俺のエルフが、チート魔術師で美少女で、そして元男な件について。   作:主(ぬし)

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一人称視点でのTSも好きだけど、第三者視点も好きなんだ。


その2 エルフとの契

 当初、今と違ってエルフは何もできなかった。飲水を探すことも食べられる木の実や燃える木枝の選別もできなかった。自然とともに生きるエルフ族にしてはあまりに無知で、一ヶ月くらいは山育ちの俺が子犬子猫のように世話をしてやった。自分の装束を千切って衣服を作ってやったり、飯を取ってきて作ってやったり、毒蛇や野犬から守ってやったりもした。エルフのくせに人間を嫌う様子は一切なく、そこは助かったが、変な奇行が目立った。俺が何か言う度に「ふむふむ」と頷きながら地面に木の枝でガリガリ落書きしたり、俺のやることなすことをじっと睨むように観察する様子は奇妙そのものだった。知恵が未熟だから一族から捨てられてしまった不幸娘なのかもしれないと穿ってみていた。

その認識はすぐに改めることになる。

 

「―――オハヨウ。……コレデアッテルカ?」

 

 起き抜けに投げかけられたカタコトの挨拶に俺は度肝を抜かれて飛び上がった。驚いた顔でなんとか「……おはよう」と返した俺に、エルフは微笑む目元にうっすらと涙を浮かべて「ヨカッタ」と呟いた。驚くべきことに、彼女は必死に俺からこの世界の言葉を学び、わずか一ヶ月で習得したのだ。彼女は恐ろしく頭がよかった。そして、応用力もあった。それからの伸びは尋常ではなかった。日常会話は見る間に上達し、毎朝の「オハヨウ」が「おはよう」になり、「よぉ、起きたか」になるまでさほど時間は掛からなかった。抑揚も完璧になり、生まれながら喋っていたかのように流暢になった。俺が知っている限られた文字の書き方を即座に吸収し、さらに分解して整理して、教科書にあるような網の目みたいな一覧表まで作ってしまった。三ヶ月もすれば読み書きは俺よりずっとうまくなっていた。基礎さえ学んでしまえば、彼女は持ち前の知識と経験に当てはめてあっという間に自分のものにすることが出来た。

 そうして言葉が満足に通じるようになると、彼女は自分の名を名乗り、その奇妙奇天烈な身の上を話してくれた。名はアキリヤ(・・・・)というらしい。不思議な名前は発音が難しく、正しくは微妙に異なるらしいが、アキリヤでほぼ合っているそうだ。名字も持っているというがそちらに至ってはさらに難しいのでお互いに伝達を諦めた。どのみち王侯貴族にでもならない限り必要ない。

 アキリヤは、なんと別の世界から飛ばされてきた人間だという。道理で何も知らないはずだし、何でも知ってるはずだ。だが真に驚くべきことはそこではなく、その別の世界では彼女は―――男、だったというのだ。口調が男っぽいのは俺の影響ではなく、意識的にそうしているらしかった。年の瀬は俺と同じくらいで、学生だったという。受け入れがたい話ではあったが、彼女の知識や、着ていた服の緻密な裁縫技術、見たことのない堅牢で不思議な触り心地の布地、細やかな刺繍や小さなボタン一つ一つに刻まれた正確無比な装飾で納得した。

 どうしてこの世界にやってきたのか、なぜエルフになっていたのかは本人にもわからないらしかった。「死んだと思ったらこうなっていた」という。頭脳明晰で背も高くて顔もそれなりによかったんだぞという自慢話も聞いた。今がとびっきりなんだから、元もそりゃあよかったんだろう。正直にそう言うと、アキリヤは「素直に喜べない」となんとも複雑そうな顔を浮かべた。

 

 この頃、「たった一年ででかい奴がさらにでかくなった」と彼女に言われたが、それはこっちのセリフだと思ったものだ。出会った頃は、どちらかと言えば貧相な体つきだったくせに、一年でみるみる大人の女に近づいていった。地面に尻を置いて潰れた尻肉がふにゃっと左右に広がったり、肉付きのいい太ももの座りを直そうと尻をぐにっとよじったりした時。白い雌鹿のような背中をうんっと伸ばして背伸びしたり、腰のクビレをくねくねとうねらせたりした時。腰を曲げた拍子に衣服の胸元が弛んで双球の膨らみと突起が覗いた時。などなど、ふとした拍子の何気ない仕草や場面を目にするたび、下顎がゾワゾワする欲情が這い上がってきた。それで口調を女っぽくしていたらそれこそ当時の俺の理性は崩壊していただろう。それくらい、どこに出してもいい完璧な美女に近づいていた。もちろんどこにも出す気はないが。あれは俺の女だ。

 

 エルフは不老と聞いていたが、彼女は俺と共に普通に成長していた。身長については緩やかだったが、前述したように、それ以外の部分の成熟は早かった。俺の性への目覚めを喚起させたのは他ならぬ彼女が原因だし、目覚めた欲求が帰結した結果についても、少なからず彼女に責任があると思う。なにしろ無防備すぎるのだ。男友達のように接しはしても、中身が同じ男でも、相手は女で、そして美少女なのだ。日々成長して肉づいてくる身体を堂々と見せつけられては意識をするのは当然だ。アキリヤも、仲が良くなってくると俺に対して男友達の立場で触れ合うようになっていたが、時おり、俺の初心な反応を楽しんで、女っぽく振る舞う風もあった。なのに、俺が思春期の男としては当然の反応であるかのように、じっと着替えを見詰めたり、肩に触れようとしたりすると、途端に不機嫌になって離れていく。そんな調子が続くものだから、処理方法を知らない未熟な俺は理不尽だとへそを曲げ、いろいろ様々な鬱憤が溜まる一方だった。同年代の女が村にいなかった俺は、アキリヤに対して芽生え始めた、人生初めての理解できないモヤモヤとした感情を怒りと錯覚した。それに、アキリヤは歳が近いというくせに、変に大人びた物言いや考え方をするし、かと思えば子供っぽく、気まぐれで、頑固で、生意気なところもあった。違う世界からやってきた彼女と、こちらの世界のしかも田舎者な俺とでは、考え方にも差がありすぎた。

 あらゆることに未成熟なガキだった俺はそんな彼女に不満を覚え、負担に思い、愚かにも助けてやったことを後悔し、鬱陶しげに思って口論を吹っかけてしまうこともあった。彼女がこの世界で頼れるのは俺だけだということを忘れてしまうくらいに。

 

 不和が生じていた俺たちの間柄に一度目の大きな変化が起きたのは、出会って半年ほど経った頃だった。目を離した隙に彼女が野盗に攫われたのだ。口喧嘩して、彼女が飛び出して行った先で野盗と鉢合わせになったらしかった。誘拐を察知した俺が慌てて辺りを探すと、彼女が暴れながら木に付けたらしい傷があり、その痕跡を追って俺は野盗のねぐらまで走った。奴らがねぐらにしていた廃村は、大人ばかりで、中には兵士崩れもいて、何より大勢だった。その広場で彼女は大事にしていた黒服を剥ぎ取られ、下半身を晒す男たちに囲まれ、羽交い締めにされ、今から何をされるのか想像して半狂乱になって泣き叫んでいた。心を刺すその声を聞くまいと耳に手をあてた。正直に白状すると、逃げようと迷ってしまった(一瞬だけとは言え、馬鹿なことを考えた)。

 しかし、半年間の彼女との思い出が蘇り、俺が助けに来るはずだと信じて木に爪を立てた彼女の信頼に胸を締め付けられた。指の隙間を縫って鼓膜を叩いた、アキリヤが俺の名を呼ぶ声が男の矜持をぶん殴った。気迫と勇気に奮い立っていく心が、「なぜそこまでするのか」と自問して、「彼女だからだ」と自答する。その時、もうアキリヤはただの男友達ではなくなっていた。脳裏を過ぎった父親の姿に背を押されながら、剣の柄を力一杯に握り締めて俺は野盗達のねぐらに飛び込んだ。

 自分に生まれながらの剣の才能があるとは思わない。ただ、この戦いで初めて“何か”を掴んだことは確かだ。その時は、まさか将来、身に余る二つ名を与えられるとは思ってもいなかった。本当だ。

 

 とは言え剣を使っていたのは最初の三人までで、中盤終盤になると折れた剣を投げ捨ててその辺の石なんかで戦った。今にして思えば何とも情けない無謀で野蛮な戦いがどう転んだかについては、今の俺が幽霊でないということが結果を知る助けになるだろう。

 俺は言葉のまま死に物狂いで戦った。さすがに御伽噺のように上手くは行かず、最後の一人を生かしたまま満身創痍で動けなくなって倒れ込んでしまったが、あわやと諦めかけたところでその心臓に背中からナイフが突き立ち、絶命して倒れた男の影から半裸のアキリヤが現れた。血だらけの手を呆然と見下ろしたのも束の間、俺の醜態に気づいたアキリヤが顔を真っ青にして駆け寄ってきた。

 彼女は野盗たちが残した物資と高度な知識で必死に看病してくれた。文字通り寝ずの看病のお蔭で、俺はなんとか一命を取り留めた。謝罪と感謝の言葉が大粒の涙と共に頬に降り注いできて、その度に「気にするな。当然だろ」と格好をつけて返した。その涙に神秘的な効果があったのかはさておき、一ヶ月と少し経った頃に俺は奇跡のような回復を遂げた。

 奇しくも俺の誕生月に、一番ひどかった傷の包帯が取れた。雨音が反響する洞窟の中、俺の背中に真一文字に走る深い傷跡を指先で撫でて、彼女はまたもや謝ろうと俺の目を見て唇を震わせた。その瞬間、義務感ではない、もっと熱い衝動に突き動かされ、俺はその先を言わせまいと彼女の唇を自分の唇でそっと塞いだ。彼女は、抵抗しなかった。

 

 

 そして―――その夜、アキリヤは俺を受け入れ、俺は彼女の奥深くに熱い衝動を放った。

 彼女の温もりを抱き締めると、全身の傷の痛みなど気にもならなかった。内側の握りつぶされるような圧力と焼け付くような体温、心も身体も溶けて彼女の中に染み込んでいくような多幸感が、生きているという強い実感を与えてくれた。

 ようやく、俺は腕枕に頭を預けて安らかに眠るエルフの少女が、己にとって掛け替えのない存在になっていることに気付いたのだ。




警告:ちょっとエッチです。

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