俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)

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その7 エルフとのすれ違い(下)

 案内された『残響(エコー)』の拠点は街の外れのさらに外れにあった。川沿いの山の斜面を背に、周囲の風景に溶け込むようにして、分厚い石壁で組み上げられている。傍目にもなかなかデカい建物だった。そこにはギルドにいた連中のほかにも大勢の人間がいた。どうやらパーティーメンバーの家族も総出で属しているらしい。そこかしこで女たちが洗濯をする音や飯を作る匂い、子どもが走り回る喧騒、訓練で汗を流す若者たちの声がして、もはや一つの集落と化していた。拠点の周りにはよくできた堀と穴ぼこが幾つも造られている。軍隊にいた時に散々堀も穴も掘らされたことがあるから、それらが防御戦のためのものだと俺はすぐに見抜いた。

 ざっと拠点の全景を見渡し終えると、ただのパーティーの拠点というより、要塞(・・)のようだという印象が意識のてっぺんに浮かんだ。陣地の組み方もかなり上手い。正直、新兵いびりしか脳のないかつての上官たちよりよっぽど良く指揮して要塞の形が組まれている。この拠点に足を踏み入れてから常に感じている、肌をヒリヒリと刺激する感覚も物々しい印象を補填した。

 

「良く出来てるな。やり過ぎなくらいだ。アンタら、国とでも一戦交えるつもりかよ」

 

 と冗談めかしてせせら笑ったら、その場の全員が一斉に殺気立った。洗濯板を持つ女子どもたちすら手を止めてこちらを睨んでくる。ギョッと肩を跳ね上がらせた俺とアキリヤの様子に何を思ったのか、一瞬だけ観察のために鋭く細めた目をパッとひらいたジョーが「ははは」と軽快に笑った。

 

「お褒めに預かり光栄だね。そう、よく出来てるだろ。最初はここには何もなくて、一から造るのにはけっこう苦労したものさ。なあ、ララ」

「ええ。大変でした。ですが、妥協は出来ません。ここは街の外縁部ということでモンスターや魔族の侵入も考えられるため、防衛戦を考えることはとても大事です。街を護るのも一流パーティーの役目ですから」

 

 “ララ”と呼ばれた女秘書が用意した文章を読むようにスラスラと応える。「すげー!さすが一流!」と感心の声を上げるアキリヤの隣で、俺はもう一度『残響』の拠点を見回した。

 そして気付いた。誰かが俺たちから監視の目をさりげなく逸らしても、他の誰かが必ず引き継いで俺たちの動向から目を離さない。肌をヒリヒリと粟立たせる感覚の正体はこれだったのだ。コイツラは常に警戒を怠らない。“一流の軍人”という印象が再び意識の表層に浮き上がる。そういえば、俺がまだ生まれる前、先王が暗殺される以前は人間の軍隊も規律が行き届いて精強だったと聞いたことがある。堕落して脳のない奴ばかりが出世するような今とは違って、昔はきっとこのパーティーのように引き締まっていたんだろう。その時の俺の思考はそこで止まった。

 

「鉄鋼竜は住処を定期的に変える。それぞれが離れたところにいくつか餌場と巣穴があって、ローテーションで変えているようだが、どこに変えるかは鉄鋼竜の気分次第。あけすけに言えばランダムだな。正直、何度か外れることもあると覚悟してくれ」

 

 俺は「おう」と心ここにあらずといった返事をし、アキリヤは「はい」と素直に頷いた。竜狩りは何度も手掛けたことがあるから、俺たちは大体の生態をすでに知っていた。それを察したジョーが「飛竜(ワイバーン)に飛び方を教えるようなものだったな」と諺を用いてそれ以上の竜についての説明を省いた。

 

「一日に一度、一箇所をトライして、いなければ翌々日に体力と補給品を蓄えて再トライだ。相手は鉄鋼竜だ。慎重に行こう。誰も失うわけにはいかないからな」

 

 そう言って、ジョーは手振りで俺たちを拠点の内側に促した。無作為に付け足した“誰も失うわけにはいかない”という台詞がやけにズッシリと重いものに感じた。気のせいか、その背中の筋肉にピリッと緊張が走ったようにも見えた。今まで何を失ってきたのだろうか。何を背負っているのだろうか。その肩にはパーティーのこと以上の遥かに重い責任が載っかっているように思えた。自分とアキリヤのこと以外を考えたこともなかったガキの俺には想像もできなかった。後で答えがわかった時は飛び上がって驚いたものだ。

 ジョーの姿を見つけた子どもたちがパッとヒマワリのような満面の笑顔を咲かせる。守衛ふたりが心強い頷きを捧げてジョーのために鉄製の門扉を開け放つ。それだけで、ジョーの慕われ具合(カリスマ)が伝わった。

 ジョーが「レディーファーストで」と門扉の手前でアキリヤに道を譲る。“レディー”と呼ばれたアキリヤは耳たぶを朱に染めつつ、「それじゃあ」と歩を進めた。

 

「どうも、お邪魔しま───」

「わあ、母ちゃん、すっごい美人のお姉ちゃんが来たよー!」

「ほ、本当にエルフだ。図鑑以外で初めて見た」

「黒衣だ!カッコいい!」

「なんとまあ、まさか生きてる内に本物のエルフ様をこの目で見られるなんて」

「わっ、わっ!?」

 

 アキリヤが足を踏み入れた途端、わあわあと黄色い声がそこかしこで咲き、あっという間にアキリヤを取り囲んで満開となった。

 

「「「『残響(エコー)』にようこそ、“黒衣のエルフ”様!お待ちしておりました!」」」

 

 歓待の合唱に迎えられ、アキリヤはポカンと口を開けている。元は人間であるアキリヤには、自分がどうしてこんなに珍しげに歓迎されているのか、知識としてはなんとなく理解していても感覚としてはまだ受け入れられていなかったからだ。

 エルフ族という連中は傲慢で排他的で多種族を見下しているから、下等種族と見下している人間の前に姿を現すことは極稀だ。ましてや、分け隔てなく接するエルフなどあり得ない。前述したように、アキリヤは元人間故に人間に対して親近感しか無いし、むしろ同種であるエルフ族に会ったことがないくらいなのだが、これは事態をややこしくするので秘密のままだった。従って、周囲の人間からは“偏見なく人間と関わってくれるとても珍しいエルフ”と捉えられるわけだ。

 熱烈に迎えられた当の“黒衣のエルフ”様は自失からなんとか立ち直ると、照れくさそうに後ろ頭をかいて頬を赤らめる。そして自分を囲む女子どもを見回すと、深々と深すぎるほどのお辞儀をした(これがアキリヤの故国での礼らしい)。

 

「ええっと、皆さんが初めて見るエルフがオレなんかでスンマセン。エルフの端くれのアキリヤです。皆さんの期待に添えられるように頑張ります。これからよろしくです」

 

 その世俗じみた物言いに、今度は『残響』の連中がポカンとする番だった。エルフ族は、遠回りで皮肉っぽい言い回しをする古代方言語を扱うらしい。語尾もえらく間延びして、態度も偉そうで、いかにもお高く止まっている感じなのだそうだ。そんなエルフの口から、事もあろうに少年のような軽々しい言葉選びでお辞儀とともに謙虚な台詞が飛び出てきたものだから、そのギャップで強制的な思考停止に陥ったに違いなかった。

 

「あはは!エルフ様、男の子みたいな喋り方するんだね!」

「うちのお兄ちゃんみたい!ねえねえ、古代方言語ってのは使わないの?」

 

 面食らう大人たちの一方で、子どもたちはアキリヤに興味深々だ。アキリヤが思いの外無害で接しやすいと持ち前の鋭敏な勘で察した子どもたちが、彼女のローブやロングスカートの裾を掴んでぐいぐいと四方八方から引っ張る。「エルフ様に非礼なことを」と顔を青くする大人に親しみのある微笑みを向けて安心させると、アキリヤはスカートの膝裏の布をいっぱしの女のような自然な仕草でたくし込んで子どもたちと同じ視線まで腰をかがめてみせる。

 

「うーんと、その、“郷に入れば郷に従え”って言うしね?それに、長いこと使わなかったから忘れちゃったんだ」

「男の子みたいな話し方をするのはどうしてなの?」

「この話し方が楽なんだ。お上品なのは好きじゃなくて」

「そうなんだー」

「お姉ちゃんのお名前、なんだか難しいね」

「“アキリヤ”って、やっぱり発音が難しいよな。本当はちょっと違うんだ。こっちの言語だとどうしてもアキリヤになっちゃう」

「他のエルフ様たちもそんな名前なの?」

「うーん、どうだろう。オレが一番変わった名前かも」

 

 そう言って、アキリヤは歯を見せて自然体に笑った。彼女を中心に、人々の雰囲気がどんどん和らいでいくのがはっきりと感じ取れた。山賊に襲われたあとは人間不信になって震えていたのに、彼女の成長ぶりに小さな感動を覚えた。同時に、アキリヤが自分の庇護を必要としなくなってきている事実に大きな寂しさを覚えた。日の当たる場所に出ようとするアキリヤと、これからも脱走兵として影に隠れ続けなければならない自分との間にある大きな隔たりが明らかになるに連れて、俺は心臓を締め付けられる痛みに密かに臍を噛んだ。

 

「良い娘じゃないか、“ドラゴン殺し”殿。この大変な時勢に、あの純粋さをよくぞ守り抜いたもんだ。大したもんだよ」

 

 俺の上腕を肘でつつき、ジョーが片眉を意味深に引き上げてニヤリと笑った。アキリヤを褒めつつ、“黒衣のエルフ”の名声にすっかりお株を奪われた俺のフォローも忘れない。一方的なライバルとしてどんなに気に食わなくても、ひどく劣等感を刺激されても、俺はジョーという男を憎めなくなっていた。自分より優れた男として認めざるを得ないと思った。

 

「ああ……俺なんかにはもったいない女だ」

 

 隣でジョーが眉をひそめる気配がしたが、俺は無視をした。“消えてしまいたい”と激しく胸を痛めたのは、後にも先にもこの時だけだった。




短くてすみません。

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