、ラキュースは一睡もしていなかった。
というのも、ラキュースに例の黒ずくめの二人組についての酷い桃色の妄想話やらを朝まで延々と聞かされていたのだ。
「さて」
イビルイアは一向に目覚める気配がないラキュースの眼前まで近寄り、
「……くくく」
不敵な笑みを携えて鼻と口を塞いだ。
陰湿的だがあのノロケ話を無理やり聞かせられるハメになった事への小さな仕返しだった。
待つこと数十秒――。
「んーーー!」
「ふん。やっとか」
夢の世界から抜け出したラキュースは、寝ぼけ眼を擦りつつ辺りに視線を流した。
「……寝てたのは謝るけど普通に起こして――」
そこには洞窟内の安全確認に入ってくれた無傷の双子忍者と、
「「鬼ボス、おはよう」」
「ティア、ティナ!無事だったのね!」
「「当然の結果」」
仮面を外したイビルアイが自分を囲う様に位置していた。
「あれ……ガガーランは…」
「安心しろ。あそこで見張りをしてくれている」
少し離れた洞窟の出入り口付近でガガーランは大きな鞄を漁っていた。
「おはようさん」
「みんな……もう気疲れするくらい本当に心配したわよ!」
「寝てただろう」
「う……」
ラキュースは言葉とは裏腹に、変わりない様子の双子を見て心底安心していた。
「かなり大事は有ったみたいだがな。血だらけになってたこいつらを見たときは力が抜けちまったよ。お、あったあった」
ガガーランは鞄から大きな干し肉を取り出し、意味ありげに苦笑いを浮かべていた。
「同感だ」
「血だらけって……そ、そうなの?」
「ぃゃん」
「照れる」
「でも今は全然そんな風には見えないんだけど」
ラキュースに瞳を細くしてジロジロと見つめられた双子の反応が通常通りな点と、外傷の痕跡も一切ない外観に頭を捻る。
「それは私が説明しよう。と、その前に突然だがラキュースに紹介するべき子がいる」
「え、ちょっと待ってどういうこと?仲間が血だらけになってた事よりも前に説明なの?」
「まぁ落ち着いてくれ。解り易い説明には順序がいるものだろう?」
大事な仲間が血濡れだった事よりも優先するべきだと言われては途端に不安になる。
改めて辺りを見渡すが仲間の4人以外は他に何も見当たらず、雨が降り注いでいる点以外に変わりはい様子だった。
「誰も居ないけど……」
「ん?あぁ、すまない。私の後ろにいる」
何故か白々しい態度で大げさに胸を張るイビルアイの背後から、垂れた毛むくじゃらの獣耳が僅かに見えた。
「もしかして動物を見つけたの!?」
勢いよくバタバタと身を乗り出し、四つん這いでイビルアイに詰め寄る。
「ひっ……!」
「あっ、ポミ……!」
しかしラキュースが追いかけた獣は、
「鬼ボス今日は白パン」
「四つん這い…パンツ…う……頭が…」
「おぉヨシヨシ怖かったな」
ガガーランの背後に獣尾の影を残して一瞬で隠れてしまった。
「あ、あれ?」
ラキュースがここまでの反応をするのは、どこぞのレズビアン忍者と違って特別可笑しな事でもなく、アゼルリシア山脈で一切見る事が出来なかった生命を発見したという事は、例えただの動物であれ重要な情報を握る鍵となる可能性もあるのだ。
「なんだその動きは……」
眼前で行われた奇天烈な動きに動揺しつつ、ラキュースの肩に手を置いて押し戻す。
「も~……なんで勿体振るのよ」
「はぁ…そういうのじゃない。そして頼むから落ち着け。話が進まないだろう」
「鬼ボス、私達の事より優先したい理由はもっと重大」
「覚悟したほうがいい、色んな意味で」
イビルアイだけでなく、ティアとティナからも真剣な表情で諭されてしまう。
これ以上の勝手な詮索は大事な仲間達からの信頼関係を壊す事になりかねない雰囲気だった。
「ごめんなさい……」
愚かな失態を犯した事に頭を下げて、素直に謝罪した。
「いやいいさ。とりあえずガガーランの方を見てみろラキュース」
「どういう事かすぐ分かる」
「その後説明する」
「分かったわ」
ラキュースは気持ちを引き締めてガガーランの方へ向き直る。
そこには先ほどチラリと見えた獣耳と獣尾の存在は只の動物の姿はなく、ガガーランの膝下に座って和気藹々と会話する、頭上に小さな小人を乗せた獣人の女の子がいた。
「それは何のお肉なんですか?凄く美味しそうです……」
「こいつぁモンスターの肉を塩漬けして干したもんだよ。硬ぇしバサバサしてるし臭いが、コレが美味ぇんだ。病み付きになる味ってやつだな。食うか?」
2kg程はあるだろうか。ガガーランはかなり大きなその肉を頬張りつつ、獣尾をパタパタと振って物欲しそうにする獣人の子に分け与えてやった。
「わぁ~……ありがとうございます!骨付きだなんて…凄く嬉しいです!」
心から喜んでいる様子の獣人の子の笑顔に、ガガーランは白金色の美しい長髪に手を置いて実に愉快そうな笑顔を浮かべた。
「骨付きを嬉しがるたぁ分かってんな!この骨まで食べるのが最高なんだ」
「はい!それでは、頂きます」
片掌を眼前に運び指先を綺麗に伸ばした謎の動作をした後、鋭い八重歯を覗かせながら骨付き肉に勢いよくカブリつく。
お腹を空かせていたのだろうか、数秒足らずであの大きな肉を骨ごとあっという間に完食した。
「はっはっは、凄いな」
見ていて気持ちのいい食べっぷりに、ついつい手心を加えたくなるのがガガーランの性分だ。
「もう1本い――」
しかしその気持ちは霧散する。
獣人の子は瞳を閉じ、食す前に行ったのと同じ動作をしながら暫くの間深く頭を下げ続けていた。
「……こりゃぁ、なんとも美しいな」
その姿はとても儚く神々しさを感じさせ、まるで生命に対して究極の感謝の意思を示しているかの様だった。
「ご馳走様でした」
行為が終わると同時に、獣人の子はガガーランへ満点の華が咲いたような笑顔を向けた。
「……いい子だ。お前さんの家族、母親が見つかるといいな」
ガガーランは再び女の子の頭に手を置いて優しく撫でる。
「――はいっ」
獣人の子はその手に頭を擦りつけ気持ちよさそうにガガーランの懐へ沈むと、
安心したのか、直ぐに小さな寝息をたて始めた。
間髪入れずガガーランはラキュース達へアイコンタクトを飛ばす。
「すまないなラキュース。紹介がきちんと出来なかった」
「ううん…私のせいよ、気にしないで。私に教えるのにあんな遠まわしな事をしたのは気を遣ってくれてたんでしょ?ほら…色々と見た目がすごいし……」
「そ、そうだな…タブン。さて、怪我の事も気になるだろうが、まずはあの子…ポーについてだ」
「ポー?ポーちゃんって言うの?」
「少し違う。正確にはポミグ」
「ポーは愛称」
「なるほど」
「イビルアイ、初っ端から説明下手」
「……言ったな?その言葉よーく覚えとけよ主犯者め!」
「え、主犯?」
「アーー!アッアーー!」
ギャーギャーと言い争いを始める二人を尻目に、変わりにティナが説明し始めた。
「鬼ボス、私が教える」
「え、えぇ。頼むわ」
「まずポーちゃんの右腕が無いのとお腹の黒い霧。あれは黒色のドラゴンと青白いドラゴンの二匹の襲撃に遭ってつけられたと言っていた。青白いのはここらを住処としているフロストドラゴンの仕業だと予想してる。黒い方のはたぶん突然変異種で、こいつが黒い霧を…呪いをかけたんだと思う」
「ぇ――」
いきなりドラゴンの名前が出てくるとは思いもせずラキュースは絶句する。
過去に青の薔薇は王国から遠く離れた土地での任務中に突如現れた体長1メートル程の小さなドラゴンに遭遇し、任務同伴していたプラチナ級冒険者数人と協力して数時間に及ぶ激戦を強いられ、辛くも撃退に成功したという経験がある。
「嫌な事を思い出しちゃった……」
「うん、皆も鬼ボスみたいな反応だった。私は特にあのゲロ不味いポーションの事を思い出したよ」
「そんな事もあったわね…ティナったらあんな容態なのに吐き捨てるんだもの。あの時は呆れたわ」
しかし被害は甚大、青の薔薇に最低最悪の歴史を刻んだ日だ。
巨体でありながら俊敏な飛行も得意とし、強靭な鱗を持っている事が最大の脅威だと思い込み、個体のサイズ感から侮っていたのが仇となった。
協力してくれたプラチナ級冒険者は全滅。最高位のアダマンタイト級冒険者である自分達ですらも半壊させられたのだ。
「……私達はあの例の家の住人が居たから助かった。でもポーちゃんは誰の手を借りる事もなく単独で生き延びていた」
あれ以来ドラゴンは肉体の大小関係なく国家規模で対処するのが適正なのだと身を持って思い知らされた訳だが、そんなドラゴンを相手にどうやってたった一人で生還する事が出来たのか――。
「つまりあの子は……とんでもなく強いのね?」
少し考えるだけで分かる。
単純に1人でドラゴンと戦えるだけの力を有しているからだ。
「察しがいい。ポーちゃんはああ見えて魔力関連だけならイビルアイよりも遥かに強い…いや天と地の差以上がある。攻撃系の魔法やスキルは一切使えないみたいだけど、鬼ボスより圧倒的に豊富な種類の優れた治癒魔法も行使できる」
「もう既に頭がパンクしそうよ……それじゃまるで十三英雄並みじゃない」
「うーん…残念。全然違う。十三英雄なんか目じゃない……もっとこう、神様みたいな感じ」
「はい?」
「イビルアイがそう言ってた。この世界の歴史史上類のない魔力の持ち主だって」
「………」
「まぁ今でこそ微弱な魔力量だけど、魔力を蓄えられる器の底が全く見えないらしいから間違いないみたい」
ラキュースはティナから淡々と発せられる言葉にまたも絶句させらる。最早まだ夢から覚めていないとでも思い込みたくなっていた。
「ちょ、ちょっと待って?で、でもよ?そんな超越した力があるならなぜ呪いの一つ治療してないの?とんでもない強さのドラゴンの呪いだとか?」
「したくなかったから」
「……からかってるの?」
「そう思われて当然だとは思うけど違うからね……。んーもうちょっと分かりやすくしよう。例えば、もし鬼ボスがこのアゼルリシア山脈で生死に関わる重症を負ったとする。なお、治療する為の魔力は呪詛の類によって魔力回復が見込めず、低位の治癒魔法が1回分しか発動できない。さぁ、ラキュースならどうする?」
「またかなり回りくどい言い回しをするわね。それにえらく含みのある言い方」
「仕方がない。ポミグという存在は今後の私達の行動指針にも大きく関わってくる問題。あの子の事をより深く理解しておかないと鬼ボスも絶対後悔するハメになる」
「そう……よね。話を聞く限りじゃ神様レベルなんでしょ…」
ティナの言う事が本当に事実ならば、青の薔薇の今後にまで影響があると言うのは大いに納得できる。
「えーっと…どうするも何も…うーん……私なら、低位の治癒魔法じゃ深手は治せないし、一時的に延命しても魔力の回復が出来ない状態なら呪いの解除も無理、あとは時間の問題ね。誰かが助けに来てくれるという奇跡にでも賭けるしかない……あの子がその状況に陥っていたと?」
「少し正解。」
「そう…どおりで私に治癒魔法を頼まない訳ね。はぁ……あの子がどういう心の持ち主なのかも薄々分かってきたわ」
「おー、さすが鬼ボス。そういう所に気付けるところが好き」
「あ、ありがとう……ゴホン。いやほら、規格外の魔力量であり治癒魔法も豊富に扱えるって事は本来であれば解呪自体は難なく出来て当然なはず。でもしたくないという事は、あの子にとって自分の解呪よりも優先するべき理由があるからなんでしょ?」
「そういうこと。ポーちゃんの頭上に居るティタっていう妖精が居たからだよ」
「というと?」
「あの妖精が存在して居られるのはポーちゃん本人の魔力量に依存する。ポーちゃんはティタの事を友達だと言っていた……だから居なくなってしまうのは嫌だったって」
「……胸の詰まる話ね。でもポミグちゃん今は元気そうに見えるんだけど?」
「それはイビルアイ曰く呪詛の効果というのは大抵何か一点に特化したものらしく、私達が洞窟でポーちゃんにポーションを使った時に効果はあったって教えたら、いきりなり私の静止も聞かないで試しにだって言って普通のポーションを飲ませたらあんな感じに元気になった」
「ポーションは呪いの効果の対象外だったのかしら……まぁ、効いたのなら良かったわ」
「その辺についてはまだよく分かってないけど、鬼ボスはこれまでの話でどう思った?」
「大分ポミグちゃんの事が見えてきたけど、端的に言えば問題だらけ。蒼の薔薇の今後に関わる理由も十分にわかったわ……下手すれば国家間の話になる」
「うん、正解」
ティナのお陰で大方の現状を把握できた。
ポミグはこのアゼルリシア山脈で発生している不可解な現象に何らかの容で関わっており、依頼内容の原因調査の対象ともなるポミグを情報源として依頼主である王国の下へ差し出さなければならないが、これがそう簡単な話ではない。
ポミグが普通の人間の幼子であれば、この件に関わっていようと不運にも巻き込まれた人間として王国管理下の元に保護し、情報提供をするだけで済ませられる。
しかしポミグは獣人だ。それも一体で国家規模戦力に匹敵するドラゴン二匹に単騎で相手取る事もできる異業種だ。
例え冒険者が国家に直接関与されない職業であってもそんな獣人を保護したと知られれば、人類の為と称して人間にも人外に対しても過激な行動を取る法国が黙ってはいない。
国家間の戦争に発展しかねない危険な状況だという事だ。
「鬼ボス、これからどうするべきだと思う?」
「申し訳ないけど、今すぐには打開策は浮かばないわ…正直まだ理解が追い付いてない部分がいっぱいあるんだもの」
決して冒険者が介入出来る事案ではなく、蒼の薔薇としてはとんでもない爆弾を抱えてしまったようなものだった。
「分かった。何にせよ私達は鬼ボスの指針に合わせたいし、もう少しポーちゃんについての話を掘り下げていこう」
「まだあるのね……でも大丈夫よ、続けて」
「ありがと」
上手く事を進めるには、先ずは仲間達と親友を介して慎重に対処しなければならいだろう。
「そろそろ話はついたか?」
「あら」
「おはようございます」
気が付けば眠りから覚めたポミグをお姫様抱っこしたガガーランと、
「こっちは片付いたぞ。色々な……」
「酷い…アイちゃんが私を無理やり…グスン」
言い争いを終えてゲッソリとしたイビルアイと内股で気色悪い動きをしたティアがこちらへ歩み寄っていた。
「粗方ね。それにしても偉く懐かれてるわね。ずっと抱えてたの?」
「まぁな。こう懐かれると妙な気分だ」
「ちょっと…変な気起こさないでよ?」
「んな訳あるか。なぁ、ポーよ」
「はい!ガガーランさんは落ち着きます」
「ギャー!私の嫁が寝取られた!筋肉が唆した!」
「ラキュース、ティアはもう手遅れだ。捨てていこう」
「私も賛成。主犯者に慈悲などない」
「そういえばさっきも主犯者どうの言ってたけど、ティアが何かしたの?」
「?!」
「なあラキュース、そんな事よりポーの身の上話を聞いとくれよ。この子がここに来たそもそもの理由ってなんかのは知ってるか?」
再び話があらぬ方向に逸れかけたがガガーランが修正する。
「いいえ、私も気になってたから聞こうと思ってたし丁度ティナが話そうとしてくれていたところよ」
「そうか。それなら皆も揃っている事だし丁度いい」
ガガーランはポミグを抱えたまま、ドカリとあぐらをかいて座り込んだ。
「その前に、なぁポーよ……俺らから話しても大丈夫か?自分から何度も話すのも辛いだろ……怪我人だし出来るだけ無理はさせたくねぇんだ」
「暖かい御心遣い…凄く嬉しいです。では、ガガーランさんの御言葉に甘えます…」
「あぁ任せとけ。とにかく今はゆっくりしてな」
「はい…ありがとうございます」
そう言うと、ポミグはギュッとガガーランの手を掴んで大きな懐に顔を潜り込ませた。
それが合図かの様に、蒼の薔薇の5人はきちんと向かい合いこれからの話に気を引き締め直した。
「……何か深い事情があるのね」
「かなりな…」
「ここから更に情報量が多くなる。頑張って鬼ボス」
当初洞窟の入口へと戻った双子とガガーランの3人は、イビルアイにポミグの容態を早急に診てもらう為にも眠るラキュースを放ったらかしにして事を進めていた。
何故ならイビルアイはアンデッドで100年以上の長い年月を過ごしてきており、その期間の大半を魔法開発に費やしている魔法のスペシャリストなのだ。
だから治癒魔法が使えるラキュースよりも魔法に関しては圧倒的に知識量が多いイビルアイに頼った。
イビルアイも初めこそ唐突の事に随分と動揺していたが、双子に血気迫る様な勢いで説き伏され、渋々ながらもしっかりと対応をしてくれた。
おかげでポミグの容態はかなり回復し、少し落ち着いたところで改めて事の経緯の説明とポミグ本人からの事情聴取を行った。
その結果ポミグがここに至った理由とポミグに纏わる大まかな情報を掴めていた。
「ポーはな、死んだはずの母親を探してるんだ」
「なんですって?」
「でも母親の気配を感じて、このアルゼリシア山脈に来ていたんだって」
「そこでドラゴンの襲撃に遭いこの洞窟に潜んでいた。ということだね」
「なるほど……それなら確かに納得のいく理由だわ。けれどその…不躾な質問だけど、亡くなったはずのお母さんの気配を感じたというのはどういう事なのかしら。気に掛かるわ」
「それらについてはラキュース、あまり悠長にしていたくないから私から早急に内容を纏めて話したい」
「分かったわ。いよいよ話の核心部分ね?」
「あぁ、ティナがある程度は教えてくれただろうがその今までの話が霞むくらいの衝撃を受けるぞ。私も最初この内容を聞き知った時は怖くなったくらいだからな、心して聞いて欲しい」
「そんなになの……それを聞いて既に怖いんだけど」
「なーに、聞いた後は全てに納得がいって落ち着けるさ」
アンデッドのイビルアイはある種、蒼の薔薇のメンバー内でも一番人生経験が豊富だ。
ラキュースが生まれるよりもずっと前に存在していた英雄譚として語り継がれているこの世界のかつての英雄、十三英雄と一緒に冒険をしていた過去もある程だ。
当然彼らと共に冒険をした仲ともなれば、数多くの苦難や苦境も体験している。
ティナから聞いた話でさえ事の重大性に驚愕していたばかりというのに、更にそんなイビルアイが恐怖を覚える程ともなれば只事ではないのだろう。
「いいわ…望むところよ。どんと来なさい」
ラキュースは覚悟を決め、強い緊張感とともに生きる伝説とも言えるイビルアイの言葉に耳を傾けた。
「よし、なら先ず…ポーはアインズ・ウール・ゴウンという大国出身だ。しかもその国の姫君でもある。つまりポーの母親は王女だ。ここまではどういう事か理解できるか?」
「なん……とか…ね。ようするにポーちゃんが獣人の姫様という事は、そのアインズ・ウール・ゴウンという大国の者達は皆獣人か…異業種から成る国。更にはポーちゃんがその幼さであれだけの力――神様級レベルともなれば必然と母親の力はもっと……眩暈がしてきた…」
「さすがだな…私はもっと狼狽えたぞ。とまぁそれはいいとしてその解釈で正解だ。次にポーが身に着けている指輪を見れば――いや、後でいいが私の見立てでは最低でもそれ1個で国同士で戦争が始まっても何らおかしくない、というか絶対そうなる」
「そこまで言われると……反って見る気が失せるわ…。でもアインズ・ウール・ゴウンの国家規模が如何ほどなものなのかも分かるわね」
「惜しいな。"最低でも"と言っただろう、ハッキリ言って国家規模の枠組みじゃ収まらない。誇張でも何でもなく世界戦争が起きてもおかしくないんだ」
「なによ………それ……」
「何せポーから聞いた話だと、自分が把握しているだけでも指輪には超位魔法が少なくとも2種類は込められているらしいからな。魔力さえ蓄えれば永久に使える生命蘇生とか生命創造とかそんなんだ……しかもその指輪はポーの母親が作ったものだとさ」
「……もうそんなんじゃまるっきり神様ね。話の内容は理解できるけど次元が違いすぎて理解できない……あ、あれ?なんか頭おかしくなってきた…」
「そんなところに申し訳ないがその通りだ」
「――へッ?磯の香り?」
「何を言ってるんだ…。ポーの母親は始原の祖竜という竜神だそうだ。色々踏まえて考えれば、名の通り全ての竜族の頂点にたつ様なヤバい存在だと思って間違いないだろうが、なら王や王子は?その側近達は?…私が恐ろしくなったっていう理由が分かるだろ?」
「…………ハハ…アハハハハハ……ハハ」
大事な話だし皆の為にも と何度も崩壊しかける理性を何とか堪えていたラキュースだったが、イビルアイの容赦のない返答に完全に自我の糸を切断されてしまうのであった。
無理もない事である。
「鬼ボスもやっぱり壊れた。まぁ誰だってそうなって当たり前」
「アイちゃん容赦ない」
「予想はしてたが、こうなると結局時間が掛かってるんだよなぁ…」
「ん…すまん。やっぱりちょっと流れが速かったな?とりあえず叩き起こすか」
人智を超えた力をもつポミグという姫とその母親である竜神の王女と関わりを持ってしまった蒼の薔薇。
いくら自分達が最高峰の強さのアダマンタイト級冒険者で様々な強力なモンスターの討伐を行ってきた猛者でも限度がある。
ましてや異業種の国家と言えども、一つの国が相手というのも問題だ。
更には国として真っ当に成り立っている事が、ポミグの非常に教養高い話し方や素行や身なりなどから伺えるのも厄介である。
財力・武力・知力の何もかもが人間の国家を遥かに超越している尋常ではない規模の異業種の大国、アインズ・ウール・ゴウンという聞いた事もない未知なる国。
普通に考えれば、この件は冒険者という身分どころか人間が扱える枠を完全に超えてしまっている。
しかし蒼の薔薇は普通では考えられないような行動を平気でする。
伊達に変人の集まる集団でアダマンタイト級冒険者として生きてきていないのだ。
それこそ、アインズ・ウール・ゴウンという変人の集まるギルドの様に。
「おいラキュース、二度も眠り耽るつもりか。さっさと現実に戻ってこい」
「――イダッ――ちょ、おきt……やめっ――ぶゅっ…」
再び容赦のないイビルアイの攻撃がベチベチとラキュースの頬を引っ叩く。
「おーい起きろーラキュースちゃん起きろー」
「ちょ―…おき、起きてるってばやめて!!」
「ならさっさとこの後の事をどうするか決めてくれ」
「言われなくてもそれについてはもう決まってるわよバカ」
「ハイハイ。それで、どういう方針か教えて貰おうか。さぞ私達が納得の行く内容なんだろうな」
「当然よ。という事でポーちゃん!ちょっといいかしら?」
そう言ってラキュースは意気揚々とポミグのもとへ駆け寄ったのだが、
「……はい、何でしょうか」
「あら?ちょっとポーちゃんったら…」
獣耳は萎れ、獣尾はダラリと垂れ下がり随分と元気のない様子だった。
「そんな辛そうな顔して…」
「どこかまた傷が痛みだしたのか?」
「いえ……」
「俺らが話始めて途中くらいからずっとこうなんだよ」
「どうしたのかしら……」
「あー…賢いポーちゃんの事だから、きっと変な事考えてる」
「私達の置かれてる状況がアレだからね。たぶん命を狙われるんじゃないか、とか?」
「えぇ…まさか本当にそんな事を考えてるの?ポーちゃん」
「はい……その通りです。でも本当にそうなってしまうのなら、私はこの場で命を絶ちますから……ご安心して下さい。そうすれば何も被害は出ませんよね?」
ポミグから発せられた信じられない言葉に、蒼の薔薇は沈黙を続けた。
「…………」
ポミグは基本的に人間という存在は傲慢で浅薄な欲望に満ちた危険な生物だが、至高の御方々の様な崇高な志と優しさや愛を持った者も居り、そして己を救ってくれる善なる者を決して傷つけるような事があってはならないと教えられていた。
自分を創造してくれた愛する母の為にも、ナザリック地下大墳墓に住まう者として言い教えを破る事があってはならないのだ――。
「そんな簡単気に言ってさ、ポーちゃん…あなたさっきから自分がどんな表情してるか分かってる?」
「…ぇ……私……の?」
そうあってはならない――はずだ。
「そうよ。ほら手を出して、自分の顔に当てて聞いてみなさい」
「………なみ…泣いて…?」
「こっちへいらっしゃいポーちゃん、抱っこしちゃう」
「あ……ぇ はい…」
「ねぇ、お母さんの事は好き?」
「だいすき……です。とっても、とっても…」
「どんなところが好き?」
「……優しく、撫でてくれるところ…です。おか…お母様は い、いつも話かけて……くれ…て……」
「会いたい?」
「あ……ぁ 会いたい………です。会い たい…お母様に…お母様に会いたい……!」
「じゃあ、死ぬなんて言ったら…ダメでしょ。お母さんを探して、それで…沢山撫でてもらって、沢山お話しするのよ」
「で で……もぉっ…!そうしないと……貴方様方が!」
「もう、まだそんな事言って…お母さんがその言葉を聞いたら悲しんじゃうわよ?賢いポーちゃんなら分かるわよね」
「…………お母様も…私の事が大好き……だから?」
「本当に賢い子ね…。それで、お互い大好きなのにあなただけ死のうとしてたら変でしょ?だいたいポーちゃんが私達を気にしてる事なんて正直私達からしたら だから何だ上等よ、かかってきなさい だわ」
「………」
そのはず――なのに。
「ラキュースの言う通りだぜポーよ、最初から俺らはそんなんだ。色々と難しい事もあるがよ、母親に会わせてやんのがとりあえずの目標だよな。それまで一緒に居ればどうにかなんだろ。こちとら色々経験積んでんだ、任しとけぇ」
ガガーランはさも当然の事であるかのように、平然とその危険性を理解した上で自分たちで保護をすると言い放った。
「そうだな。幸い我が妹は普通の子に見えるよう獣耳や獣尾をスキルで隠蔽ができるようだ。これなら連れ添っても見た目の問題はない。そして私と同等の力…難度を有しているが加減すれば能力面もぶっちゃけ余裕で隠せる。一緒に旅をするのにも決して差し支えならない」
「確実にかなりの戦力になる。てか我が妹って何」
再びイビルアイは胸を張って、誇らしげに答えた。
「吟遊詩人としても補助に特化した能力は助かるぜ。今まで以上にすげぇ事ができそうだ」
「それにイビルアイが居ないと呪いの件が心配。あとポーちゃんは私の嫁」
「それもあるが、一番は我が妹を放っておくとか考えられないからな」
「ねえ、我が妹って何。イビルアイは言いたいだけでしょそれ」
「ほらね。私達はあなたのお母さんが見つかるまでここに居る蒼の薔薇だけの秘密にしておけば良いのよ。つまり細かいことは見つかってから色々考えればいいわ。ともあれメンバーが急に増える事になるから、ラナーに…私の親友に相談した上で堂々と活動出来るようにして貰うけど。もちろん、冒険者としての仕事も一緒にして欲しいっていうのはポーちゃんがそれでも良いのなら、だけどね」
「皆様はどこまで…どうしてそんなに。人外である私を……」
「至極簡単な事よ。種族どうのこうのは関係ないわ。"ポーちゃんが困っている、だから助けるの"」
……何故見ず知らずの異業種である自分の命を救い、心優しい言葉を投げかけながら度々慈愛に溢れた懐へと抱きしめ、更には誰かの命を救う事に己の命を掛ける事すら厭わないのか――やっと理解する事ができた。
かつて自分に教えてくれた至高の御方の一人、
たっち・みー様が常日頃から掲げていた崇高な大義の言。
誰かが困っていたら、助けるのは当たり前
母が教えてくれた至高の御方々と同じ様な崇高なる志と優しい愛を持つ善なる者達だからだ。
――死にたくない また会いたい
だから蒼の薔薇は、
心の奥底に秘めてずっと堪えていたこの想いを諭し出し、助けてくれた。
「こーれーでーもー!まーだ駄々を言うようなら私がポーちゃんをイタズラしちゃうわよ?ふふっ」
ラキュースの暖かい懐に抱かれたまま、体を震わせて胸に高鳴る熱い気持ちを必死に押さえていた。
「これもなんかの縁ってやつさね。その幼さでそんだけ強ぇんだ、母親がどんだけつえぇのかも興味が沸いててむしろこっちから会いてぇよ」
未知の強大な存在に対して挑むように勇猛な顔つきになる。
「ガガ…筋肉はまたそれか、忙しいやつだなお前は。まぁ私的には大事な我が妹は放っておけるわけがない」
それに対して呆れた表情ながらも、嬉しそうなイビルアイ。
「ねえ、さっきからイビルアイの妹アピールがしつこいんだけど。私の愛人なのに、ね!ポーちゃん」
「むしむし。ポーちゃんは誰にも渡さない、ね!ポーちゃん」
グッドサインで応じる双子。
「こういう事よ。皆あなたが大事なのよ。ほら、だから一緒に行かない?」
「はい…!はい…!行きます、一緒に…どこまでも行きます!」
そしてポミグは震え掠れる声で叫ぶようにして答えた。
「頼りにしてんぞ、ちっこいの2号!」
「宜しくな、我が妹」
「また歌聞かせて」
「喘ぎ声混じりで」
「ありがとうございます…ありがとうござ…うぇ…ございます!」
「うん、こちらこそありがとう。これから宜しくね ポーちゃん」
ラキュースはそう言うと、再び優しく包み込んだ。
「う…うああぁぁ……ぅ!」
ポミグは縋り付くようにで思いきり泣いた。
必ずこの大事な仲間を守り抜くと誓って。
「いい子いい子…ふふ、よしよし」
「ウチのオチビさん2号も泣き虫なんだな、ガッハッハ!マジで姉妹か?」
「黙れ
「ふーん。でもお姉さんは身長も無ければ乳もない」
「妹より劣る姉。プププー」
「う…うあああぁぁぁぁん!!ラキュースゥゥゥ!」
辛辣すぎる言葉にポミグと同じようにしてラキュースに飛びつくイビルアイだった。
「ちょ、ちょっと重いぃ!」
小さい二人分の重量ではあるが、勢いよく飛びつかれてバランスを保てず人垣が崩れ落ちる。
「ティア、今なら合法」
「ナイスティナ。イッてくる」
更に双子が加わり、途端に秘密の花園が出来上がる。
「あーあー、とりあえずこの山を一旦降りようぜ。それからイチャついてくれ。程々にな」
ガガーランはさっさと支度を済ませていた。
◆
――アゼルリシア山脈を降りた数日後、ポミグは獣人の正体を隠しグミと名を改め王国の王女ラナーの計らいの元に蒼の薔薇のアダマンタイト級冒険者メンバーとして正式に加入した。
アゼルリシア山脈の調査の件に関しては長期観察区域と指定され、当分の間は保留要件とされたが咎める者は少なかった。
その理由の一つとして強いていうなれば、ひとえにグミ自身の性格の良さだといえる。
自分より階級の低い冒険者や民衆に対しても非常に礼儀正しく笑顔を絶やさない。
困っている人が居れば優しい言葉と暖かい手が無償で差し伸べられ、丁寧に救いあげていくのだ。
しかしこのグミの行動は、日増しに汚れた人間の心を一層歪ませてもいた。
太陽が照らされている時、月は顔を出さない。
月が顔を出す時、太陽は―――。
書いていて思ったのですが、個人的に双子忍者のやり取りって書き易い……。
イジりやすいし、会話テンポも繋ぎやすいので助かってます。
★アイちゃん事イビルアイとポミグについての補足★
アイちゃんがポミグの事を我が妹呼びしてたのは、妖精のティタを復活させる為の魔力が足りず悲しんでいたポミグに魔力を注いであげた事が切っ掛けです。
大喜びしたポミグが感極まって「お姉さんありがとう!」なんて言っちゃったからその気になっちゃった……的な感じです。
アイちゃん可愛い。……よね?
そして次章は皆大好きナザリックサイドの内容となります。
しかもデミえも…デミウルゴスさん。
気長にお待ち下さいませ!
ポロリもあるよ。