俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)

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ぐっちー♪さん、感想コメント感謝です。やる気が出ました。


その6 エルフとのすれ違い(上)

 さて。この頃になると、ようやく“黒衣のエルフ”の噂にオマケがくっつくようになった。“ドラゴン殺し(キラー)”───つまり俺のことだ。誰が言い出したのかは定かではないが、以降、これが俺の二つ名となった。そして最近、そのまま名字のようなものとなった。脱走兵が大層な出世をしたものだ。たしかに小竜二匹を単独で討伐したりもしたが、二つ名が広まった一番のキッカケは鉄鋼竜の討伐だろう。あの戦いが、まさか俺たちの人生はもちろん世界の命運も変えることになるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「剣の材料を探してるんだって?それなら鉄鋼竜の牙がいい。住処の情報を知ってるぜ」

 

 

 

 それなりに賑やかな町のそれなりにひと気の多い情報ギルド。受付前で俺たちにそう話しかけてきたのは、二十代半ばの優男だった。砂色の髪は肩で簡単に切り揃えられている。男にしては少し長いが、高い鼻梁としっくり馴染んでいた。目鼻立ちは整って、スラリと細身で背も高い。でもナヨナヨとはしておらず、手のひらにはまあまあの剣タコ。大勢のゴロツキどもからすれ違いざまに挨拶されるほどには一目置かれている。重心は一本筋が通っていて、動きにも無駄がない。腕っぷしがあるのだろう。それでいて言動の端々に妙な気品があり、下卑たことは言わず、女の扱い方を心得ている。何もかも俺の上位互換といった感じで、初見から気に食わないタイプだと鼻についた優男は、名前をジョーと名乗った。すぐに偽名だとわかった。ありきたりでセンスがないが、場末のゴロツキに慕われてるくらいだからすねに傷があるのだろう。俺も脱走兵ということもあり、特に問いただすことはしなかった。

 

「なんでアンタがそのことを知ってるんだ?」

「おいおい、ここは情報ギルド(・・・・・)だぜ。“ドラゴン殺し”殿」

 

 警戒する俺に、ジョーは肩をすくませてウインクした。自然な仕草で、得物を持たない空の両の手を見せつける。敵意はないという意思表示だった。だが、ジョーの背後に無言の微笑を湛えて控える秘書めいた女は、手首の裾に隠したナイフの柄にいつでも指を掛けられるように警戒を途切れさせない。忠実で腕の立つ手下だ。こういう手合は、これ見よがしに自分の筋肉と武器を見せつけて高圧的に迫る奴より交渉が上手いと相場が決まっている。俺の神経はさらに尖った。

 その時、たしかに俺たちは新しい剣の材料を捜していた。というのも、俺の筋力に耐えられる既製品の剣がもう見つからなくなっていたのだ。手に入るなかで一番頑丈な鋼の大剣も、表皮の硬いモンスターとの戦いを3度ほど重ねると、振り回している最中にポッキリと折れてしまうのだ。切れ味が落ちるのなら研げばいいが、折れてしまっては役に立たない。

 

「アー!?壊した!また壊した!それ高かったんだぞ!!」

 

 などと、剣を壊すたびに会計担当のアキリヤがしっぽを踏まれた猫のような悲鳴をギャアギャアとあげるので、いい加減に頑丈な剣が欲しいと思い始めていた(いつの頃からか財布はアキリヤに預けていた)。この頃には大抵の難しい依頼はこなせるようになって、俺たちは多少の小金持ちになっていた。

 

「何本も予備の重い剣を背負うのは体力の無駄遣いだし、なにより金の無駄遣いだ。懐には余裕があるし、既製品が駄目なら素材を集めてとびっきり強いのを特注してもらうしかない。馬鹿が馬鹿みたいに振り回しても壊れない馬鹿げて頑丈な剣をな!」

 

 アキリヤは収入と支出を管理する紙束と睨みっこをしながらそう提案してくれた。その男じみて当てつけがましい乱暴な言い草が絶世の美少女の美貌から放たれたと知覚すると、そのギャップのせいで無性にムラムラと肉欲が湧き上がった。紙束が空中に舞って、悲鳴と抗議の声がそれに続いて、そして朝になった。窓から差し込む朝日を見上げて、俺は息も絶え絶えなアキリヤに「そういえば剣の素材がどうしたって話だったっけか?」と聞いた。力の入らない脚で腹を何度も蹴られた。

 というわけで、情報ギルドに足を運んだわけだ。なので、状況的にはジョーの話はまさに渡りに船だった。

 

「“黒衣のエルフ”殿、お噂はかねがね。尊貴なるエルフ族の御方が人間族に深く肩入れして下さって感謝しています。我が種族を代表して心から礼を伝えたい。しかし、実物がこんなに可憐だとは。噂以上の美しさですね。思わず見惚れてしまいましたよ」

「あ、えと、はい、どうも」

 

 当時の未熟な俺は、その船の到来を素直に喜べなかった。悶々とした怒りは、自分の上位互換に言い寄られてハッキリと拒絶の態度を取らないアキリヤへも向けられた。アキリヤにしてみれば、礼儀を伴った女扱いをされたことはこの世界に来て初めてのことで驚いていただけなのだが、グール未満猿以上にはそこまで考えられる知性がなかった。一番近くにいた俺はアキリヤが元男であることを知ってるから、今から本物の女扱いをするのも変な話だ。そもそも学がないから女の煽て方なんてまったく知らなかった。自分に出来ないことが出来て、自分の知らないことを知っている、身のこなしが爽やかな年上の男の出現は、グール未満猿以上を焦らせるには十分だった。

 今思えば、ボタンの掛け違いはそこから始まったのだろう。己の未熟さのせいで、アキリヤにもジョーにも申し訳ないことをした。

 

「さて、“ドラゴン殺し”殿。お困りなんだろう?俺たちのパーティーが鉄鋼竜の住処に案内する。腕利きの鍛冶屋も紹介する。なんだったら料金も口利きしよう」

「そりゃあ、ありがたい話だな。んで、その見返りはなんなんだ?」

 

 俺はアキリヤとジョーの間に無理やり身体をねじ込むと敵意丸出しにそう言い放った。少しだけ俺のほうが背が高いことに、頭の隅で優越感よりも安心感を抱いた。ジョーに勝っているところが見つかったからだ。

 俺の硬質な物言いに秘書の女が殺気立つが、それを振り返りもせずに察したジョーは後ろ手をヒラヒラと降ってナイフに指を掛けようとする女の初動を制した。一瞬だけ女と目が合って、瞬時に互いの実力を推し量る。年かさはジョーと同じくらい。タイトな服に身を包んでいるが、ほとんど張り詰めた筋肉だ。気が短いが、かなり腕が立つことまで感じ取れた。広い場所なら圧倒できるが、狭い場所なら押されるのは俺の方だと直感で理解した。そんな直感が働くようになった自分の成長に若干の感動を覚える俺の肩をジョーの手のひらがポンと軽く叩く。

 

「若き“ドラゴン殺し”殿。君の用心はもっともだ。これほど美しい女性と轡を並べているのだから、見知らぬ男に警戒するのはナイトとして当然だ」

 

 目と鼻の先でジョーが俺にウインクし、次いで俺の肩越しにアキリヤに再びウインクする。背後で年頃の女のように照れる気配がして、俺はさらに表情を憮然とさせる。俺には照れたことなんてないくせに。

 

「会ったばかりなのにそこまで好意を受ける理由がねえ。俺たちはアンタらを知らないんだ。一方的に知られてるってのも気分がいいもんじゃねえ。それに鉄鋼竜なんざ軍の小隊を何個か突っ込ませてようやく討伐できるような超高難易度の大物だ。犠牲覚悟で挑んで死人を出しながらも傷を負わせて退散させるのが関の山、なんて話も聞くぜ。裏の目的があると穿って見るのは当たり前だろ」

「カル!失礼だろ、なに熱くなってんだよ」

「いや、“ドラゴン殺し”殿の言う通りだ。実を言うと、これは協力依頼(・・・・)なんだ」

 

 「依頼?」と思わず呆けた顔で聞き返した俺に、ジョーは鷹揚に頷いて背後のテーブルを顎で指し示す。

 

「そうだ。俺たちのパーティーも鉄鋼竜の骨肉が欲しいのさ」

 

 大きなテーブル3つを専有して、鍛え抜いた男女たちがこちらを観察していた。上は60歳近く、下は10代前半の老若男女グループだが、全員がやけに筋肉の肉付きが良くて、目つきも肝が座って鋭かった。軍隊にいた時の経験から培われた直感が、「どいつもこいつも軍人みたいな連中だな」と心中に呟いた。60歳の爺さんも、鍬や鋤より剣を握ってそうな雰囲気だ。これがジョーのパーティーだった。パーティー名は『残響(エコー)』。「どうも」と小さく会釈したアキリヤに、全員がタイミングを測ったように揃って会釈を返す。息ぴったりの様子に、この大所帯パーティーの練度を理解した。こいつらを束ねるジョーが只者ではないことも理解した。もしかしたら、俺よりずっと強いのかもしれない。

 

「見た目は怖いけど、みんな誠実そうじゃん」

 

 軍隊にいたこともなく、前の平和な世界でも荒事と関わったことのないアキリヤの目には、単純に「頼もしい」と映ったらしい。俺の服の裾を指先で引っ張って嬉しそうに言う。

 

「ジョーさんもいい人そうだし、話だけでも聞いてみようよ、カル」

「……好きにしろ」

「な、なに怒ってんだよ」

 

 不安そうな上目遣いで俺を見上げてくるアキリヤを直視できず、俺は目を逸らしてフンと鼻を鳴らした。俺の態度の硬化の理由がわからず、アキリヤが表情を曇らせる。くだらない嫉妬だと自分でもわかっていた。アキリヤは本当に「好人物だ」と評価しただけで他意はないのだ。子供っぽい癇癪であることは痛感していた。痛感しているからこそ余計に態度が硬質になる。自分の上位互換を目の前にしていると、自分が大したことない人間にしか思えなくなった。己の未熟さを突きつけられ、それを一番見てほしくないアキリヤに見られてしまうことでさらに気持ちが沈む。悪循環の堂々巡りだった。

 

「一応、話がまとまったと捉えていいのかな?それでは、食堂に行こうじゃないか。話を詰めよう。今夜は奢らせてくれ。このギルドのブルスト焼きはなかなかのものなんだ」

 

 ジョーは、そんな俺の内心の悶えを持ち前の観察眼ですぐに見抜いた。看破して、しかし嘲笑うことはせずに気づかぬふりをして流してくれた。俺はまたもや恥じ入って目を伏せた。大人の余裕を見せつけられて、感謝より恥ずかしさの方が遥かに勝った。ジョーとの差がぐんぐん開いている気がして、俺の焦りは募る一方だった。

 上の空の状態で耳を傾ける俺に、察しのいいジョーは自分たちの状況と俺たちへの協力依頼について的確に話を噛み砕いて説明してくれた。初対面の相手の気遣いまで出来るなんて、俺には真似できない。

 『残響』の連中は、今までの活動でかなり練度も上がり、パーティーレベルもつい先日、最上級に上がったのだそうだ。これを機に鉄鋼竜を討伐して装備も最高なもので整えたいのだという。今のままでも十分に強そうだが、目的(・・)のためにはもっと強くならないといけないらしい。しかし鉄鋼竜の表皮は文字通り鋼鉄並みの強度を誇り、弱らせることは出来てもとどめを刺す決定打には欠ける。そこで“ドラゴン殺し”と“黒衣のエルフ”に目をつけた……ということだった。『残響』の拠点の一室をただで貸すから、討伐して剣が完成するまでそこで寝泊まりするといい、とも提案してくれた。

 

「カル、どうする?」

「いい人そうなんだろ?受ければいいじゃねえか」

「そんな言い方……」

「俺、ここの飯が口に合わなさそうだ。別の場所で食ってくる。ジョー、そいつ頼んだ」

「お、おい、カル!」

 

 戸惑いの声を置き去りにして俺はギルドを飛び出した。これ以上ここにいると、切羽詰まった胸が苦しくて息が出来なくなりそうだった。大切な女(アキリヤ)に認めてほしいのに、今の自分は真反対の行動をしている。衝動で動く自分が恥ずかしく、情けなく思った。こんな自分と一緒にいるより、自分よりもっとマトモで、頭も良くて、性格も良い男の方がアキリヤに相応しいと思った。例えば───ジョーとか。

 

 

『幸せにしてあげなさい、カル』

 

 

 女僧侶の台詞が耳元で何度も繰り返される。アキリヤの幸せ。普通の家庭を持つ幸せ。普通の男と一緒になる幸せ……。

 それから、俺はアキリヤと普段どおりに接することができなくなっていった。




前回の更新は2017年。今は……2022年ってマ?

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