吾輩は魔剣である。 作:シノアちゃんprpr
「マジか」
《幻想》と《真実》の神さま達は、思わず顔を覆いました。
ええ、いくら神さまだって、ちょっと間違っちゃったかなぁ?と後悔したことはあるのです。
思い付きで、自身の才能に関して、サイコロに頼らずに生まれる前から全部決めさせて、さあ英雄譚を、と。
彼らは自分の望んだ通りの才能を武器に、神さまの振ったサイコロもそんなにすごいことにならず。
次から次へと冒険を重ね、名声を高め……。
ええ、それは見応えのある冒険ではあったのですが。
自分で決めさせる時の記憶を受け継いだからでしょうか、彼らは言動が奇天烈過ぎたのです。
類は友を呼び、彼らは奇天烈な集団になってしまいました。
それはそれで彼らの冒険なので良いのですが、やらなきゃ良かったかなぁ、ちょっと悪いことしたかなぁ、と、そりゃあ神さまだって思います。
そう言っ反省を積み重ねて、今の形になったりしたのです。
そんな過去も思い出になった頃、彼らの使っていた剣を"彼"が見つけてしまいました。
「……うわぁ」
彼とアレが出会ってしまいました。
皮の鞘を抜けると溶鉱炉だった。
正確にはその寸前だった。
「……なぁ、本気でやるのか?
俺も魔剣を鋳溶かすとかやりたくねぇんだが」
「まさか、折れないからって溶鉱炉にぶち込むなんて……」
「お、おいかみきり丸、もういいじゃろ?
諦めてお前が使えばいいじゃろ? な?」
「そうですよ、ゴブリンスレイヤーじゃなくて魔剣スレイヤーって呼ばれちゃいますよ!?」
「ふむ、飴型の甘露も良い物ですなぁ。口一杯に頬張れぬのは難点ではあるが」
こんな夢を見た。
女性の豊かな胸部の谷間に吾輩が仕舞われる。吾輩の柄に手をかけて、引き抜く女の肌は白でも褐色でも良い、そこに血の色がほどよく差して、唇の色は艶やかに赤い。
そう、女性の胸に挟まれて納刀したい。
そんな夢を、叶えたかった――。
『んん?wwww 叶えたかったって、諦めたのですかな?wwwwww』
ああ、吾輩を最初に持った冒険者の持ち主の……初代の持ち主の仲間の幻覚が見える。
妙に笑いを含ませて話す、奇妙な奴だった。よく役割だの必然力だの呟いていた奴だった。
初代の仲間故それはそれは強かったが、強さ以外の全てを
醜く、臭く、蟹股で近視でetcetc。
時折幾ら何でも性能重視過ぎただのと愚痴を漏らしていたので、生まれた時に
そんな男がこの場この時に幻覚で見る辺り、そこはかとなく諧謔味を感じる。
然り――乳房はサイズ差がある、一定値を下回ると、吾輩を挟むのが不可能になるのだ。
吾輩は今しがた溶鉱炉に呑まれる。
これまで溜め込んだ血液を操れば、ともすれば吾輩独立して行動も出来よう。
だが――この男のパーティー含めて、規定値を超えた乳房の大きさをしているものなど、ありはしなかった――。
「……なんでかしら、急に私もこの剣を溶鉱炉に蹴落としたくなってきたわ」
女の感と言う奴だろうか、吾輩自分の首を自分で絞めてしまったようだった。
そう言えば吾輩の首に相当する部位は一体何処なのだろうか。
この謎を解明すると言う崇高な使命が出来たので鍛冶師よどうか其処の吾輩をお前から簒奪せしめんとしている其処の金床エルフより吾輩を守って頂けないであろうかお願いしますどうかヘルプ助けてあっあっ落ちそうお客様!お客様!!困ります!!あーっ!!!
――その時、扉は開かれた。
「親方!槍使いさんとこの魔法使いさんが来てるんですが!
槍使いさんの代理だそうで!」
「ああアレか!ちょっと待ってもらえ!んで手伝え!」
「お邪魔、します……あら、ほんとに、お邪魔、かしら……?」
丁稚の少年の後ろから、山脈が現れた。
バシュウ。
そして、吾輩は飛んだ。
後になって思えば、それは
噴き出した血は、暖められた吾輩を乗せる鉄板に吹き掛けられ霧となり視界を害し。
どんぴしゃりの角度で丁稚の少年の背後より現れ出た山脈の持ち主に一直線。
付き過ぎた勢いをかき消すべく逆噴射した血は丁稚の少年を怯ませ、下げられた頭に当たり吾輩の回転を止め。
ニュプッ。
直後刀身全体に薄く血を張り殺傷力を無くした吾輩は、見事谷へと落ち延びた――。
「あらあら……いや、ん……?」
のも束の間。
変なのが吾輩を極楽の渓谷より引き剥がし、屈みながら吾輩の刀身を踏みつけて微動だに出来ぬようにしてしまったのであった。
「……おい」
ヒッ。
「意思を持っているな……?」
ヒエエ……。
「……まあ、古今東西意思を持った魔剣が無かった、って訳じゃねぇ」
吾輩は金床に縛り付けられ、むさ苦しい男二人と蜥蜴となだらかな丘と金床に囲まれていた。
鍛冶師は出て行った。
つまり、ここは吾輩の拷問部屋と化した、という訳だ。
もう吾輩マジ無理……辛い……。
「ほう」
「確かにたまに聞きますよね、意思を持つ剣とかは」
「まあそうね、吟遊詩人がそう言うのを歌ってるの、三つか四つくらいは聞いた覚えがあるわ」
「……しかし、何故打った者は剣に心を持たせたのでしょうな?
剣とは硬く、鋭くあるもの。
肉と血潮ある生身ならば意思は力になりましょうが」
「持たせようとして持たせられる鍛冶師が居れば名を残しとるわ。
鉱人の間じゃ、腕が極まった名工が生涯これ以上無いってくらい良い出来の剣に意思が宿るとか何とか」
「はっきりしないわね。酒飲み過ぎて口伝すらまともに出来ないのかしら、鉱人は?」
「お前らみてぇに細けぇ事ぁ気にしねぇからな!」
「……問題は、この剣の目的が分からん事だ」
「目的、ですか?」
「挟まった時、かすり傷すら無かった。
空いた扉から逃げようとしたならば、わざわざそんな事をする必要がない」
「いやーそりゃ単純だろかみきり丸」
「……?」
「あのでけぇ胸に飛び込みたかったんだろうよ、こいつは」
「ええと、つまり……?」
「とんだエロ魔剣って事よ、道理でなんか不快な視線を感じたはずだわ!」
「剣にも肉欲があるとは、いやはや世界は広い」
「……結局、問題は何も解決していない。
これをどうするか」
「結局溶鉱炉に突っ込んでも全然溶けねぇしなぁ。
相当な業物には違ぇねぇが」
「そして血を操る事も出来る。
……恐らくは、切りつけた相手の血を吸って貯蔵しているのだろう」
「……気に食わないけど、良いんじゃない?それ。
切れば確実に失血させられる頑丈な剣。
かなり強力よ」
「だからこそ処分しなければならん。
……破壊出来ないならば」
「「「「……出来ない、ならば?」」」」
「封印する他あるまい」
「……それで、私を頼って下さった、と」
「すまん。手間をかける」
世界とは両天秤になるように出来ているらしかった。
鉄の金床に縛り付けられ、胸の金床に睨みつけられる直角の金床サンドから解放され、むさ苦しいドワーフから縛り付けられるという責め苦の果ての極楽。
剣の乙女、と呼ばれるらしいこの聖女は、どうもこの変なのとは既知の仲なようだった。
ああ、しかし素晴らしい。
かの魔法使いにも劣らぬその大山脈もそうだが。
恐らくは何事もなければ肉欲すらも感じられぬであろう完璧な造形になるはずだったものが、壊された事で肉欲を煽り立てる物に仕上がっている。
祈らぬ者による物である事は確実、だが高位の物であればこうして生きていられるはずも無い。
であれば、恐らくはゴブリンだ。
あの不器用で、生産性も無く、性根の腐り果てた只人と烏を掛け合わせたように光物と女に目の無い愛すべき無能共がこの美を作り上げたとは!
不出来な放蕩息子の善行を知った父とはこんな心境であろうか。
「いいえ、手間などと。
知らぬ仲でもありませんし、恩も有ります。
何時でも歓迎致しますわ」
そしてまあ面白い事に、その手折られた高嶺の花はこの変なのにお熱と来た!
良い、良い、実に良い。
こうもお誂え向きな状況があろうか!
俄然この変なのの剣になってやっても良く思えてきた。
「……この街には一週間ほど居るつもりだ。
金は払おう」
「いいえ、お金は要りません。
これが大司教に対する依頼であれば、頂かざるを得ない所でしたが。
……あくまでも、友人からの依頼、ですから」
そう言って、剣の乙女は唇に指を当てる。
ううん実に肉欲。
「そういう訳にはいかん。
仕事には報酬が要る。当たり前の話だ」
「でしたら。
一週間の間、冒険の話を聞かせて頂けますかしら?
偉くなると、中々昔のように冒険なんて出来ませんから」
「……詰まらんぞ」
「それは、私が決める事ですわ」
「……そうか」
「ええ、そうです」
くすくす、と剣の乙女が笑う。
……しかし、この変なのは筋金入りの変なのだ。
こんなもの、誰がどう見ようと惚れているようにしか見えんだろうに。
ぺらり、ぺらり。
「……とても、とても古い伝承の剣、なのですね、あなたは」
ぺらり、ぺらり。
「調査と封印、を、あの人から頼まれたのですが。
……私が何とか説き伏せます。あの人の剣になってはくれませんか?」
ぺらり、ぱたん。
「ゴブリン相手では、不満かも知れませんが。
かの剣が彼の手にあるとなれば、ええ、少しは安心出来ますの。
お願い、出来ますか?
……あら、器用な事。刀身に文字なんて。
……お願い、ですか? それはどのような」
バシュ、ガイン!
「……おいたは、いけませんよ?
良いですね?」
ガタガタガタガタ……。