プリモベル   作:しらてぃあま

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オリ主の脳内CVは 朴璐美 さんでお楽しみ下さい。



プロローグ:黒と白

大きなロッキングチェアに深く腰掛け、家の窓から見える黒いスモッグが掛かった暗い景色を眺めながら、机の端に追いやられすっかり冷めきったカフェオレを口に運ぶ。

 

「うっ………やっぱりブラックにしとけば良かった」

 

 

深く沈んだ腰を今更起こすのは少々気だるく感じるも、飲むなら美味しく頂きたい。

 

 

いつも肌身離さず身に着けている黒のネックレスを撫で、最愛の者から送られて来た手紙を読み返す。

 

「22日…………いよいよか」

 

部屋にあるPCの電源を点け、己の今日まで過ごしてきた多くの出来事に思いを馳せる―――

 

 

 

 

例えば自分の暮らしている世界が、強烈な有害放射線や化学的有毒物質等の大気汚染が蔓延っており、〝とある対策〟を取らなければ確実に生存不可能な環境下にあるとしたら……どう思うだろう?

ちなみに〝とある対策〟と言うのは、頭部全体を一切の隙間なく覆うガスマスクとやたらと重量のある分厚い防護服をこれまた一切の隙間なく着込んでいる状態で居る事。

もしくは、ガスマスクや防護服の様な対策が取れた状態にある建物に居る事だ。

何の対策も取れず問答無用で死ぬ世界でないだけ、大半の人は何百歩譲っても…いや何万歩譲っても「最低の世界だ」と感じる事は間違いないと思う。

 

非常に残念な事だが、そんなクソみたいな世界は実在する。

 

 西暦2138年

 

私……… 〝希与(キヨ)〟が居るこの世界はとてつもなく荒んでいた。

きっかけは人間同士の戦争。

 

大気は人間たちの争いによって有毒物で汚染され、まともに呼吸すら出来なくなった。

凡ゆる動物達は死滅し、大地も水も干上がり草木すら枯れ、黒と灰色に染まった生命の息吹を全く感じることがない今の世界を誕生させた。

 

荒んでいるのはそれだけに留まらない。

人間社会には、富裕層・一般層・貧民層という明確な弱肉強食の格差が存在し、その摂理が齎す輪廻が荒んだ世界を更に後退させ続け、確実に絶滅の歩みを進めてしまっている。

 

富裕層は巨大企業が莫大な資金力で富豪や企業幹部の住める場所、"良質なアーコロジー"という唯一生命がまともに活動できる超巨大な施設を建設したが、そこでこの期に及んで更に増幅する欲望が富裕層同士の争いに発展しては、また一人また一人と無駄に生命を消していく。

資金力は眼前の欲望を満たす為にしか使われず、現状を解決してより良い未来へ繋げよう――なんていうのは存在しない。

 

貧民層は放射能や有毒物の影響を直に受け、安全な呼吸すら出来ない無法の地で生命の奪い合いの最中に存在し、瞬きの合間には目の前で誰かが死んでいる。

極限の弱肉強食の環境下である。

 

富裕層ほど権利も資金力もない一般層達は、良質ではなくとも安全なアーコロジーで当たり前の衣食住が得られる生活を確保する為に一生懸命に働く。

それも身を粉にするくらいのレベルが基本だが、稼げば稼いだ分だけちょっとした贅沢を味わえる事は可能である。

 

一見して一般層はマシだと感じるもしれないが、全くもってそんな事はない。

精神的にも物質的にも共食いを続けている人々が周りに存在している限り、何の影響も受けずにいられる訳がない。

人、時間……何の切っ掛けが元で何時どう転ぶかは誰にも分からない。

一般層達はいつ崩れるかも分からない危険な足場に立っているも同義だ。

 

大袈裟な比喩でもなく、富裕層だろうが一般層だろうが貧民層だろうが…… この世界に生まれてしまった以上、結末は全て同じ。

このままでは間違いなく人類は近いうちに絶滅すると断言出来る。

 

 

こう言い切れてしまうのも、私は凡ゆる格差間での生活を経験をするという、山あり谷ありな稀有な人生を送ってきたからだ。

貧民層、富裕層、一般層 という流れだ。

 

私はおそらく貧民層の生まれで……まぁ一口に貧民層出身と言えど、その中でも最底辺に位置する奴隷群区の出身だと思う。それも物心が付き始めた10歳にも満たない幼少の時だ。

気が付けば、私の身の回りには家族も友達も居らず、既に独り身だった。

 

奴隷群区では法律なんてモノは微塵も存在しない。

人身売買・殺人・人間同士の共食い・死体遺棄etc――挙げればキリがないが、そんな事が当たり前に起きている。

私はそんな所に両親の借金のアテにでもするべく売られた。もしくは子ども一人の面倒も見れない程の金銭難に陥って捨てられたか。本当の理由は分からないしどっちでもいいし知りたいとも思わない。

何にせよ真っ当なものじゃない容のは確かである。

 

奴隷だった幼少期、生きていく為に死という恐怖と隣り合わせの危険な環境下で一生懸命に働いていた。

 

私と同じ奴隷を売買目的で訪れる富裕層達に対して、彼らの身に付けている衣服や靴が汚れない様に、色々な汚物で汚染された歩道を整備する仕事をしていた。

仕事と言っても、当然奴隷達に企業や奴隷商人からお金が支払われて雇用されている訳ではないので、まともなものでは一切ない。

富裕層から拾われる事を目的にした自発的行為――要するに只のボランティア活動である。

従業員はなんと1名。私のみだ。

当初は10人くらいは居たのだが、いつの間にか1人になっていた。

別に嫌われてハブられたとか、すき好んでボッチロードを求めたとかそういう事ではない……と思っている。

 

これにはちゃんとした理由がある。

そもそも死と隣り合わせの環境というのは、何も大気汚染を始めとする有毒物質等のせいだけじゃない。人体に溜まった有毒物はお金さえあれば特殊治療でほぼ完治が出来るので問題ないのだ。

 

奴隷群区にも色々なエリアがあるが、その中でもここは人身売買を専門とする場所であり、このエリアでは人を食べ物の様にしか見ていない大勢の人間達が蔓延っていた為だ。

何よりも先ずそれらから生き延びなければならないという環境があった。

 

人身売買を取り扱い管理する奴隷商人としても、己の生命線となる商売の安全の為に当初は奴隷達に命じて無理にでも仕事をさせようとしていたが、人喰い共の数が許容範囲を超える程に増加したのだろう、あっという間に管理不能に陥っていた。

その時は、まさかそんな事になっているとは知らず1人になっても商人を見かけなくなっても、私は特に違和感も感じずそのままボランティア活動を続けていた。

というかやるしかなかった。

何せ味方0人の10歳にも満たない非力な自分の身を守る術はこれしかない。

 

同族である人間から喰べられるかもしれない恐怖と毎日付き合う感覚ときたら、今思い返しても凄まじいものであるが、同時にそんな風に成り果ててしまうのも無理もない事だと思っている。

全ての生ある存在が生命維持を続ける為には、大まかに言えば水分と栄養を体内に取り入れる事。

ここでのその源は有毒物で汚染された雨水を啜り、栄養補給といえば富裕層の気まぐれによって得られる食べ物の僅かな食い残しを漁るという手段しかなかった。

しかももっと深く掘り下げて言えば、汚染された雨水を飲み続けていると全身の骨が段々と溶けていくし、脳細胞を著しく破壊させてしまうのである。

水を飲まねば死ぬが、飲んでも死ぬ。喰べられるモノは―――狂って当たり前だ。

 

私が無事だったのは、歩道のゴミを地中に埋めようと奥深く掘っていたら、穴の周りからポタポタと綺麗な水が溢れてきているのを発見したからだ。

砂や小石や炭などを使えば、汚染水でもそれなりに濾過出来るという事にかなり早い段階で気がつけたのは本当に暁光だった。

 

加えてこのエリアを管理する奴隷商人が人喰い共に襲われて死亡していた事を知れたのも大きい。おかげで商人が貯めていた膨大な数の食料品が野晒し状態になったのだ。

当然の如く、そこでは我先にと食料を盗んで行く者や奪い合う者と酷い有様となる。

私も奴らと同じ様に盗み出したが、人の群がらない最低品質の食料品から率先して盗っていった。この時代の一般的な食料品と言えば栄養補給用の流動食であるが、その中でも最低品質の食料というのはもっと酷い。

 

暫く放置された使用済みの油の中に異臭を放つ腐った残飯をぶち込んだ粘体物……といった感じだ。ハッキリ言って口に入れた瞬間吐き出したくなる程に不味い。

だからこそ誰も捕りたがらない。

それでも最低限の栄養は摂れる。せっせとゴミ埋めの為に作った幾つもの穴を秘密の隠し場所としても利用し、暫くの間飢えを凌いだ。

 

そんな過酷な環境下で生活をしていると、生物というのは希に生きる為に自然と潜在能力が引き出される事もあるらしい。

そして私もその恩恵に運良く与った。

 

私の場合は『身体能力』と『観察能力』だろう。

 

『身体能力』に関しては、初めて数人の人喰い共から襲われたのが切っ掛けだ。

歩道整備の最中、背後から獣のような唸り声が聞こえ振り向けば、虚ろな表情をした数人から突如ぶん殴られた。

何の反応も出来ずに地に倒れた私の首元を握り締めてくる奴や、体中噛みついてくるのもいた。

殴られた衝撃だとか、呼吸が出来ない苦しさだとか、体中の肉を噛み千切られる様な痛みだとか……滅茶苦茶に思考が混同する中で、

ただ"死にたくない、死んでたまるか"という思いが強く湧き上がっていた。

 

こんな絶望の世界に生まれていながら、今も今までも死に抵抗して生きようとしている自分がいる事に気が付いた瞬間、心臓から体中の筋肉が張り上がる感覚がした。

もはや奇声に近い大声を上げて、我武者羅に手足をバタつかせて暴れた。

そのおかげで歩道整備の為に使っていた小さな鉄の棒が偶然武器になった。

硬くなった土地を日々削っていた鉄の棒は先が尖がり鋭くなっており、それが首を絞めていた人の頭蓋に容易く突き刺ささった。

その人は糸が切れた様に私に力なく覆いかぶさって、己の顔と視界が大量の血に真っ赤に染まっていった。

そこで一度意識が途切れた。

 

どれほど時間が経過していたのかは分からないが、ふいに妙な甘い香りが鼻を抜けて、何となく自分に向けられている視線を感じてそこで初めて意識が戻った。

顔を動かし捉えた視界には、まるで原型を留めていない無残な血みどろの肉塊がそこら中に転がっていた。

無心でその光景をしばらく眺めたあと、未だに僅かに香る心地良い甘い匂いを楽しむように何度も深呼吸をした。

ジクジクと痛む血みどろとなった手を意味もなく握っては開くを繰り返した。

自分が殺人をした事への罪悪感は微塵もなく、じんわりと湧き上がってくる生き延びた事への高揚感と安心感に浸り身体を震わせながら、暗雲が篭る空を見上げて喜びの雄叫びを上げた。

 

その後も何度か襲われる事はあったが、その度に全く同様に肉塊を作っては生き延びる事ができていた。

3度目くらいからは身体が慣れてきたのか、意識が途切れる事はなくなり、自分の意思で身体を動かせるようになっていった。

それからは、より効果的な力の使い方を学習し、さらに『身体能力』を向上させる事ができた。

 

『観察能力』に関しては『身体能力』を身につけていった延長線として身についた能力だ。

より安全に確実に人食い共から身を守る備えの一環として、その人間を観察し大方の性格や特徴や習性というものを把握して動くことで、自分に掛かる危険を大きく回避出来るという事が分かったからだ。

 

そして『観察能力』は富裕層の人間相手にも有効だった。

気に入られる言動や行為を観察して覚え、それぞれに演じ分けをする事で気まぐれの食べ滓に高い頻度で恵まれた上に、ゴミ同然にしか思われないはずの奴隷である自分の存在を記憶させる事が出来たと思って良いだろう。

何せ数日後には富裕層に拾われた。

大きなリムジンのトランクの中で、以前初めて襲撃された後に嗅いだ事の有るあの妙な甘い匂いを堪能しながら

『過酷な生存競争を完全に勝ち抜いてやったぞ』と心の底から喜びを噛み締めていた。

 

それから主の住まいである大きな屋敷に運ばれると、〝D・アテル〟の文字が刻まれた名札を首に付けられ、そのまま直ぐに見た目の美しいメイドに手を引かれ風呂場に通された。

そのメイドは、色んな汚物で汚れた私の身体を嫌な顔一つせず、綺麗なお湯をたっぷりと使って優しく丁寧に洗い流してくれた。

おかげで常に生死の緊張感を持ち続けていた体はホクホクに解れきり、心地良い眠気を味あわせてくれた。

そしてツギハギだらけではあるが衣服を着せて貰った。

今まで全裸が標準だった事を考えると、思わずニッコリと口角が持ち上がった。

更には放射能汚染を取り除く高額な治療まで施してくれた。

 

優しい介助の中で暖かいお湯で綺麗になっていく身体と、人としての最低限の尊厳とも言える衣服に加え、放射脳汚染の治療――……数々の施しにあの時は産まれて初めて誰かから優しくされるという経験に、本当に嬉しくて暫く泣きじゃくっていたものだ。

 

何せ放射汚染された身体を持つという事は、奴隷の証である。

それを浄化してくれた屋敷の主の存在に忠誠心を抱くのは必然だった。

 

主様が下さった優愛の力で、晴れて立派に生物として幸せに生きていける――

 

当時はそんな事を思っていたが、実態はそんなものではないと、すぐに理解させられた。

 

メイドと共に主の居る居間へと向かった先では、〝 S 〟や〝 A、B 〟と文字が刻まれた、名札を首につけた同年代位から成人しているであろう美しい女性達がこちらを向いて大勢立っていた。

特に S の人達は皆飛びきり綺麗だった。

予想だにしない光景に一瞬困惑したが、笑顔の主様をチラリと見て、自分以外にもその優しさを施して下さった者達なのだろうと解釈していた。

彼女達は全員が一様に、体の血色もかなりよく健康的な事が伺え、幸せそうにニコニコと微笑んでいたからだ。

 

しっかり櫛を通された綺麗な髪と、麗しい面持ちに似合う様に、着用している服装も如何にも高級品であり、とても妖艶な雰囲気を醸し出していた。

再びトランクの中でも嗅いだあの妙な甘い香りが彼女達の居る方向から漂い、私の呼吸は不思議と荒くなっていた。

そんな私を見てか、ややつり目な美しいブルーアイと桃色の髪が特徴的な同年代くらいの〝フェル〟という文字だけが刻まれた名札を付けた子が私に近づき、細く綺麗な指でいきなり私の頬を撫でながら『楽しみね』と耳元で小さく囁いてきた。

どうやらあの香りの発信源はフェルという女の子からだったという事を知ったその瞬間、

全身に未知の感覚がゾクゾクと走り抜けて、訳も分からず下腹部辺りが妙に熱くなっていた。

 

得体の知れない感覚に戸惑い首を傾げていたら、

私の背後の通路から C や自分と同じ D の名札がつけた子らが数名出てきた。

彼女らは S、A、B とは対照的で、体はやせ細り、髪もボサボサで虚ろ気味な表情をしていた。

生気を感じられない悲壮感を漂わせ、衣服も私と同じツギハギだらけのモノだった。

 

嫌な予感がして、つい自分の髪にゆっくりと手を伸ばした。

 

それと同時に、

主様からこの屋敷でのルールや在り方などを大まかに教えられた。

 

私の見た目もCやDの彼女らと同じだった。

 

 

名札に刻まれている S~D の頭文字には意味がある事を理解し、

私の知るものとはかなり異質な精神的弱肉強食の世界が形成されており、明確な上下関係が存在している事も理解した。

 

血の気が引いて、吐きそうになったが、それでも『生き抜いてやる』という思いだけは変わらず在り続けた。

 

その後は主の望む召使いとしての役目をこなしていく為に様々な分野を勉強した。

『観察能力』も精一杯活用しながら、とにかく一生懸命に努力した。

 

文字を覚え、表情の作り方や凡ゆる手管を覚え、とにかく一生懸命に働いた。

時には顔を背けて逃げ出したくなる汚らわしい奉仕を幾度となく強要させられたりもしたが、私はそれがさも極上の喜びであるかの様な態度と表情でそれらに応えていった。

奉仕を拒否したり嫌悪感を少しでも出せば、主によってランクを下げられていく事になる。

そして最終的には E の名札をつけられるからだ。

そうなってしまえば、卑下た表情をして痛々しい鉄製の道具を持った数人の男達によって小部屋に引きずられていき、夜な夜な甲高い悲鳴を響かせるだけだ。

大抵は2~3日もすると何も聞こえなくなるが、連れてかれて二度と姿を見なくなった彼女達の結末を想像するのは難かしくない。

 

努力の甲斐あって、1年もしない内にCランクにまであがる事が出来た。

Sランクの人達が『よく頑張ったね』と滅茶苦茶褒めてくれたのにはかなり驚いた。

意外と言ってはアレだが、Sランクの人の大半は優しい人ばかりだった。

その中でも、いきなり私の耳元で囁いてきたあのフェルという子は特に優しかった。

優しいと言っても、何も誰にでも分け隔てないものではなく、必死に生きる為の努力ができる者に対してのみだ。

逆にその部分は十分に信用するに値するプラスなモノと言える。

只々優しいだけというのは裏の部分があるのではないかと勘ぐれるからだ。

フェルは非常に頭も良く口も達者で仕事も完璧にこなす。とても強かな人で、弱音も一切吐かない。

彼女は私達召使にとって、希望の光を照らす女神的な存在だ。

主からも一番気に入れられていて、かなりの高待遇っぷり。

主と複数の専属侍女たち意外は誰も入れない大きな私室を持っていて、なんなら主の取り扱う商売にまで意見出来る程だ。

 

Bランクまで行けば、一日一回お腹一杯食べられる権利を得られる様になると、また耳元でウィスパーボイスでこっそりと教えてくれた事もあった。

その時は思わず涎が垂れた……きちゃない。

ある時は『身体能力』が通じないこの環境に不安と恐怖とで耐え切れなくなってかなり気を病んでしまっていた時、的確な言葉で慰めてくれた。

ある時は友達だと思っていた人に、私が主に対して悪感情を持っていると根も葉もない噂話を流され、過激な奉仕に体中を痛めて苦しみ悲しんでいる時、誰よりも親身になって介抱してくれた。

初めての給金と休暇に浮かれ仕事を疎かにして他の人達に迷惑を掛け、主から罰として降格を言い渡された時には、鬼の形相をして駆けつけたフェルが私の頬を平手打ちして、自ら罰を処すと名乗り私室へ連れ出した。

その時は一日中この屋敷で生きる上での大事な心構を言葉と物理で叩き込まれ、体中鞭打ちだらけになったがそのおかげで降格処分は免れた。

 

フェルはどんな時でも、いつもいつも私を助けてくれた。

 

6年目にして漸くAランクになった時には、私は無意識の内にじ~っと無言でフェルの前に立っていた。

そんな訳の分からない行動をしてしまったのに、フェルは周りに視線を動かしたあと、

『ご褒美』と言って頬っぺにチューしてくれた。

 

ついその場で、フェルの肩をがっしりと掴むと、無抵抗な様子のフェルの頬にキスをし返した。

それでも嬉しそうに『ありがとう』と言ってくれたフェルの事が心底大好きになっていた。

チラりと視界に映ったフェルが身につけている黒いネックレスに何気なく触れながら、

 

『Sランクになったら……フェルは、私にナニをしてくれる?』

 

って聞いたら、一瞬物凄く驚いた様な表情をした後、とんでもねぇ色っぽいトーンで

『な い しょ♥』って満面の笑顔で言われた瞬間、私の聖なる(性癖)が開かれた記念すべき日である。

ちなみに記念日は6月9日だ。

 

それからはまさに破竹の勢いだった。

A~Sランクは、主へのご奉仕というのは基本的に担当日が割り振られており、それに添って行うのだが、フェルを筆頭ととして、Sランク達の心強い助力のおかげで、自分から積極的にご奉仕を願い出させてくれて沢山ポイントを稼げた。

主の屋敷では、濃い褐色肌である私は珍しいからそれを武器にしなさいとアドバイスをもらい、日々の美容意識と相まって、主には頻繁に呼ばれるようになった。

経理や商売関係の仕事では、数学を扱うのは苦手でかなり時間を食っていたが、多忙な中でも僅かな時間の合間に手伝ってくれた。

 

気が付けば、1年後にはSランクになれてしまった。

 

直ぐにでもフェルのところへ行きたかったが、ご奉仕とやるべき仕事を疎かにする訳にもいかず、最後まできちんと全ての事を終わらせる頃には、もう日付は変わっていた。

予定していた記念すべき日よりも一日ズレてしまった事は私にとって大きな誤算だった。

本来は昨日でフェルがわざわざ休暇を私に合わせて取ってくれていたのだが、それを無駄にさせてしまった。

多忙なフェルの休暇はかなり貴重なのである。

あのポイント稼ぎの努力が裏目に出てしまった容だ。

 

先ずその事を謝まりにフェルの私室へ行ったのだが、

私から何か言う前に、

 

『それくらい見越してる』

 

とだけ告げて、ややつり目に似合うニヒルな愛嬌ある可愛らしい笑顔を浮かべながら、私の指に指を絡ませると部屋へ入れてくれた。

さすがのフェルだった。フェルの休暇もすでに今日に調整されていた。

 

部屋に入ったあとは、手はしっかり繋いだままにベッドに並んで腰掛け、

普段できなかったお互いの好きな衣服類やアクセサリー、香水やヘアスタイルについて等の他愛もない様な簡単な自己紹介的な事を話しはじめた。

これだけでも、心から幸せを感じられた。好きな人の事についてドンドン知る事が出来る二人の仲だけの特別な時間だ。

 

この屋敷に来る前の今までの出来事なんかについても話した。

私的に、かなり気になっていた事――フェルが私にだけ向けてくれる優しさの理由についても触れた。

様々な話題はあったが、終始和気あいあいと話していた。

 

そして衝撃の事実が発覚した。

私がこの屋敷に来れたのはどうやらフェルのおかげであり、私を買ったのもフェルの意思だった。

 

数年前、フェルは護衛の者と一緒に新しい奴隷を買いに来ていたが、当時は危険地帯であった事もあり、散見程度で済ませて帰る予定だった。

しかし担当の奴隷商人が居らずボディーガードマン達に捜索させた結果、奴隷商人と思われる食い散らかされた死体があったと報告を受けたが、歯をガチガチと鳴らしながら異様に怯える彼らに違和感を覚え、問うてみればバケモノが居ると口々にするだけ。

至急屋敷に戻る事にしたが、その帰路には車が通れない程の大量の屍がそこら中に転がっており、敢無く進路上の死体を処理させる事になる。

フェルにしてみれば、怖いという感情よりも興味の方が尽きず、自分も車内からそのバケモノとやらを探したらしい。

そしてそのバケモノはすぐに見つけられた。

屍の上に立ち、その者のものだったと思われる体の一部を片手に、

空に向かって鋭い眼光を向けて咆哮する1人の少女――

 

が居たのだと私の鼻先を人差し指でちょんと突ついてきた。

そこで一目惚れしたと伝えられた時は、嬉しいとは思いつつも、頭の片隅では疑問符が浮かんでいた。

大の大人がそんなに怯えるほどの血濡れのバケモノを相手に、なぜ好意を抱けるのか解らなかったからだ。

 

それに一目惚れと言うわりには、私はフェルが人目につかないとこで普段から色んな女の子と平気で口づけしまくったり、普通にその子らと致してたりするのを知っていた。

一体全体どういうことなんだ!と問いただそうとしたが、

顔を真っ紅に染めて素で物凄く恥ずかしそうに部屋の照明を小さくし始めるフェルを見て……

なんかもう細かい事はどうでもよくなった。

 

 

少しの間 無言で見つめ合い、お互いの愛を確かめるようにゆっくりと深いキスを交わした。

 

長い接吻は、舌と舌の間に光る透明の糸を伸ばしてから漸くひと呼吸を置かれた。

 

口から、脳へ、全身へ――フェルからの強い愛情を感じられた。

同時に、途方もない依存性の様な何かを求められていることも感じた。

ハッキリとは掴めなかったが、それらの想いには微塵も不快感もなく、只々多幸感に溢れた。

 

どんな容であれ、こんなにも深い愛を持って私を必要としてくれるなら――

 

『フェル、私に名前を付けて欲しい。私の身も心も命も、全てをあげよう』

 

壊れたロボットみたいな可笑しな言い草だが、これがフェルの前でだけ出せる私の素の態度だ。

幼少期の過酷な生活の影響だと思うが、本来は無表情で無口なのだ。

私の告白にフェルは呆けた様に固まったあと、次第に顔を歪ませポロポロと大粒の涙を流しながら抱きついた。

暫く嗚咽混じりで泣き震える背中に両手を回して、私はこの想いを愛する人へ染み込ませる様に包み込んだ。

 

希与(キヨ)〟希望を与え齎す存在

 

胸元で私に命名してくれたフェルの顔を上げさせ、より一層熱くキスをした。

物欲しそうにトロンと恍惚とした表情をするフェルを抱き上げ、ベッドへと優しくはせた。

耳元で愛を囁き、少しずつ露になる美しい真っ白な柔肌へキスをすると、その度に返事とばかりにビクビクと全身で可愛い反応を見せてくれた。

その光景に微笑みを浮かべ、一糸纏わぬその身の下へ下へゆっくりと手を這わせた。

キヨと呼び荒い呼吸を繰り返し、濡れた私の指を咥えながら欲求するフェルが愛おしくて堪らなかった。

一心同体となれる至高の喜びに、二人同時に少しの間だけ瞼を閉じた。

そして心ゆくまで肌を重ねた………  あの時は最高でした。

 

 

事後、フェルには夢がある事を教えてくれた。

それは途方もなく壮大な夢で、今はまだ詳しくは教えられないと言われてしまったが、信用出来ないからとかではなく、私の為であるらしいが未だに詳しくは教えて貰っていない。

そしてその夢には、私という存在が必要不可欠なのだと。

この期に及んで秘密を抱える事を許してくれるのなら、どうか私に協力して欲しいと懇願された。

 

もちろん、私は快諾した。

 

フェルには命を救って貰っている身だし、何より私の存在はフェルの為にある。

懇願なんてしなくとも、言ってくれれば私はどんな事だろうと力になってみせる。

例えそれで死ぬことになっても良い。何なら今この場で死ねと言われても迷う事なく自害する。

 

そう伝えたら、私の腕に頭を置いたまま、フェルが普段から身につけているものと同じ菱形の碧色の鉱石がはめ込まれた黒いネックレスを渡された。

肌身離さず、何があっても決して外さない様にと言われたが、フェルからの贈り物だ。言われる前からそのつもりだったので、即座に装着した。

あの時、不思議と胸の奥からフェルとの深い繋がりを得た感覚がして、何気なくフェルの方を見たら外見が変わっていたのには驚いた。

 

そんな私の様子を見て何を思ったのか、グイッと体を強く密着させると笑顔を浮かべながら幾つか秘密を教えてくれた。

フェルは屋敷に来るよりもずっとずっと前、己の意思で自分の体の成長を止めているとの事だ。同い年くらいだと思っていたが、フェルの年齢は他の誰よりもかなり年上らしい。

身長も私より小さくて150cmもないし、時おり見られる幼気な雰囲気に妹みたいだとも感じた事もあったから意外だと言ったら、満更でもなさそうに照れていたのは可愛かった。

ちょっとした仕草や反応が愛しくてムラムラしてたらもう1戦許してくれた………

 

あの時は最高でした。

 

 

それからは屋敷で2年間くらいフェルの〝夢への計画〟の為の協力に勤しんだ。

次の段階に移る時期になってきたから、この屋敷から出て行ってやって欲しい事があると頼まれ、数ヶ月間は会えないと言われた時は嫌われたのかと思って奇声を上げて大泣きしてしまった。

何にツボったのか終始笑いながら『やっぱりまだ子どもね』とか言われてしまったが、ベッドに連行してたっぷり〝OHANASHI〟して嫌われていない事だけは確かめさせて貰った。

それと、せめて3ヶ月に1回はフェルと会える様にする事だけは体で約束させてやった。

 

次の計画の内容としては、一先ず私が一般層の元で安定した生活を確保する事だった。

その為の支援はしっかりしてくれる。

今後は手紙を使った連絡手段を取り、その都度手紙の内容に書いてある指示に添って動く事となった。

 

 

 

―――それから、約2年。22日。

フェルの計画に従い、今まで一般層の一般企業の元で生計を建てて暮らしていた。

 

そして今日はフェルの夢への計画を実行に移す時である。

 

「思い返せば長い道のりだったな……」

 

準備の整ったPCに手を伸ばし、ユグドラシルを起動する。

 

「漸く叶うぞ フェル」

 

 




最後までは読んで頂けた方、または途中でやめた方も、ありがとうございます。

文章での感情表現が難しくて、書いていて何度もやり直しました。
プロローグは2部構成となっております。
面白い作品内容になっていたら良いなと思います。


さて、オリ主の特徴が大まかに分かっt……伝わっていると良いのですが、なかなか百合な人物となりました。

次回は プロローグ:出会い を予定しております。


ぜひ、ご期待くださいませ!

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